[3月3日10:10.東京・秋葉原→都営新宿線・岩本町駅 Lily&未夢]
財団の崩壊に伴い、今年度末で閉鎖されることになってしまったボーカロイド劇場。
Lilyは新たな引き取り先である敷島エージェンシーへ移籍のため、それを待たずして劇場を離れることになった。
劇場では固定客も付いていただけに、財団の崩壊と劇場の閉鎖は彼女にとって大きな痛手になったことは間違いない。
JR秋葉原駅の中央口に佇むのは、一緒に新たな事務所でデビュー予定のガイノイド仲間を待つ為である。
駅前のロータリーからは路線バスが発着し、道路の向かい側からは大型家電量販店のテーマソングが流れて来る。
「遅い……」
Lilyは自身の体内に搭載された電波時計が、既に約束の時間を過ぎていることに苛立ちを感じていた。
相方の未夢は自分と違って、最初からボーカロイドとして製造されたわけではなく、どちらかというとガテン系の産業ロボットとして製造されたと聞いている。
何故そんな、いかにもゴツそうなヤツがボーカロイドに転向したのかは分からない。
(きっと、時間に正確じゃないから、人間達に捨てられたのね)
そんな風に思っていると、
「す、すいません、遅れちゃって!」
つくばエクスプレスの乗り場の方から、バタバタと階段を駆け上がって来る女性がいた。
そして最後の一段の所で、
「ぅあっち!」
派手にスッ転ぶ。
「…………」
Lilyは呆れてポカンと口を開けていた。
「大丈夫です。私に損傷はありません」
Lilyのメモリーには、彼女がどうしても、待ち合わせ相手の未夢としか出なかった。
いくらスキャンしても。
「いや、聞いてないから」
その代わり、スッ転んだ場所の地面にヒビが入っていたことは内緒である。
「あなたがLilyさんですね?」
「ええ。そういうあなたが、元ガテン系の未夢さん?」
「がてん……?何ですか?」
「知らないならいいわ。まあ、確かに私より体大きいし、力もありそうね」
「はい!ダンスには自信があります!」
「だから、そういうことは聞いてないって。それより、12分42秒遅刻よ?」
「ご、ゴメンなさい。つくば駅で、区間快速に乗り遅れちゃって……。その後の快速に乗って来たんですけど……」
「言い訳はいいから。これから私も含めてあなたも飛び込む世界は、秒単位で動く仕事なんだから、遅刻は許されないよ」
「ゴメンなさい……」
「まあ、いいわ。行きましょう。新しい事務所はこの先、岩本町駅から都営新宿線に乗って行くみたい」
「はい」
昭和通りを南進する2人のガイノイド。
「あの……Lilyさんは、財団運営のボーカロイド劇場の専属だったんですよね?」
未夢が話し掛けた。
「それがどうしたの?」
「劇場が閉鎖されることになっちゃって、寂しいんじゃないですか?」
「……寂しくないって言ったら、嘘になるわね。だけど、閉鎖理由は人間都合のもので、私達の問題のせいで閉鎖されるわけじゃないから。新たな引き取り先があるだけ、私達はマシよ」
「それもそうですね」
「寂しくなんか……」
[同日10:25.都営新宿線・岩本町駅 Lily&未夢]
〔3番線の電車は、各駅停車、本八幡(もとやわた)行きです。当駅で、急行の通過待ちを致します。発車まで、しばらくお待ちください〕
ホームに降りると、各駅停車が止まっていた。
「間に合いましたね」
「ていうかアンタ、階段の昇り降り遅過ぎ!本当にダンスが得意なわけ?」
「ゴメンなさい。段差が苦手で、よく転んだりしていたもので……。あれ?そういうLilyさんも、随分後ろ髪を引かれてたんじゃありません?」
「そ、そんなこと……ないよ。私は……」
〔まもなく4番線を、電車が通過致します。危ないですから、白線の内側まで、お下がりください〕
轟音を立てて本線を通過していく急行電車。
その音に紛れて、Lilyはポツリと言った。
「さようなら……秋葉原」
〔「お待たせ致しました。10時30分発、各駅停車の本八幡行き、まもなく発車致します。ご乗車になりまして、お待ちください」〕
「さあさあ、電車に乗りましょう」
未夢はLilyを促した。
〔3番線、ドアが閉まります〕
2人のボーカロイドを乗せた電車は、ゆっくりと岩本町駅を発車した。
〔次は馬喰横山(ばくろよこやま)、馬喰横山。都営浅草線、JR線はお乗り換えです。お出口は、左側に変わります〕
「そういえば、あと1機、新しい仲間が入るんですよね?Lilyさんは聞いてます?」
空席が目立つ車内。
だがボーカロイド達は座ることなく、最後尾の車椅子スペースの所に立っている。
「製造されたばかりの新品だって聞いたわ。製造元から直接来るみたいだから、私達と違って箱詰め状態で来るんじゃない?」
「本当に出来立てホヤホヤなのね」
「財団が崩壊して、研究費用の助成が受けられなくなった研究所が悉く閉鎖されていった。ボーロカイドも量産体制に入ろうとしていた矢先の出来事だから、せっかく作られても、1曲も歌えないまま廃棄処分にされる個体も出て来るだろうって……」
「それは悲しいわね……」
[同日10:45.東京都墨田区菊川 敷島エージェンシー Lily、未夢、シンディ]
「着きましたね」
事務所は辛うじて新大橋通りに面しているものの、ビル自体は決して大きいものではなかった。
「……本当に、こういう事務所で大丈夫なのかしら?」
「行ってみないと分かりませんよ。ほらほらー」
未夢はLilyの背中を押した。
「ちょっ……!押さないでよ」
一応、ビルは築浅なのか、そんな古めかしく見える所は無かった。
それどころか、バリアフリーを意識してか、片開きの自動ドアは広く、車椅子対応エレベーターもあった。
「あなた達が新人ボーカロイドさん達かしら?」
すると、エントランスに自分達より長身の女性が立っていた。
「あ、はい!」
スキャンすると、マルチタイプと出た。
「事務所はこのビル最上階の5階よ。来なさい」
エレベーターのボタンを押す。
「私の名はシンディ。一応、事務所とあなた達の身辺警備を任務としている。よろしく」
「み、未夢です!よろしくお願いします!」
「Lilyです。劇場ではお世話になりました」
「劇場?」
「そこでお会いしたことがあるわ」
「ふーん……」
〔上に参ります〕
サイドオープン式のドアが開くと、3機のガイノイド達はエレベーターで上がった。
「あの、どうしてエレベーターで上がるんですか?別に私達、階段で上がってもいいんですよ?」
「ああ、ゴメン。私の都合」
「えっ?」
「マルチタイプは自重が重いもんだから、階段の昇り降りの時に、衝撃で階段を傷つける恐れがあるんでね」
「ええー……」
「財団があった頃は、高層ビルの高層階で、必然的にエレベーターを使用するしか無かったから、そんなに目立ってもいなかったんだけどね」
「はー……」
こうして、Lilyと未夢は無事に敷島エージェンシーに辿り着いた。
「社長、新人2人を連れて来ましたよ」
シンディが奥にいる敷島を読んだ。
「やあやあ、よく来てくれたねぇ」
「お、お世話になります!経産省つくば研究所から参りました未夢です!」
「ボーカロイド劇場から来ましたLilyです。敷島参事……もとい、敷島社長」
「そうか。Lilyとは財団時代に会ってるな」
「まあ……」
「社長、もう1機は航空便が遅れて到着は後日になるみたいよ」
と、シンディ。
「マジか。向こうで起動してもらって、旅客便に乗せた方が良かったかなー」
「それだと費用が掛かるってんで、あくまで起動はこっちでやるから、貨物便にしろってメーカーにゴネたの社長じゃない」
「ぅあっと!そうだった……」
「あの……先輩方はいらっしゃらないのですか?」
「ああ。皆、出払ってるよ。ボーカロイドのいい所は、自分でスケジュール管理ができることだな。とはいうものの、さすがにあの6人体制だけでは……なもんで、キミ達を引き取ってデビューしてもらう。Lilyの場合は再デビューになるのかな」
「まあ……。使って頂けるのなら、何でもやります」
「新しいプロデューサーも入れるつもりだから、来年度のデビューを目指して、まずは調整だな」
「はい!」
(本当に大丈夫なのかしら?)
シンディは腕組みをして、敷島と新人ボカロ達のやり取りを聞いていた。
(まあ、廃棄処分になるよりかはマシか……)
財団の崩壊に伴い、今年度末で閉鎖されることになってしまったボーカロイド劇場。
Lilyは新たな引き取り先である敷島エージェンシーへ移籍のため、それを待たずして劇場を離れることになった。
劇場では固定客も付いていただけに、財団の崩壊と劇場の閉鎖は彼女にとって大きな痛手になったことは間違いない。
JR秋葉原駅の中央口に佇むのは、一緒に新たな事務所でデビュー予定のガイノイド仲間を待つ為である。
駅前のロータリーからは路線バスが発着し、道路の向かい側からは大型家電量販店のテーマソングが流れて来る。
「遅い……」
Lilyは自身の体内に搭載された電波時計が、既に約束の時間を過ぎていることに苛立ちを感じていた。
相方の未夢は自分と違って、最初からボーカロイドとして製造されたわけではなく、どちらかというとガテン系の産業ロボットとして製造されたと聞いている。
何故そんな、いかにもゴツそうなヤツがボーカロイドに転向したのかは分からない。
(きっと、時間に正確じゃないから、人間達に捨てられたのね)
そんな風に思っていると、
「す、すいません、遅れちゃって!」
つくばエクスプレスの乗り場の方から、バタバタと階段を駆け上がって来る女性がいた。
そして最後の一段の所で、
「ぅあっち!」
派手にスッ転ぶ。
「…………」
Lilyは呆れてポカンと口を開けていた。
「大丈夫です。私に損傷はありません」
Lilyのメモリーには、彼女がどうしても、待ち合わせ相手の未夢としか出なかった。
いくらスキャンしても。
「いや、聞いてないから」
その代わり、スッ転んだ場所の地面にヒビが入っていたことは内緒である。
「あなたがLilyさんですね?」
「ええ。そういうあなたが、元ガテン系の未夢さん?」
「がてん……?何ですか?」
「知らないならいいわ。まあ、確かに私より体大きいし、力もありそうね」
「はい!ダンスには自信があります!」
「だから、そういうことは聞いてないって。それより、12分42秒遅刻よ?」
「ご、ゴメンなさい。つくば駅で、区間快速に乗り遅れちゃって……。その後の快速に乗って来たんですけど……」
「言い訳はいいから。これから私も含めてあなたも飛び込む世界は、秒単位で動く仕事なんだから、遅刻は許されないよ」
「ゴメンなさい……」
「まあ、いいわ。行きましょう。新しい事務所はこの先、岩本町駅から都営新宿線に乗って行くみたい」
「はい」
昭和通りを南進する2人のガイノイド。
「あの……Lilyさんは、財団運営のボーカロイド劇場の専属だったんですよね?」
未夢が話し掛けた。
「それがどうしたの?」
「劇場が閉鎖されることになっちゃって、寂しいんじゃないですか?」
「……寂しくないって言ったら、嘘になるわね。だけど、閉鎖理由は人間都合のもので、私達の問題のせいで閉鎖されるわけじゃないから。新たな引き取り先があるだけ、私達はマシよ」
「それもそうですね」
「寂しくなんか……」
[同日10:25.都営新宿線・岩本町駅 Lily&未夢]
〔3番線の電車は、各駅停車、本八幡(もとやわた)行きです。当駅で、急行の通過待ちを致します。発車まで、しばらくお待ちください〕
ホームに降りると、各駅停車が止まっていた。
「間に合いましたね」
「ていうかアンタ、階段の昇り降り遅過ぎ!本当にダンスが得意なわけ?」
「ゴメンなさい。段差が苦手で、よく転んだりしていたもので……。あれ?そういうLilyさんも、随分後ろ髪を引かれてたんじゃありません?」
「そ、そんなこと……ないよ。私は……」
〔まもなく4番線を、電車が通過致します。危ないですから、白線の内側まで、お下がりください〕
轟音を立てて本線を通過していく急行電車。
その音に紛れて、Lilyはポツリと言った。
「さようなら……秋葉原」
〔「お待たせ致しました。10時30分発、各駅停車の本八幡行き、まもなく発車致します。ご乗車になりまして、お待ちください」〕
「さあさあ、電車に乗りましょう」
未夢はLilyを促した。
〔3番線、ドアが閉まります〕
2人のボーカロイドを乗せた電車は、ゆっくりと岩本町駅を発車した。
〔次は馬喰横山(ばくろよこやま)、馬喰横山。都営浅草線、JR線はお乗り換えです。お出口は、左側に変わります〕
「そういえば、あと1機、新しい仲間が入るんですよね?Lilyさんは聞いてます?」
空席が目立つ車内。
だがボーカロイド達は座ることなく、最後尾の車椅子スペースの所に立っている。
「製造されたばかりの新品だって聞いたわ。製造元から直接来るみたいだから、私達と違って箱詰め状態で来るんじゃない?」
「本当に出来立てホヤホヤなのね」
「財団が崩壊して、研究費用の助成が受けられなくなった研究所が悉く閉鎖されていった。ボーロカイドも量産体制に入ろうとしていた矢先の出来事だから、せっかく作られても、1曲も歌えないまま廃棄処分にされる個体も出て来るだろうって……」
「それは悲しいわね……」
[同日10:45.東京都墨田区菊川 敷島エージェンシー Lily、未夢、シンディ]
「着きましたね」
事務所は辛うじて新大橋通りに面しているものの、ビル自体は決して大きいものではなかった。
「……本当に、こういう事務所で大丈夫なのかしら?」
「行ってみないと分かりませんよ。ほらほらー」
未夢はLilyの背中を押した。
「ちょっ……!押さないでよ」
一応、ビルは築浅なのか、そんな古めかしく見える所は無かった。
それどころか、バリアフリーを意識してか、片開きの自動ドアは広く、車椅子対応エレベーターもあった。
「あなた達が新人ボーカロイドさん達かしら?」
すると、エントランスに自分達より長身の女性が立っていた。
「あ、はい!」
スキャンすると、マルチタイプと出た。
「事務所はこのビル最上階の5階よ。来なさい」
エレベーターのボタンを押す。
「私の名はシンディ。一応、事務所とあなた達の身辺警備を任務としている。よろしく」
「み、未夢です!よろしくお願いします!」
「Lilyです。劇場ではお世話になりました」
「劇場?」
「そこでお会いしたことがあるわ」
「ふーん……」
〔上に参ります〕
サイドオープン式のドアが開くと、3機のガイノイド達はエレベーターで上がった。
「あの、どうしてエレベーターで上がるんですか?別に私達、階段で上がってもいいんですよ?」
「ああ、ゴメン。私の都合」
「えっ?」
「マルチタイプは自重が重いもんだから、階段の昇り降りの時に、衝撃で階段を傷つける恐れがあるんでね」
「ええー……」
「財団があった頃は、高層ビルの高層階で、必然的にエレベーターを使用するしか無かったから、そんなに目立ってもいなかったんだけどね」
「はー……」
こうして、Lilyと未夢は無事に敷島エージェンシーに辿り着いた。
「社長、新人2人を連れて来ましたよ」
シンディが奥にいる敷島を読んだ。
「やあやあ、よく来てくれたねぇ」
「お、お世話になります!経産省つくば研究所から参りました未夢です!」
「ボーカロイド劇場から来ましたLilyです。敷島参事……もとい、敷島社長」
「そうか。Lilyとは財団時代に会ってるな」
「まあ……」
「社長、もう1機は航空便が遅れて到着は後日になるみたいよ」
と、シンディ。
「マジか。向こうで起動してもらって、旅客便に乗せた方が良かったかなー」
「それだと費用が掛かるってんで、あくまで起動はこっちでやるから、貨物便にしろってメーカーにゴネたの社長じゃない」
「ぅあっと!そうだった……」
「あの……先輩方はいらっしゃらないのですか?」
「ああ。皆、出払ってるよ。ボーカロイドのいい所は、自分でスケジュール管理ができることだな。とはいうものの、さすがにあの6人体制だけでは……なもんで、キミ達を引き取ってデビューしてもらう。Lilyの場合は再デビューになるのかな」
「まあ……。使って頂けるのなら、何でもやります」
「新しいプロデューサーも入れるつもりだから、来年度のデビューを目指して、まずは調整だな」
「はい!」
(本当に大丈夫なのかしら?)
シンディは腕組みをして、敷島と新人ボカロ達のやり取りを聞いていた。
(まあ、廃棄処分になるよりかはマシか……)