[3月27日08:00.札幌市・すすきののビジネスホテル 稲生ユウタ&マリアンナ・スカーレット]
「あ、おはようございます。マリアさん」
「おはよー……」
1階のレストランで会ったユタとマリア。
「イリーナさんは……聞くまでもないですね」
「その通り」
「『あと5分を1時間以上繰り返し』ていましたか?」
「いや、それすらも無かった」
「あらま……」
取りあえず朝食券を手に、レストランの中に入る。
朝食はバイキングである。
「あんまり、ゆっくりできなかった感じだけども、どうだった?」
「まあ、いい機会だったと思いますよ」
「そう。ほとんど、ユウタ君が魔道師になるに当たっての準備が目的みたいになったけどね」
「それもいい機会です。今日は観光できなさそうですけど、その分、ゆっくりしたいと思います」
「どこかいい所があるの?」
「一応、昨夜、ネットで調べてみたんですが……」
「いいよ。じゃあ、そこ行こう」
「はい。……イリーナさんが、無事に起きてこられれば」
「首に縄着けてでも引き起こしてくるよ」
マリアはズズズと紅茶を飲んだ。
「鳥芝さんにもらった薬は?」
「相当な強い薬だから、帰ってから飲んだ方がいいらしい」
「そうですか」
「まあ、個人的には飲みたい薬ではないけどね」
「?」
レストランの壁に取り付けられている40インチのテレビモニタ。
そこでは朝の情報番組をやっていたのだが……。
〔「……昨夜、北海道の音威子府村で、特別指名手配中の宗教テロリスト、“ケンショー・ブルー”こと、佐藤公一容疑者が逮捕された事件で、今日、警察は佐藤容疑者の身柄を……」〕
「ん?」
〔「だからよー!俺は何も知らねぇっつってんだろ!あ!?弁護士呼べよ!ああっ!?」「いいから早く車に乗れ!」〕
「樺太、辿り着けなかったのね……」
ユタは苦笑した。
「まあ、その方が世界の平和だ」
マリアは淡々とパンを頬張り、紅茶を口に運んだ。
〔「……尚、佐藤容疑者が所属しているとされる宗教法人・顕正会は、担当者不在を理由に報道各社からの取材を拒否しています。報道フロアからは以上です」「はい、ありがとうございました。それではCMを挟みまして、次のコーナーは素晴らしいゲストを呼んでおります。初音ミクさんです」〕
「僕達、旭川まで同乗したこと、バレませんかね?」
「魔道師をナメるな。師匠の力で屠る」
「は、はい」
[同日09:30.札幌市地下鉄南北線すすきの駅 ユタ、マリア、イリーナ・レヴィア・ブリジッド]
「結局、チェック・アウトぎりぎりまでいましたねぇ……」
「ホテル代の元は取れたってことさねー」
「何がですか。危うく朝食券、師匠の分が無駄になるところだったんですから」
でも何とか朝食時間終了には間に合ったイリーナだった。
「えーと……。取りあえず、空港へ向かっちゃいます」
「あれ?いい所へ連れてってくれるんじゃなかったの?」
「ですから、それが空港にあるんです」
「へえ……」
〔まもなく2番ホームに、麻生行きが到着します。ホームドアより下がって、お待ちください〕
2面2線の対向式ホームに、電車の接近放送が流れる。
ホームドアが無かったら、まるで魔界決戦の時に迷い込んだ魔界高速電鉄1号線の17番街駅のようだ。
違うのはさすがにその17番街駅よりは明るいのと、走っている電車の軌道が1本のレールに跨った方式であるという点だ。
〔降りる方が済むまで、ドアの前を広く開けてお待ちください〕
「やっぱり日本の地下鉄の方が安心です」
「まあ、気持ちは分かるけどね」
3人は電車に乗り込んだ。
これが今回の北海道旅行の、最後の地下鉄乗車となるだろう。
〔2番ホームから、麻生行きが発車します。ご注意ください〕
ワンマン化された札幌市地下鉄だが、魔界高速電鉄のように運転士が運転室のドアを開けているわけでもない。
古い車両を使った電鉄の方はモニタが無いので、運転室脇に設置されたサイドミラーで確認しているらしい。
強い加速度で走り出すところは似たようものだが……。
〔次は大通、大通。お出口は、左側です。東西線、東豊線はお乗り換えです。ホーム中央の連絡階段をご利用願います〕
魔界高速電鉄地下鉄線には車内放送が無く、乗客達は駅の看板や車内の路線図を見て停車駅を確認するしかない。
高架線の方は各駅停車に交じって、たまに急行電車がやってきたりするが、地下鉄には各駅停車しかない。
ユタはドアの上の停車駅案内図を見ながら、それを思い出していた。
バァル戦で大ダメージを受けた電鉄も、今では嘘のように全線復旧しているという。
すると、あの恐怖の17番街駅も復活しているということか。
「師匠、ユウタ君は何を考えているのでしょう?」
「鉄オタだからねぇ……。電車内では、色々と考えることがあるのでしょう。邪魔しちゃダメよ」
2人の魔道師は物思いに耽るユタを見て、そんなことを話していた。
[同日09:45.JR札幌駅 上記メンバー]
〔「今度の5番線の列車は9時55分発、新千歳空港行きの快速“エアポート”96号が参ります。……」〕
「行きは733系だったからなぁ……。帰りは721系がいいなぁ……」
ユタはホームで電車を待ちながらそう思った。
新型車両より旧型車両を好む鉄ヲタ。
東側の鉄道は西側と違って、何故か新しくなるほど設備が簡略化するのである。
しばらく待っていると、やっとやたら響く接近放送が鳴った。
〔お待たせ致しました。まもなく5番線に、9時55分発、新千歳空港行き、快速“エアポート”96号が入線致します。黄色い線の内側まで、お下がりください。……〕
〔「5番線、お下がりください。当駅始発の快速“エアポート”96号が参ります。黄色い線まで、お下がりください」〕
「む!?」
しかし、来た電車はガッカリの733系。
何が違うのかというと、往路と同じ、自由席は通勤タイプのロングシートで、旅情ゼロ電車だからである。
「おー、寝やすい電車が来たねぇ……」
「師匠はどの座席でも寝られると思いますが……って、ゆ、ユウタ君、次の電車にする?」
「いや……これでいいです……当駅始発だし」
どんな電車かはウィキペディアでも見て頂ければ分かるが、まあ……3ドアの通勤電車だ。
〔「ご案内致します。この電車は9時55分発、千歳線、新千歳空港行き、快速“エアポート”96号でございます。4号車は指定席“uシート”です。……」〕
3人してロングシートに並んで座る。
定員数は多いので、JR北海道の数少ない黒字路線である千歳線のラッシュ対策の電車だろう。
首都圏でも、昔の中距離電車はボックスシート車が多かったが、最近ではロングシート車が増大したのと同じことだ。
そこは、それでも頑なに転換クロスシート車を使い続けるJR西日本とは違う。
「583系に乗りたいなぁ……」
「冥鉄(冥界鉄道公社)でまだ走ってるから、魔界に行く時乗ろうか?冥鉄じゃ、まだまだ現役だよ」
「狙って乗れるものなんですか?」
「乗れなかったらその時はその時で。だーいじょうぶ。怨念付きの幽霊電車しか走ってないから、こういう最新電車なんかいないって」
あっけらかんと言うイリーナ。
「でも師匠、だいぶ前……これと似ているくらい、新しい通勤電車の目撃情報がありましたが……」
「なに?」
「……こういうのです」
マリアは頭の中で描いた電車の映像を水晶球に映し出した。
「あ、207系だ。JR西日本の」
鉄ヲタのユタはすぐに分かった。
「こんな真新しい電車が、怨念付きの幽霊電車で走ってるって?」
「そういう目撃情報がありました。先週、魔界行きの臨時快速で使われたらしいです」
(JR西日本207系……怨念……幽霊……?)
ユタは何となく思い当たる節があった。
が、口に出すのはやめた。
発車時間が刻々と迫る快速電車。
既に、自由席の座席は埋まっていた。
「あ、おはようございます。マリアさん」
「おはよー……」
1階のレストランで会ったユタとマリア。
「イリーナさんは……聞くまでもないですね」
「その通り」
「『あと5分を1時間以上繰り返し』ていましたか?」
「いや、それすらも無かった」
「あらま……」
取りあえず朝食券を手に、レストランの中に入る。
朝食はバイキングである。
「あんまり、ゆっくりできなかった感じだけども、どうだった?」
「まあ、いい機会だったと思いますよ」
「そう。ほとんど、ユウタ君が魔道師になるに当たっての準備が目的みたいになったけどね」
「それもいい機会です。今日は観光できなさそうですけど、その分、ゆっくりしたいと思います」
「どこかいい所があるの?」
「一応、昨夜、ネットで調べてみたんですが……」
「いいよ。じゃあ、そこ行こう」
「はい。……イリーナさんが、無事に起きてこられれば」
「首に縄着けてでも引き起こしてくるよ」
マリアはズズズと紅茶を飲んだ。
「鳥芝さんにもらった薬は?」
「相当な強い薬だから、帰ってから飲んだ方がいいらしい」
「そうですか」
「まあ、個人的には飲みたい薬ではないけどね」
「?」
レストランの壁に取り付けられている40インチのテレビモニタ。
そこでは朝の情報番組をやっていたのだが……。
〔「……昨夜、北海道の音威子府村で、特別指名手配中の宗教テロリスト、“ケンショー・ブルー”こと、佐藤公一容疑者が逮捕された事件で、今日、警察は佐藤容疑者の身柄を……」〕
「ん?」
〔「だからよー!俺は何も知らねぇっつってんだろ!あ!?弁護士呼べよ!ああっ!?」「いいから早く車に乗れ!」〕
「樺太、辿り着けなかったのね……」
ユタは苦笑した。
「まあ、その方が世界の平和だ」
マリアは淡々とパンを頬張り、紅茶を口に運んだ。
〔「……尚、佐藤容疑者が所属しているとされる宗教法人・顕正会は、担当者不在を理由に報道各社からの取材を拒否しています。報道フロアからは以上です」「はい、ありがとうございました。それではCMを挟みまして、次のコーナーは素晴らしいゲストを呼んでおります。初音ミクさんです」〕
「僕達、旭川まで同乗したこと、バレませんかね?」
「魔道師をナメるな。師匠の力で屠る」
「は、はい」
[同日09:30.札幌市地下鉄南北線すすきの駅 ユタ、マリア、イリーナ・レヴィア・ブリジッド]
「結局、チェック・アウトぎりぎりまでいましたねぇ……」
「ホテル代の元は取れたってことさねー」
「何がですか。危うく朝食券、師匠の分が無駄になるところだったんですから」
でも何とか朝食時間終了には間に合ったイリーナだった。
「えーと……。取りあえず、空港へ向かっちゃいます」
「あれ?いい所へ連れてってくれるんじゃなかったの?」
「ですから、それが空港にあるんです」
「へえ……」
〔まもなく2番ホームに、麻生行きが到着します。ホームドアより下がって、お待ちください〕
2面2線の対向式ホームに、電車の接近放送が流れる。
ホームドアが無かったら、まるで魔界決戦の時に迷い込んだ魔界高速電鉄1号線の17番街駅のようだ。
違うのはさすがにその17番街駅よりは明るいのと、走っている電車の軌道が1本のレールに跨った方式であるという点だ。
〔降りる方が済むまで、ドアの前を広く開けてお待ちください〕
「やっぱり日本の地下鉄の方が安心です」
「まあ、気持ちは分かるけどね」
3人は電車に乗り込んだ。
これが今回の北海道旅行の、最後の地下鉄乗車となるだろう。
〔2番ホームから、麻生行きが発車します。ご注意ください〕
ワンマン化された札幌市地下鉄だが、魔界高速電鉄のように運転士が運転室のドアを開けているわけでもない。
古い車両を使った電鉄の方はモニタが無いので、運転室脇に設置されたサイドミラーで確認しているらしい。
強い加速度で走り出すところは似たようものだが……。
〔次は大通、大通。お出口は、左側です。東西線、東豊線はお乗り換えです。ホーム中央の連絡階段をご利用願います〕
魔界高速電鉄地下鉄線には車内放送が無く、乗客達は駅の看板や車内の路線図を見て停車駅を確認するしかない。
高架線の方は各駅停車に交じって、たまに急行電車がやってきたりするが、地下鉄には各駅停車しかない。
ユタはドアの上の停車駅案内図を見ながら、それを思い出していた。
バァル戦で大ダメージを受けた電鉄も、今では嘘のように全線復旧しているという。
すると、あの恐怖の17番街駅も復活しているということか。
「師匠、ユウタ君は何を考えているのでしょう?」
「鉄オタだからねぇ……。電車内では、色々と考えることがあるのでしょう。邪魔しちゃダメよ」
2人の魔道師は物思いに耽るユタを見て、そんなことを話していた。
[同日09:45.JR札幌駅 上記メンバー]
〔「今度の5番線の列車は9時55分発、新千歳空港行きの快速“エアポート”96号が参ります。……」〕
「行きは733系だったからなぁ……。帰りは721系がいいなぁ……」
ユタはホームで電車を待ちながらそう思った。
新型車両より旧型車両を好む鉄ヲタ。
東側の鉄道は西側と違って、何故か新しくなるほど設備が簡略化するのである。
しばらく待っていると、やっとやたら響く接近放送が鳴った。
〔お待たせ致しました。まもなく5番線に、9時55分発、新千歳空港行き、快速“エアポート”96号が入線致します。黄色い線の内側まで、お下がりください。……〕
〔「5番線、お下がりください。当駅始発の快速“エアポート”96号が参ります。黄色い線まで、お下がりください」〕
「む!?」
しかし、来た電車はガッカリの733系。
何が違うのかというと、往路と同じ、自由席は通勤タイプのロングシートで、旅情ゼロ電車だからである。
「おー、寝やすい電車が来たねぇ……」
「師匠はどの座席でも寝られると思いますが……って、ゆ、ユウタ君、次の電車にする?」
「いや……これでいいです……当駅始発だし」
どんな電車かはウィキペディアでも見て頂ければ分かるが、まあ……3ドアの通勤電車だ。
〔「ご案内致します。この電車は9時55分発、千歳線、新千歳空港行き、快速“エアポート”96号でございます。4号車は指定席“uシート”です。……」〕
3人してロングシートに並んで座る。
定員数は多いので、JR北海道の数少ない黒字路線である千歳線のラッシュ対策の電車だろう。
首都圏でも、昔の中距離電車はボックスシート車が多かったが、最近ではロングシート車が増大したのと同じことだ。
そこは、それでも頑なに転換クロスシート車を使い続けるJR西日本とは違う。
「583系に乗りたいなぁ……」
「冥鉄(冥界鉄道公社)でまだ走ってるから、魔界に行く時乗ろうか?冥鉄じゃ、まだまだ現役だよ」
「狙って乗れるものなんですか?」
「乗れなかったらその時はその時で。だーいじょうぶ。怨念付きの幽霊電車しか走ってないから、こういう最新電車なんかいないって」
あっけらかんと言うイリーナ。
「でも師匠、だいぶ前……これと似ているくらい、新しい通勤電車の目撃情報がありましたが……」
「なに?」
「……こういうのです」
マリアは頭の中で描いた電車の映像を水晶球に映し出した。
「あ、207系だ。JR西日本の」
鉄ヲタのユタはすぐに分かった。
「こんな真新しい電車が、怨念付きの幽霊電車で走ってるって?」
「そういう目撃情報がありました。先週、魔界行きの臨時快速で使われたらしいです」
(JR西日本207系……怨念……幽霊……?)
ユタは何となく思い当たる節があった。
が、口に出すのはやめた。
発車時間が刻々と迫る快速電車。
既に、自由席の座席は埋まっていた。