報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
 尚、ブログ内全ての作品がフィクションです。
 実際のものとは異なります。

“私立探偵 愛原学” 「斉藤家からの帰り」 2

2021-05-10 19:48:19 | 私立探偵 愛原学シリーズ
[4月10日20:06.天候:晴 埼玉県さいたま市大宮区 JR大宮駅→高崎線1939E列車15号車内]

 私の名前は愛原学。
 都内で小さな探偵事務所を経営している。
 今、斉藤家からの帰りで大宮駅に着いたところだ。
 週末の夜でも、埼玉県のターミナル駅は賑わっている。

 愛原:「今度の高崎線は15両編成か」

 昼間に人身事故が起きてしまったが、さすがに今はダイヤも回復したようだ。
 もっとも、直接影響を受けたのは湘南新宿ラインと宇都宮線であり、高崎線と上野東京ラインではない。
 改札口横にある運行状況案内表示板には……まあ、色々と出ている。
 コロナ禍で臨時列車の運転が取り止めになっているとか、そんな表示だ。
 多分、大宮発着の中距離電車は大丈夫なのだろう。

〔本日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。今度の6番線の列車は、20時7分発、上野東京ライン直通、普通、熱海行きです。この列車は、15両です。グリーン車が付いております。……〕

 手持ちのSuicaで改札口を通り、高崎線上りホームに出る。
 下りは湘南新宿ラインから来るか、上野東京ラインから来るかでホームが変わるが、上りは同じである。
 但し、この駅から2つの系統が分岐するので、誤乗に気を付けないといけない。
 高崎線・宇都宮線・常磐線の上野駅と東海道本線の東京駅とを結ぶ路線愛称を「上野東京ライン」としたことに対し、安直過ぎるという声もあったそうだが、誤乗を防ぐという意味ではシンプルに(新宿に向かう湘南新宿ラインと違い)上野駅や東京駅に向かう路線であることを強調しているという点では良いと思う。

〔まもなく6番線に、上野東京ライン直通、普通、熱海行きが参ります。危ないですから、黄色い点字ブロックの内側までお下がりください。次は、さいたま新都心に止まります。この列車は、15両です。グリーン車が付いております。……〕

 暗い線路の向こうから、HIDの真っ白なヘッドライトが近づいてくる。
 15両編成という長大編成ということもあってか、ホーム後ろの方で待っていると、通過列車のような速度で入線してきた。
 特に高崎線は宇都宮線と違って、駅の前後で厳しい速度制限が掛かるようなポイントが無い為(副線の7番線を除く)、尚更宇都宮線よりも高速度で入線してくるのである。

〔「6番線に到着の列車は20時7分発、上野東京ライン回りの熱海行き普通列車です。さいたま新都心、浦和、赤羽、尾久、上野、東京、新橋、品川、川崎、横浜の順に止まります。……」〕

 

 この時間の東京方面行きの電車は空いていた。
 特に最後尾となる15号車は、ボックスシートですら空いているほどだ。
 というわけで、ドアが開くと私達は後ろ寄り進行方向左側のボックスシートに座った。
 リサが進行方向窓側に座り、私はその向かいに座る。
 高橋はリサの隣に座った。
 首都圏中距離電車のボックスシートは狭い。
 地方の電車や気動車のボックスシートの方が明らかに広い。

〔「この電車は上野東京ライン、東海道本線直通、普通列車の熱海行きです。湘南新宿ラインには参りませんので、ご注意ください。次の停車駅は、さいたま新都心です。まもなく発車致します」〕

 リサと一緒に鏡のように映る窓ガラスに顔を映す。
 今のリサは第0形態なので、どこから見ても人間の姿そのものである。
 時折風が頭上から拭き込んでくるのは、換気の為に窓が少し開いているからだろう。

〔6番線の上野東京ライン、ドアが閉まります。ご注意ください。次の列車を、ご利用ください〕

 二点チャイムが3回鳴りながらドアが閉まるのは、JR東日本ならでは(首都圏仕様のみ)。
 往路で乗った電車はガチャンと勢い良く閉まるドアだったが、こっちの方はもう少し静かに閉まる。
 多分、往路のタイプよりも後期に造られたタイプなのだろう。
 だから、座席のクッションも往路の時よりは柔らかい。

〔この電車は上野東京ライン、東海道本線直通、普通、熱海行きです。グリーン車は、4号車と5号車です。車内でグリーン券をお買い求めの場合、駅での発売額と異なりますので、ご了承ください。次はさいたま新都心、さいたま新都心。お出口は、右側です〕

 高橋:「なあ、リサ」
 リサ:「なに?」
 高橋:「あのメイド、柔軟剤の使い過ぎじゃねーか?今度はその臭いがするぞ?」
 愛原:「あー、確かにな」
 リサ:「いい匂いだとは思うけどね」
 愛原:「うん。いい匂いだとは思う」

 フローラルノートの香りっていうのか。

 愛原:「少なくとも、変な汗の臭いよりはマシだと思うけどな」

 私はそう言った。
 でも……。

 高橋:「俺は気になりますね。さっきタクシーに乗った時から、随分と気になっていたんですよ」

 タクシーもコロナ対策の為に、窓が少し開けられていた。
 車だと、窓の外側上部に雨除けが付いているだろう?
 その雨除けから下に大きく開けない程度の大きさ。
 ほんの数センチだけ窓を開けていた。
 それでもリサの服からは、フローラルな香りがしたほどだ。
 今は電車も走り出して、窓からも風が入り込んでいるし、車内の空気清浄機が稼働している音も聞こえる。
 電車くらいのスピードだったら、そんなには気にならない。

 愛原:「あと、あれだな。ブレザーとスカートに掛けられた消臭剤のせいでもあるんじゃないか?」
 高橋:「それは言えてますね」

 リサが今後、変な汗かいて強い体臭を出してもいいように、柔軟剤を多めに使ったのだろうが……。

 高橋:「あとでその服脱げよ。俺が洗濯するから」
 リサ:「分かった」

 因みにうちの洗剤は、確かに汚れを落とすことを重視しているものであり、柔軟剤が入っているタイプではない。

 愛原:「もしかして、ブラウスだけじゃなく、下着もか?」
 リサ:「嗅いでみる?」

 リサは悪戯っぽく笑って、わざと少しスカートを捲くって見せた。

 リサ:「それともこっち?」

 リサは首に着けたリボンを緩めて、ブラウスのボタンを外した。

 愛原:「こらこら。冗談だ」
 リサ:「でも一緒に洗われたはずだから、下着もそうだよ。ていうか間違いなく、下着が一番臭っただろうからね」
 愛原:「いつどこで変化を我慢して変な汗かくか分からないから、制汗スプレーとか替えの下着とか持ってた方がいいかもな」
 リサ:「そうだね。下着は一応、持ってるんだけど……」

 リサは自分の下半身を指さして、更にバッグの中を指さした。

 愛原:「そうか」

 尚、普通の汗については普通の汗の臭いしかしない。
 あくまでも変化を我慢した時の汗。
 恐らく、脂汗をかいた時だ。
 私は黙っていたが、リサのその変な汗の臭いには魔力が混じっているのではないかと思った。
 基本的にリサのことが大好きな絵恋さんはものの見事に引っ掛かり、BOWを毛嫌いしている高橋は引っ掛からなかった。
 そして、私はというと……。
 リサのあの変な汗の臭い、それを私は別の所で嗅いだことがある。
 それは『1番』に捕まった時。
 『1番』も同じような汗の臭いを放っていたが、あれには特殊なフェロモンが含まれていて、『獲物』となる男を虜にする効果があるのだそうだ。
 『1番』と同種である『2番』のリサが同じことをできないわけが無く、本人は無意識のうちにそれをやったということである。
 効果を知っていた私は身構えて虜にされるのを防止したし、BOWを毛嫌いしている高橋には効かなかったし、そもそもBOW以前にリサが大好きな絵恋さんはしっかりと引っ掛かったということだ。

 リサ:「でも私の汗の臭い、嫌いじゃないでしょ?」

 リサはニッと笑って聞いた。
 心なしか、左目だけうっすらと瞳が金色に光っているように見える。

 愛原:「ま、まあね」
 高橋:「先生、気ィ使わなくていいんスよ。正直に『臭ェ』て言ってやれば……」
 愛原:「まあまあ」

 リサは口を閉じて満面の笑みを浮かべた。
 知らない人間が見ればとても可愛らしい笑顔であるが、その笑顔に隠されたBOWの心を理解していないと、後で痛い目を見ることになる。
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“私立探偵 愛原学” 「斉藤家からの帰り」

2021-05-10 11:40:27 | 私立探偵 愛原学シリーズ
[4月10日19:45.天候:晴 埼玉県さいたま市中央区上落合 斉藤家]

 食後のコーヒーでもって、斉藤家のフルコースは終了した。
 しかし、レストランで食べれるような料理を作れるここのメイドさん達は凄い。
 斉藤家の夕食会がレストランではなく、家で行われるのも頷ける。

 愛原:「社長。来月のゴールデンウィークですが、宜しければ、また娘さんをお預かりしましょうか?」

 私が言うと、斉藤社長は苦笑した。

 斉藤秀樹:「今年も是非そうして頂ければと思うのですが、どうやら今年はそうもいかないようです」
 愛原:「と、仰いますと?」
 秀樹:「これは噂なんですが、このゴールデンウィークには、またまた緊急事態宣言が出されるらしいんですよ。なので、是非また愛原さんには、娘を旅行に連れて行ってやってくださいというわけにはいかないのですよ」
 愛原:「それは残念です」
 秀樹:「まあ、全国的にというわけではないでしょうが、東京はまず確実だと思いますので」

 都内在住の私達が、緊急事態宣言破りをするわけにはいかないか。

 秀樹:「愛原さんはゴールディンウィーク、どうなさるおつもりですか?」
 愛原:「何も予定が入っていません。実家からは、『仕事が無いんだったら帰って来たら?』と言われてるんですが……。緊急事態宣言が出されるとなると、のこのこ帰るわけにもいきませんので……」
 秀樹:「愛原さんなら大丈夫でしょう。TウィルスやCウィルスをもろともしない抗体をお持ちじゃありませんか」

 ゾンビウィルスの抗体を持つ者は、新型コロナウィルスに対しても耐性があるとされる。
 何でも、ワクチンはそんな抗体から作り出されるのだとか……。

 高橋:「こいつのせいです!こいつこいつこいつです!」

 高橋はリサのほっぺたをつねった。

 リサ:「いひゃい!」(ほっぺたをつねられたので、『痛い』とハッキリ言えない)
 愛原:「リサのGウィルスが、どうも私達の体に入っちゃったみたいで……」
 秀樹:「1つ屋根の下で暮らしていれば、そういうこともありますよ」

 いや、新型BOWエブリンのように、BOW自身が相手を感染させようとする気が無ければ感染しないことになっている。
 そして、リサも経血に混じっていたGウィルスを私の飲み物に混入させたことを認めている。
 Gウィルスはゾンビウィルスではなく、BOWを作り出す為の材料の1つで、それ自身が単体で何かあるというわけではない。
 が、どうしてもTウィルスなどのゾンビウィルスより強い為に、それらを無毒化する作用がある。

 メイド(サファイヤ):「失礼します。タクシーが到着しました」
 秀樹:「おお、来たか。愛原さん、チケットをどうぞ」
 愛原:「何から何までありがとうございます」
 秀樹:「また仕事頼めたら、よろしくお願いしますね」
 愛原:「こちらこそ、御依頼お待ちしております」

 私達は玄関に向かった。

 斉藤絵恋:「リサ様と離れたくないぃぃっ!」

 ガシッとリサにハグしてくる絵恋さん。

 愛原:「リサ……様?」
 リサ:「サイトー……!」
 絵恋:「はっ!?ご、ごめんなさい!」

 慌てて離れる絵恋さん。

 リサ:「大丈夫。明後日、学校で会える」
 絵恋:「そ、そうよね」

 私達は斉藤家をあとにし、家の前で待っていたタクシーに乗り込んだ。

 愛原:「大宮駅までお願いします」
 運転手:「はい、ありがとうございます」

 タクシーはヘッドライトを灯し、高級住宅街ながら、一方通行の狭い道を進んだ。
 またもや車種はジャパンタクシーで、助手席後ろにモニタが付いているタイプだ。
 助手席後ろに座ったリサが、また面白いCMが流れてこないかと、モニタを覗き込んでいる。
 が、今流れているのはタクシーアプリのCMだった。

 愛原:「あれ?タクシーチケットが2枚付いてる」
 高橋:「マジっスか?」
 愛原:「これは……どういうことだろう?」

 3つ考えられる。
 1つは東京駅などからマンションへ帰る時にタクシーに乗ったら、もう1枚を使ってくれという意味。
 もう1つは、また斉藤家に来る機会があったら使ってくれという意味。
 最後の1つは、間違えて2枚渡してしまったという意味。
 だが、タクシーチケットを扱ったことがある人なら分かると思うが、間違えて2枚出してしまうことは有り得ない。
 特に、クレジットカード会社発行のタクチケはそういう構造になっているので(口や文章では説明しにくい。実際に現物を見てもらえれば分かるのだが、いかんせんサンプルが無い)。
 私が渡されたのは、今乗っているタクシー会社が発行している法人契約用のタクチケだ。
 これは見た事無いので、こういうのはクレカ会社のタクチケとはまた違うのだろうか。
 よく分からないので、私は電話してみた。

 愛原:「ああ、すいません、社長。愛原ですが、実はタクシーチケットのことで……はい。実は頂いたチケットが2枚あるんですが、これは……」
 秀樹:「もう1枚は御車代代わりです。また我が家に来る時ですとか、駅からお帰りになる時ですとか、他に業務でタクシーに乗る時とかにでも使ってください」
 愛原:「あ、すいません。ありがとうございます」

 法人契約用のチケットだから、請求は大日本製薬に行くんだろうな。
 で、経費で落とすという構造が見え見えだ。

 愛原:「御車代として、好きに使ってくれって」

 私は電話を切ると、運転席の後ろに座っている高橋に言った。

 高橋:「御車代なら現金の方がいいっスよね」
 愛原:「こらこら。せっかくの頂き物だぞ」
 リサ:「サイトーからなら、もらったよ」

 リサは絵恋さんから、大日本製薬で作った入浴剤のサンプルの詰め合わせをもらっていた。

 リサ:「私と一緒に行った思い出の温泉ばかりだって」
 愛原:「八丈島とかなら分かるが、松島とか富士宮の旅館の風呂って温泉だったっけ?」
 リサ:「それ、私も突っ込んどいた」

 松島の温泉と称するものにあっては、食塩泉の再現ということになっている。
 そりゃ海に面した場所なんだから、食塩泉ではあるだろう。
 富士宮は……まあ、見ないでおこう。

 高橋:「そのタクチケ、どうするんスか?」
 愛原:「1枚は今使うけど、もう1枚はまたの機会に取っておこう」
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