[12月10日10:00.天候:吹雪 ペンション“ドッグ・アイ”]
チェックアウトの10時になったが、結局205号室に宿泊している2人の男性客は出てこなかった。
そこでオーナーの大沢氏がスペアキーを持って、その部屋に向かうことにした。
私と高橋君、そして安沢氏も付いてくる。
高橋:「何でキサマが付いてくるんだ?」
安沢:「付いて来てはいけないとでも?」
愛原:「まあまあ、高橋君」
他に付いて来たのは、このペンションで飼われているハスキー犬のジョージ。
ジョージ:「ハッ、ハッ、ハッ!ウ、ワン!ワン!ワンッ!」
安沢:「うん、やっぱりだ」
ジョージは205号室の前でしきりに吠えた。
愛原:「何かあったってことだな?」
安沢:「素人の桂山さん達はしょうがないとして、一応はプロの探偵の端くれのあなたはいち早くこの事実に気がつかないといけなかったんだよ?」
高橋:「あぁっ!?」
安沢:「ジョージが何に対して吠えていたのかを。そして愛原さん、それはあなたも同じだ」
愛原:「ううっ……」
高橋:「そういうオマエはどうなんだ!?」
安沢:「私が気づいて起きた時には、既にジョージはオーナーに連行されてたじゃないか」
高橋:「けっ、グースカ寝てやがって!」
安沢:「それはしょうがないだろう?人によって寝付きや寝起きの良し悪しは違うんだ。私は寝付きは良いが、寝起きは悪い人間でね。それは認めるよ。だが、どうしようもない」
大沢:「あのー、そろそろよろしいでしょうか?」
愛原:「あっ、そうですね。お願いします」
大沢氏は205号室のドアをノックした。
大沢:「すいません、田中様、河童(かわらべ)様。オーナーの大沢です。よろしいでしょうか?」
だが、中からは何の応答も無い。
大沢:「田中様!河童様!」
今度は大きな声でノックも強めにしたが、やっぱり応答が無い。
大沢:「しょうがない。では、開けてみます」
高橋:「先生。下手すりゃ中でゾンビ化しているかもしれないのに、どうして銃を持っちゃいけないんですか?」
大沢:「ゾンビ化してたら、むしろ向こうからドアをブチ破って出てくるだろうが」
私は呆れて高橋に返した。
大沢:「おや?あれ?」
安沢:「どうしました?」
大沢:「ドアが開かないんです。鍵は開いたのに……」
大沢氏はドアノブを回してグッと押し込んだが、確かに開かない。
このペンションの客室ドアは、部屋側に開く構造だ。
だから、廊下側からだと押して開ける形になる。
安沢:「何かに引っ掛かってるのかな?」
高橋:「ちょっとどけ!」
高橋は大沢氏を退かすと、代わりにドアを押した。
高橋のような力自慢が押し込むと、確かにドアが少し動いた。
だが、それだけだ。
高橋:「うらァーッ!!」
ついに高橋、ドアを蹴破った。
バァンと大きな音と共に。
そして、何かが倒れ込む音。
大沢:「こ、これは……!?」
愛原:「くっ……!」
安沢:「ちっ、ヒドい臭いだ!」
高橋:「死んでやがる……」
ドアが開かなかったのは、あの河童の爺さんがドアの前に倒れていたからだった。
高橋に蹴破られたことにより、血まみれの死体は更に血の海の中を転がることになった。
ジョージ:「ワン!ワン!ウー、ワンワンッ!」
安沢:「犬の嗅覚で、この血の臭いを感じ取ったんですね」
大沢:「と、敏子!警察に電話しろ!お客様2人が……死んでると!」
高橋:「先生!このグラサンオヤジ、拳銃持ってます」
愛原:「高橋君、警察を呼ぶから現場保存だ。取りあえず、俺達は外に出よう」
私も見た限りでは、河童の爺さんは田中という男に拳銃で撃たれ、そして田中もその後で自殺したように見えた。
愛原:「銃声の音なんてしなかったぞ……?」
高橋:「先生。あの拳銃、ただの拳銃じゃありません。サイレンサー(消音器)付きです」
愛原:「サイレンサーだって?」
正式名称はサウンド・サプレッサーと言い、現実には完全に銃の発射音を消すそれはまだ開発されていない。
だが、外の猛吹雪による風の音やエアコンの排気音などで誤魔化せるかもしれない。
だた、もしかしたら犬の耳には誤魔化せず、これもまたジョージがいの1番に駆け付けた理由かもしれない。
敏子:「あなた、大変よ!」
大沢:「何だ?」
敏子:「この猛吹雪で道路が通行止めで、すぐには駆け付けられないって……」
大沢:「ううっ……!」
愛原:「そう来たか」
高野:「やっぱり何かあったの?」
愛原:「ああ。あの……皆さん、聞いて欲しいことが……」
私は決断した。
愛原:「私は東京で探偵事務所を経営している愛原学と申します。それで実は、先ほどオーナーと一緒に2階に行ったのは、皆さんも夕食の時にお見かけしたと思われる、スーツにサングラスの方と70代くらいの御老人が今朝になっても下りてこないので、様子を見に行ったのです」
桂山:「それで、その2人はどないしたん?」
愛原:「聞いて驚かないでください。……死んでました。それも、明らかに病死とか事故死などではなく、他殺です」
男子大生A:「うわ、マジで!?」
男子大生B:「金田一の出番じゃん!」
男子大生A:「コナンはどうした?」
女子大生A:「それ、本当ですか?」
愛原:「ええ。実は早朝、そこにいるジョージが廊下で大騒ぎしていたのは、既にその時からあの2人は死んでいたと予想されます」
女子大生B:「あ、あれ、外の狼が吠えてたんじゃないんだぁ……」
桂山:「お嬢ちゃん、長野に狼おったっちゅうことが証明できれば、動物学会で発表できるで?」
女子大生B:「そっかぁ……」
桂山夫人:「それで、私達はどうしよったらええと仰いますの?」
愛原:「オーナーの奥様が警察に通報してくれました。……ので、警察が到着するまで待つことになると思います。ただ……」
私はオーナーを見た。
大沢氏は頷いて、私の後に続いた。
大沢:「確かに警察には通報できました。ただ、この猛吹雪でパトカーが動けず、最低でも天候が回復するまでは駆け付けられないということです」
男子大生A:「吹雪、いつ止むんスか!?」
安沢:「天気予報では、昼過ぎには落ち着くようです。ただ、その後で除雪しないとダメでしょうからね。実質的に警察が来れるのは……私の見立てでも夕方くらいではないかと……」
女子大生A:「いやーだ!だって、この中に殺人犯がいるんでしょ!?」
安沢:「それは多分、大丈夫かと。さっき見た感じでは、どうもあの2人、トラブルがあって殺し合った感じなんです。事実、スーツの男の方は手にベレッタを持っていました。それで老人を射殺した後、自分も自殺したようなんです」
さすが安沢氏。
私と同じ探偵なだけある。
だが、私にはどうしても引っ掛かることがあった。
確かにパッと見、安沢氏が説明した通りではある。
銃声の音に気付かなかったのも、高橋君の言う通り、サイレンサーを使っていたからだと思われる。
桂山:「確かにスーツのヤツ、どこぞのヤクザに見えたがな。おおかた、闇金の差し金とちゃうか?そんで金を返す返さへんの争いで、あないなことになりよったと」
愛原:「でも大ゲンカになったのなら、その口論が聞こえても良さそうですけどね。どなたか、そんなのを聞いた方はいますか?」
誰も手を挙げなかった。
もちろん、私も高橋も高野君も聞いていない。
むしろ、まるで205号室が無人の空き部屋かと思うくらいに静かだった。
高野:「そもそもあの2人、どういう関係だったのかな?見た感じ、先生と同じ30代のスーツの男と70代の爺さんでしょう?」
愛原:「親子か?いや……」
仲の悪い親子がこういう所に来るとは思えないし、仮にそうだったとしても、何かしらの言葉くらいは交わすのではないか。
そうでなくても、親子かどうかは雰囲気で分かるものだ。
だが、あの2人からは親子という雰囲気すら無かった。
赤の他人だ。
それがどういうわけだか、このペンションに一緒に宿泊することになった。
それの意味するところは?
桂山:「あ、そうだ。大沢君」
大沢:「何ですか?」
桂山:「その……死体のある部屋なんやけど」
大沢:「はい?」
桂山:「あそこだけ暖房止めな」
大沢:「えっ?……えっ?」
桂山:「アホやな。こんな暖房ガンガンに効かせよったら、肉の塊やで?警察が来る前に腐りよるやがな」
死体が腐る。
私達は、正に腐った死体が我が物顔で歩き回っていた霧生市の惨事を思い出した。
桂山社長の生々しい訴えは、若者グループを震え上がらせるのに十分だったようだ。
女子大生達は顔を真っ青にし、AとBが抱き合うほどだった。
大沢:「わ、分かりました。取りあえず、暖房をき……切って……」
だがスイッチは、部屋の中にある。
死体など生で見たことの無い大沢氏にとって、それはオーナーの義務とはいえ、とても過酷なものだった。
だから、ここは私が引き受けたのである。
チェックアウトの10時になったが、結局205号室に宿泊している2人の男性客は出てこなかった。
そこでオーナーの大沢氏がスペアキーを持って、その部屋に向かうことにした。
私と高橋君、そして安沢氏も付いてくる。
高橋:「何でキサマが付いてくるんだ?」
安沢:「付いて来てはいけないとでも?」
愛原:「まあまあ、高橋君」
他に付いて来たのは、このペンションで飼われているハスキー犬のジョージ。
ジョージ:「ハッ、ハッ、ハッ!ウ、ワン!ワン!ワンッ!」
安沢:「うん、やっぱりだ」
ジョージは205号室の前でしきりに吠えた。
愛原:「何かあったってことだな?」
安沢:「素人の桂山さん達はしょうがないとして、一応はプロの探偵の端くれのあなたはいち早くこの事実に気がつかないといけなかったんだよ?」
高橋:「あぁっ!?」
安沢:「ジョージが何に対して吠えていたのかを。そして愛原さん、それはあなたも同じだ」
愛原:「ううっ……」
高橋:「そういうオマエはどうなんだ!?」
安沢:「私が気づいて起きた時には、既にジョージはオーナーに連行されてたじゃないか」
高橋:「けっ、グースカ寝てやがって!」
安沢:「それはしょうがないだろう?人によって寝付きや寝起きの良し悪しは違うんだ。私は寝付きは良いが、寝起きは悪い人間でね。それは認めるよ。だが、どうしようもない」
大沢:「あのー、そろそろよろしいでしょうか?」
愛原:「あっ、そうですね。お願いします」
大沢氏は205号室のドアをノックした。
大沢:「すいません、田中様、河童(かわらべ)様。オーナーの大沢です。よろしいでしょうか?」
だが、中からは何の応答も無い。
大沢:「田中様!河童様!」
今度は大きな声でノックも強めにしたが、やっぱり応答が無い。
大沢:「しょうがない。では、開けてみます」
高橋:「先生。下手すりゃ中でゾンビ化しているかもしれないのに、どうして銃を持っちゃいけないんですか?」
大沢:「ゾンビ化してたら、むしろ向こうからドアをブチ破って出てくるだろうが」
私は呆れて高橋に返した。
大沢:「おや?あれ?」
安沢:「どうしました?」
大沢:「ドアが開かないんです。鍵は開いたのに……」
大沢氏はドアノブを回してグッと押し込んだが、確かに開かない。
このペンションの客室ドアは、部屋側に開く構造だ。
だから、廊下側からだと押して開ける形になる。
安沢:「何かに引っ掛かってるのかな?」
高橋:「ちょっとどけ!」
高橋は大沢氏を退かすと、代わりにドアを押した。
高橋のような力自慢が押し込むと、確かにドアが少し動いた。
だが、それだけだ。
高橋:「うらァーッ!!」
ついに高橋、ドアを蹴破った。
バァンと大きな音と共に。
そして、何かが倒れ込む音。
大沢:「こ、これは……!?」
愛原:「くっ……!」
安沢:「ちっ、ヒドい臭いだ!」
高橋:「死んでやがる……」
ドアが開かなかったのは、あの河童の爺さんがドアの前に倒れていたからだった。
高橋に蹴破られたことにより、血まみれの死体は更に血の海の中を転がることになった。
ジョージ:「ワン!ワン!ウー、ワンワンッ!」
安沢:「犬の嗅覚で、この血の臭いを感じ取ったんですね」
大沢:「と、敏子!警察に電話しろ!お客様2人が……死んでると!」
高橋:「先生!このグラサンオヤジ、拳銃持ってます」
愛原:「高橋君、警察を呼ぶから現場保存だ。取りあえず、俺達は外に出よう」
私も見た限りでは、河童の爺さんは田中という男に拳銃で撃たれ、そして田中もその後で自殺したように見えた。
愛原:「銃声の音なんてしなかったぞ……?」
高橋:「先生。あの拳銃、ただの拳銃じゃありません。サイレンサー(消音器)付きです」
愛原:「サイレンサーだって?」
正式名称はサウンド・サプレッサーと言い、現実には完全に銃の発射音を消すそれはまだ開発されていない。
だが、外の猛吹雪による風の音やエアコンの排気音などで誤魔化せるかもしれない。
だた、もしかしたら犬の耳には誤魔化せず、これもまたジョージがいの1番に駆け付けた理由かもしれない。
敏子:「あなた、大変よ!」
大沢:「何だ?」
敏子:「この猛吹雪で道路が通行止めで、すぐには駆け付けられないって……」
大沢:「ううっ……!」
愛原:「そう来たか」
高野:「やっぱり何かあったの?」
愛原:「ああ。あの……皆さん、聞いて欲しいことが……」
私は決断した。
愛原:「私は東京で探偵事務所を経営している愛原学と申します。それで実は、先ほどオーナーと一緒に2階に行ったのは、皆さんも夕食の時にお見かけしたと思われる、スーツにサングラスの方と70代くらいの御老人が今朝になっても下りてこないので、様子を見に行ったのです」
桂山:「それで、その2人はどないしたん?」
愛原:「聞いて驚かないでください。……死んでました。それも、明らかに病死とか事故死などではなく、他殺です」
男子大生A:「うわ、マジで!?」
男子大生B:「金田一の出番じゃん!」
男子大生A:「コナンはどうした?」
女子大生A:「それ、本当ですか?」
愛原:「ええ。実は早朝、そこにいるジョージが廊下で大騒ぎしていたのは、既にその時からあの2人は死んでいたと予想されます」
女子大生B:「あ、あれ、外の狼が吠えてたんじゃないんだぁ……」
桂山:「お嬢ちゃん、長野に狼おったっちゅうことが証明できれば、動物学会で発表できるで?」
女子大生B:「そっかぁ……」
桂山夫人:「それで、私達はどうしよったらええと仰いますの?」
愛原:「オーナーの奥様が警察に通報してくれました。……ので、警察が到着するまで待つことになると思います。ただ……」
私はオーナーを見た。
大沢氏は頷いて、私の後に続いた。
大沢:「確かに警察には通報できました。ただ、この猛吹雪でパトカーが動けず、最低でも天候が回復するまでは駆け付けられないということです」
男子大生A:「吹雪、いつ止むんスか!?」
安沢:「天気予報では、昼過ぎには落ち着くようです。ただ、その後で除雪しないとダメでしょうからね。実質的に警察が来れるのは……私の見立てでも夕方くらいではないかと……」
女子大生A:「いやーだ!だって、この中に殺人犯がいるんでしょ!?」
安沢:「それは多分、大丈夫かと。さっき見た感じでは、どうもあの2人、トラブルがあって殺し合った感じなんです。事実、スーツの男の方は手にベレッタを持っていました。それで老人を射殺した後、自分も自殺したようなんです」
さすが安沢氏。
私と同じ探偵なだけある。
だが、私にはどうしても引っ掛かることがあった。
確かにパッと見、安沢氏が説明した通りではある。
銃声の音に気付かなかったのも、高橋君の言う通り、サイレンサーを使っていたからだと思われる。
桂山:「確かにスーツのヤツ、どこぞのヤクザに見えたがな。おおかた、闇金の差し金とちゃうか?そんで金を返す返さへんの争いで、あないなことになりよったと」
愛原:「でも大ゲンカになったのなら、その口論が聞こえても良さそうですけどね。どなたか、そんなのを聞いた方はいますか?」
誰も手を挙げなかった。
もちろん、私も高橋も高野君も聞いていない。
むしろ、まるで205号室が無人の空き部屋かと思うくらいに静かだった。
高野:「そもそもあの2人、どういう関係だったのかな?見た感じ、先生と同じ30代のスーツの男と70代の爺さんでしょう?」
愛原:「親子か?いや……」
仲の悪い親子がこういう所に来るとは思えないし、仮にそうだったとしても、何かしらの言葉くらいは交わすのではないか。
そうでなくても、親子かどうかは雰囲気で分かるものだ。
だが、あの2人からは親子という雰囲気すら無かった。
赤の他人だ。
それがどういうわけだか、このペンションに一緒に宿泊することになった。
それの意味するところは?
桂山:「あ、そうだ。大沢君」
大沢:「何ですか?」
桂山:「その……死体のある部屋なんやけど」
大沢:「はい?」
桂山:「あそこだけ暖房止めな」
大沢:「えっ?……えっ?」
桂山:「アホやな。こんな暖房ガンガンに効かせよったら、肉の塊やで?警察が来る前に腐りよるやがな」
死体が腐る。
私達は、正に腐った死体が我が物顔で歩き回っていた霧生市の惨事を思い出した。
桂山社長の生々しい訴えは、若者グループを震え上がらせるのに十分だったようだ。
女子大生達は顔を真っ青にし、AとBが抱き合うほどだった。
大沢:「わ、分かりました。取りあえず、暖房をき……切って……」
だがスイッチは、部屋の中にある。
死体など生で見たことの無い大沢氏にとって、それはオーナーの義務とはいえ、とても過酷なものだった。
だから、ここは私が引き受けたのである。