[12月13日18:00.魔界アルカディア王国・王都アルカディアシティ魔王軍病院 稲生勇太]
傷痍軍人の治療に当たる病院だが、稲生達のように軍隊によって災害から救助された者も収容されるらしい。
日本の自衛隊にも災害派遣という任務があるように、こちらの政府軍にも似たような任務がある。
稲生達の救助にあっては、軍隊による、船舶事故からの生存者救出活動の一環であったようだ。
アルカディア王国には、日本の海上保安庁に相当する組織が無く、海の安全に関しても軍で行っているという。
稲生が収容された病室は個室で、これはどうもイリーナらの働きによるものっぽい。
当然、マリアとは別室だ。
で、そこでイリーナとだいぶ話し込んだ。
サンモンドは新弟子である稲生の戦闘能力のデータを取る為に、つかず離れずの距離を取った協力体制を取ったのだろうという話もあった。
マリアの精神的ショックは大きく、それは肉体的なダメージよりも大きいので、しばらくの間は入院が必要とのこと。
稲生にあっては、本当に明日退院できるくらいダメージも軽かったとのこと。
クレアとジェシカの追悼式は既に終了し、イリーナが出席したこと。
マリアの再登用儀式にあっては、マリアの退院後に行うこと……。
「ヘタすりゃ、年越しちゃうかもねー」
だそうだ。
稲生は夕食が終わった後、窓の外を見ていた。
常春の国アルカディア、霧の都アルカディアシティ。
夜でも霧に包まれた町であるが、たまに霧が薄くなる日や時間帯がある。
今夜は比較的、霧が薄いらしい。
その理由は分からないが、町の郊外に高くそびえる大火山、正式名称は忘れたが、日本人移住者は『魔界富士』と呼んでいるという話を聞いた。
形が富士山に似ているからである。
その魔界富士の火口部分が溶岩で赤く光る時、霧が晴れるという言い伝えがあるそうだ。
で、実際その部分が夜空を焦がしていた。
病院の外は大通になっていて、馬車や魔界高速電鉄の路面電車が行き交っている。
もともと何も無い荒野に王都を作った大魔王バァルは、何も無いことをいいことに、札幌や京都、東京の銀座の町のように碁盤の目に城下町を作ったとされる。
電力は火山活動を利用した地熱発電や、国内にある大河と豊富な地下水脈からの水力発電で賄っているという。
「……よし!」
稲生は何を思い立ったのか、部屋を飛び出すと、マリアの部屋に向かった。
病院の入院病棟は南館と北館に分かれており、主に女性を南館、男性を北館に収容することが多かった。
魔界政府軍においては、まるで昔の共産主義国の軍隊の如く基本的に男女平等である。
これは魔族にあっては、基本的に男女共にそんなに体力差が無いことを意味する。
「マリアさん!」
稲生が急いでマリアが収容されている南館に入り、彼女の病室に飛び込んだ。
「明日……ああっ!?」
「!!!」
病室に入ると、マリアは上半身裸だった。
びっくりして、両手で胸を隠すマリア。
「すすす、すいませんでしたーっ!」
慌てて出て行く稲生であった。
マリアは入浴できる状態ではなかったので、看護師に体を拭いてもらっており、イリーナが立ち会っていたのだった。
「別にそんなに慌てなくても、ユウタ君なら別にいいのに……ねぇ?マリア?」
「い、いえ、その……」
「何も、今さらそんなに恥ずかしがらなくても……」
「いや……逆に、ああいう反応されると、むしろ恥ずかしいです……」
「あー……そういうもんか」
再び北館に戻る稲生。
「あー、ビックリした……!」
「ん?どうした、ユタ?もう退院できたのかい?」
「そ、その声は……」
振り向くと、そこにいたのは……。
「あれ?……ああ!威吹じゃないか!」
「……一瞬、ボクのこと忘れただろ?」
妖狐の威吹であった。
大魔王バァル戦で功績を上げ、大水晶に閉じ込められていた、恋仲で巫女のさくらと今は一緒に暮らしている。
それまでは稲生の家で寝食を共にしていたわけだが、さくらとの結婚を機に腰まであった髪を後ろで束ねていたのを肩の所で切っている。
形態も変わり、人間界にいた頃は両耳を尖らせた状態(いわゆる、『エルフ耳』)だったのが、今では頭から狐耳が出て、両目も少し狐目のように細くなった印象だ。
「いや、だいぶ印象が変わったからさ……」
「ここに入院したと聞いて見舞いに来たんだが、元気そうだな」
「おかげさまで。明日には退院だよ」
「そうなのか」
病室に戻る稲生。
「果物、ここに置かせてもらうよ。一部は社(やしろ)の畑で取れたものだ」
「あー、ありがとう」
威吹は果物の入ったカゴを稲生の横に起き、
「自分が食うのかい!」
そこに入っていたバナナを食べ始めた。
バァル戦での働きを認められた威吹は、新政府からアルカディアシティ内での市民権と神社を建ててもらう約束を取り付けた。
地下鉄の終点駅まで行った、長閑な場所に住んでいると聞く。
稲生との獲物盟約は、さくらとの旧盟約が再起した為、白紙となった。
妖狐の世界では、二重盟約は認められないからである。
盟約は解消されたが、盟友としての付き合いは続いており、今でも手紙のやり取りはしている。
何より、『ボク達、結婚しました!』の葉書は絶対誰かの入れ知恵であると確信している。誰かの!
「魔道師になって、かなり大変な目に遭ってるみたいだな。ボクで良かったら、いつでも力を貸すよ」
「ありがとう」
「ここなら、むしろ安全だからな」
「安全?」
「ああ。こう言っては何だが、悪い悪魔……まあ、悪魔に善いも悪いも無いが、こちらに敵対する悪魔……と言えばいいか。それに関しては、王都内ではすぐに取り締まられるので、“魔の者”とやらであっても、悪さはできないと思うよ」
「そうなのか?」
「キミ達がいるにも関わらず、新兵器を放つくらいの迅速さだからね。要は件の船が、この町に近づき過ぎたことが、“魔の者”の敗因の1つってわけだ」
「よく知ってるなぁ……」
「新聞で報道されていたからね」
威吹は着物の懐からアルカディア・タイムス日本語版を取り出した。
「ここのマスコミも、ツイッター並みに情報が早いなぁ……」
ユタは呆れた。
威吹とさくらの新婚生活も、そろそろ落ち着きを取り戻したらしい。
威吹は自分の子供が欲しいと思っているが、何しろそこは異類婚姻譚のようなもの。
受精率は同類同士と比べ、低い傾向にある。
「キノとどっちが早いかな?」
「! オレが勝つ!」
稲生はあえて、同じく(正式にではないが)栗原江蓮を嫁にした鬼族の蓬莱山鬼之助の名前を出してみた。
江連の方が折れて、『高校を卒業してから一緒に暮らす』と約束したらしい。
威吹のライバル心に、一瞬火が付いた。
どちらも人間の女性と結婚しているだけに、そこはアレなのだろう。
「まあ、キノはあんまり子供が好きそうには見えないしね」
「賽の河原で、だいぶ稼いだらしいからな」
「まだ行ってたの、あそこ!?閻魔庁の本庁勤務でしょ!?獄卒の中ではエリート官僚の……」
「ところがその仕事が退屈だってんで、『現場回り』と称して入り浸っているらしいんだ。あいつらしいよ」
「はははっ、なるほど……」
稲生と威吹は笑った。
「明日には退院か。もう1人の魔道師はどうなんだ?」
「もう少し治療が必要らしいから、しばらく入院するみたいだよ」
「そうなのか。もし泊まる所が無いんなら、ボクんちに来なよ」
「いいのかい?せっかく、さくらさんと一緒にいるのに……」
「いや、いいよいいよ。たまには来客があった方がいい」
(来客が無いのか?)
「あ、でも、ユタの宗教的な理由で神社はダメか」
「いや、別にそこの神像を拝むわけじゃないしさ」
「積もる話もあるから、待ってるよ」
懐かしい盟友との話は、消灯時間になって看護師から追い出されるまで続いたという。
傷痍軍人の治療に当たる病院だが、稲生達のように軍隊によって災害から救助された者も収容されるらしい。
日本の自衛隊にも災害派遣という任務があるように、こちらの政府軍にも似たような任務がある。
稲生達の救助にあっては、軍隊による、船舶事故からの生存者救出活動の一環であったようだ。
アルカディア王国には、日本の海上保安庁に相当する組織が無く、海の安全に関しても軍で行っているという。
稲生が収容された病室は個室で、これはどうもイリーナらの働きによるものっぽい。
当然、マリアとは別室だ。
で、そこでイリーナとだいぶ話し込んだ。
サンモンドは新弟子である稲生の戦闘能力のデータを取る為に、つかず離れずの距離を取った協力体制を取ったのだろうという話もあった。
マリアの精神的ショックは大きく、それは肉体的なダメージよりも大きいので、しばらくの間は入院が必要とのこと。
稲生にあっては、本当に明日退院できるくらいダメージも軽かったとのこと。
クレアとジェシカの追悼式は既に終了し、イリーナが出席したこと。
マリアの再登用儀式にあっては、マリアの退院後に行うこと……。
「ヘタすりゃ、年越しちゃうかもねー」
だそうだ。
稲生は夕食が終わった後、窓の外を見ていた。
常春の国アルカディア、霧の都アルカディアシティ。
夜でも霧に包まれた町であるが、たまに霧が薄くなる日や時間帯がある。
今夜は比較的、霧が薄いらしい。
その理由は分からないが、町の郊外に高くそびえる大火山、正式名称は忘れたが、日本人移住者は『魔界富士』と呼んでいるという話を聞いた。
形が富士山に似ているからである。
その魔界富士の火口部分が溶岩で赤く光る時、霧が晴れるという言い伝えがあるそうだ。
で、実際その部分が夜空を焦がしていた。
病院の外は大通になっていて、馬車や魔界高速電鉄の路面電車が行き交っている。
もともと何も無い荒野に王都を作った大魔王バァルは、何も無いことをいいことに、札幌や京都、東京の銀座の町のように碁盤の目に城下町を作ったとされる。
電力は火山活動を利用した地熱発電や、国内にある大河と豊富な地下水脈からの水力発電で賄っているという。
「……よし!」
稲生は何を思い立ったのか、部屋を飛び出すと、マリアの部屋に向かった。
病院の入院病棟は南館と北館に分かれており、主に女性を南館、男性を北館に収容することが多かった。
魔界政府軍においては、
これは魔族にあっては、基本的に男女共にそんなに体力差が無いことを意味する。
「マリアさん!」
稲生が急いでマリアが収容されている南館に入り、彼女の病室に飛び込んだ。
「明日……ああっ!?」
「!!!」
病室に入ると、マリアは上半身裸だった。
びっくりして、両手で胸を隠すマリア。
「すすす、すいませんでしたーっ!」
慌てて出て行く稲生であった。
マリアは入浴できる状態ではなかったので、看護師に体を拭いてもらっており、イリーナが立ち会っていたのだった。
「別にそんなに慌てなくても、ユウタ君なら別にいいのに……ねぇ?マリア?」
「い、いえ、その……」
「何も、今さらそんなに恥ずかしがらなくても……」
「いや……逆に、ああいう反応されると、むしろ恥ずかしいです……」
「あー……そういうもんか」
再び北館に戻る稲生。
「あー、ビックリした……!」
「ん?どうした、ユタ?もう退院できたのかい?」
「そ、その声は……」
振り向くと、そこにいたのは……。
「あれ?……ああ!威吹じゃないか!」
「……一瞬、ボクのこと忘れただろ?」
妖狐の威吹であった。
大魔王バァル戦で功績を上げ、大水晶に閉じ込められていた、恋仲で巫女のさくらと今は一緒に暮らしている。
それまでは稲生の家で寝食を共にしていたわけだが、さくらとの結婚を機に腰まであった髪を後ろで束ねていたのを肩の所で切っている。
形態も変わり、人間界にいた頃は両耳を尖らせた状態(いわゆる、『エルフ耳』)だったのが、今では頭から狐耳が出て、両目も少し狐目のように細くなった印象だ。
「いや、だいぶ印象が変わったからさ……」
「ここに入院したと聞いて見舞いに来たんだが、元気そうだな」
「おかげさまで。明日には退院だよ」
「そうなのか」
病室に戻る稲生。
「果物、ここに置かせてもらうよ。一部は社(やしろ)の畑で取れたものだ」
「あー、ありがとう」
威吹は果物の入ったカゴを稲生の横に起き、
「自分が食うのかい!」
そこに入っていたバナナを食べ始めた。
バァル戦での働きを認められた威吹は、新政府からアルカディアシティ内での市民権と神社を建ててもらう約束を取り付けた。
地下鉄の終点駅まで行った、長閑な場所に住んでいると聞く。
稲生との獲物盟約は、さくらとの旧盟約が再起した為、白紙となった。
妖狐の世界では、二重盟約は認められないからである。
盟約は解消されたが、盟友としての付き合いは続いており、今でも手紙のやり取りはしている。
何より、『ボク達、結婚しました!』の葉書は絶対誰かの入れ知恵であると確信している。誰かの!
「魔道師になって、かなり大変な目に遭ってるみたいだな。ボクで良かったら、いつでも力を貸すよ」
「ありがとう」
「ここなら、むしろ安全だからな」
「安全?」
「ああ。こう言っては何だが、悪い悪魔……まあ、悪魔に善いも悪いも無いが、こちらに敵対する悪魔……と言えばいいか。それに関しては、王都内ではすぐに取り締まられるので、“魔の者”とやらであっても、悪さはできないと思うよ」
「そうなのか?」
「キミ達がいるにも関わらず、新兵器を放つくらいの迅速さだからね。要は件の船が、この町に近づき過ぎたことが、“魔の者”の敗因の1つってわけだ」
「よく知ってるなぁ……」
「新聞で報道されていたからね」
威吹は着物の懐からアルカディア・タイムス日本語版を取り出した。
「ここのマスコミも、ツイッター並みに情報が早いなぁ……」
ユタは呆れた。
威吹とさくらの新婚生活も、そろそろ落ち着きを取り戻したらしい。
威吹は自分の子供が欲しいと思っているが、何しろそこは異類婚姻譚のようなもの。
受精率は同類同士と比べ、低い傾向にある。
「キノとどっちが早いかな?」
「! オレが勝つ!」
稲生はあえて、同じく(正式にではないが)栗原江蓮を嫁にした鬼族の蓬莱山鬼之助の名前を出してみた。
江連の方が折れて、『高校を卒業してから一緒に暮らす』と約束したらしい。
威吹のライバル心に、一瞬火が付いた。
どちらも人間の女性と結婚しているだけに、そこはアレなのだろう。
「まあ、キノはあんまり子供が好きそうには見えないしね」
「賽の河原で、だいぶ稼いだらしいからな」
「まだ行ってたの、あそこ!?閻魔庁の本庁勤務でしょ!?獄卒の中ではエリート官僚の……」
「ところがその仕事が退屈だってんで、『現場回り』と称して入り浸っているらしいんだ。あいつらしいよ」
「はははっ、なるほど……」
稲生と威吹は笑った。
「明日には退院か。もう1人の魔道師はどうなんだ?」
「もう少し治療が必要らしいから、しばらく入院するみたいだよ」
「そうなのか。もし泊まる所が無いんなら、ボクんちに来なよ」
「いいのかい?せっかく、さくらさんと一緒にいるのに……」
「いや、いいよいいよ。たまには来客があった方がいい」
(来客が無いのか?)
「あ、でも、ユタの宗教的な理由で神社はダメか」
「いや、別にそこの神像を拝むわけじゃないしさ」
「積もる話もあるから、待ってるよ」
懐かしい盟友との話は、消灯時間になって看護師から追い出されるまで続いたという。