[12月18日11:45.魔界アルカディア王国アルカディアシティ(一番街駅・中央線ホーム) 稲生勇太、マリアンナ・スカーレット、イリーナ・レヴィア・ブリジッド]
時折、もやが吹き込んでくる高架鉄道のホーム。
その霧の向こうから、明らかに機関車の汽笛と思われる音が響いて来た。
「おおっ!」
稲生が飛び上がって驚いたのは、入替用のディーゼル機関車に牽引されて入線してきた客車列車だったからだ。
牽引してきたディーゼル機関車は、DD12形と呼ばれる既に日本では運用されていない機関車だった。
機関車も古ければ、客車も古い。
スハ43系と呼ばれる旧型客車で、日本国内における通常の運用としては創価学会が破門される頃までには終了し、廃車になっている。
JR東日本には動態保存車として数両だけ保存され、たまにイベントで運行されることがあるに留まる。
それがこうして、現役車両として乗れるのだから凄い。
自動ドアではないので、青白い顔をした冥鉄の車掌が内側からドアを開けた。
引き戸でも折り戸でもなく、客車内側に向かって開けるドアである。
高速電鉄が通常使用している1番線と2番線にやってくる電車は6両編成だが、それに合わせているのか、くすんだブルーの客車も6両あった。
「ここの車両だね」
イリーナがキップを手に、後ろから2両目の車両に乗り込んだ。
普通車である。
「イリーナ先生ほどの御方なら、スロに乗ってもいいのに……」
と、稲生は思わず鉄道用語を出した。
要は、この客車のグリーン車のことである。
「多分、今回は連結されてないと思うね」
「そうですか」
スハ43系は急行列車として運転されていた客車で、グリーン車はリクライニングシートだが、普通車は4人用のボックスシートが並んでいる。
但し、宇都宮線や高崎線普通列車のそれと違い、窓側にも肘掛けがある。
「他に乗客がいるんですかね?」
「多分、アタシ達だけだと思うよ〜」
「ええっ!僕達の為だけに、こんな特別列車を!?」
「まあ、アタシ達の為だけに特別ダイヤを組んでくれるとは思えないからね、さすがに。元々今日この列車がここまで運転してきて、そのまま回送になる所をアタシ達が便乗するだけのことよ」
「そ、そうですか。しかしその割には、随分ときれいに整備されてるなぁ……」
「まあ、一応カネ払って乗ってるしね。まあ、安倍ちゃん持ちだけどw」
「安倍ちゃん……」
長距離運転の急行用客車とはいえ、床が木張りの旧型客車では、小柄な稲生とマリアはともかく、その向かい側にイリーナが座るのは窮屈そうだ。
当時からイリーナのような体型のアメリカ人が珍しくなかった終戦直後、進駐してきた米軍関係者が、日本の鉄道車両に対し、それが1等車であっても狭い座席に閉口し、当時の運輸省にもっと広い座席を作れと命令したのも頷ける。
もっとも、スハ43系は、昔のアメリカ人が文句を言った更に古い客車よりは広く造られている。
「アタシはこっちに座っておくから、2人でゆっくりしてなー」
イリーナは稲生達のボックスシートとは、通路を挟んで隣のボックス席を独り占めにした。
「12時ちょうどの発車だからねー。客車を見て回るのもいいけど、乗り遅れちゃダメよー」
「あ、はい」
そんなことを話しているうちに、客車に衝撃が走った。
無論、鉄オタの稲生には何が起きたか想像がついた。
先頭車に機関車が連結されたのだ。
稲生はすぐにホームに降りて、列車の先頭に向かった。
「わあっ!」
ブルーの客車の先に連結されたのは、これまた古めかしい電気機関車だった。
ED16形という、日本では戦前から運用されていたものだ。
当然、今は廃車になっている。
しかも、客車の途中には食堂車もあった。
営業しているのかは分からないが……。
夢中になって見ているうちに、発車ベルが鳴り響いた。
「お客さん、早くご乗車ください!」
ホームで監視をしている魔界高速電鉄の駅員とは違う制服を着た冥鉄の車掌が、手動ドアを開けて、そこから稲生を呼んだ。
「すいません!」
すぐに稲生は列車に乗り込んだ。
駅員は昼だというのに、濃霧で薄暗いからか、カンテラ(手持ちの発車合図灯)を持って車掌に発車合図を送った。
「了解!」
車掌もまたカンテラを青く光らせて、機関車の方に向けて上下に振った。
すると、機関車がピィーッと汽笛を鳴らして、加速を始めた。
ドドンと客車に衝撃が走る。
客車列車ならではの衝撃だ。
こうして稲生達を乗せた臨時列車は12時ちょうど、臨時ホームの3番線を発車した。
しばらくは中央線を進む。
イリーナの話では、環状線の反対側の駅に停車し、そこを発車してからやっと冥鉄の専用線に入るのだそうだ。
1番街駅が東京駅に相当するのだとすると、反対側は新宿駅か。
魔界高速電鉄では、インフェルノ・アベニューと書かれている。
青白い顔をした車掌がやってきて、イリーナ達のキップを切っていた。
「本日は亜空間トンネルが長くなっておりまして……」
車掌が稲生達に説明する。
「ご希望の下車駅でありますJR白馬駅ですが、真夜中に到着する見込みです」
「真夜中!?」
稲生は驚いた。
「でも冥鉄は元々人間界では、真夜中にしか運行していないはず……」
車掌ほどではないが、そんなに顔色の良くないマリアも口を出した。
「そこをトンネル内で調整するのよ。上手く行けば数時間ほどで、真夜中の人間界に到着できるんだけどねぇ……。何かあったの?」
「大変申し上げにくいのですが、当社の船舶事業部が……」
サンモンドが乗船する鉄道連絡船スターオーシャン号は、本来魔界には乗り入れない船である。
それが今回の“魔の者”騒動で魔界の海に座礁してしまった為に、救出の為に、亜空間トンネルを使用することになった。
船舶が最短ルートを使用しているため、こちら側の鉄道が長距離ルートを通らなくてはならなくなったとのこと。
「サンモンドの野郎、後で見ときなよ……!」
イリーナの目が半分ほど開いた。
「本日はイリーナ様方の貸切でございますので、どうぞお寛ぎください」
「スロ……グリーン車は無いんですか?」
「あいにくと、当列車で連結しておりますのは普通車と食堂車のみでございます。インフェルノ・アベニューを発車しましたら営業致しますので、どうぞご利用ください」
「おー、営業するんだ」
「真夜中ってことは、少なくとも大糸線の最終列車が終わった後だよね?」
「さようでございます」
「23時以降か……。凄い乗り鉄だな」
ユタは苦笑した。
(583系とか24系寝台車みたいに、本当に一泊する車両だったらいいんだけどな……)
と、思った。
もちろんスハ43系は往時、夜行列車としても運行されていたわけではあるのだが……。
(今時、リクライニングしないボックスシートで1日かぁ……)
鉄オタの稲生には良い旅でも、マリアにはキツいのではないかと思った。
イリーナは、
「インフェルノ駅に着くまで、30分くらいだっけ?そこを出たら、ランチにしましょう」
と、相変わらず暢気であった。
「そうですね」
長距離列車は時折、電気機関車の汽笛を鳴らして、王都の町中を駆け抜けて行った。
時折、もやが吹き込んでくる高架鉄道のホーム。
その霧の向こうから、明らかに機関車の汽笛と思われる音が響いて来た。
「おおっ!」
稲生が飛び上がって驚いたのは、入替用のディーゼル機関車に牽引されて入線してきた客車列車だったからだ。
牽引してきたディーゼル機関車は、DD12形と呼ばれる既に日本では運用されていない機関車だった。
機関車も古ければ、客車も古い。
スハ43系と呼ばれる旧型客車で、日本国内における通常の運用としては創価学会が破門される頃までには終了し、廃車になっている。
JR東日本には動態保存車として数両だけ保存され、たまにイベントで運行されることがあるに留まる。
それがこうして、現役車両として乗れるのだから凄い。
自動ドアではないので、青白い顔をした冥鉄の車掌が内側からドアを開けた。
引き戸でも折り戸でもなく、客車内側に向かって開けるドアである。
高速電鉄が通常使用している1番線と2番線にやってくる電車は6両編成だが、それに合わせているのか、くすんだブルーの客車も6両あった。
「ここの車両だね」
イリーナがキップを手に、後ろから2両目の車両に乗り込んだ。
普通車である。
「イリーナ先生ほどの御方なら、スロに乗ってもいいのに……」
と、稲生は思わず鉄道用語を出した。
要は、この客車のグリーン車のことである。
「多分、今回は連結されてないと思うね」
「そうですか」
スハ43系は急行列車として運転されていた客車で、グリーン車はリクライニングシートだが、普通車は4人用のボックスシートが並んでいる。
但し、宇都宮線や高崎線普通列車のそれと違い、窓側にも肘掛けがある。
「他に乗客がいるんですかね?」
「多分、アタシ達だけだと思うよ〜」
「ええっ!僕達の為だけに、こんな特別列車を!?」
「まあ、アタシ達の為だけに特別ダイヤを組んでくれるとは思えないからね、さすがに。元々今日この列車がここまで運転してきて、そのまま回送になる所をアタシ達が便乗するだけのことよ」
「そ、そうですか。しかしその割には、随分ときれいに整備されてるなぁ……」
「まあ、一応カネ払って乗ってるしね。まあ、安倍ちゃん持ちだけどw」
「安倍ちゃん……」
長距離運転の急行用客車とはいえ、床が木張りの旧型客車では、小柄な稲生とマリアはともかく、その向かい側にイリーナが座るのは窮屈そうだ。
当時からイリーナのような体型のアメリカ人が珍しくなかった終戦直後、進駐してきた米軍関係者が、日本の鉄道車両に対し、それが1等車であっても狭い座席に閉口し、当時の運輸省にもっと広い座席を作れと命令したのも頷ける。
もっとも、スハ43系は、昔のアメリカ人が文句を言った更に古い客車よりは広く造られている。
「アタシはこっちに座っておくから、2人でゆっくりしてなー」
イリーナは稲生達のボックスシートとは、通路を挟んで隣のボックス席を独り占めにした。
「12時ちょうどの発車だからねー。客車を見て回るのもいいけど、乗り遅れちゃダメよー」
「あ、はい」
そんなことを話しているうちに、客車に衝撃が走った。
無論、鉄オタの稲生には何が起きたか想像がついた。
先頭車に機関車が連結されたのだ。
稲生はすぐにホームに降りて、列車の先頭に向かった。
「わあっ!」
ブルーの客車の先に連結されたのは、これまた古めかしい電気機関車だった。
ED16形という、日本では戦前から運用されていたものだ。
当然、今は廃車になっている。
しかも、客車の途中には食堂車もあった。
営業しているのかは分からないが……。
夢中になって見ているうちに、発車ベルが鳴り響いた。
「お客さん、早くご乗車ください!」
ホームで監視をしている魔界高速電鉄の駅員とは違う制服を着た冥鉄の車掌が、手動ドアを開けて、そこから稲生を呼んだ。
「すいません!」
すぐに稲生は列車に乗り込んだ。
駅員は昼だというのに、濃霧で薄暗いからか、カンテラ(手持ちの発車合図灯)を持って車掌に発車合図を送った。
「了解!」
車掌もまたカンテラを青く光らせて、機関車の方に向けて上下に振った。
すると、機関車がピィーッと汽笛を鳴らして、加速を始めた。
ドドンと客車に衝撃が走る。
客車列車ならではの衝撃だ。
こうして稲生達を乗せた臨時列車は12時ちょうど、臨時ホームの3番線を発車した。
しばらくは中央線を進む。
イリーナの話では、環状線の反対側の駅に停車し、そこを発車してからやっと冥鉄の専用線に入るのだそうだ。
1番街駅が東京駅に相当するのだとすると、反対側は新宿駅か。
魔界高速電鉄では、インフェルノ・アベニューと書かれている。
青白い顔をした車掌がやってきて、イリーナ達のキップを切っていた。
「本日は亜空間トンネルが長くなっておりまして……」
車掌が稲生達に説明する。
「ご希望の下車駅でありますJR白馬駅ですが、真夜中に到着する見込みです」
「真夜中!?」
稲生は驚いた。
「でも冥鉄は元々人間界では、真夜中にしか運行していないはず……」
車掌ほどではないが、そんなに顔色の良くないマリアも口を出した。
「そこをトンネル内で調整するのよ。上手く行けば数時間ほどで、真夜中の人間界に到着できるんだけどねぇ……。何かあったの?」
「大変申し上げにくいのですが、当社の船舶事業部が……」
サンモンドが乗船する鉄道連絡船スターオーシャン号は、本来魔界には乗り入れない船である。
それが今回の“魔の者”騒動で魔界の海に座礁してしまった為に、救出の為に、亜空間トンネルを使用することになった。
船舶が最短ルートを使用しているため、こちら側の鉄道が長距離ルートを通らなくてはならなくなったとのこと。
「サンモンドの野郎、後で見ときなよ……!」
イリーナの目が半分ほど開いた。
「本日はイリーナ様方の貸切でございますので、どうぞお寛ぎください」
「スロ……グリーン車は無いんですか?」
「あいにくと、当列車で連結しておりますのは普通車と食堂車のみでございます。インフェルノ・アベニューを発車しましたら営業致しますので、どうぞご利用ください」
「おー、営業するんだ」
「真夜中ってことは、少なくとも大糸線の最終列車が終わった後だよね?」
「さようでございます」
「23時以降か……。凄い乗り鉄だな」
ユタは苦笑した。
(583系とか24系寝台車みたいに、本当に一泊する車両だったらいいんだけどな……)
と、思った。
もちろんスハ43系は往時、夜行列車としても運行されていたわけではあるのだが……。
(今時、リクライニングしないボックスシートで1日かぁ……)
鉄オタの稲生には良い旅でも、マリアにはキツいのではないかと思った。
イリーナは、
「インフェルノ駅に着くまで、30分くらいだっけ?そこを出たら、ランチにしましょう」
と、相変わらず暢気であった。
「そうですね」
長距離列車は時折、電気機関車の汽笛を鳴らして、王都の町中を駆け抜けて行った。