[魔界時間03:25.魔界アルカディア王国・首相官邸 内閣総理大臣・安倍春明&イリーナ・レヴィア・スカーレット]
{「ハル!一体、どういうこと!?」}
電話口の向こうで、かつての魔王討伐パーティの女戦士だった仲間の大声が聞こえる。
その声を左耳で聞きながら、パーティの元リーダーで勇者だった首相が答えた。
「実はあの船には、大魔道師イリーナ先生のお弟子さん方が乗船されていることが分かった。このまま“ライディーン”を撃つと、お弟子さん方まで海の藻屑にしてしまう。何とかそっちで緊急停止作業ができないか?」
{「設計者が何言ってんの!『カウントダウン開始後の停止はできないから、取扱いには要注意』って言ったのアンタでしょ!?」}
「ま、まあ……そうなんだが……。照準を変えてみるとか……」
{「だから!カウントダウン開始前はどうとでもできるけど、開始後は一切できないって言ってたじゃない!」}
「そう、だよな……。すまん。つまらぬことを言ってしまった。それじゃ」
ハルは旧式の黒電話の受話器を置いた。
「すまない、イリーナ先生。“ライディーン”の緊急停止はできそうもない。最低でも1発は撃たないと、暴発してもっと大変な事態を引き起こしてしまう」
「そうですよねぇ……」
イリーナは残念そうな顔をした。
「イリーナ先生ほどの御方でしたら、お弟子さん達だけをピンポイントで召喚できる魔法をお持ちでは?」
「それが、今はダメなのよ」
「えっ?」
「どうも今、“魔の者”と近接交戦中みたいでしてね、ヘタすると“魔の者”ごと、ここに召喚してしまう恐れが……」
「そ、それは困ります!」
「“ライディーン”の発射時間は、あと何分ですか?」
「さっきレナが10分ほどだと言ってました」
「10分ですか。微妙だなぁ……」
「お詫びと言っては何ですが、“ライディーン”発動後は我が軍の飛空艇を出して救助に向かわせます」
「そうしてもらいたいものですわ。まあ、マリアとユウタ君が生き残ってたらの話ですが」
「全力を尽くします」
安倍はグッと両手の拳を握った。
「もし私の可愛い弟子達が、本当に海の藻屑になったとしたら……それ相応の責任は取って頂きますからね?」
イリーナはカッと目を見開いて安倍を見据えた。
「祖国の……遠い親戚が、靖国神社に玉串料を納めに行くようですので、ついでに祈願してもらうようにお願いしておきます」
「願いが届くといいわね」
[期日不明 時刻不明 天候:曇 クイーン・アッツァー号(船首甲板) 稲生勇太&マリアンナ・スカーレット]
辛くもジェシカに化けた“魔の者”を倒したっぽい稲生達。
しかしそのジェシカの下半身から、全身白い肌の赤ん坊が出てきて、マリアに向かってハイハイしてきた。
「な、何だ!?」
「これが、“魔の者”の正体……!?」
マリアが2〜3歩後ずさりすると、ドンと背中に何かが当たった。
振り向くとそこにいたのは、
「サンモンド船長!?いつの間に!?」
サンモンドであった。
「何故逃げるのかね?感動の親子の再会だというのに……」
「は?」
「サンモンド船長!?」
赤ん坊はマリアの右足に抱きついて泣き出した。
「サンモンド船長!いきなり何を言うんですか!?」
稲生がサンモンドに食って掛かった。
「“魔の者”の正体は、日本で言う水子だ。マリアンナが魔道師になってから現れた“魔の者”、それと向き合おうとせず日本国へ逃げたこと、無意味に子宮を狙ったこと、全て辻褄が合った!」
「な、何を言ってるんだ?私は赤ん坊のことなど知らない……」
マリアが茫然として言った。
「なるほど。イリーナのヤツ、都合良く記憶を消していたか。ならば、思い出させてやろう!現実と向き合うが良い!」
サンモンドは船長服の中から、ある物を出した。
それは赤紫色の大きなナイフだった。
「船長、それは!?」
「これこそが、“魔の者”を倒す最終兵器!マリアンナの封じられた忌まわしき記憶を解き放ち、それに向き合うことこそが、“魔の者”に対する最強の武器だということが分かった!」
サンモンドはソウルピースで作ったナイフを、赤ん坊に投げ刺した。
赤ん坊が大泣きしたと思うと光が発生し、マリアがそれに包まれる。
「いやああああああああっ!!」
マリアが頭を抱えてその場に倒れ込んでしまった。
「マリアさん!大丈夫ですか!?な、何て事するんですか、船長!?」
「案ずるな。彼女は、忌まわしき記憶と向き合わなければならない。このままイリーナのやり方だと、魔道師達はいつまでも“魔の者”に警戒し続けなくてはならなくなる」
「そ、そんな……!」
「稲生君、ここは私に任せてくれないか?上空を見たまえ」
「えっ?」
一旦は止んだはずの嵐。
しかし、また雷鳴が轟き始めている。
「魔王軍が、この船を新兵器で沈めようとしている動きがあるのは知ってるね?」
「え、ええ……」
「急がないと、この船が海の藻屑になってしまう。UAVは私が組み立てておくから、キミはそれを発射する制御室に行くんだ」
「制御室はどこに?」
「船尾部分の船底にある。キミ達が探索した機関部より、もっと船尾に近いところだ。そこへはサイドデッキを通って船尾に向かい、エレベーターで下りると良い」
「わ、分かりました」
「おっと!その前に、これを渡しておこう」
サンモンドは稲生に、ショットガンを渡した。
「プロムナードにモンスターがいたように、恐らく制御室に行く間にもモンスターはいるだろう。この銃には、銀弾が装填されている。魔物でも被弾すれば倒せるシロモノだ」
「ありがとうございます」
「急いで向かってくれ!残された時間は少ない!」
「はい!」
稲生は急いで制御室に向かった。
[期日不明 時刻不明 場所不明 マリアンナ・スカーレット]
(ここはどこだ……?)
腐臭漂う暗闇の道。
しかし、どこかで嗅いだことのある臭いだ。
それは恐らく地獄界。
自分は死んで、地獄界に堕ちたのだろうか。
ここに来る前、自分の生き様を強制的に見せられた。
それは地獄のような光景だったから、疑いようが無い。
自分は何度も輪姦された挙句、望まぬ子を宿してしまい、しかもそれが双子であること。
それが、自分が魔道師になるに当たって、契約する悪魔のベルフェゴールとの取り引きに使われたこと。
最後の最後まで他人どころか、自分の子宮から出て来た命まで蔑ろにした罪に問われ、堕獄したことは致し方無いことであろう。
しばらく歩くと、何だか明るくなってきた。
血の腐った臭いがした。
いつの間にかそこは岩場になっていて、岩山の崖から下を覗いてみると、全裸の男達がその血のように赤い池……もしくは湖みたいな所で、もがき苦しんでいた。
(ここは叫喚地獄か?しかし、それにしては獄卒がいないが……)
と、もがき苦しむ男達の所に、どこからともなく一本のロープが下ろされてきた。
1人の男が気づいて、そのロープにしがみつく。
すると、まるで芥川龍之介の“蜘蛛の糸”に出てくるカンダタの話のように、そのロープに向かって泳ごうとする男達が目立つようになる。
ところが、2番目に辿り着いた男がそのロープを掴もうとすると、赤い水の中から出て来た全裸の女に掴まれ、沈められてしまうのだ。
男達は全裸の人間のように見えたが、女達は半裸で下半身が魚の形態をした、つまりは人魚のような姿をしていた。
それどころか、中には鋭い牙を持った人魚もいて、男に食らいつくのであった。
(これは……何の地獄なんだ???)
マリアは眉を潜め、首を傾げた。
更に観察してみると、人魚達は手近にいる男を無闇やたらに狙っているわけではないということが分かって来た。
どうやら、Aという人魚はaという男を、Bという人形はbという男を特定して襲っているのである。
そうして沈めたりして弄び、食いついたりして更なる苦痛を与える。
「ようこそ。マリアンナ」
「はっ!?」
いつの間にか右隣から、女の声がした。
バッと右を向くと、見覚えのある女性がいた。
「あ、あなたは……ジェシカ!?」
「ハイ。ここでは、『初めまして』かしら?」
ジェシカはニコッと笑ってマリアに挨拶した。
「死んだあなたがここにいるってことは、私も死んだってこと……なんでしょ?ここは地獄!?地獄だよね!?」
すると再びジェシカは目を細めた。
「地獄……そうねぇ。確かに、地獄でしょうね」
「こんな形態の地獄、見たことないわ。一体、どこに所属する地獄なの?」
「……分かったわ。種明かしをしてあげる」
ジェシカがマリアに語った話とは、とても不思議なものであった。
「復讐心の強いあなたにも、是非それを満たしてもらおうと思って、ここに招待したのよ」
「招待?」
一体、どういうことなのだろうか?
{「ハル!一体、どういうこと!?」}
電話口の向こうで、かつての魔王討伐パーティの女戦士だった仲間の大声が聞こえる。
その声を左耳で聞きながら、パーティの元リーダーで勇者だった首相が答えた。
「実はあの船には、大魔道師イリーナ先生のお弟子さん方が乗船されていることが分かった。このまま“ライディーン”を撃つと、お弟子さん方まで海の藻屑にしてしまう。何とかそっちで緊急停止作業ができないか?」
{「設計者が何言ってんの!『カウントダウン開始後の停止はできないから、取扱いには要注意』って言ったのアンタでしょ!?」}
「ま、まあ……そうなんだが……。照準を変えてみるとか……」
{「だから!カウントダウン開始前はどうとでもできるけど、開始後は一切できないって言ってたじゃない!」}
「そう、だよな……。すまん。つまらぬことを言ってしまった。それじゃ」
ハルは旧式の黒電話の受話器を置いた。
「すまない、イリーナ先生。“ライディーン”の緊急停止はできそうもない。最低でも1発は撃たないと、暴発してもっと大変な事態を引き起こしてしまう」
「そうですよねぇ……」
イリーナは残念そうな顔をした。
「イリーナ先生ほどの御方でしたら、お弟子さん達だけをピンポイントで召喚できる魔法をお持ちでは?」
「それが、今はダメなのよ」
「えっ?」
「どうも今、“魔の者”と近接交戦中みたいでしてね、ヘタすると“魔の者”ごと、ここに召喚してしまう恐れが……」
「そ、それは困ります!」
「“ライディーン”の発射時間は、あと何分ですか?」
「さっきレナが10分ほどだと言ってました」
「10分ですか。微妙だなぁ……」
「お詫びと言っては何ですが、“ライディーン”発動後は我が軍の飛空艇を出して救助に向かわせます」
「そうしてもらいたいものですわ。まあ、マリアとユウタ君が生き残ってたらの話ですが」
「全力を尽くします」
安倍はグッと両手の拳を握った。
「もし私の可愛い弟子達が、本当に海の藻屑になったとしたら……それ相応の責任は取って頂きますからね?」
イリーナはカッと目を見開いて安倍を見据えた。
「祖国の……遠い親戚が、靖国神社に玉串料を納めに行くようですので、ついでに祈願してもらうようにお願いしておきます」
「願いが届くといいわね」
[期日不明 時刻不明 天候:曇 クイーン・アッツァー号(船首甲板) 稲生勇太&マリアンナ・スカーレット]
辛くもジェシカに化けた“魔の者”を倒したっぽい稲生達。
しかしそのジェシカの下半身から、全身白い肌の赤ん坊が出てきて、マリアに向かってハイハイしてきた。
「な、何だ!?」
「これが、“魔の者”の正体……!?」
マリアが2〜3歩後ずさりすると、ドンと背中に何かが当たった。
振り向くとそこにいたのは、
「サンモンド船長!?いつの間に!?」
サンモンドであった。
「何故逃げるのかね?感動の親子の再会だというのに……」
「は?」
「サンモンド船長!?」
赤ん坊はマリアの右足に抱きついて泣き出した。
「サンモンド船長!いきなり何を言うんですか!?」
稲生がサンモンドに食って掛かった。
「“魔の者”の正体は、日本で言う水子だ。マリアンナが魔道師になってから現れた“魔の者”、それと向き合おうとせず日本国へ逃げたこと、無意味に子宮を狙ったこと、全て辻褄が合った!」
「な、何を言ってるんだ?私は赤ん坊のことなど知らない……」
マリアが茫然として言った。
「なるほど。イリーナのヤツ、都合良く記憶を消していたか。ならば、思い出させてやろう!現実と向き合うが良い!」
サンモンドは船長服の中から、ある物を出した。
それは赤紫色の大きなナイフだった。
「船長、それは!?」
「これこそが、“魔の者”を倒す最終兵器!マリアンナの封じられた忌まわしき記憶を解き放ち、それに向き合うことこそが、“魔の者”に対する最強の武器だということが分かった!」
サンモンドはソウルピースで作ったナイフを、赤ん坊に投げ刺した。
赤ん坊が大泣きしたと思うと光が発生し、マリアがそれに包まれる。
「いやああああああああっ!!」
マリアが頭を抱えてその場に倒れ込んでしまった。
「マリアさん!大丈夫ですか!?な、何て事するんですか、船長!?」
「案ずるな。彼女は、忌まわしき記憶と向き合わなければならない。このままイリーナのやり方だと、魔道師達はいつまでも“魔の者”に警戒し続けなくてはならなくなる」
「そ、そんな……!」
「稲生君、ここは私に任せてくれないか?上空を見たまえ」
「えっ?」
一旦は止んだはずの嵐。
しかし、また雷鳴が轟き始めている。
「魔王軍が、この船を新兵器で沈めようとしている動きがあるのは知ってるね?」
「え、ええ……」
「急がないと、この船が海の藻屑になってしまう。UAVは私が組み立てておくから、キミはそれを発射する制御室に行くんだ」
「制御室はどこに?」
「船尾部分の船底にある。キミ達が探索した機関部より、もっと船尾に近いところだ。そこへはサイドデッキを通って船尾に向かい、エレベーターで下りると良い」
「わ、分かりました」
「おっと!その前に、これを渡しておこう」
サンモンドは稲生に、ショットガンを渡した。
「プロムナードにモンスターがいたように、恐らく制御室に行く間にもモンスターはいるだろう。この銃には、銀弾が装填されている。魔物でも被弾すれば倒せるシロモノだ」
「ありがとうございます」
「急いで向かってくれ!残された時間は少ない!」
「はい!」
稲生は急いで制御室に向かった。
[期日不明 時刻不明 場所不明 マリアンナ・スカーレット]
(ここはどこだ……?)
腐臭漂う暗闇の道。
しかし、どこかで嗅いだことのある臭いだ。
それは恐らく地獄界。
自分は死んで、地獄界に堕ちたのだろうか。
ここに来る前、自分の生き様を強制的に見せられた。
それは地獄のような光景だったから、疑いようが無い。
自分は何度も輪姦された挙句、望まぬ子を宿してしまい、しかもそれが双子であること。
それが、自分が魔道師になるに当たって、契約する悪魔のベルフェゴールとの取り引きに使われたこと。
最後の最後まで他人どころか、自分の子宮から出て来た命まで蔑ろにした罪に問われ、堕獄したことは致し方無いことであろう。
しばらく歩くと、何だか明るくなってきた。
血の腐った臭いがした。
いつの間にかそこは岩場になっていて、岩山の崖から下を覗いてみると、全裸の男達がその血のように赤い池……もしくは湖みたいな所で、もがき苦しんでいた。
(ここは叫喚地獄か?しかし、それにしては獄卒がいないが……)
と、もがき苦しむ男達の所に、どこからともなく一本のロープが下ろされてきた。
1人の男が気づいて、そのロープにしがみつく。
すると、まるで芥川龍之介の“蜘蛛の糸”に出てくるカンダタの話のように、そのロープに向かって泳ごうとする男達が目立つようになる。
ところが、2番目に辿り着いた男がそのロープを掴もうとすると、赤い水の中から出て来た全裸の女に掴まれ、沈められてしまうのだ。
男達は全裸の人間のように見えたが、女達は半裸で下半身が魚の形態をした、つまりは人魚のような姿をしていた。
それどころか、中には鋭い牙を持った人魚もいて、男に食らいつくのであった。
(これは……何の地獄なんだ???)
マリアは眉を潜め、首を傾げた。
更に観察してみると、人魚達は手近にいる男を無闇やたらに狙っているわけではないということが分かって来た。
どうやら、Aという人魚はaという男を、Bという人形はbという男を特定して襲っているのである。
そうして沈めたりして弄び、食いついたりして更なる苦痛を与える。
「ようこそ。マリアンナ」
「はっ!?」
いつの間にか右隣から、女の声がした。
バッと右を向くと、見覚えのある女性がいた。
「あ、あなたは……ジェシカ!?」
「ハイ。ここでは、『初めまして』かしら?」
ジェシカはニコッと笑ってマリアに挨拶した。
「死んだあなたがここにいるってことは、私も死んだってこと……なんでしょ?ここは地獄!?地獄だよね!?」
すると再びジェシカは目を細めた。
「地獄……そうねぇ。確かに、地獄でしょうね」
「こんな形態の地獄、見たことないわ。一体、どこに所属する地獄なの?」
「……分かったわ。種明かしをしてあげる」
ジェシカがマリアに語った話とは、とても不思議なものであった。
「復讐心の強いあなたにも、是非それを満たしてもらおうと思って、ここに招待したのよ」
「招待?」
一体、どういうことなのだろうか?