[4月10日20:06.天候:晴 埼玉県さいたま市大宮区 JR大宮駅→高崎線1939E列車15号車内]
私の名前は愛原学。
都内で小さな探偵事務所を経営している。
今、斉藤家からの帰りで大宮駅に着いたところだ。
週末の夜でも、埼玉県のターミナル駅は賑わっている。
愛原:「今度の高崎線は15両編成か」
昼間に人身事故が起きてしまったが、さすがに今はダイヤも回復したようだ。
もっとも、直接影響を受けたのは湘南新宿ラインと宇都宮線であり、高崎線と上野東京ラインではない。
改札口横にある運行状況案内表示板には……まあ、色々と出ている。
コロナ禍で臨時列車の運転が取り止めになっているとか、そんな表示だ。
多分、大宮発着の中距離電車は大丈夫なのだろう。
〔本日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。今度の6番線の列車は、20時7分発、上野東京ライン直通、普通、熱海行きです。この列車は、15両です。グリーン車が付いております。……〕
手持ちのSuicaで改札口を通り、高崎線上りホームに出る。
下りは湘南新宿ラインから来るか、上野東京ラインから来るかでホームが変わるが、上りは同じである。
但し、この駅から2つの系統が分岐するので、誤乗に気を付けないといけない。
高崎線・宇都宮線・常磐線の上野駅と東海道本線の東京駅とを結ぶ路線愛称を「上野東京ライン」としたことに対し、安直過ぎるという声もあったそうだが、誤乗を防ぐという意味ではシンプルに(新宿に向かう湘南新宿ラインと違い)上野駅や東京駅に向かう路線であることを強調しているという点では良いと思う。
〔まもなく6番線に、上野東京ライン直通、普通、熱海行きが参ります。危ないですから、黄色い点字ブロックの内側までお下がりください。次は、さいたま新都心に止まります。この列車は、15両です。グリーン車が付いております。……〕
暗い線路の向こうから、HIDの真っ白なヘッドライトが近づいてくる。
15両編成という長大編成ということもあってか、ホーム後ろの方で待っていると、通過列車のような速度で入線してきた。
特に高崎線は宇都宮線と違って、駅の前後で厳しい速度制限が掛かるようなポイントが無い為(副線の7番線を除く)、尚更宇都宮線よりも高速度で入線してくるのである。
〔「6番線に到着の列車は20時7分発、上野東京ライン回りの熱海行き普通列車です。さいたま新都心、浦和、赤羽、尾久、上野、東京、新橋、品川、川崎、横浜の順に止まります。……」〕
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7d/26/38b450694a985e77834c09db9cc6bfc1.jpg)
この時間の東京方面行きの電車は空いていた。
特に最後尾となる15号車は、ボックスシートですら空いているほどだ。
というわけで、ドアが開くと私達は後ろ寄り進行方向左側のボックスシートに座った。
リサが進行方向窓側に座り、私はその向かいに座る。
高橋はリサの隣に座った。
首都圏中距離電車のボックスシートは狭い。
地方の電車や気動車のボックスシートの方が明らかに広い。
〔「この電車は上野東京ライン、東海道本線直通、普通列車の熱海行きです。湘南新宿ラインには参りませんので、ご注意ください。次の停車駅は、さいたま新都心です。まもなく発車致します」〕
リサと一緒に鏡のように映る窓ガラスに顔を映す。
今のリサは第0形態なので、どこから見ても人間の姿そのものである。
時折風が頭上から拭き込んでくるのは、換気の為に窓が少し開いているからだろう。
〔6番線の上野東京ライン、ドアが閉まります。ご注意ください。次の列車を、ご利用ください〕
二点チャイムが3回鳴りながらドアが閉まるのは、JR東日本ならでは(首都圏仕様のみ)。
往路で乗った電車はガチャンと勢い良く閉まるドアだったが、こっちの方はもう少し静かに閉まる。
多分、往路のタイプよりも後期に造られたタイプなのだろう。
だから、座席のクッションも往路の時よりは柔らかい。
〔この電車は上野東京ライン、東海道本線直通、普通、熱海行きです。グリーン車は、4号車と5号車です。車内でグリーン券をお買い求めの場合、駅での発売額と異なりますので、ご了承ください。次はさいたま新都心、さいたま新都心。お出口は、右側です〕
高橋:「なあ、リサ」
リサ:「なに?」
高橋:「あのメイド、柔軟剤の使い過ぎじゃねーか?今度はその臭いがするぞ?」
愛原:「あー、確かにな」
リサ:「いい匂いだとは思うけどね」
愛原:「うん。いい匂いだとは思う」
フローラルノートの香りっていうのか。
愛原:「少なくとも、変な汗の臭いよりはマシだと思うけどな」
私はそう言った。
でも……。
高橋:「俺は気になりますね。さっきタクシーに乗った時から、随分と気になっていたんですよ」
タクシーもコロナ対策の為に、窓が少し開けられていた。
車だと、窓の外側上部に雨除けが付いているだろう?
その雨除けから下に大きく開けない程度の大きさ。
ほんの数センチだけ窓を開けていた。
それでもリサの服からは、フローラルな香りがしたほどだ。
今は電車も走り出して、窓からも風が入り込んでいるし、車内の空気清浄機が稼働している音も聞こえる。
電車くらいのスピードだったら、そんなには気にならない。
愛原:「あと、あれだな。ブレザーとスカートに掛けられた消臭剤のせいでもあるんじゃないか?」
高橋:「それは言えてますね」
リサが今後、変な汗かいて強い体臭を出してもいいように、柔軟剤を多めに使ったのだろうが……。
高橋:「あとでその服脱げよ。俺が洗濯するから」
リサ:「分かった」
因みにうちの洗剤は、確かに汚れを落とすことを重視しているものであり、柔軟剤が入っているタイプではない。
愛原:「もしかして、ブラウスだけじゃなく、下着もか?」
リサ:「嗅いでみる?」
リサは悪戯っぽく笑って、わざと少しスカートを捲くって見せた。
リサ:「それともこっち?」
リサは首に着けたリボンを緩めて、ブラウスのボタンを外した。
愛原:「こらこら。冗談だ」
リサ:「でも一緒に洗われたはずだから、下着もそうだよ。ていうか間違いなく、下着が一番臭っただろうからね」
愛原:「いつどこで変化を我慢して変な汗かくか分からないから、制汗スプレーとか替えの下着とか持ってた方がいいかもな」
リサ:「そうだね。下着は一応、持ってるんだけど……」
リサは自分の下半身を指さして、更にバッグの中を指さした。
愛原:「そうか」
尚、普通の汗については普通の汗の臭いしかしない。
あくまでも変化を我慢した時の汗。
恐らく、脂汗をかいた時だ。
私は黙っていたが、リサのその変な汗の臭いには魔力が混じっているのではないかと思った。
基本的にリサのことが大好きな絵恋さんはものの見事に引っ掛かり、BOWを毛嫌いしている高橋は引っ掛からなかった。
そして、私はというと……。
リサのあの変な汗の臭い、それを私は別の所で嗅いだことがある。
それは『1番』に捕まった時。
『1番』も同じような汗の臭いを放っていたが、あれには特殊なフェロモンが含まれていて、『獲物』となる男を虜にする効果があるのだそうだ。
『1番』と同種である『2番』のリサが同じことをできないわけが無く、本人は無意識のうちにそれをやったということである。
効果を知っていた私は身構えて虜にされるのを防止したし、BOWを毛嫌いしている高橋には効かなかったし、そもそもBOW以前にリサが大好きな絵恋さんはしっかりと引っ掛かったということだ。
リサ:「でも私の汗の臭い、嫌いじゃないでしょ?」
リサはニッと笑って聞いた。
心なしか、左目だけうっすらと瞳が金色に光っているように見える。
愛原:「ま、まあね」
高橋:「先生、気ィ使わなくていいんスよ。正直に『臭ェ』て言ってやれば……」
愛原:「まあまあ」
リサは口を閉じて満面の笑みを浮かべた。
知らない人間が見ればとても可愛らしい笑顔であるが、その笑顔に隠されたBOWの心を理解していないと、後で痛い目を見ることになる。
私の名前は愛原学。
都内で小さな探偵事務所を経営している。
今、斉藤家からの帰りで大宮駅に着いたところだ。
週末の夜でも、埼玉県のターミナル駅は賑わっている。
愛原:「今度の高崎線は15両編成か」
昼間に人身事故が起きてしまったが、さすがに今はダイヤも回復したようだ。
もっとも、直接影響を受けたのは湘南新宿ラインと宇都宮線であり、高崎線と上野東京ラインではない。
改札口横にある運行状況案内表示板には……まあ、色々と出ている。
コロナ禍で臨時列車の運転が取り止めになっているとか、そんな表示だ。
多分、大宮発着の中距離電車は大丈夫なのだろう。
〔本日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。今度の6番線の列車は、20時7分発、上野東京ライン直通、普通、熱海行きです。この列車は、15両です。グリーン車が付いております。……〕
手持ちのSuicaで改札口を通り、高崎線上りホームに出る。
下りは湘南新宿ラインから来るか、上野東京ラインから来るかでホームが変わるが、上りは同じである。
但し、この駅から2つの系統が分岐するので、誤乗に気を付けないといけない。
高崎線・宇都宮線・常磐線の上野駅と東海道本線の東京駅とを結ぶ路線愛称を「上野東京ライン」としたことに対し、安直過ぎるという声もあったそうだが、誤乗を防ぐという意味ではシンプルに(新宿に向かう湘南新宿ラインと違い)上野駅や東京駅に向かう路線であることを強調しているという点では良いと思う。
〔まもなく6番線に、上野東京ライン直通、普通、熱海行きが参ります。危ないですから、黄色い点字ブロックの内側までお下がりください。次は、さいたま新都心に止まります。この列車は、15両です。グリーン車が付いております。……〕
暗い線路の向こうから、HIDの真っ白なヘッドライトが近づいてくる。
15両編成という長大編成ということもあってか、ホーム後ろの方で待っていると、通過列車のような速度で入線してきた。
特に高崎線は宇都宮線と違って、駅の前後で厳しい速度制限が掛かるようなポイントが無い為(副線の7番線を除く)、尚更宇都宮線よりも高速度で入線してくるのである。
〔「6番線に到着の列車は20時7分発、上野東京ライン回りの熱海行き普通列車です。さいたま新都心、浦和、赤羽、尾久、上野、東京、新橋、品川、川崎、横浜の順に止まります。……」〕
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7d/26/38b450694a985e77834c09db9cc6bfc1.jpg)
この時間の東京方面行きの電車は空いていた。
特に最後尾となる15号車は、ボックスシートですら空いているほどだ。
というわけで、ドアが開くと私達は後ろ寄り進行方向左側のボックスシートに座った。
リサが進行方向窓側に座り、私はその向かいに座る。
高橋はリサの隣に座った。
首都圏中距離電車のボックスシートは狭い。
地方の電車や気動車のボックスシートの方が明らかに広い。
〔「この電車は上野東京ライン、東海道本線直通、普通列車の熱海行きです。湘南新宿ラインには参りませんので、ご注意ください。次の停車駅は、さいたま新都心です。まもなく発車致します」〕
リサと一緒に鏡のように映る窓ガラスに顔を映す。
今のリサは第0形態なので、どこから見ても人間の姿そのものである。
時折風が頭上から拭き込んでくるのは、換気の為に窓が少し開いているからだろう。
〔6番線の上野東京ライン、ドアが閉まります。ご注意ください。次の列車を、ご利用ください〕
二点チャイムが3回鳴りながらドアが閉まるのは、JR東日本ならでは(首都圏仕様のみ)。
往路で乗った電車はガチャンと勢い良く閉まるドアだったが、こっちの方はもう少し静かに閉まる。
多分、往路のタイプよりも後期に造られたタイプなのだろう。
だから、座席のクッションも往路の時よりは柔らかい。
〔この電車は上野東京ライン、東海道本線直通、普通、熱海行きです。グリーン車は、4号車と5号車です。車内でグリーン券をお買い求めの場合、駅での発売額と異なりますので、ご了承ください。次はさいたま新都心、さいたま新都心。お出口は、右側です〕
高橋:「なあ、リサ」
リサ:「なに?」
高橋:「あのメイド、柔軟剤の使い過ぎじゃねーか?今度はその臭いがするぞ?」
愛原:「あー、確かにな」
リサ:「いい匂いだとは思うけどね」
愛原:「うん。いい匂いだとは思う」
フローラルノートの香りっていうのか。
愛原:「少なくとも、変な汗の臭いよりはマシだと思うけどな」
私はそう言った。
でも……。
高橋:「俺は気になりますね。さっきタクシーに乗った時から、随分と気になっていたんですよ」
タクシーもコロナ対策の為に、窓が少し開けられていた。
車だと、窓の外側上部に雨除けが付いているだろう?
その雨除けから下に大きく開けない程度の大きさ。
ほんの数センチだけ窓を開けていた。
それでもリサの服からは、フローラルな香りがしたほどだ。
今は電車も走り出して、窓からも風が入り込んでいるし、車内の空気清浄機が稼働している音も聞こえる。
電車くらいのスピードだったら、そんなには気にならない。
愛原:「あと、あれだな。ブレザーとスカートに掛けられた消臭剤のせいでもあるんじゃないか?」
高橋:「それは言えてますね」
リサが今後、変な汗かいて強い体臭を出してもいいように、柔軟剤を多めに使ったのだろうが……。
高橋:「あとでその服脱げよ。俺が洗濯するから」
リサ:「分かった」
因みにうちの洗剤は、確かに汚れを落とすことを重視しているものであり、柔軟剤が入っているタイプではない。
愛原:「もしかして、ブラウスだけじゃなく、下着もか?」
リサ:「嗅いでみる?」
リサは悪戯っぽく笑って、わざと少しスカートを捲くって見せた。
リサ:「それともこっち?」
リサは首に着けたリボンを緩めて、ブラウスのボタンを外した。
愛原:「こらこら。冗談だ」
リサ:「でも一緒に洗われたはずだから、下着もそうだよ。ていうか間違いなく、下着が一番臭っただろうからね」
愛原:「いつどこで変化を我慢して変な汗かくか分からないから、制汗スプレーとか替えの下着とか持ってた方がいいかもな」
リサ:「そうだね。下着は一応、持ってるんだけど……」
リサは自分の下半身を指さして、更にバッグの中を指さした。
愛原:「そうか」
尚、普通の汗については普通の汗の臭いしかしない。
あくまでも変化を我慢した時の汗。
恐らく、脂汗をかいた時だ。
私は黙っていたが、リサのその変な汗の臭いには魔力が混じっているのではないかと思った。
基本的にリサのことが大好きな絵恋さんはものの見事に引っ掛かり、BOWを毛嫌いしている高橋は引っ掛からなかった。
そして、私はというと……。
リサのあの変な汗の臭い、それを私は別の所で嗅いだことがある。
それは『1番』に捕まった時。
『1番』も同じような汗の臭いを放っていたが、あれには特殊なフェロモンが含まれていて、『獲物』となる男を虜にする効果があるのだそうだ。
『1番』と同種である『2番』のリサが同じことをできないわけが無く、本人は無意識のうちにそれをやったということである。
効果を知っていた私は身構えて虜にされるのを防止したし、BOWを毛嫌いしている高橋には効かなかったし、そもそもBOW以前にリサが大好きな絵恋さんはしっかりと引っ掛かったということだ。
リサ:「でも私の汗の臭い、嫌いじゃないでしょ?」
リサはニッと笑って聞いた。
心なしか、左目だけうっすらと瞳が金色に光っているように見える。
愛原:「ま、まあね」
高橋:「先生、気ィ使わなくていいんスよ。正直に『臭ェ』て言ってやれば……」
愛原:「まあまあ」
リサは口を閉じて満面の笑みを浮かべた。
知らない人間が見ればとても可愛らしい笑顔であるが、その笑顔に隠されたBOWの心を理解していないと、後で痛い目を見ることになる。