石油と中東

石油(含、天然ガス)と中東関連のニュースをウォッチしその影響を探ります。

どうなる?カショギ事件の幕引き(2)

2019-04-03 | 中東諸国の動向

 

(注)本レポート(4回連載)は「マイライブラリー」で一括してお読みいただけます。

 

 

 

http://mylibrary.maeda1.jp/0464KhashoggiCase.pdf

 

 

 

 

 

 

2.幕引きを急ぐサウジアラビア

 

 未曽有のスキャンダルとなったカショギ暗殺事件で、サウジアラビアの国際的信用はがた落ちし、事件への直接的な関与を疑われたムハンマド皇太子は猛烈な逆風に見舞われている[1]。この状況に対してサウジ政府がとった態度は事件をもみ消し、一刻も早く幕引きを図ることであった。

 

 サウジ政府は事件が偶発的なものであったこと、及びムハンマド皇太子(MbS)は何も知らなかったとの説明を繰り返している。関係者11人はトルコ当局の尋問要請を無視して直ちに本国に送還された。そして11月半ばに容疑者11人のうち5人に死刑を求刑するという検事総長が発表されたが[2]、5名はおろか容疑者11名全員の氏名は未だ明らかにされていない。

 

今年2月に入るとMbSの取り巻きで事件に深く関係したとされるAl Arabiyaテレビのジェネラル・マネージャTurki Aldakhilを駐UAE大使に転出させている[3]。中でもMbSの実弟、すなわちサルマン国王の子息であるハリド駐米大使を交替させたことは身内が捜査対象になることを避けるためと言って間違いない。報道によればハリド王子はワシントン駐在当時、カショギ記者からイスタンブール行きを相談され、スケジュールを確認したうえでその内容をリヤドに報告しており、ハリド王子は殺害の片棒を担いだと考えられる。

 

そして3月1日、検察当局は捜査の終結を宣言した[4]。その2日後には国王勅令で6人の最高裁判事が任命されている。恣意的な判決を導く意図が明らかである[5]。さらに奇妙なことに、外電は事件の鍵を握っていると思われるMbSのアドバイザーSaud Al-Qahataniが一度も公判に姿を見せていないと報じている[6]。公判は非公開であり証人を含め出廷者の氏名は明らかでないが、ここにも事件の早期幕引きを図る国王とMbSの意思が見え隠れする。

 

3.米国トランプ政権の対応ぶり

 被害者のカショギ記者はワシントンポストにサウド家批判の記事を寄稿するジャーナリストであった。米国のマスコミ及び野党民主党は真相究明を求めたが、トランプ大統領はMbSを賢明で強い人物であると称賛[7]、サウジアラビアが裏切ることはないだろうと強く肩入れした[8]。残忍な殺害方法が明らかになると、さすがに大統領は「ひどい話だ!」と驚いたものの、MbSの関与に関しては「推定無罪だ!」とツイートし、その後の裁判についてもサウジの国内問題であるとして批評は避けている。

 

 トランプ大統領がこれほどまでにMbSに肩入れするのは、MbSの訪米時に締結した超大型の武器売買契約が念頭にあるとの見方がある。しかし最近の両国の動きを見ると別な要素も浮かび上がってくる。それはトランプ大統領の娘婿ジャレッド・クシュナーとMbSの間に強い結びつきがあり、クシュナーはその関係を中東和平問題に利用しようとしている構図である。トランプ大統領は彼自身の強力な支持母体であるキリスト教福音派(エバンジェリカル)の歓心を買うためユダヤ教徒である娘婿のクシュナーを中東和平特使に任命、イスラエルに有利な調停を模索している。

 

 そのようなシナリオの中で2月にクシュナーがサウジアラビアを訪問、サルマン国王及びMbSと会談を行った[9]。この会談でクシュナーは義父のイスラエル支援策―エルサレムへの大使館移転及びゴラン高原の主権承認―について、サウジアラビアがアラブ陣営の先頭に立って異議を唱えることがないよう説得したに違いない。その交換条件の一つがカショギ事件の非人道性批判を控え、MbS体制を守ることであろう。

 

ゴラン高原は1867年の第三次中東戦争(6日間戦争)でイスラエルが占拠し、その後1981年に併合宣言したものである。国際社会はこれを認めておらず、ましてアラブ・イスラム諸国にとっては反イスラエル・キャンペーンで大同団結するための大義名分である。イラン、トルコはその急先鋒であるが、アラビア半島の盟主を自認するサウジアラビアもかつてはアラブ・サミット或いはOIC(イスラム協力機構)で反イスラエルの論陣を張ってきた。クシュナーはそのようなサウジアラビアに対して表立った反対を控えるよう説得または強要し、その材料としてカショギ事件を利用したと考えられる。

 

実は注目すべき発言がUAEから発信されている。それは「パレスチナ和平促進のためアラブ諸国はイスラエルに対してオープンな姿勢を取るべきだ」とする同国外務担当国務相の談話である[10]。UAEはイラン、カタール、イエメンなど地域の諸問題でサウジアラビアと歩調を合わせており、経済・外交面で影響力の大きいサウジアラビアが言いづらいことを同国に替わって世界に発信することが少なくない。今回の発言もそのように見れば納得できる。クシュナーがUAEに言わせたと勘ぐることもできよう。

 

 パレスチナ和平問題では現在サウジアラビアと米国及びイスラエルが水面下で密接に情報交換していることはほぼ間違いないであろう。そこではそれぞれが有する強味と弱味が呉越同舟の結び目になっている。サウジアラビアにとって強味は世界の石油市場に対する支配力、そしてオイル・マネーによる米国武器の購入であり、弱味がMbSのカショギ疑惑なのである。

 

(続く)

 

本件に関するコメント、ご意見をお聞かせください。

荒葉一也

Arehakazuya1@gmail.com



[1] 参考レポート「皇太子と安倍首相の電話会談が語るもの:焦るムハンマド」参照。

http://mylibrary.maeda1.jp/0461MbsAbeMar2019.pdf 

[2] ‘Saudi Arabia’s public prosecutor seeks death penalty for 5 Khashoggi suspects’, 2018/11/15, Arab News

http://www.arabnews.com/node/1405371/saudi-arabia

[3] ‘Saudi named in report on Khashoggi murder becomes UAE envoy’, 2019/2/10, The Peninsula

https://www.thepeninsulaqatar.com/article/10/02/2019/Saudi-named-in-report-on-Khashoggi-murder-becomes-UAE-envoy

[4] ‘Public prosecution concludes investigation into group accused of undermining Saudi Arabia’s stability’, 2019/3/1, Arab News

http://www.arabnews.com/node/1459976/saudi-arabia

[5] ‘Saudi King Salman appoints 6 new Supreme Court judges’, 2019/3/4, Arab News

http://www.arabnews.com/node/1461476

[6] ‘Royal adviser fired over Khashoggi murder absent from Saudi trial: Sources, 2019/3/24, The Peninsula’,

https://www.thepeninsulaqatar.com/article/24/03/2019/Royal-adviser-fired-over-Khashoggi-murder-absent-from-Saudi-trial-Sources

[7] ‘Crown Prince a strong man: Trump’, 2018/10/21, Saudi Gazette

http://saudigazette.com.sa/article/546144/World/America/Crown-Prince-a-strong-man-Trump

[8] ‘Trump: I don’t think the Saudis betrayed me on Khashoggi case’, 2018/10/31, Saudi Gazette

http://saudigazette.com.sa/article/546920/SAUDI-ARABIA/Trump-I-dont-think-the-Saudis-betrayed-me-on-Khashoggi-case

[9] ‘Kushner meets Saudi Arabia’s King Salman, crown prince to discuss 'increased cooperation'、2019/2/27, Arab News

http://www.arabnews.com/node/1459036/saudi-arabia

[10] ‘UAE urges Arab openness to Israel’, 2019/3/28, Kuwait Times

https://news.kuwaittimes.net/website/uae-urges-arab-openness-to-israel/

 

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