報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
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 実際のものとは異なります。

“大魔道師の弟子” 「市街地に戻れ」

2015-12-20 23:47:51 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[12月15日06:00.魔界アルカディア王国アルカディアシティ・サウスエンド地区(愛称、南端村) 稲生勇太]

 基本、冬というのは日が短い。
 しかし日本においては、地域によって日の出の時刻と日の入りの時刻がかなり異なる。
 例えば北海道では16時には真っ暗になるのに対し、沖縄では17時でもまだ薄明るい。
 だから東京では16時半くらいに暗くなり、朝は6時半くらいに明るくなってくる。
 常春の国、アルカディアではどうなのかというと、常春……だからなのか、日の出の時刻が早いようだ。
 まだこの時間だというのに、もう明るくなっている。
 常春ということもあって、12月だというのにコートが要らないくらいの暖かさだ。
 明るくなってから、朝の勤行を境内の外で行った。
 夜行性が多い魔族達にあって、朝方が1番力が出ない時間帯らしく、朝はちゃんと勤行ができた稲生だった。
 祈念でマリアの体調が良くなることを願ったが、やはり正式な除籍がされていないのであれば、1度は正証寺に行くべきだろうかと思う。

 7時近くまで掛かったのは、唱題の時間を多く取ったから。
 難しい顔をして、鳥居の上から稲生を見守る威吹の姿に気づいたのは後になってからだった。

[同日06:30.同国同都市12番街・魔王軍病院(マリアの病室) マリアンナ・スカーレット]

 個室のベッドに横たわるマリアがうなされていた。
「うう……。また1人ぼっちなんて……嫌だよ………」
 そこで目が覚める。
「う……」
 マリアは目は覚めたが、しばらくの間焦点が定まらず、自分はどの向きで寝ているのかさえも感覚が掴めない。
 揺れる船にしばらくいたからなのだろうか、まるでまだその船の中にいるような感じだ。
(体が重い……)
「おはようございます。マリアンナ・スカーレットさん、具合はどうですか?」
「はあ……」
 看護師が入ってきた。
「顔色が悪いですね」
「顔色の悪さは、いつものことです」
 と、マリアは答えたが、
「昨日の検査で貧血の症状がありましたからね、今日も点滴を打つことになると思うので、今朝の症状を先生に……」
 マリアは看護師の話を適当に聞き流しながら、
(ちくしょう、“魔の者”め……。私の精気をごっそり持って行きやがって……)

 9時頃になると、
「やほー♪具合どう〜?」
 イリーナがにこやかに見舞いにやってきた。
「この状態で、いいと思ってるんですか?」
 マリアは白人なので肌が白いのは当たり前だが、それにも増して体が白く、また目には隈ができるほどであった。
 腕には点滴が通されている。
 但し、意識はしっかりしており、師匠にツッコミを入れられるほどである。
「まあ、肉体的なダメージは魔法で直せても、心のダメージは魔法じゃどうにもならないからねぇ……。そこは“魔の者”にしてやられたって感じだよね」
「サンモンド船長の行方はまだ……?」
「ゴメンねー。そういうヤツだから。まだダンテ先生を捕まえる方が楽なくらいよ」
「冥界にいるって分かってますからねぇ……」
 と、頷いたところで、ハッと気づくマリア。
「……ユウタは?」
「ユウタ君は元気で、昨日退院しちゃったよ。で、せっかくだからってんで、サウスエンドの威吹君の所にいるわ」
「サウスエンドの……博麗神社……。ユウタがいないと……また嫌な夢見ちゃう。師匠、早く家に帰りましょう」
「そんなフラフラの状態じゃ、退院はムリよ。しばらくここで療養してなさい。ユウタ君は、後で呼び戻すから。泊まる所は……安倍総理に無心すれば何とかなるでしょう」
(師匠、なんかエレーナに似てきた……)

[同日10:00.同国同都市・サウスエンド地区(南端村、博麗神社) 稲生勇太]

「え?僕に電話ですか?誰から……?あ、イリーナ先生からですか」
 南端村の村民達とて、ただ手をこまねいているわけではなかった。
 不良魔族達の百鬼夜行ぶりに対抗するため、威吹を保安官に仕立て上げるというのは先述した。
 城壁の外側の村までは行政としてはアルカディアシティ市内としても、実際は自治会が運営する隣村のようなものである。
 王国治安警察の目が届きにくいこともあって、自警団を組織することになった。
 その長として威吹が選任され、威吹は自警団員を少しでも強化する為、境内で訓練を行っている。
 傍から見れば、剣道場のようだ。
 稲生はその様子を見ていたのだが、そこへさくらから着電の話があった。
 魔界では電波が無いため、人間界のスマホは使えない。
 建物の中に入ると、黒電話があった。
「はい、もしもし?稲生です」
{「あ、稲生君?私だけど……」}
「イリーナ先生!」
{「せっかく久しぶりに威吹君と会ってるところで申し訳無いんだけど、今日中に戻ってきてくれない?」}
「マリアさんの具合、良くなったんですか?」
{「あいにくその逆で、昨日より悪くなってるのよ」}
「ええっ!?」
{「肉体的なダメージだけなら、もう退院していいレベルなんだけど、“魔の者”に心までズタズタにされたでしょ?そればっかりは魔法じゃどうにもならなくてねぇ……。ユウタ君、マリアを元気づけてあげてくれない?」}
「僕なんかでいいんですか?」
{「ちょっと手でも握ってあげて、励ましや慰めの言葉でも掛けてあげれば、明日に退院できちゃうかもね?w」}
「そ、そんなに!?でも、サウスエンドから通うのも大変そうだなぁ……」
{「だから市街地……まあ、なるべく病院の近くにしようと思うんだけど、ホテルを取ろうと思うの。そこから通えばいいと思うわね」}
「そうですか。じゃあ、午後にでも戻りますよ」
{「悪いね。後で威吹君に謝っといて」}
「分かりました」

[同日14:00.魔界高速電鉄・環状線サウスエンド駅 稲生&威吹]

「魔道師達も大変だな。ここまで来ると、同情だけはしたくなるよ」
 威吹達に事情を話すと、最初は驚いた顔をした。
 そして威吹は文句を言いたそうにしていたが、さくらが先に、それならしょうがないと答えてくれた為、威吹は黙らざるを得なかった。
 昼食の用意はしてくれたので、それをご馳走になり、しばらく休憩した後、稲生は威吹に駅まで見送られた次第である。
「いや、ほんと悪いね。威吹、たまには遊びに来なよ」
「さくらが今の人間界に馴染めるかどうかだからなぁ……。それに、今は村の中がゴタついてるからね」
「魔道師の力が必要になったら、それも言いに来てよ。僕なんかじゃ役に立たないと思うから、マリアさんやイリーナ先生にもお願いしてあげる」
「あまり期待はしていないし、そこまで落ちぶれるとも思えないが、万が一の時は頼むよ」

〔まもなく4番線に、環状線外回り電車が到着します。……〕

「おっ、電車来た」
 やってきた電車は、旧国鉄モハ72系だった。
 オリジナルの焦げ茶色ではなく、黄緑色(ウグイス色)一色に塗装されていて、まるで大昔の山手線のようだ。
「それじゃ、また会おうね」
「ああ、気をつけて」
 今度の電車は車掌が笛を吹いていた。
 どうやら、日本人の車掌らしい。
 片開きのドアが閉まると、往路のVVVFインバータとは打って変わって、釣り掛け駆動のモーターを唸らせて、旧型国電が発車した。
 稲生は空いているターコイズ・ブルーのシートに腰掛ける。
 駅を発車すると、まるで霧のトンネルのように窓の外の景色が見えなくなった。
 今日はいつもより霧が濃い日らしい。

 日本の鉄道なら濃霧の影響で運転見合わせしそうなほどだが、高架鉄道を走る旧型電車はグングン速度を上げて、一路市街地へと向かって行った。
コメント (4)
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