2.第三次サウド王朝(続き)
(6)ファイサル時代に固まった現代の諸制度(その4:石油が武器に変化した時代)
2013年のサウジアラビアの原油生産量は1,150万B/Dで世界最大である(BP統計)。同国の動向は世界の石油市場のみならず世界経済にも大きな影響力を持っているが、そのルーツはファイサル時代のOPECと第一次オイル・ショックにある。サウジアラビアをリーダーとするOPECは、当時セブン・シスターズと呼ばれていたエクソン、シェルなど欧米の石油会社から国有化を勝ち取り、石油の価格決定権を奪い取ったのである。そしてサウジアラビアは1973年に第四次中東戦争が勃発すると、OAPEC(アラブ石油輸出国機構)を糾合して日本を含む西欧諸国に対する石油禁輸措置を打ち出した。ファイサルは石油が武器になりうることを証明したのである。ファイサル時代のOPECと第一次オイルショックーこれはサウジアラビアが世界の経済のみならず政治を左右する力を持つに至った最初の出来事であった。
サウジアラビアで石油が発見されたのは1940年のことであるが、本格的な生産が始まったのは第二次大戦後であった。1965年の生産量は中東ではクウェイトに次ぐ222万B/Dを記録したが、その後も1970年には385万B/D、1975年には722万B/Dと、ファイサル治世のわずか10年の間に3.3倍に増加している。石油生産の増加と同時にセブン・シスターズから価格支配権を奪い取ったことによりファイサル時代の石油収入は爆発的に増え、1970年に54億ドルであった同国のGDPは5年後の1975年には8.7倍の468億ドルに膨らんでいる。
OPEC結成以前、世界の石油市場はメジャーズ、別名セブン・シスターズと呼ばれる国際石油企業(IOCs)が牛耳っていた。彼らは生産量を調整し価格を談合することで自己の利益を極大化することだけを考え産油国の事情には見向きもしなかった。戦後最初の不況が訪れると彼らは1959年と60年の二度にわたり中東の原油公示価格を下げた。中東産油国の収入は原油価格に比例していたため、サウジアラビアなど産油国はその直撃を受けたのである。
国際石油企業(IOCs)に対抗するため1960年、サウジアラビア、クウェイト、イラン、イラク及びベネズエラの5カ国はOPEC(石油輸出国機構)を結成した 。当初OPECはIOCに歯が立たなかったが、その後インドネシアなどの産油国を仲間に引き入れ徐々に交渉力をつけていった。OPECの交渉人として先頭に立ったのは1962年サウジアラビアの石油大臣に就任したファイサル国王の秘蔵っ子アハマド・ザキ・ヤマニである。ヤマニはメジャーを相手に巧妙な駆け引きで産油国の取り分を増やしていった。同じ年に国連で「天然の富と資源に対する恒久主権」が決議され、天然資源を国有化する正当性が国際的に認められた。リビア、イラク、クウェイト等で石油企業が国有化され世界の石油産業の流れは一気にOPECに傾いたのである。
リビア等が一方的全面的な国有化を行ったのに対し、サウジアラビアは「事業参加方式」と呼ばれる漸進的な国有化策を取った。この結果同国は現在も国際石油企業と良好な関係を保っている。またクウェイト、UAEなど他のGCC諸国では石油大臣が王族或いは有力部族出身者に限定されている中で、サウジアラビアはヤマニ以降現在のナイミまで代々テクノクラートを任命しており異色である。国際石油企業との良好な関係の維持及び石油大臣のテクノクラート任命の二点もファイサルの遺産と言って良いであろう。
さらに何よりもファイサルと石油の関係を際立たせているのは1973年の第4次中東戦争でサウジアラビアが石油戦略を発動したことであろう。第四次中東戦争は当時のサダト・エジプト大統領がイスラム教徒の聖なる月「ラマダン(断食)」に仕掛けた奇襲戦法であった。しかしこの奇襲戦法はサダトとファイサルが事前に綿密な協議を重ねた末のものであり、開戦後サウジアラビアを中心とするOAPEC(アラブ石油輸出国機構)は米国及びイスラエルの支持国に対して石油供給を削減するという誰しも予想しなかった戦略を発動したのである。
たちまち世界経済は混乱に陥ったが、最大の被害者は石油資源を持たない日本であり、有名な「トイレットペーパー騒動」が持ち上がり、消費者物価が急騰、狂乱物価と呼ばれた。田中角栄首相(当時)は三木副総理を特使としてアラブ8カ国に派遣して石油禁輸措置の緩和を求めた。ファイサル国王が三木特使に対して日本を友好国とし、従来通りの原油供給を約束したことで日本は胸をなでおろしたのである。
(続く)
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