たにしのアブク 風綴り

87歳になります。独り徘徊と追慕の日々は永く切ない。

男と女の間には、江戸市井人の孤独、しみじみと

2017-11-12 10:02:34 | 本・読書

北原亜以子さんを読む2冊目「その夜の雪」
「恋忘れ草」に続いて大活字本です。
七編からなる江戸情話の物語集です。

「うさぎ」錦絵の摺師の名人峯吉、女房のおせつは、
駆落ちして大阪に行っていたが、江戸に帰ってきている。
娘のおひでに接近して、すっか母に懐いてしまい、入りびたりになっている。
男手ひとつで娘を育ててきた峯吉はやり切れない思いでいる。
ある日、街で遊んでいた少女を連れ去ろうとしていた女、
お俊と関りを持つようになった。二人は寂しさを埋め合う関係に…。

「その夜の雪」市中見回り同心・森口慶次郎は人情同心で知られている。
娘の三千代が手篭めにされ帰宅した夜、自ら命を絶った。
三千代は遺書を残していた。
切々と綴る娘の遺書を読み返す度に血が逆流する思いに駆られた。
仏の同心、森口慶次郎が、復讐に燃える鬼の同心になった。
にっくき容疑者を追い詰めた先には心の修羅が……。



「吹きだまり」日雇いの作蔵、食う物も食わずに貯めた2両の金があった。
その金は小料理湯屋で楽しみのために貯めていたものだったが…。
行きづりに知りあった女にほだされて、新たな喜びに浸るのだった。

「橋を渡って」深川佐賀町の干鰯問屋の嫁おりきは、夫の浮気に頭を悩ましていた…。
夫・佐十郎は外に女がいるようで、おりきに関心がない。
おりきに関心がない夫が恨めしい。それなら私だってと、
富岡八幡宮への参詣の帰りに見た「雇人紹介所」の看板が目に浮かんだ。

「夜鷹蕎麦十六文」初代志ん生の弟子の噺家かん生は粋と野暮が口癖だった…。
赤貧洗う貧乏暮らし。「野暮はで嫌い」が口癖。
野暮の見本のよう女房のおちかが恥ずかしくてしょうがない。
おちかは野暮のかん生に惚れていて尊敬していた。
それを知ってしまったかん生。「夜鷹蕎麦」の味の仲が蘇ってきた。

「侘助」下谷山崎町の棟割長屋に住む杢助は無銭飲食のプロを自認していた。
今日も、しおらしくめし屋に入った。
昔居た呉服問屋の女中・おげんにあった。
おげん、は杢助の貯めていた小銭を失敬しようとしたが…。

「束の間の話」おしま、は息子の亀松の嫁に追い出され、
浅草阿部川町に一人暮らしをしていた…。
熱発で意識をなくして養生していたとき、見知らぬ男に介抱されていた。
その初老の男も倅を探しているという。
粥を作ってくれた男と指が触れあい、何かが変わっていくように思えたが…。
各篇とも、男と女の行き詰まりの果てに、どうしようもなく…。
切なさを温め合う、江戸庶民の姿をしみじみと綴る掌編短篇集。
物語に出てくる人物はみな、横丁や裏店に住んでいる人たち。
北原さんの文章の冴えで、人物が鮮やかに読み手に伝わってきます。
時代小説というより「物語の文学」だといえるでしょう。
他の北原亜以子さんの作品も読みたくなった爺です。
江戸時代の男女の仲って、情が奥深いですな。