報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
 尚、ブログ内全ての作品がフィクションです。
 実際のものとは異なります。

“大魔道師の弟子” 「ダンテ一門の魔道師たち」

2015-12-30 19:42:17 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[12月27日18:00.ホテルニューオータニ(ザ・メイン)某宴会場 稲生勇太、マリアンナ・ベルフェ・スカーレット、イリーナ・レヴィア・ブリジッド]

「凄いなぁ……」
 稲生はパーティー会場に集まった魔道師達に驚嘆していた。
 魔道師といっても様々なジャンルがある為、参加者の恰好はそれぞれ違う。
 稲生のようにスーツを着用する者もいれば、いかにも魔法使いといった黒いローブに身を包んでいる者もいた。
 また、参加者は何もダンテ一門だけということもなく、他門の魔道師や協力者も参加していた。
「よお!元気かい?」
「あっ!えーと……」
 話し掛けてきたのはローブではなく、普通に黒いコートを羽織った女性。
「タチアナさん……でしたね?」
「おっ、覚えててくれたかい。ミスター稲生」
 相模原市緑区で小さなアンティーク店を夫婦で営んでいるロシア人女性。
 ダンテ一門は、往々してロシアを中心とした東欧系の魔道師が多い。
 だから稲生のような日本人の新顔は、とても珍しいのだ。
 魔王決戦に備えて、威吹やキノ達と強化合宿に行った際、魔道師達はタチアナの家に行っている。
 稲生も連れて行かれた。
「魔法の杖は使いこなせてるかい?」
「いやー、申し訳無くも、宝の持ち腐れ状態でして……」
 稲生は警察官の警棒のような、伸縮性の短い杖……というより棒を取り出した。
「それじゃダメだね。魔道書ばっかり読んでないで、こういう実技も練習しないと」
「はは、そうですね……」

 今度は会場の別の場所で、
「お久しぶりです」
 壮年の日本人男性が話し掛けてきた。
 見た目、まるで故・児玉清氏に似ている。
「あっ、山田店長!」
 札幌でテーラーを経営している山田であった。
 表向きはオーダーメイドスーツを扱うテーラーだが、魔道師のローブも製作している協力者である。
 稲生が着用している見習用のローブは、その山田テーラーで作られた。
「ローブの着心地はいかがですか?」
「あ、はい。防寒性に優れてるだけでなく、敵からの攻撃に対する防御性も備わっていて助かってます」
「それは何よりです。是非、1人前になった暁には、また当店をご利用ください」
「よろしくお願いします」
 何だかんだ言って、稲生も他の魔道師や協力者とも顔見知りだったりした。
 マリアの方に目をやると、このパーティーの主役だというのに、あまり目立っていない。
 せいぜい、エレーナや他の同年代と思しき女性魔道師と談笑しているだけであった。
(マリアさんも笑うようになったなぁ……)
 稲生は、ほっこりとした顔をした。

 パーティーは立食形式なので、食べ放題である。
 稲生は高い位置に盛られた料理を取ろうとしたが、トングを持って背伸びしても届かない。
 難儀していると、自分より10センチ以上背の高い者が代わりに取ってくれた。
「あっ、すいません。ありがとうございます」
 振り向くと、そこにいたのはイリーナと似た体型をした女性魔道師。
 黒いドレスコートを着用し、その上から白いローブを羽織っている。
 ボブカットの黒髪に緑色の瞳が特徴だった。
「これくらい魔法で取れるようにならないとダメよ、新人さん?」
「あ、はい!すいません!」
「相変わらずね、アナスタシア」
 そこへイリーナがやってきた。
「イリーナか。怠け者のアンタが、弟子を2人も取るなんてねぇ……。また大災害でも起きそうだわ」
「大丈夫よ。もう既に起きたから」
「フン……」
「あ、あの、イリーナ先生?」
「ああ、彼女はアナスタシア・ベレ・スロネフ。名前の通り、ロシア出身だよ。まあ、アタシとは地域が違うけどね」
「シベリア鉄道が通る地域……とでも言えば分かるかしら?」
「その沿線のどこか、ですね。稲生勇太です。よろしくお願いします」
 稲生は握手をしながら、何故かシベリア鉄道の車両ではなく、日本のブルートレインの車両をイメージした。
「イリーナなんかの所じゃなく、私の所なら早く1人前になれるのにね」
「えっ?」
 稲生は目を丸くした。
 そしてアナスタシアは、ロシア語で何か言った後、その場をあとにしたのである。
「あいつは向上心が強いからねぇ……」
「何か、実力派って感じですね」
 稲生が日本のブルートレインを思い浮かべたのは、アナスタシアの名字が、ちょうど日本のブルートレインに使われている形式記号と同じだったからだ。
「でも本当、よく見ると日本人……どころか、アジア人は僕だけっぽいですね」
「まあね。ダンテ一門はね。他の門流とか行ってみると、インド人や中国人もいるんだけど……」
「何か、強そうです」
 たまにアジア系っぽいのがいるなと思ったら、山田テーラーのように協力者だったりする。
「ユウタ君が1人前になって弟子を取るようになった時、日本人で固めるという手もあるよ」
「そ、そうですかね……。でも、今は弟子候補者がなかなかいないって話では?」
「まあ、そうなんだけどね」

 それ以外にも稲生は、他の魔道師に話し掛けられたりした。
 素直に稲生の入門に対して「おめでとう」と言ってくれた者もいたが、半数以上が日本人の入門に対して懐疑的であった。
「イリーナだからこそ、入門させたのだろう」
 と言う者も。
 マリアの事情を知っている者からは、
「あのマリアの心を開かせたくらいなのだから、相当な実力者かい?」
 とも言われたが、稲生は曖昧な返事をするしか無かった。

「うーむ……」
 稲生は色々な魔道師や協力者達と話しているうちに、何だかよく分からなくなっていた。
 同じ門流でも、それぞれがそれぞれのジャンル、方針で魔法を極めているのが分かった。
 稲生はそれまでいた日蓮正宗のような組織図を思い浮かべていたのだが、どうも違うようだ。
 どちらかとういと、協同組合のようなものか。
 組合長たるダンテが基本的な方針を打ち出し、それぞれの師匠達が方針に従った上で独自の手法を行う……みたいな。
 トイレに行って用を済ませた後、宴会場の外にあるロビーに行くと、
「あ、ユウタ。ちょっといいかな?」
 マリアに呼ばれた。
「何でしょう?」
「師匠を運ぶのを手伝ってくれ」
「ええーっ!?」
 酔い潰れたイリーナがロビーのソファに横たわっていた。
「マジですか……」
「マジだ」
「アッハハハハハっ!自分の酒の量も調整できないヤツが、弟子の育成なんてできるのかしら?」
 先ほどのアナスタシアが小馬鹿……というか、本当にバカにした様子で大笑いしていた。
 そのアナスタシアの周囲には、同じようにほくそ笑む数人の弟子達が取り囲んでいる。
 皆一様に、師匠と同じく黒い衣装で統一されていた。
「アナスタシア先生、そろそろ引き上げの時間です」
 弟子の1人が懐中時計を見ながら言った。
「それじゃ私、別のホテルに宿泊しているので、これにて失礼!」
 最後にロシア語の挨拶をして立ち去るのが、彼女の定番のようである。
 稲生が首を傾げていると、
「普通に『ごきげんよう』と言ってるだけだよ」
 エレーナが不愉快そうに、稲生に教えてあげた。
 エレーナはマルチリンガルで、ロシア語も当然理解できる。
「はい、マリアンナ。うちの先生から。酔い覚ましの薬」
「あ、ああ。すまない。……カネは後払いでいいか?」
「いま払えったってムリなのは分かってるから」
「そうだな。……というわけで先生、どうぞ」
「あー、すまないねぇ……。後でポーリンに、『持つべきものは友達だねぃ』って言っといて」
「多分、物凄く嫌な顔をすると思いますが、分かりました」
「ユウタ。少し休んだら、タクシーで戻ろう」
「そうですね。先生、調子が悪そうですし」

 こうして、訳の分からないうちに、パーティー終わってしまった。
 稲生は物珍しさから、色々な参加者達から話し掛けられてしまったが、マリアはマリアでちゃんと盛り上がれたそうなので、まあ良しとするかと……。
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“大魔道師の弟子” 「再び赤坂へ」

2015-12-30 15:46:28 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[12月27日17:09.天候:晴 東京メトロ末広町駅 稲生勇太、マリアンナ・ベルフェ・スカーレット、イリーナ・レヴィア・ブリジッド]

 宿泊先のホテルに荷物を置き、一息ついてから再び会場に向かう稲生達。
 安価な運賃で乗り換え無しで会場に行けるアクセスを選んだ稲生は、少し自己満足気であった。
「えっ?大浴場入ったんですか?」
 地下への階段を下りていると、稲生が驚いたように言った。
「もう既に入れるみたいだったからねぇ……」
「先生も温泉にハマってるんですね」
「アタシだけじゃないよ。マリアもああいうホテルのてっぺんに大きなスパがあるってんで、きゃっきゃっ言ってはしゃいでいたもんねー?」
「……ほんと、笑わせてくれる」
 マリアの場合、無理やり師匠であるイリーナに付き合わされただけらしい。
「うんうん。だってー」
「そ、そうですか」

 
(末広町駅ホーム。典型的な地下鉄のホームだが、“バイオハザード・アウトブレイク2”に出てくる地下鉄駅に似てなくもない)

 ホームに着くと、まだ電車は到着していなかった。
 駅は古いが、ホームには煌々と蛍光灯が灯っており、比較的明るい。
 魔界高速電鉄のホームなどはこれの半分くらいしか照明が灯っておらず、古い地下鉄ならではのかび臭さではなく、明らかに瘴気が漂う駅や車内であった。
「魔王決戦の時は、あの辺に電車が乗り捨てられていて、その電車で一番街駅に向かったものです」
 その時の話を稲生が始めた。
 魔界に乗り込んで、稲生達は地下鉄の駅に飛び込んだのだが、その駅の構造もどことなくこの末広町駅に似ていた。
「いい判断だったね。地下から攻め入るって」
「そうなんですか?」
「元々アルカディア・メトロの地下鉄って、反乱軍が地下から攻める為に掘ったトンネルのルートを使ってるからね」
「そうなんですか!?」
 高架鉄道が城壁の上を走るトロッコ列車がルーツだったとしたなら、地下鉄は反乱軍のルート……。
 それで高架鉄道と地下鉄の仲が悪い理由が分かった気がした。

〔お待たせ致しました。まもなく1番線に、渋谷行きが到着します。白線の内側まで、お下がりください〕

「あっ、来ましたね」
 魔王決戦の際、地下鉄のステージでは、対向線を無人の暴走電車が突っ込んで来て、それが大ボスを轢き殺してくれたから助かった。
 あれが無かったら、倒せなくはなかっただろうが、無駄に時間が掛かって、直後に突入してきた政府軍との戦闘が起こっていたであろう。
 今度やってきた電車は最新型ではなく、旧式の01系と呼ばれる電車だった。
 無論、高速暴走で突っ込んでくるわけもなく、ちゃんと制御されて入線してきた。

〔末広町、末広町です。1番線の電車は、渋谷行きです〕

 比較的電車は空いていた。
 往路では立っていた稲生も、今回は魔道師師弟に挟まれるような感じで着席。

〔発車致します。閉まるドアに、ご注意ください。駆け込み乗車は、危ないですからおやめください〕

 銀座線にはまだホームドアが設置されていない。
 理由については定かではないが、日比谷線に設置されていないのと同様、上野駅のきついカーブに対応できないからかと稲生は予想している。

〔次は神田、神田です。乗り換えのご案内です。JR線は、お乗り換えください〕

 ところで、最近の東京メトロには各駅に違った発車メロディが導入されている。
 薄暗いイメージの古い地下鉄において、最新型車両の導入と明るい曲調の発車メロディはそんな古い地下鉄の暗いイメージを払拭するきっかけ作りになりそうだ。
「マリアさん、向こうで着替えるんですか?」
 稲生は隣に座るマリアに聞いた。
「? いや……?どうして?」
「いえ、パーティーだというので……」
「立食形式のカジュアルなものだから、そんなに硬くする必要は無いのよ」
 と、イリーナ。
「あ、そうなんですか」
 一応、持って来たスーツに着替えて来た稲生だった。
 これだけ見ると、とても見習いとはいえ魔道師には見えない。

[同日17:26.天候:晴 東京メトロ赤坂見附駅→ホテルニューオータニ(ザ・メイン) 稲生、マリア、イリーナ]

 往路と同じ赤坂見附駅に降り立った3人は、地上に出るとオータニを目指した。
「そういえば先生」
 稲生がイリーナに話し掛ける。
「なぁに?」
「秋葉原のホテルは僕が予約したのでいいんですが、パーティー会場はどうしてオータニなんですか?」
「んー、何でって言われてもなぁ……。アタシが会場押さえたわけじゃないからねぇ……」
 イリーナは首を傾げた。
「まあ、ダンテ先生が、あのホテルの大幹部を知ってるから、その所縁なんじゃないかねぇ……」
「そうなんですか!」
「ただ、それだけだよ。かわいい弟子に、セコい会場でパーティーというのも何だからね。それだけ、ダンテ先生からは期待されてるってことよ」
「ですって!マリアさん?」
「ああ……そうですか」
 何故かマリアは淡々としていた。
 稲生が不思議そうにしていると、
「師匠の仰ってることは間違ってないよ。ただ、冷たいところもあるからね」
「? どういうことですか?」
「この赤坂という所には、他にも高級ホテルがあるだろう?」
「まあ……」
「火事で焼け落ちたホテルもあったよね?」
「えーと……確か、ホテル・ニュージャパン。僕が生まれるずっと前の話です」
「あそこの経営者が師匠に便宜を図らなかった。その直後の火事だから」
「ええっ!?」
「言っておくけど、アタシは何もしてないよ?ただ、運気はガクッと落ちたかもしれないねぇ……」
 イリーナは目を細めたまま肩だけを竦めた。
「人脈作りなんて、こういうものよ。ユウタ君も、よく覚えておきなー」
「は、はい……」

 便宜を図ってくれる者にはそれなりの見返りを。
 図らなかった者にはそれなりの制裁を。
 まるでどこかで聞いたことのある話だと稲生は思った。
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“大魔道師の弟子” 「メトロに乗って」

2015-12-30 02:48:19 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[12月27日15:00.天候:晴 ホテルニューオータニ(ザ・メイン) 稲生勇太、マリアンナ・ベルフェ・スカーレット、イリーナ・レヴィア・ブリジッド]

 四ツ谷駅からホテルへアクセスした稲生とマリア。
 途中、上智大学のキャンパスの横を通る。
 もちろん、稲生の母校ではない。
 広いホテルでイリーナと合流できるかどうか微妙な感じがしたが、意外と簡単だった。
 何故なら……。
「やぁやぁ。よく来てくれたねぇ……」
 ちゃんとエントランスの近くにいたからである。
「あっ、先生!良かったです。すぐにお会いできて……」
 稲生がホッとした感じになる。
「心配しなくていいよ。それじゃあ早速、会場を案内しようか」
「お願いします」
 イリーナに連れられ、ホテルの奥へと向かう。
 特にフロア移動することはなく、向かった先に会場があった。
 もちろん、現時点ではまだ準備中である。
「あんまり広くない場所だけど、まあ、人数が人数だからね、しょうがないよ」
 ホテルの宴会場としては、中規模といったところか。
 それでも立食形式にしたところで、収容人数は100人もいかないと思われる。
 もっとも、それは仕方が無い。
 全世界の魔道師の人口は100人足らず。
 その中で来日できて、今日のお披露目会に参加できる者と言ったら更に限られるだろう。
「いやー、それでも、こんな高級ホテルでパーティーができるなんて凄いですよ」
 稲生は素直に答えた。
「大師匠様は、もう既にお着きですか?」
「うん。今、部屋で休んでるよ。お爺ちゃんだからね」
(僕がこの前お会いした時は、オジさんって感じだったけど……)
「師匠、場所は分かりましたので、今度は私達の宿泊先へ行きましょう」
「おっ、そうだね。会場は案内したよ。今度はユウタ君に案内してもらおうかねぃ……」
「あ、はい。お任せ下さい」
 稲生達は再びエントランスへ向かった。

[同日15:29.東京メトロ赤坂見附駅 稲生、マリア、イリーナ]

 銀座線と丸ノ内線が同時発着する駅。
 そのホームは賑わっていた。
 魔界高速電鉄の1号線は、この銀座線と丸ノ内線を足して2で割ったような形をしている。
 赤坂見附駅に相当する駅もあったような気がするが、それが何駅かまでは覚えていない。

〔まもなく3番線に、浅草行きが到着します。黄色い線の内側まで、お下がりください〕

 銀座線や丸ノ内線の駅は総じて天井が低く、小柄な稲生ですら圧迫感を感じるため、高身長のイリーナは頭をぶつける……ことは無いと思うが。
 そこは高めに作っている魔界高速電鉄とは違う。

〔赤坂見附、赤坂見附です。丸ノ内線、有楽町線、半蔵門線、南北線はお乗り換えです。3番線の電車は、浅草行きです〕

 乗換駅ということもあってか、乗降客数の多い駅でもある。
 一番街などのターミナル駅を除いて、乗換客で賑わう駅がなかなか無い魔界高速電鉄とは違う。
 電車に乗り込んだ稲生達。
 稲生はバッグを手に、電車に乗り込んだ。
 車両は新型の1000系。
 開業当時の車両1000形をモチーフにしている。
 それは当然、今は現役では走っておらず、葛西駅高架下の地下鉄博物館に1両が展示されている他、魔界高速電鉄1号線を中心に、そこではワンマン化改造されただけで元気に走っている
 運転室のすぐ後ろが良い荷物スペースとばかりに、そこに陣取る稲生であった。

〔発車致します。閉まるドアに、ご注意ください。駆け込み乗車は、危ないですからおやめください〕

 電車は何度か再開閉を繰り返して、ようやく発車した。

〔東京メトロ銀座線をご利用頂きまして、ありがとうございます。この電車は銀座、上野方面、浅草行きです。次は溜池山王、溜池山王。乗り換えのご案内です。南北線、丸ノ内線、千代田線はお乗り換えください〕

 開業当時の車両がモチーフとはいえ、最新型の車両である。
 行き先表示はフルカラーLEDで、車内の照明もLEDで明るい。
 ドアの上にはモニタもあった。
 運転室の真ん中の窓はブラインドが下ろされているが、『乗務員室』と書かれたドアにはそれが無い。
 そこからトンネルの先を見る稲生だったが、モンスターが生息している魔界の地下鉄とは違い、ここにはそんなものはいない。当たり前だ。
 イリーナとマリアは2人空いた席に座っている。
「ユウタ、相変わらずですね」
「向こうのメトロも、それで乗りこなしているんだからいいじゃないの」
 イリーナは微笑を浮かべたまま、マリアに答えた。

[同日15:44.東京メトロ末広町駅→ドーミーイン秋葉原 稲生、マリア、イリーナ]

〔出口は、左側です〕

 電車が下車駅に到着する。
「ここかい?」
「そうです」

〔末広町、末広町です。2番線の電車は、浅草行きです〕

 ここで電車を降りる稲生達。
 秋葉原電気街の北端に位置する駅ではあるが、その外れにあるのと、他路線との乗換駅になっていないこともあってか、東京の地下鉄の中では静かな駅である。
 風を巻き起こしながら発車して行く電車を見送りながら、改札口の外に出た。
 古い地下鉄の、古い駅は改札口のすぐ目の前がホームという便利な構造なのである。
 階段も、上がってすぐ地上に出られるのだが、古いならではの弊害で、現時点でこの駅にはエレベーターもエスカレーターも無いのである。
 階段に設置された、車椅子を上げ下げするリフトはあるのだが……。
「ほら、頑張れー、頑張れー」
 稲生が荷物を持ち上げながら階段を登る様を、先に上がってエールを送るイリーナだった。

 
 電気街の北端にある末広町駅。
 その大通りを渡る。
 イリーナほどの大魔道師であるなら、ダンテ同様、オータニに宿泊することもできたはずである。
 それをあえてしなかったのは、何も経費節減とか、そういうことではない。
 あのホテルは確かに高級ホテルであるが、唯一イリーナの要望を叶えることができていなかった点があったのである。

 末広町駅から徒歩数分の場所にある、稲生達の宿泊先。
 内装は和風テイストで、稲生のような日本人よりも、むしろ外国人観光客が喜びそうな雰囲気になっている。
 しかし、イリーナのお目当てはそういうことではなく……。
「では稲生様、セミダブル1室とツインを1つお取りしておきました。最上階には露天風呂付き大浴場もございますので……」
「はい。よろしくお願いします」
 稲生はキーを受け取った。
(師匠、それが目的だったか……)
 マリアはフロントマンの言葉に反応したイリーナを見て、そう思った。

「ユウタ、大変だったね」
 エレベーターに乗り込んで客室に向かう最中、マリアはポンと稲生の背中を叩いたのだった。
「えっ?いや、別に……」
 今ではネットで、イリーナのワガママ要望に見合うホテルが探し出せるので、そこはそんなに苦労したわけではなかった稲生だった。
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