[12月26日15:08.天候:曇 JR信濃大町駅に停車中のE127系先頭車内 稲生勇太&マリアンナ・ベルフェ・スカーレット]
〔ピンポーン♪ ご案内致します。この電車は大糸線下り、各駅停車の南小谷行き、ワンマンカーです。これから先、北大町、信濃木崎、稲尾の順に、各駅に停車致します。まもなく発車致します〕
雪景色の広がる車窓。
先週乗車した冥鉄列車のように、ボックスシートに向かい合って座る魔道師の男女がいた。
進行方向向きの窓側に座るマリアは久しぶりに縁の無い眼鏡を掛けて、大師匠ダンテの著した魔道書を読んでいる。
着ている服装は先週と殆ど変わらない上、頭には稲生からプレゼントされたお気に入りのカチューシャを着けていた。
自分の体の左側と壁の間には、新しい魔道師の杖が立てかけてある。
稲生はいつもと変わらぬ私服の上に、見習用のローブを防寒着代わりに羽織っており、見習用の杖を腰のベルトに通していた。
見習用といっても、杖はそれぞれ持つ者の個性に合わせているが、稲生の場合は伸縮性に富んだものである。
杖というより棒に近く、それはまるで、警察官が持つ警棒や警備員が持つ警戒棒のそれと同じ3段式ロットであった。
魔法少女が持つ短いステッキくらいに思ってもらえれば良い。
但し、大の大人の男である稲生が魔法少女のステッキのようなものを持っているのはおかしいので、あくまでも長さはそれよりもう少し長いが、装飾はもっとシックなものということだ。
電車は定刻通りに信濃大町駅を走り出した。
〔ピンポーン♪ 今日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。この電車は大糸線下り、各駅停車の南小谷行き、ワンマンカーです。これから先、北大町、信濃木崎、稲尾の順に、終点南小谷まで各駅に停車致します。途中の無人駅では、後ろの車両のドアは開きませんので、前の車両の運転士後ろのドアボタンを押してお降りください。【中略】次は、北大町です〕
明日からまた旅行に出かけることになる2人。
その準備の為に、白馬村の中心部ではなく、もっと大きな町の大町市(ギャグではなく、本当にそういう名前)に足を伸ばしただけである。
稲生は新約聖書のような装飾、厚さの魔道書を読みながら、向かい側に座るマリアに時々目をやった。
先週行われた再登用(再・免許皆伝)には、稲生も立ち会った。
大師匠ダンテ・アリギエーリと、他の立会人としてポーリン・ルシフェ・エルミラとその弟子、エレーナ・マーロンがやってきた。
前回はイリーナが(止むに止まれぬ事情があったにせよ)勝手に免許皆伝を行ったものだったが、今回はちゃんとダンテが行う正式なものである。
日蓮正宗で言うなれば、御法主上人猊下が化儀に基づき、所化修行を修了した所化僧に対して1人前の僧侶とする儀式と同じである。
稲生はそれに立ち会えたことを光栄に思っているが、見ていると想像通りのことだったというか……。
どのような儀式を行うかは魔道書に書いてあった。
直属の師匠であるイリーナが魔法陣を描き、その真ん中にマリアが立つ。
その後でダンテが呪文を唱えながら、マリアに聖水(とは違う透明な水)のようなものを掛ける。
魔法陣が緑と白の光を出したと思うと、マリアの頭上に悪魔ベルフェゴールが狂喜の声を上げてマリアの中に入って行くというものだった。
所要時間は30分くらいだったか。
彼女には悪魔の名前を取ったミドルネームが与えられ、マリアンナ・ベルフェ・スカーレットとなった。
で、何か彼女に変わったことがあったのかというと、実は特に変わっていない。
ただ、7つの大罪の悪魔の一柱という強力な悪魔がバックに控えているということもあってか、顔色は少し良くなったかもしれない。
また、体力……というか、持久力もついたようだ。
それまでは稲生が手を引いてあげることが多かったが、今ではマリアの方が先に歩くことが多い。
その辺は変わった感じだ。
あまり大きく変わったわけではないことに、稲生は正直ホッとした。
[同日15:48.JR白馬駅 稲生&マリア]
〔ピンポーン♪ まもなく、白馬です。白馬駅では、全部の車両のドアが開きます。お近くのドアボタンを押して、お降りください。乗車券、運賃、整理券は駅係員にお渡しください。定期券は、駅係員にお見せください〕
半室構造の運転室から、ATSの警報音が聞こえる。
単線の大糸線では、白馬駅のような主要駅では上下列車の交換が行われることが多い。
その為、実際そのような時は、駅に入る為の信号(場内信号)が黄色などを現示し、その先の出発信号が赤になっている。
そういう状態であることを運転士に知らせる為の警報音だ。
〔「ご乗車ありがとうございました。白馬、白馬です。お忘れ物の無いよう、ご注意ください。1番線の電車は15時49分発、普通列車の南小谷行き、2番線の電車は同じく普通列車の信濃大町行きです。両列車とも、まもなく発車致します。お乗り遅れ、お乗り間違えの無いよう、ご注意ください」〕
稲生達が乗った列車は、1番改札口に近い1番線に到着した。
これは跨線橋を渡らずに改札口まで行けることを意味する。
白馬駅はSuicaのエリアに入っていない為、普通の乗車券で乗った2人であった。
駅からは最終のバスに乗り換える。
まだ暗くなっていないのに、もう最終バスになるほど辺鄙な場所に屋敷が建っているということだ。
もっとも、本来は人間界からは離れた場所に住むと言われる魔道師。
それが辺鄙な場所に住むのは当然である。
まだ本数僅少で、冬でも明るいうちに最終便となるとはいえ、路線バスでアクセスできるだけマシなのかもしれない。
但し、それは言い換えれば、電車のダイヤが乱れたらアウトということでもあるのだが。
こんな雪深い状態でもダイヤ通りに走れる日本の鉄道に称賛の意を心の中で唱えつつ、バスに乗り換えた。
バスの中でも魔道書を読む真面目さは、もしかしたら1人前になった変化の1つかもしれない。
確かにイリーナから剥奪される前は、よく魔道書を読んでいたような気がする。
剥奪後はあまり魔道書を読まなくなり、その代わり、趣味の人形作りに精を出すようになった。
屋敷内で働くメイド人形達の数が増えたのも、その辺りくらいだった。
稲生達が明日向かう先は東京。
ダンテ一門では、見習いが免許皆伝を受けると、皆でお祝いする風習がある。
イリーナが勝手に免許皆伝をした際はそんなイベントは行われず(行うこともなく、と言った方が正しいか)、実際に誰もお祝いに駆け付けなかったという。
しかし今回はダンテが正式にマリアを1人前と認め、“化儀”に基づいた儀式を行ったのだから、今回は盛り上がるだろうとイリーナは期待している。
先般の“魔の者”騒動による魔道師師弟が殺されたことに関しては、既に追悼の儀式を終了している。
今回はそれはそれとして、素直にマリアの再登用を喜び合おうと呼び掛けられている。
“魔の者”を撃退したことにより、ある程度の仇討ちはできているのだからと。
〔ピンポーン♪ ご案内致します。この電車は大糸線下り、各駅停車の南小谷行き、ワンマンカーです。これから先、北大町、信濃木崎、稲尾の順に、各駅に停車致します。まもなく発車致します〕
雪景色の広がる車窓。
先週乗車した冥鉄列車のように、ボックスシートに向かい合って座る魔道師の男女がいた。
進行方向向きの窓側に座るマリアは久しぶりに縁の無い眼鏡を掛けて、大師匠ダンテの著した魔道書を読んでいる。
着ている服装は先週と殆ど変わらない上、頭には稲生からプレゼントされたお気に入りのカチューシャを着けていた。
自分の体の左側と壁の間には、新しい魔道師の杖が立てかけてある。
稲生はいつもと変わらぬ私服の上に、見習用のローブを防寒着代わりに羽織っており、見習用の杖を腰のベルトに通していた。
見習用といっても、杖はそれぞれ持つ者の個性に合わせているが、稲生の場合は伸縮性に富んだものである。
杖というより棒に近く、それはまるで、警察官が持つ警棒や警備員が持つ警戒棒のそれと同じ3段式ロットであった。
魔法少女が持つ短いステッキくらいに思ってもらえれば良い。
但し、大の大人の男である稲生が魔法少女のステッキのようなものを持っているのはおかしいので、あくまでも長さはそれよりもう少し長いが、装飾はもっとシックなものということだ。
電車は定刻通りに信濃大町駅を走り出した。
〔ピンポーン♪ 今日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。この電車は大糸線下り、各駅停車の南小谷行き、ワンマンカーです。これから先、北大町、信濃木崎、稲尾の順に、終点南小谷まで各駅に停車致します。途中の無人駅では、後ろの車両のドアは開きませんので、前の車両の運転士後ろのドアボタンを押してお降りください。【中略】次は、北大町です〕
明日からまた旅行に出かけることになる2人。
その準備の為に、白馬村の中心部ではなく、もっと大きな町の大町市(ギャグではなく、本当にそういう名前)に足を伸ばしただけである。
稲生は新約聖書のような装飾、厚さの魔道書を読みながら、向かい側に座るマリアに時々目をやった。
先週行われた再登用(再・免許皆伝)には、稲生も立ち会った。
大師匠ダンテ・アリギエーリと、他の立会人としてポーリン・ルシフェ・エルミラとその弟子、エレーナ・マーロンがやってきた。
前回はイリーナが(止むに止まれぬ事情があったにせよ)勝手に免許皆伝を行ったものだったが、今回はちゃんとダンテが行う正式なものである。
日蓮正宗で言うなれば、御法主上人猊下が化儀に基づき、所化修行を修了した所化僧に対して1人前の僧侶とする儀式と同じである。
稲生はそれに立ち会えたことを光栄に思っているが、見ていると想像通りのことだったというか……。
どのような儀式を行うかは魔道書に書いてあった。
直属の師匠であるイリーナが魔法陣を描き、その真ん中にマリアが立つ。
その後でダンテが呪文を唱えながら、マリアに聖水(とは違う透明な水)のようなものを掛ける。
魔法陣が緑と白の光を出したと思うと、マリアの頭上に悪魔ベルフェゴールが狂喜の声を上げてマリアの中に入って行くというものだった。
所要時間は30分くらいだったか。
彼女には悪魔の名前を取ったミドルネームが与えられ、マリアンナ・ベルフェ・スカーレットとなった。
で、何か彼女に変わったことがあったのかというと、実は特に変わっていない。
ただ、7つの大罪の悪魔の一柱という強力な悪魔がバックに控えているということもあってか、顔色は少し良くなったかもしれない。
また、体力……というか、持久力もついたようだ。
それまでは稲生が手を引いてあげることが多かったが、今ではマリアの方が先に歩くことが多い。
その辺は変わった感じだ。
あまり大きく変わったわけではないことに、稲生は正直ホッとした。
[同日15:48.JR白馬駅 稲生&マリア]
〔ピンポーン♪ まもなく、白馬です。白馬駅では、全部の車両のドアが開きます。お近くのドアボタンを押して、お降りください。乗車券、運賃、整理券は駅係員にお渡しください。定期券は、駅係員にお見せください〕
半室構造の運転室から、ATSの警報音が聞こえる。
単線の大糸線では、白馬駅のような主要駅では上下列車の交換が行われることが多い。
その為、実際そのような時は、駅に入る為の信号(場内信号)が黄色などを現示し、その先の出発信号が赤になっている。
そういう状態であることを運転士に知らせる為の警報音だ。
〔「ご乗車ありがとうございました。白馬、白馬です。お忘れ物の無いよう、ご注意ください。1番線の電車は15時49分発、普通列車の南小谷行き、2番線の電車は同じく普通列車の信濃大町行きです。両列車とも、まもなく発車致します。お乗り遅れ、お乗り間違えの無いよう、ご注意ください」〕
稲生達が乗った列車は、1番改札口に近い1番線に到着した。
これは跨線橋を渡らずに改札口まで行けることを意味する。
白馬駅はSuicaのエリアに入っていない為、普通の乗車券で乗った2人であった。
駅からは最終のバスに乗り換える。
まだ暗くなっていないのに、もう最終バスになるほど辺鄙な場所に屋敷が建っているということだ。
もっとも、本来は人間界からは離れた場所に住むと言われる魔道師。
それが辺鄙な場所に住むのは当然である。
まだ本数僅少で、冬でも明るいうちに最終便となるとはいえ、路線バスでアクセスできるだけマシなのかもしれない。
但し、それは言い換えれば、電車のダイヤが乱れたらアウトということでもあるのだが。
こんな雪深い状態でもダイヤ通りに走れる日本の鉄道に称賛の意を心の中で唱えつつ、バスに乗り換えた。
バスの中でも魔道書を読む真面目さは、もしかしたら1人前になった変化の1つかもしれない。
確かにイリーナから剥奪される前は、よく魔道書を読んでいたような気がする。
剥奪後はあまり魔道書を読まなくなり、その代わり、趣味の人形作りに精を出すようになった。
屋敷内で働くメイド人形達の数が増えたのも、その辺りくらいだった。
稲生達が明日向かう先は東京。
ダンテ一門では、見習いが免許皆伝を受けると、皆でお祝いする風習がある。
イリーナが勝手に免許皆伝をした際はそんなイベントは行われず(行うこともなく、と言った方が正しいか)、実際に誰もお祝いに駆け付けなかったという。
しかし今回はダンテが正式にマリアを1人前と認め、“化儀”に基づいた儀式を行ったのだから、今回は盛り上がるだろうとイリーナは期待している。
先般の“魔の者”騒動による魔道師師弟が殺されたことに関しては、既に追悼の儀式を終了している。
今回はそれはそれとして、素直にマリアの再登用を喜び合おうと呼び掛けられている。
“魔の者”を撃退したことにより、ある程度の仇討ちはできているのだからと。