令和3年2月24日 『三行で撃つ』を2回読んだ。
読感を三行で言えば、――
何の興味を持たない読み手を「振り向かせる」
書き出しの三行に「全集中」しろ。
読者を「のけぞらせろ」ということです。
久しぶりに大活字でない本を読んだ。
それも暮れに出たばかりの新刊本だ。
「爺なり」のレビューを書いてみた。
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この本を発見したきっかけは、
「ニューズウィーク日本版」ウェブでした。
このサイトはときどき覗いている。
世界ニュースをフィチャーする硬派な論調が「たにしの性に合う」
BOOKS欄で『三行で撃つ』――〈善く、生きる〉ための文章塾――が取りあげられ、
名文記者が「いい文章を書くための25の文章技法」を惜しみなく明かした本だと紹介されていた。
「たにしのブログ」は三行センテンスが主流だ。
老骨、徘徊爺になっても「情のある名文を書きたい」と願っている。
この本を求めたいと思った。
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近くの本屋さんには無かったので、
近くの公民館の図書室に、取り寄せを頼みました。1月の中旬のことでした。
2週間ほどして連絡があって、受け取りに伺うと、
新刊購入したばかりの『三行で撃つ』でした。
「最初の読者ですよ」と言われた。
新刊購入を決めた担当司書さんに敬意を表します。
2回も読了して「買わなくてよかった」と思った。
その理由は、最後に書きます。
前置きが長くなった。
『三行で撃つ』
<善く、生きるための文章塾>
CCCメディアハウス社刊、2020年12月15日、初版発行、1,500円
著者は朝日新聞編集委員
近藤康太郎氏
日田支局長/作家/評論家/百姓/猟師/私塾塾長、と紹介されている。
「ニューズウィーク日本版」のレビューによると、
<名文記者として知られる朝日新聞編集委員、近藤康太郎氏。
その彼が、いい文章を書くための25の文章技法を惜しみなく明かしたのが『三行で撃つ』だ。
本書には、数多の文章術の実用書と決定的に異なる点がある>と紹介されていた。
<決定的に異なる>とは、言葉、文章、書くこと、つまりは、
生きることの意味を考え抜かざるを得なくなる筆者の生き方だという。
ブックカバーの帯にも書いてある。
「書くとは、考えること。書きたく、なる。わたしに<なる>ために。――と。
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――――――――――――――――――――――――――――――
以下は「たにしの爺」の読後感です。
プロのライターたちへ、プロのライターを目指す者たちへ向けた、
名文家になるための<読み方、書き方、生き方の指南書>でした。
まぁ、「至難」の言葉の修行を自分に課す覚悟が待っています。
「どうしたら、飯が食えるプロライター」になれるか――、
現役記者、記者を志す人たちに、心構えの覚悟を要求します。
いい文章を書く意味は「言葉のトレーニング」にとどまらず、
「日常生活、物の見方、本の読み方」それらが総合して、ひいては、
「生き方」までが、文章に反映されるものだとする。
文章を書くということは、考えるということだ。
言い尽くされた「常套句」を並べて書いても、
それは自分で考えた表現ではなく、先人の表現の借り物に過ぎないと。
自分だけの文章を書きなさい。それは考えることに尽きると言う。
まず、日本の古典に限らず、
東西の名著・古典をしっかり読むことだという。
本に限らず、古今の芸術作品、音楽、絵画、映画‥‥、
それらは「生き方」が表現された作者の唯一なものである。
これらの作品に触れないで、ライターになろうなんて思っては困るのだという。
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「書くということは、簡単なことではない」
最初の一行が出てこなくて、幾日も、何時間も呻吟し、考え抜き、
自分の知らなかった自分を発見することを歓びとする。
このことが、本書の主要なテーマになっている。
長くなりますが、少し引用します。(72ページ)
<流行語は、流行しているときに使ってはいけない。(少し略)
流行語を使うとは、世間に、言葉を預けることだ。
言葉を預けるとは、自分の頭を、自分の魂を、世間に預けることだ。
うわついて、邪悪で、移り気で、唾棄すべき、
しかしこれなしには、どんな人間も生きられない「世間」という怪物に、
自分をそのまま預けてしまうことなのだ。
なぜ、わざわざ文章など書くのか。
みなが見ていること、みなが感じていることを、見ないため、感じないためだ。
感性のマイノリティーになることが、文章を書くことの本質だ。>
ここが、筆者が描くライターの本質部分ではないかと思う。
文章を書く第一は「語彙を磨く」ことだ。
道具立てと筆者の実践法が詳述されている。
本を読み、辞書を引く、言葉を知ることだ。
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お恐ろしく「博覧強記」な内容の詰まった、
モノ書きに与える文章指南書だ。
古今東西の古典、名著は言うに及ばず、稀覯本・書物に精通しておられれる。
さらに英語、仏語、独語、西語で原書を読み、
知識として蓄積されて、散り混ぜられて、生かされています。
後半になると氏の筆は「神がかった」様相を呈します。
文書を書く「言葉」は「道具」ではない。
言葉はmojoだという。まじない、魔術。
何を書くか分からない内に書き始めるとmojoが働き、
女神が現れ、グルーヴに乘って言葉が現れてくる。
自分の書いている文章が、当の自分を追い越す。
文章が、自分の思想、感情、判断を超えていく。
……mojoの働きだと。(288~290ページ)
表紙の見返しに記されている。
わたしにしか、書けないものは、ある――
文章は、見えなかったものを見えるようにすること
文章は、見えていたものを見えなくすること
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読後一考「そういうことなんだ」
名文を書く、そこまでしなければならないとしたら、
「たにしの爺」もう間に合わない。
駆け出し記者に戻れたとしても、到底できない。
「このようなデスク」が居たら、恐ろしくて原稿を出せなくなる。
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始めに「買わなくてよかった」と書いた理由はそこです。
こんな恐ろしい本が、ベット脇の本棚で四六時中、目に入ったら、
ウナされて、寝られなくなる恐れがある、と思ったからです。
今でも「締め切り、降版時間」が夢に出て、バタバタする「たにしの爺」なのだ。
はたっと、夢から覚めると「尿意がテンパっている」
「たにしの爺」は「朝日新聞」は見ないので、
氏の存在は全く知りませんでしたし、
何冊かのご著書があるようですが、読んだことがありません。
本書が初めて読んだ氏の著作でした。
訳の分からない「レビュー」になってしまったこと、
83歳になる「徘徊爺」が好奇心から、
2回も読んだということで、ご容赦いただきたい。
文章を書くとは、――
「言葉の迷路を徘徊し自分を発見」することだと知らされた「たにしの爺」でした。
読感を三行で言えば、――
何の興味を持たない読み手を「振り向かせる」
書き出しの三行に「全集中」しろ。
読者を「のけぞらせろ」ということです。
久しぶりに大活字でない本を読んだ。
それも暮れに出たばかりの新刊本だ。
「爺なり」のレビューを書いてみた。
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この本を発見したきっかけは、
「ニューズウィーク日本版」ウェブでした。
このサイトはときどき覗いている。
世界ニュースをフィチャーする硬派な論調が「たにしの性に合う」
BOOKS欄で『三行で撃つ』――〈善く、生きる〉ための文章塾――が取りあげられ、
名文記者が「いい文章を書くための25の文章技法」を惜しみなく明かした本だと紹介されていた。
「たにしのブログ」は三行センテンスが主流だ。
老骨、徘徊爺になっても「情のある名文を書きたい」と願っている。
この本を求めたいと思った。
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近くの本屋さんには無かったので、
近くの公民館の図書室に、取り寄せを頼みました。1月の中旬のことでした。
2週間ほどして連絡があって、受け取りに伺うと、
新刊購入したばかりの『三行で撃つ』でした。
「最初の読者ですよ」と言われた。
新刊購入を決めた担当司書さんに敬意を表します。
2回も読了して「買わなくてよかった」と思った。
その理由は、最後に書きます。
前置きが長くなった。
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<善く、生きるための文章塾>
CCCメディアハウス社刊、2020年12月15日、初版発行、1,500円
著者は朝日新聞編集委員
近藤康太郎氏
日田支局長/作家/評論家/百姓/猟師/私塾塾長、と紹介されている。
「ニューズウィーク日本版」のレビューによると、
<名文記者として知られる朝日新聞編集委員、近藤康太郎氏。
その彼が、いい文章を書くための25の文章技法を惜しみなく明かしたのが『三行で撃つ』だ。
本書には、数多の文章術の実用書と決定的に異なる点がある>と紹介されていた。
<決定的に異なる>とは、言葉、文章、書くこと、つまりは、
生きることの意味を考え抜かざるを得なくなる筆者の生き方だという。
ブックカバーの帯にも書いてある。
「書くとは、考えること。書きたく、なる。わたしに<なる>ために。――と。
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――――――――――――――――――――――――――――――
以下は「たにしの爺」の読後感です。
プロのライターたちへ、プロのライターを目指す者たちへ向けた、
名文家になるための<読み方、書き方、生き方の指南書>でした。
まぁ、「至難」の言葉の修行を自分に課す覚悟が待っています。
「どうしたら、飯が食えるプロライター」になれるか――、
現役記者、記者を志す人たちに、心構えの覚悟を要求します。
いい文章を書く意味は「言葉のトレーニング」にとどまらず、
「日常生活、物の見方、本の読み方」それらが総合して、ひいては、
「生き方」までが、文章に反映されるものだとする。
文章を書くということは、考えるということだ。
言い尽くされた「常套句」を並べて書いても、
それは自分で考えた表現ではなく、先人の表現の借り物に過ぎないと。
自分だけの文章を書きなさい。それは考えることに尽きると言う。
まず、日本の古典に限らず、
東西の名著・古典をしっかり読むことだという。
本に限らず、古今の芸術作品、音楽、絵画、映画‥‥、
それらは「生き方」が表現された作者の唯一なものである。
これらの作品に触れないで、ライターになろうなんて思っては困るのだという。
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「書くということは、簡単なことではない」
最初の一行が出てこなくて、幾日も、何時間も呻吟し、考え抜き、
自分の知らなかった自分を発見することを歓びとする。
このことが、本書の主要なテーマになっている。
長くなりますが、少し引用します。(72ページ)
<流行語は、流行しているときに使ってはいけない。(少し略)
流行語を使うとは、世間に、言葉を預けることだ。
言葉を預けるとは、自分の頭を、自分の魂を、世間に預けることだ。
うわついて、邪悪で、移り気で、唾棄すべき、
しかしこれなしには、どんな人間も生きられない「世間」という怪物に、
自分をそのまま預けてしまうことなのだ。
なぜ、わざわざ文章など書くのか。
みなが見ていること、みなが感じていることを、見ないため、感じないためだ。
感性のマイノリティーになることが、文章を書くことの本質だ。>
ここが、筆者が描くライターの本質部分ではないかと思う。
文章を書く第一は「語彙を磨く」ことだ。
道具立てと筆者の実践法が詳述されている。
本を読み、辞書を引く、言葉を知ることだ。
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お恐ろしく「博覧強記」な内容の詰まった、
モノ書きに与える文章指南書だ。
古今東西の古典、名著は言うに及ばず、稀覯本・書物に精通しておられれる。
さらに英語、仏語、独語、西語で原書を読み、
知識として蓄積されて、散り混ぜられて、生かされています。
後半になると氏の筆は「神がかった」様相を呈します。
文書を書く「言葉」は「道具」ではない。
言葉はmojoだという。まじない、魔術。
何を書くか分からない内に書き始めるとmojoが働き、
女神が現れ、グルーヴに乘って言葉が現れてくる。
自分の書いている文章が、当の自分を追い越す。
文章が、自分の思想、感情、判断を超えていく。
……mojoの働きだと。(288~290ページ)
表紙の見返しに記されている。
わたしにしか、書けないものは、ある――
文章は、見えなかったものを見えるようにすること
文章は、見えていたものを見えなくすること
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読後一考「そういうことなんだ」
名文を書く、そこまでしなければならないとしたら、
「たにしの爺」もう間に合わない。
駆け出し記者に戻れたとしても、到底できない。
「このようなデスク」が居たら、恐ろしくて原稿を出せなくなる。
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始めに「買わなくてよかった」と書いた理由はそこです。
こんな恐ろしい本が、ベット脇の本棚で四六時中、目に入ったら、
ウナされて、寝られなくなる恐れがある、と思ったからです。
今でも「締め切り、降版時間」が夢に出て、バタバタする「たにしの爺」なのだ。
はたっと、夢から覚めると「尿意がテンパっている」
「たにしの爺」は「朝日新聞」は見ないので、
氏の存在は全く知りませんでしたし、
何冊かのご著書があるようですが、読んだことがありません。
本書が初めて読んだ氏の著作でした。
訳の分からない「レビュー」になってしまったこと、
83歳になる「徘徊爺」が好奇心から、
2回も読んだということで、ご容赦いただきたい。
文章を書くとは、――
「言葉の迷路を徘徊し自分を発見」することだと知らされた「たにしの爺」でした。