報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
 尚、ブログ内全ての作品がフィクションです。
 実際のものとは異なります。

“大魔道師の弟子” 「南端村の諍い」

2015-12-19 22:17:20 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[12月14日17:00.天候:晴 魔界アルカディア王国アルカディアシティ・サウスエンド地区(愛称、南端村) 稲生勇太&威吹邪甲]

「は?勤行やるって?」
 威吹は素っ頓狂な声を上げた。
「まだ除籍されていないんなら、やる義務がある」
「い、いや、いいんじゃないかな……」
 威吹は稲生が顕正会員だった頃を知っているが、“魔の通力”による霊力の無節操右肩上がりがトラウマになっており、それは正宗信徒になってからも威吹の気持ちは変わることは無かった。
 何しろ寺と僧侶は、妖怪の天敵だからである。
 その信徒となるというのだから……。
 但し、“資産価値”は上がる。
 熱心な仏教信者を“獲物”にしたというステータスは。
「大石寺の方向はどっち?」
「知らないよ。ここは魔界なんだから……」
「じゃあ、東はどっち?」
「そもそも、太陽が無いから」
 そう。
 魔界には月も太陽も無い。
 人間界に合わせて1日24時間制を取っているが、それでも時間がズレることがある。
 どれくらいズレるかというと、人間界の閏年が4年に1回なのに対し、ほぼ隔月で閏月を設けるほど。
 つまり、魔界には30日止まりの月が無い。
 2月も31日まである。
 だから、魔界から人間界と行き来しても、日付がズレるのである。
 12月のような大の月は31日までで、それは何とか人間界に合わせたいという思いから来ている。
 それはつまり、魔界の方が流れる時間は遅いのだと思われる。
 1日を27時間制とか32時間制とかにすれば良いのかもしれないが、それだとますます人間は住めなくなるだろう。
 因みに、魔王城の吹き抜け大ホールにある巨大時計の文字盤を見ると、12時と1時の間に『13時』が存在する。
 大魔王バァル王権の魔界は、1日が26時間だったのか。
 と、思うと、どうも時計の動きが人間界のそれとまた違うので、そうとも言えない。
 魔族達に聞くと、大魔王の生活リズムに皆合わせていたので、いちいち日付や時間なんか気にしていなかったらしい。
 人間達がそれに死ぬほど拘ることに驚いているそうだ。
 それは恐らく、太陽や月が存在しない世界だからだろう。
 それでも方位磁針はちゃんと作動するので、それで東西南北は分かる。
 サウスエンドという名前やそれから付けられた南端村が良い例だ。
「東はどっちかって聞いてるんだ!」
「……向こうだ」
 稲生がいい加減にしろとばかりに強く言うと、威吹は眉を潜めて東の方向を指さした。
「大石寺の方向が分からない時は、東に向かって勤行だ。……と、ここは場所が悪いな」
「どこへ行くつもりだ?」
「さすがに神社の境内じゃ場所が悪い。その外に出るよ」
「気をつけろよ。暗くならないうちに戻るんだ。この辺りも不用心だからな」
「分かってるよ」
 稲生は数珠と経本を持って、威吹達の住まいから離れた。

 とはいえ、そんなに離れていない。
 公園として整備されている所にベンチがあるので、そこに座った。
 ちょうど東を向いている。
 薄暗くなる頃には、人けも殆ど無くなった。
「南ー無ーっ!妙ー法ー蓮ー華ーきょ……!?」
 稲生が引き題目をしていると、目の前に魔族の死体が転がって来た。
「ユタ!下がれっ!」
「威吹!?」
 いつの間にか稲生は、明らかに悪意のある魔族達に取り囲まれており、威吹が自慢の妖刀で斬り伏せていた。
「裏切り者のイブキ!」
「死にさらせ!このクソカス!」
「人間の女に骨抜きにされたヤツが!」
「威吹に用なのか?」
 稲生は急いで威吹が開けた突破口から包囲網を出て、威吹の後ろに回った。
「いや、狙いはユタだろう。だが、ボクが助けに来たことが、あいつらには面白くないってことだな」
「てめぇは魔族のくせに、人間の味方するのか!」
「とんだ勘違いだな。オレに市民権をくれたのは、お前達の女王であるルーシー・ブラッドプール陛下だったと思うが……」
「安倍の野郎からだろう!」
 書類には確かにルーシーの名前が記されており、本人の直筆サインも入っている。
 が、ルーシーはサインをしただけで、それ以外の手続きは魔界における人間代表の安倍首相や安倍の部下達である。
「何はともあれ、ここにいる人間はオレの盟友だ。勝手な手出しは許さん」
「どこまでも人間の味方をするヤツだな!」
「人の血の美味さを知らねぇのか!」
「それは……」
「それは違う!」
 と、稲生が反論した。
「ユタ?」
 威吹が目を丸くした。
「威吹が大昔、人喰い妖狐だったことは有名な話だろ!?威吹が人喰いをやめたのは、威吹の英断だ!」
「はあ?」
「おい、何言ってんだ、あいつ?」
「プwww 巫女にヤられたからだろう?」
「威吹はさくらさんを食べる為に、人喰いをやめたんだ!そして、その後は僕を食べる為に人喰いをやめた!」
「ユタ……。おい、お前達、ユタの言っている意味が分かったヤツは手を挙げろ」
 誰も手を挙げなかった。
「威吹は高貴な妖怪、妖狐だ!何でもかんでも食べる悪食じゃない!美食家だ!あさましく人肉を貪り、食い散らかすお前達とは雲泥の差だ!!」
「……その通り。人の血の味を覚え、それに対して至った境地……。それが、人喰いをやめることだった。それでも、納得できないのなら掛かってこい!」
 半分ほどが威吹の刀、そして爪の餌食になった。
 残りは捨て台詞を吐いたり、暴言を吐きながら逃げていった。

[同日18:00.サウスエンド地区(南端村)博麗神社 稲生、威吹、さくら]

 夕食を共にする稲生。
「さくらさんの手作りですか。いやー、美味しいですねぇ。威吹は幸せ者だァ!」
 稲生はパクパクと食べた。
 和食の中にも肉類が多いのは、威吹の趣向に合わせているものと思われる。
「おかわり、まだありますからね」
「どうもすいません!」
「……まさか、ユタがボクの人食を肯定してくれるとはね、意外だったよ」
 威吹はお猪口に入れた酒をクイッと飲むと、そう言った。
「まあ、威吹は元々そういう妖怪だったし。むしろ、さくらさんや僕との約束をちゃんと守ったってことが嬉しかったよ」
「威吹は、稲生さんと御一緒の時も、人喰いを自粛していたそうで……」
 と、さくら。
「ええ。大丈夫です。彼はちゃんと守ってましたよ」
「そうですか」
「人間との約束なんかどうでもいいっていう妖怪もいるのにね」
「高等妖怪たるもの、盟約は順守するのが鉄則だ」
(何か、高位の悪魔ほど契約をきっちり守るってのに似てるなぁ……)
 と、稲生は吸い物を啜って思った。
「とにかく、これでこの村の不用心さが分かっただろう?昼間はそんなでも無いんだが、市街地を追い出された不良妖怪達が夜は闊歩している。ボクが睨みを利かせているおかげで、少なくともこの神社には入って来ない。だからユタ、滞在中はなるべく神社から出ない方が良い」
「分かったよ」

 安倍政権の支持者は人間ばかりで、魔族の利権を縮小させた安倍春明は魔族からの支持はあまり無い。
 ましてや、魔王討伐隊の元・勇者という肩書きも彼らを刺激しているのは事実だ。
 サウスエンドという名前も魔族の住民が付けた名前で、人間の住民が使用している南端村という名称は浸透していない。
 地区長は人間だが威吹には好意的であり、実力があって人間にも友好的な威吹を村の保安官のような者にしたいらしいが、人間の住民の中には威吹を警戒している者もおり、そう簡単な問題ではないそうだ。
(郊外も郊外で、結構大変なんだなぁ……)
 さくらとの生活は幸せそのものだが、住んでいる場所の治安情勢が不安だらけなのは事実のようだ。
 もっとも、稲生に何かできるというわけでもないのだが……。
コメント
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