JETRO事務所長離任(1999年)
社内には、利権契約が延長できれば鉄道建設のための20億ドルの投資と年間経費1億ドルは安い買い物だと主張する者もいた。たしかに2000年以降も日量30万バレルのカフジ原油を日本に輸入できることは投資に見合っていると言う計算も成り立つ。但し外国での鉱山鉄道プロジェクトに日本の企業・銀行が積極的に取り組むとは考えられず、赤字補てんに税金を投入せざるを得ないことは明らかであった。プロジェクトが国内であればまだしも海外の鉄道プロジェクトに日本政府が深入りすることに国民の納得が得られるか、と言うのが多くの意見であった。間の悪いことに当時石油価格は暴落し石油は買手市場であった。
通産省(現経産省)は大臣、局長、課長を続々とリヤドに送り込んだ。小長社長はその露払い、会談の同席、事後の情報収集等々に追いまくられていた。筆者が赴任していた3年間、社長は年平均5~6回日本とサウジアラビアを往復しており、帰国したと思うとすぐに戻ってきたことも再々であった。筆者はその都度リヤド空港に出迎え、面会の約束で忙しい社長に立ち話で合弁事業案件の現状報告をした(長旅と度重なる出張で疲れ気味の社長に成果が出ていないことを報告するのは気が重かったが----)。
ともかく通産省は一丸となって鉱山鉄道計画に代わる日本側の代案を次々と繰り出した。彼らの発想力と実行力には目を見張るものがあり、日本の官僚の優秀さを垣間見た。彼らは実にクールである。それは本来の冷静と言う意味だけではなく、現代風の「格好良さ」と言う意味も含めてのクールさであった。強いて難をつけるとすれば彼らは余りにも変わり身が早いことであり、大らかさや大胆さに欠けると言うことであろうが、彼らも人間であり全てを求めるのは酷と言うものであろう。
局長、課長級のエリート官僚は2~3年で交代し、その都度挨拶に来訪するため、相手側から半ばあきれたような顔をされることが多かった。サウジアラビアでは大臣も高級官僚も10年以上勤めるのが当たり前だったからである。しかし彼らは逆に引き継ぎがスムーズに行われ業務に支障が生じないことに感心していた。彼らにとって日本の官僚システムはトヨタ、ソニーなどと同様「不思議の国の産物」だったようである。
このような日本側の努力にもかかわらずアブドルアジズ王子は鉱山鉄道計画に固執したまま2000年を迎えた。王子のかたくなな態度に腹をくくった日本側は2000年1月、時の深谷通産大臣がリヤドを訪問、利権契約延長と鉱山鉄道のバーター取引では日本の世論が納得しない、としてサウジ側の提案を正式に断った。遂にアラビア石油の命運は尽きたのである。同時にサウジアラビアと日本の間には深い亀裂が生まれた。
両者が最後まで歩み寄れなかった理由を筆者は次のように考えている。即ち、トップから全権を委任されたと自負する若いアブドルアジズ王子の独断専行が両国に亀裂を生んだ。王子は日本が鉱山鉄道計画を受け入れること間違いなし、とアブダッラー皇太子他のサウジアラビアのトップに吹き込んだ。そのため深谷大臣が正式に断った時、皇太子以下サウジ政府のトップはまさか、と思い日本の対応に不快感を覚えた。一方の日本側も交渉のイロハをわきまえない若いアブドルアジズ王子にほとほと手を焼いた末に、大所高所から日本の国益を天秤にかけて最後は交渉決裂やむなしと判断した。これが当時の断片的な情報をつなぎ合わせた筆者の推測である。
交渉決裂後の数年間、両国関係は冷え込み、関係が改善したのはその数年後のことである。その間にアブドルアジズ王子はアラビア石油取締役からOPEC本部事務局付きとなり、現在は石油省次官である。もし日本との関係を悪化させた責任の一端が彼にあるとすれば普通のテクノクラートなら多分表舞台から消えたに違いない。にもかかわらず現在王子が石油省次官であるのは何と言っても彼がサウド家王族の一員だからであろう。サウド家の王族はイスラムの教えに対する背教行為或いはサウド家の体面を汚す犯罪でも犯さない限り地位をはく奪されることはないのである。強いて言えば彼は従兄弟たちに比べ昇格が遅れているのは確かである。
筆者は利権契約延長交渉の最期を現地で見届けることなく、1999年8月、3年間の任期を終えて帰国することになった。実はこの時リヤド赴任の延長を打診されたのであるが、精神的に限界であり体も悲鳴を上げていた。帰国後、本社に戻ることはなく、そのまま中東協力センターに出向、リヤド時代と同じ仕事を今度は国内で行うことになったのである。
(続く)
(追記)本シリーズ(1)~(20)は下記で一括してご覧いただけます。
http://members3.jcom.home.ne.jp/3632asdm/0278BankaAoc.pdf
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