報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
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 実際のものとは異なります。

“大魔道師の弟子” 「魔界高速電鉄・軌道線」

2015-12-16 21:34:27 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[12月14日09:00.魔界アルカディア王国・王都アルカディアシティ(魔王軍病院) 稲生勇太]

 クイーン・アッツァー号の戦いから1日が過ぎ、稲生は予定通りに退院した。
 しかしながらマリアのダメージ、特に精神的なものが大きく、彼女にあってはもうしばらくの入院が必要とのことであった。
「マリアは私が見ておくから、ユウタ君は威吹君ちに行ってきなー」
 イリーナはいつもの調子で、目を糸のように細くして言った。
 イリーナの感情表現については、目を見れば分かる。
「分かりました」
「環状線のサウスエンド駅から、徒歩15分の場所にあるから。気をつけて行ってきて」
「はい」

 イリーナは稲生に、魔界の貨幣で小遣いを渡した。
 通貨は確かゴッズだったような……。
 レートについては分からない。
 稲生はまず病院を出ると、アルカディア西公園に向かった。
 病院から徒歩5分の近所である。
 実はここは路面電車のターミナル駅としても機能している。
 東京で言うところの日比谷辺りに相当する。
 その前に稲生は、雑貨屋に立ち寄る。
 そこで今日のアルカディア・タイムス日本語版とお泊りセット、そして手土産に何か菓子折りを持って行くことにした。

[同日09:30.アルカディアシティ・西公園電停 稲生]

 市電のターミナルということもあって、色んな系統の電車が引っ切り無しに発着している。
 これだけあれば、当然案内所もあるわけだ。
 基本的にここの路面電車は1両だけのワンマン運転と、2両連結のツーマン運転とに分かれている。
 どの系統が何両ということはなく、とても無節操である。
 稲生は案内所で、環状線との乗り継ぎ乗車券を買うことにした。
 窓口にいたのは、両目が前髪に隠れた人型モンスター。
 口元から覗く牙が、いかにも魔族であることを物語っている。
 ここは日本ではない。
 外国そのものである。
 稲生は英語で環状線乗り継ぎキップを1枚買い求めた。
 魔族というのは独自の言語を持っていることが多く、彼らにとって人語は単なる公用語に過ぎない。
 なので、こちらが流暢な公用語を喋ったところで、通じないこともある。
 この人型魔族も、あまり聞き取れない英語で返してきた。
 それでもちゃんと注文通りのキップを出してきたので、稲生は更に手持ちのメモ帳に2両の電車の絵を書き、
「このキップで乗っていいのは、どっちの車両ですか?」
 と、英語で聞いた。
 すると魔族係員、後ろの車両の絵を鋭い爪の生えた人差し指で指し、
「ビジネスクラス!」
 と、答えた。

 1両だけの電車の場合、単にエコノミークラスだけであるようだ。
 もちろん、ビジネスクラスに乗る権利のあるキップを持つ者であっても乗車ができる。
 稲生はせっかくなので、2両連結の路面電車に乗ることにした。
 目指すは1番街ステーション。
 そこから高架鉄道の環状線に乗り換える。
 電車は高架鉄道も地下鉄もそうだが、路面電車も系統番号を掲げているだけで、具体的な行き先は書いていない。
 それもまた外国の路面電車のようだった。
 乗り込んだ電車は7系統。
 実は数ある電停ではそれぞれの行き先方面に振り分けられているので、『For 1st.Ave.』と書かれた所で待てば良く、電車によっては手書きで具体的な経由地や終点が書かれていることがある。
 稲生が乗ったヨーロッパ風の電車には書いていなかったが。
 どこがビジネスクラスなのかと思ったが、先頭車がロングシートに対し、ビジネスクラスとされる後部車両が転換クロスシート(京急2100形、JR西日本221系、223系など)になっているだけだった。
 それでも通常運賃だと高めなのだろう。
 前部車両と比べると空いているのは事実だ。

 車掌は恐らく人間なのだろう。
 どことなく中東系のような褐色の肌をした中年の男が、時間になると、紐を引っ張ってチンチンと発車の合図を出した。
 いわゆる、釣り掛け駆動と呼ばれる昔の電車のモーター音を唸らせて電車が走り出す。
 車内放送は特に無いが、東京の丸ノ内や大手町に相当する1番街駅で降りる乗客は多いのは明らかで、それを見るしかなかった。
 交差点には信号機が無く、路面電車が優先であることは徹底されているようだが、路面電車同士だとどうしているのかが不明だ。
 何しろ稲生は、前の“魔の者”との戦いで、路面電車同士の事故に遭遇している。
 見ると、一応、道路の広い所から来る方だとか、1両電車より2両の方が優先的みたいなところがある。
 で、その間を歩行者や馬車が縫うように往来するものだから、日本では有り得ない光景だ。
 しかもこの路面電車、“車内販売”まであった。
 明らかに信号機が無いのに交通量が多い交差点では、警察官らしいのがそのど真ん中に立って交通整理をしているのだが、そこで止まった電車に乗り込んだ男が大きめの瓶に入った飴玉を売り歩き始めた。
 いくらかは聞きそびれた稲生だったが、恐らくそんなに高くない。
 日本円で10円もすればいいのではないか。
 そんな感じだった。
 その“車内販売員”も押し売りはしない感じだったし、車掌も文句を言う気配が無い。
 ゲリラ販売の如く、次の交差点で止まった所で降りていった。
 日本では有り得ない光景であるが、意外と外国の、それも発展途上国ではよくあることだそうである。

 と、そこへ車掌が束ねたキップを稲生の顔の前でトランプのように弾いて見せた。
 他の乗客にも同じことをしているのを見ると、これが、
「運賃を払え」
 という意味らしい。
 そこで稲生が案内所で買った乗り継ぎキップを見せると、そんなに売れ行きの良くないキップだったのか、
「え?こんなのあったっけ?」
 みたいな顔をしたが、すぐに納得して次の乗客の所へ行ってしまった。

 たかだか15分くらいの乗車時間であったが、それでも稲生にとっては、カルチャーショックの市電の旅であった。
 無事に1番街ステーションに到着した稲生は、魔界高速電鉄・高架鉄道線の駅に入っていった。
 因みに隣接するように口をぽっかり開けているのが、地下鉄線の入口。
 今乗って来た路面電車といい、前回乗った地下鉄といい、これから乗る高架環状線といい、全て同じ鉄道会社による運営とはとても思えない雰囲気を放っていた。
 恐らく、少し昔の名古屋鉄道(名鉄)みたいな鉄道会社なのかもしれない。
 高架を走る路線あり、地下鉄に直通する路線あり、そして路面電車(岐阜市内線、美濃町線など)もつい10年くらい前まで運行していた。
(乗り鉄するには飽きない鉄道だな)
 稲生はそう思い、乗り継ぎキップを手に高架鉄道の駅舎に入って行った。
コメント
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