たにしのアブク 風綴り

87歳になります。独り徘徊と追慕の日々は永く切ない。

葉室麟「散り椿」小説と映画と「時代劇」を堪能

2018-11-02 09:58:31 | 劇場映画

「春になれば椿の花が楽しみでございます」
「散り椿か」男はため息をついた。
ふたりが居る京の一条通り西大路東入ル、
地蔵院の本堂脇にある椿は花が落ちず、
花弁が一片ずつ散っていく、このため、
――散り椿、と呼ばれていた。



ふたりが地蔵院の庫裡に住むようになって三年になる。
「もう一度、故郷の散り椿が見て見たい」妻がつぶやいた。
「そうか」男はうなずいた。
妻の生家にも散り椿があった。



妻がまた咳き込んだ。「苦しいのか」男は妻の背をなでた。
妻は懸命に呼吸を整えて、「あなたに、お願いがあります。していただきたいことがあるのです」
ふたりがともに過ごして十八年になる。
「故郷にお戻りくださいますようお頼みいたしたいのでございます」
妻は、永年、胸に秘めてきた想いを話した。

――小説の始まりを要約すれば、こんな具合です。
映画もこのシーンから始まります。



葉室麟さんの小説「散り椿」を読んで、映画を見ました。

武士の瓜生新兵衛は、妻である篠と京都の寺に身を寄せていた。
18年前、新兵衛は藩の不祥事を追及し、逆に故郷を追放されていた。
妻を野辺に送ってから半年後、新兵衛は妻の願いどおり、
故郷の扇野藩に戻った。

かつて扇野藩の一刀流平山道場には、
「四天王」と呼ばれていた4人の男が居た。
・瓜生新兵衛(映画では)岡田准一
「鬼の新兵衛」といわれた剣豪で、扇野藩の勘定方を勤めていた。
上役の不正を訴えたが、かえって咎めを受けて藩から追放された。



・榊原采女(映画では)西島秀俊
新兵衛の親友だった。篠と心を寄せ合っていたが‥‥。
妻を持たぬまま「四天王」で一番の出世。側用人となり、
いずれは家老にまで昇りつめるだろうと見込まれている。

・篠原三右衞門(映画では)緒形直人
「四天王」の一人で馬廻役。新兵衛の追われた事情や、
采女の養父・榊原平蔵が切られて死んだ真相やなど、
不正事件の真実を知っている。

・坂下源之進(映画では)駿河太郎
扇野藩の勘定方で坂下家の当主だったが、横領の罪を着せられ切腹に追い込まれる。



・瓜生篠
新兵衛の妻(映画では)麻生久美子
新兵衛と采女とは生まれ育った屋敷が坂下家とも垣根越しに並んでいた。

・坂下里美(映画では)黒木華
篠の妹で切腹した源之進の妻だった。
坂下家を継いでいる藤吾の母で、新兵衛は義兄になる。

・坂下藤吾(映画では)池松壮亮
自決した父・坂下源之進の嫡男、母の華と暮らす。
父の後を継いで坂下家の当主となった。
家禄を取り戻そうと出世に意欲を燃やしている
浪人者の新兵衛が寄食することが出世の妨げになると嫌っていたが‥‥。

映画では篠と里美と藤吾は兄弟で、藤吾は、
新兵衛の義弟という設定になっている。



・榊原平蔵(映画では監督の)木村大作
采女の養父。扇野藩の勘定組頭を勤め。
新兵衛が不正を訴えた相手。何者かに斬殺される。
切ったのは誰かが小説の主要なテーマになっている。
切り口は「四天王」の蜻蛉切りだとされている。

・榊原滋(映画では)富司純子
采女の養母。采女と篠の結婚を反対し破談させた。

・篠原美鈴(映画では)芳根京子
三右衞門の娘で藤吾の許嫁。

・石田玄蕃(映画のキャストでは)奥田瑛二
藩の城代家老。采女の政敵。病弱の藩主を蔑ろにして、
紙問屋商人の田中屋惣兵衛(映画は石橋蓮司)と組んで、
藩を私物化しようとしている。

18年ぶりに亡き妻の篠との約束を果たすため、
扇野藩に戻ってきた新兵衛は、篠の妹の里美のいる坂下家に身を寄せる。

坂下家は藤吾が家督を継いでいた。
新兵衛の帰郷により藩内では再び不穏な空気に包まれ、
江戸表から新藩主のお国入り絡む抗争が巻き起こるのだった。



第42回モントリオール世界映画祭で、
「絵画のような映画」と評判になり最高賞に次ぐ、
審査員特別グランプリを受賞した「散り椿」。

木村大作監督にとっては初の時代劇作品で自ら撮影にも関わっている。
「美しい時代劇」へのこだわりが半端なく生かされており、
オールロケで撮られた美しいシーンが印象的でした。

新兵衛を演じる岡田准一が自ら工夫したという「殺陣」。
雨中で雪の中で切り結ぶ静と動の場面が、
緊迫感を持って切り替わる「殺陣シーン」が美的でした。



原作では采女の「葛藤」にウェイトがあるように読みましたが、
映画では浪人姿の岡田准一の新兵衛がかっこよく、
采女や藤吾、三右衛門らの月代をそった裃をつけた侍姿が、
なんとなく弱く見えていました。

それと、四季を彩る美しい山河の映像とチェロの低音奏でる旋律が、
静謐なシーンの背景を一層、感銘深くしていました。

小説も映画も終幕を迎えて、
家老の石田玄蕃を自ら誅する覚悟を決めた采女と新兵衛が、
「散り椿」の咲き誇る前で、ついに対決するときが来た。
「ただ、愛のために――」



「故郷にお戻りくださいますようお頼みいたしたいのでございます」
死を悟った篠が新兵衛に託した願いの真実は、果たして‥‥

采女の死に方が原作と映画ではかなり違っていて、
新兵衛の凄まじい「殺陣」に比べて、
采女のそれは、あまりにもあっけない。



時代劇の「凄さ」と「美しさを」魅せてくれた、
木村監督を始め、スタッフの皆さんに敬意を表します。
映画「散り椿」公式サイト