報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
 尚、ブログ内全ての作品がフィクションです。
 実際のものとは異なります。

“大魔道師の弟子” 「そして人間界へ」

2015-12-23 19:27:52 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[12月18日11:45.魔界アルカディア王国アルカディアシティ(一番街駅・中央線ホーム) 稲生勇太、マリアンナ・スカーレット、イリーナ・レヴィア・ブリジッド]

 時折、もやが吹き込んでくる高架鉄道のホーム。
 その霧の向こうから、明らかに機関車の汽笛と思われる音が響いて来た。
「おおっ!」
 稲生が飛び上がって驚いたのは、入替用のディーゼル機関車に牽引されて入線してきた客車列車だったからだ。
 牽引してきたディーゼル機関車は、DD12形と呼ばれる既に日本では運用されていない機関車だった。
 機関車も古ければ、客車も古い。
 スハ43系と呼ばれる旧型客車で、日本国内における通常の運用としては創価学会が破門される頃までには終了し、廃車になっている。
 JR東日本には動態保存車として数両だけ保存され、たまにイベントで運行されることがあるに留まる。
 それがこうして、現役車両として乗れるのだから凄い。
 自動ドアではないので、青白い顔をした冥鉄の車掌が内側からドアを開けた。
 引き戸でも折り戸でもなく、客車内側に向かって開けるドアである。
 高速電鉄が通常使用している1番線と2番線にやってくる電車は6両編成だが、それに合わせているのか、くすんだブルーの客車も6両あった。
「ここの車両だね」
 イリーナがキップを手に、後ろから2両目の車両に乗り込んだ。
 普通車である。
「イリーナ先生ほどの御方なら、スロに乗ってもいいのに……」
 と、稲生は思わず鉄道用語を出した。
 要は、この客車のグリーン車のことである。
「多分、今回は連結されてないと思うね」
「そうですか」
 スハ43系は急行列車として運転されていた客車で、グリーン車はリクライニングシートだが、普通車は4人用のボックスシートが並んでいる。
 但し、宇都宮線や高崎線普通列車のそれと違い、窓側にも肘掛けがある。
「他に乗客がいるんですかね?」
「多分、アタシ達だけだと思うよ〜」
「ええっ!僕達の為だけに、こんな特別列車を!?」
「まあ、アタシ達の為だけに特別ダイヤを組んでくれるとは思えないからね、さすがに。元々今日この列車がここまで運転してきて、そのまま回送になる所をアタシ達が便乗するだけのことよ」
「そ、そうですか。しかしその割には、随分ときれいに整備されてるなぁ……」
「まあ、一応カネ払って乗ってるしね。まあ、安倍ちゃん持ちだけどw」
「安倍ちゃん……」
 長距離運転の急行用客車とはいえ、床が木張りの旧型客車では、小柄な稲生とマリアはともかく、その向かい側にイリーナが座るのは窮屈そうだ。
 当時からイリーナのような体型のアメリカ人が珍しくなかった終戦直後、進駐してきた米軍関係者が、日本の鉄道車両に対し、それが1等車であっても狭い座席に閉口し、当時の運輸省にもっと広い座席を作れと命令したのも頷ける。
 もっとも、スハ43系は、昔のアメリカ人が文句を言った更に古い客車よりは広く造られている。
「アタシはこっちに座っておくから、2人でゆっくりしてなー」
 イリーナは稲生達のボックスシートとは、通路を挟んで隣のボックス席を独り占めにした。
「12時ちょうどの発車だからねー。客車を見て回るのもいいけど、乗り遅れちゃダメよー」
「あ、はい」

 そんなことを話しているうちに、客車に衝撃が走った。
 無論、鉄オタの稲生には何が起きたか想像がついた。
 先頭車に機関車が連結されたのだ。
 稲生はすぐにホームに降りて、列車の先頭に向かった。
「わあっ!」
 ブルーの客車の先に連結されたのは、これまた古めかしい電気機関車だった。
 ED16形という、日本では戦前から運用されていたものだ。
 当然、今は廃車になっている。
 しかも、客車の途中には食堂車もあった。
 営業しているのかは分からないが……。
 夢中になって見ているうちに、発車ベルが鳴り響いた。
「お客さん、早くご乗車ください!」
 ホームで監視をしている魔界高速電鉄の駅員とは違う制服を着た冥鉄の車掌が、手動ドアを開けて、そこから稲生を呼んだ。
「すいません!」
 すぐに稲生は列車に乗り込んだ。
 駅員は昼だというのに、濃霧で薄暗いからか、カンテラ(手持ちの発車合図灯)を持って車掌に発車合図を送った。
「了解!」
 車掌もまたカンテラを青く光らせて、機関車の方に向けて上下に振った。
 すると、機関車がピィーッと汽笛を鳴らして、加速を始めた。
 ドドンと客車に衝撃が走る。
 客車列車ならではの衝撃だ。
 こうして稲生達を乗せた臨時列車は12時ちょうど、臨時ホームの3番線を発車した。
 しばらくは中央線を進む。
 イリーナの話では、環状線の反対側の駅に停車し、そこを発車してからやっと冥鉄の専用線に入るのだそうだ。
 1番街駅が東京駅に相当するのだとすると、反対側は新宿駅か。
 魔界高速電鉄では、インフェルノ・アベニューと書かれている。
 青白い顔をした車掌がやってきて、イリーナ達のキップを切っていた。
「本日は亜空間トンネルが長くなっておりまして……」
 車掌が稲生達に説明する。
「ご希望の下車駅でありますJR白馬駅ですが、真夜中に到着する見込みです」
「真夜中!?」
 稲生は驚いた。
「でも冥鉄は元々人間界では、真夜中にしか運行していないはず……」
 車掌ほどではないが、そんなに顔色の良くないマリアも口を出した。
「そこをトンネル内で調整するのよ。上手く行けば数時間ほどで、真夜中の人間界に到着できるんだけどねぇ……。何かあったの?」
「大変申し上げにくいのですが、当社の船舶事業部が……」
 サンモンドが乗船する鉄道連絡船スターオーシャン号は、本来魔界には乗り入れない船である。
 それが今回の“魔の者”騒動で魔界の海に座礁してしまった為に、救出の為に、亜空間トンネルを使用することになった。
 船舶が最短ルートを使用しているため、こちら側の鉄道が長距離ルートを通らなくてはならなくなったとのこと。
「サンモンドの野郎、後で見ときなよ……!」
 イリーナの目が半分ほど開いた。
「本日はイリーナ様方の貸切でございますので、どうぞお寛ぎください」
「スロ……グリーン車は無いんですか?」
「あいにくと、当列車で連結しておりますのは普通車と食堂車のみでございます。インフェルノ・アベニューを発車しましたら営業致しますので、どうぞご利用ください」
「おー、営業するんだ」
「真夜中ってことは、少なくとも大糸線の最終列車が終わった後だよね?」
「さようでございます」
「23時以降か……。凄い乗り鉄だな」
 ユタは苦笑した。
(583系とか24系寝台車みたいに、本当に一泊する車両だったらいいんだけどな……)
 と、思った。
 もちろんスハ43系は往時、夜行列車としても運行されていたわけではあるのだが……。
(今時、リクライニングしないボックスシートで1日かぁ……)
 鉄オタの稲生には良い旅でも、マリアにはキツいのではないかと思った。
 イリーナは、
「インフェルノ駅に着くまで、30分くらいだっけ?そこを出たら、ランチにしましょう」
 と、相変わらず暢気であった。
「そうですね」
 長距離列車は時折、電気機関車の汽笛を鳴らして、王都の町中を駆け抜けて行った。
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“大魔道師の弟子” 「そして退院へ」

2015-12-23 15:28:51 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[12月18日10:00.天候:曇 魔界アルカディア王国アルカディアシティ(魔王軍病院) 稲生勇太、マリアンナ・スカーレット、イリーナ・レヴィア・ブリジッド]

 ようやくマリアに回復の兆しが現れ、それからというもの、見た目にはまだ顔色の悪さが目立つものの、何とか「後は自宅療養」の診断が出て、マリアは退院することができた。
「やっと帰れますねー」
 稲生が心底安心した様子で、マリアの荷物を持ちながら病院をあとにし、長身の魔道師師匠と小柄な魔道師に向かって振り向きながら言った。
「そうだねぃ……。だけど、まだなんだよォ」
 と、イリーナが目を細くしている状態で言った。
 目を細めて間延びした台詞を言っているうちは、イリーナも気持ちが落ち着いている状態である。
 この目が開かれると、あとは【お察しください】。
 因みにマリアは『御開眼』と呼んでいる。
「えっ?」
「安倍ちゃんに呼ばれてるから、総理官邸に行かないとね」
「安倍ちゃん……?総理……?ええっ!安倍総理が!?」
 もちろん、日本国で自民党総裁の安倍晋三首相ではない。
 このアルカディア王国で魔界共和党代表の安倍春明総理である。
「あれ?」
 一瞬稲生は総理官邸の行き方を頭の中で検索していたが、当然、そのようなVIPが電車でアクセスするわけが無く、病院の前には立派な馬車が止まっていた。
 自動車交通の無い魔界では、2つの鉄道会社による電車(または列車)以外は馬車や馬などが主流である。
 もっとも、馬頭のような馬妖怪(馬型モンスター)が2足歩行で闊歩している世界の中、普通の馬が馬車を引くというのは何とも……。
「おー、ちゃんと迎えが来てるねぃ……。んじゃ、早くあれに乗って〜」
「はあ……」
 迎えの御者は稲生達の姿を見ると恭しくお辞儀をし、馬車のドアを開けた。
 稲生達は馬車に乗り込む。
 ドアの前には踏み台が設置されていたが、車高が高いので、先に乗った稲生がまだ本調子ではないマリアの手を取って乗せるシーンがあった。
「辻馬車以外の馬車って初めて乗ったなぁ……」
「そうかい?じゃ、いい経験だね。これから魔界に出入りするようになると、結構乗る機会があるよー」
「そうですかね」
 馬車は総理官邸に向けて発車した。
 因みに車内は、タクシー代わりの辻馬車が進行方向に向いた座席が2列に並んでいるタイプなのに対し、こちらのVIP馬車は向かい合わせのボックスシートになっていた。
「安倍総理が何の御用なんでしょう?」
「“魔の者”を倒した事に対する慰労の言葉と、その他もろもろの謝辞があると思うよ。あと、“ライディーン”の発射に対する陳謝とか……」
「え?でも、“魔の者”はまだ……」
「分かってる。だけど、しばらくの間は出てこれないから、魔王軍の警戒態勢も解除されたってことで、それが大きいってことだろうね」
「そうですか」
「まあ、“ライディーン”に関してはもう安倍ちゃん達の勇み足だってことはバレてるから、日本のどこかの政治家みたいに、『一発だけだから誤射だ!』みたいなことは言わないと思うよ」
「むしろ、イリーナ先生の前でそれが言えたら凄いと思います」
「んー!さすがはユウタ君ね。大学出てるだけのことはあるわー」
「ど、どうも」

[同日10:32.魔王城隣接区画・首相官邸 稲生、マリア、イリーナ、安倍春明……その他]

 首相官邸に到着して通された部屋は、立派な調度品が並んだ、明らかに貴賓室といった感じの部屋だった。
 イリーナは出された紅茶をのほほんと啜っていたが、稲生は落ち着かない感じでその調度品を眺めたり、窓の外を覗いたりしていた。
 マリアは本調子ではないのか、1人用のソファに腰掛けたまま俯いている。
「お待たせしました」
 そこへ、安倍春明が急いだ様子で入って来る。
「安倍首相!」
 稲生は慌てて直立不動の姿勢を取った。
 マリアも立ち上がった。
 が、まだ貧血気味の低血圧のせいか、少しよろけてしまう。
 しかしイリーナはそんな弟子を支えてやりながら、ニヤけた表情を安倍に向けた。
 全く緊張の様子が見られない。
「2分遅刻よ。一国の総理が2分遅刻すると、それは世間一般の20分の遅刻に相当するんじゃなかったっけ?」
「それは遠い異国同じ仕事をしている遠い親戚のことです。アルカディア王国は、まだそこまで時間に厳しい国ではありませんので。……あ、どうぞ。お掛けになって、楽にしてください」
 緊張の面持ちで立っている稲生に対し、安倍はニッコリ笑ってソファを勧めた。
「し、失礼します!」
 稲生は慌ててマリアの隣に座った。
 が、ソファの高さを高く見積もり過ぎ、目測を誤って、まるで尻もちをつくようにドカッと座る形になってしまう。
「す、すいません!」
「いや、気にしなくて結構。この度は我が国に対する脅威を掃ってくれたこと、女王陛下に代わって御礼をお伝えします」
 安倍は如何に“魔の者”が王国にとって脅威的なものなのかを語っていた。
「総理。怖いのは“魔の者”というよりも、それを操る黒幕でしょう?」
「おっ、そうでした。これは失礼。つい、眼前の敵に捕らわれてしまってました」
「悪魔はそういう隙をすぐに突いてくるからね、お気をつけなさい」
「ごもっとも」
 安倍はこの後、“ライディーン”の発射により、稲生達を危険な目に遭わせてしまったことを陳謝した。
 しかしその後、“魔の者”を掃う為にクイーン・アッツァーを撃沈させなければならなかったからという理由があった為と、その理解を求めて来た。
「もちろん、謝礼と賠償は致します」
 安倍はパチンと応接室の外に向かって指を鳴らした。
 すると入ってきたのは、
「横田です。先般の軍事予算会議における大感動は、未だ冷めやらぬものであります」
「横田理事!」
(ていうか、軍事予算会議のどこに感動があるんだ?)
 魔界共和党宮中担当理事、横田の登場により、稲生やマリアの緊張は一気にほぐれた。
「我らが崇高な存在して、魔界の太陰であられるところのルーシー・ブラッドプール1世陛下より、皆様方への謝礼と賠償の目録でございます」
「これで、御納得頂けるかどうか……」
 イリーナは目録を受け取り、中を確認していた。
「……まあ、いいでしょう。これからも、私達と王国は協力していかなくてはならないしね。取りあえず、これで手を打たせて頂くわ」
「ありがとうございます」
「あ、それと、もう1つお願いがあるんだけど……」
「何でございましょう?」
「もう魔界での用事は済んだから、人間界に帰ろうと思うの」
「かしこまりました。では冥鉄公社に依頼して、特別列車を仕立ててもらいましょう」
(そういうことか)
 稲生はやっと流れを納得したのであった。

 会談は全て終了するまで30分ほど掛かった。
 一国の総理が30分も時間を割くのだから、魔道師の存在はそれだけこの国では大きいのだろう。
 いや、それも去ることながら、イリーナ自身の存在感かもしれない。
 何しろイリーナは一時期、この国が帝政だった頃、大魔王の隣に控える仕事をしていた時期が短期間ながらあるほどだ。
 宮廷魔導師というのだが、日本で言うところの内閣官房長官が宮内庁長官を兼務していたみたいな仕事だろうか。
 総理官邸をあとにする時、横田理事が薄笑いを浮かべて、
「イリーナ先生はシルクが主な素材の、黒系の美しいショーツを御着用ですね。マリアンナ様は……まず、白系のブラジャーでしょうか。ブラジャーの中央にあしらわれた赤いリボンが、とてもお美しい。……ショーツは、紺色のサニタリーでありますかな?最近のサニタリーショーツも、美しいデザインが多くなりました。先生方、よくお似合いであります。クフフフフフフ……」
「んなっ……!」
 マリアは顔を赤らめて魔道師の杖を振り上げた。
 しかし、イリーナがそれを抑えて、
「あらまぁ、さすがは理事殿。お見通しでいらっしゃいますわねぇ」
「この横田理事、例えどんな御召し物を召していらっしゃっても、内に隠された下着の色からデザインまで見通すことができます」
「このヘンタイ野郎!!」
 マリアが怒鳴りつけた。
「ご安心ください、マリアンナ様。この横田、服の上より内なる下着を見通す力、発揮には条件がございます」
「条件だと?」
「さようでございます。それはつまり、誰がどう見てもお美しい女性のみであります。美しい女性がどのような下着を召しておられるのか、想像するは男の性(サガ)でございますな」
「何で僕の方を見るんだ!」
 稲生は横田に抗議した。
「まあ、健全だとは思うけどね。ただ、理事殿の場合はその変態性欲が高じて、特殊能力を身に付けたといったところかしら」
「御推察にお任せ致します」
「魔界なら許される部分もあるだろうけど、人間界では思いっ切りアレだよ。分かってるね?」
「ははっ!よく肝に銘じておきます。……おっ、馬車の用意ができました。さあ、どうぞ」
「ありがとう。それと……」
 イリーナは馬車に乗り込む際、振り向きながら横田に言った。
「あなた好みの女性の下着を見通す力については分かったわ。ということは、まだ年端も行かぬ小さな女の子にも発揮できるということなのかしら?」
「しょ、将来有望な少女にありますれば……お察しください」
 横田はだらだら冷や汗を流し、ハンカチで汗を拭きながら、稲生達の馬車を他の党幹部達と共に見送ったという。
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“大魔道師の弟子” 「“魔の者”は今……」

2015-12-23 02:13:52 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[12月15日15:20.天候:晴 魔界アルカディア王国アルカディアシティ(魔王軍病院) 稲生勇太&イリーナ・レヴィア・ブリジッド]

 稲生が魔王軍病院に辿り着くと、イリーナが待ち構えていた。
「おー、ユウタ君、悪いねー。せっかく威吹君と会っていたってのに……」
「いえ。それで、マリアさんの具合は?」
「今、ちょうど眠っちゃったところ。しばらく目を覚まさないだろうから、先にホテルに入ってた方がいいかもね」
「はあ……そうですか」
「ま、一緒に行こう」
「はい」
 ホテルの場所は一番街にあるそうだ。
 期せずして、また路面電車に乗れることとなった。
 再び西公園駅の市電ターミナルに行き、そこの窓口で回数券を買った。
 これもまたビジネスクラスに乗れるタイプらしく、今度やってきた電車は日本の路面電車で運転していた車両のようだったが、路面電車まで全て網羅していなかった稲生にはどこで運転されていたのかまでは分からなかった。
 2両連結で、やはり後ろの車両は転換クロスシートになっていたが……。

[同日16:00.天候:晴 アルカディアシティ一番街・一番街ステーションホテル 稲生&イリーナ]

 宿泊先は漆喰とレンガ造りが特徴のホテル。
 一番街駅に隣接したホテルであった。
 東京の東京ステーションホテルのようなものか。
 高いホテルなのかどうか分からないが、少なくとも、外で見かけるオンラインRPGのような格好の旅人が宿泊するような場所ではないことは分かった。
 もっとも、イリーナとて、そういった意味ではオンラインRPGの魔道師の格好をしていると言えばしている。
 3階建てで、イリーナとは当然別個の部屋であったが、宛がわれた最上階の部屋はツインであった。
 ファンタジーの世界の宿屋と同じなのか、シングルは無いもよう。
 窓を開けると、眼下には一番街駅のホームが広がっていた。
 中央線ホームには、また冥界鉄道公社からの乗り入れ列車が停車していた。
 保守車両以外全て電車しか保有していない魔界高速電鉄と違い、冥界鉄道公社は電車以外の鉄道車両も幅広く保有している。
 今回は電車が止まっていた。
 それも通勤電車や中距離電車しか無い電鉄と違い、昔の急行用の電車。
 165系であった。
 どこから乗ってきたのか、誤乗した乗客達がパニクっていたが……。
 その時、机の上の西洋風の黒電話がベルを鳴らした。
「はい、もしもし?」
{「ユウタ君、荷物置いたらまた病院へ行こう。そろそろマリアが目を覚ます頃よ」}
「あ、はい。分かりました」

[同日16:30.天候:晴 魔王軍病院 稲生、イリーナ、マリアンナ・スカーレット]

 病室に入ると、マリアはまだ眠っていた。
「まだ寝てますね」
「いいから、手でも握ってあげて」
「ええっ?」
 するとマリアが苦悶の顔を浮かべてうなされ始めた。
「早く、ユウタ君!マリアの手を!」
「は、はい!」
 稲生はマリアの左手を握った。
 白い手は体温が低いのか冷やっとしたが、それでも稲生が握っててあげるとまた元の寝息を立てるようになった。
 そして寝返りを打つようになったので、
「マリアさん」
 稲生が声を掛けると、マリアが目を覚ました。
「う……。あ……」
 まだ焦点の定まらぬ目で天井を見つめた後、今度は稲生達の顔を見る。
「ユウタ……」
「おはようございます」
「あ、おはよ……」
「うん。やっぱユウタ君の“念”は本物だね」
 イリーナは目を細めて満足そうに頷いた。
「また悪い夢を見たね?」
「……“魔の者”に取り憑かれた“狼”達に“食べられそう”になる夢……」
 イリーナの質問に、マリアが虚ろな目になって答えた。
 だが追い詰められ、服を引き裂かれたところで、稲生が助けに来てくれた展開になったそうだ。
「じゃあ、ユウタ君にお礼を言わないと」
 と、イリーナが言うと、
「い、いえっ!僕は何もしてませんから!」
「手を握って念を送るって、立派なことをしたじゃない」
「それ、あんまり大したことじゃ無いんじゃ……」
「でもォ……」
「ユウタ……ありがとう……。もっと……」
 マリアは悪い顔色に微笑を浮かべると、また左手を差し出してきた。
 稲生はまた握ってあげると、イリーナを見た。
 イリーナは頷きながら、
「夕食の時間まで、そのまま握っててあげな」
 と、答えた。

[同日19:00.天候:晴 一番街ステーションホテル1Fレストラン 稲生&イリーナ]

 レストランで夕食を取る2人の魔道師師弟。
 そこでイリーナは、マリアの秘密を少し稲生に教えた。
「マリアの体が弱いのはユウタ君も知ってるね?」
「ええ。でも、それは魔道師全般に言えることなんじゃないですか?僕だって運動は得意な方じゃないですし……」
「体力が劣るのはしょうがないよ。それとは別に、いわゆる虚弱体質だってこと」
「ああ……」
「今回“魔の者”とよく戦ったのは、ユウタ君だと思う」
「そうですか?」
「クイーン・アッツァー全体が、“魔の者”に取り憑かれたようなものだからね。そこを駆けずり回っていたユウタ君の方が、疲労は大きかったはずよ」
「なるほど……」
「“魔の者”……というか、悪魔の中にはね、見た目には攻撃してきていないように見えても、相手の命を削り取る方法で襲ってくるヤツらがいるの」
「命を削り取る……?」
「そう。マリアと最初に会った時と、今とを比べてみてどう?」
「どうって……」
「最初はもう少し元気だったと思うけど?」
「あー、そう言えばそうですね……」
「まあ、昔はね、ベルフェゴールの庇護を受けていたからってのがあるけど。今はそれが無いからね」
「えーと……それってつまり……」
「“魔の者”は、今でもマリアの夢の中に入り込み、10代の頃の地獄を再現させて、今でも命を削り取っているのよ」
「何ですって!?じゃあ、“魔の者”は倒し切れていない?」
「そういうことになるね。ユウタ君がアッツァーのUAV制御室へ向かう途中、船底で見た少年の幽霊ね、あれ、“魔の者”だった可能性が高いわね」
「でも、それだと“魔の者”は僕を助けてくれたことになりますが……」
「いや、それは違う。あのままだったら、船が“ライディーン”で海の藻屑になっていたところでしょう?」
「た、確かに……」
「それは“魔の者”にとっても都合が悪いから、あなたの味方のフリをしたんだと思うけどね」
「はー……」
「もっとも、結局船は沈んじゃって、それは“魔の者”にとって、1つの敗北だと思うね」
「てことは、そこは僕達の勝ちってことでもあるわけですか」
「ま、そういうことになるね。とにかく、このままというわけには行かない。さっきダンテ先生から連絡があって、マリアの再登用の儀式を年内にやりたいってさ」
「おおー!じゃ、早いとこ、マリアさんには退院してもらわないと」
「ユウタ君、明日もマリアの手を握って念を送ってあげて。回復の兆候があれば、あとは自宅療養とかで退院できると思うから」
「はい!頑張ります!」
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