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4.サウジのオウン・ゴールで高笑いのトルコ
カショギ事件に対する各国の反応はサウジアラビアに対する明らかな嫌悪感と軽蔑感であろう。それは例えて言えば稚拙なプレーの末にオウン・ゴールを犯してしまったサッカーの試合である。観客たちはサウジの選手、コーチ、監督がどうしてよいかわからずグランドであたふたしているのをうんざりして眺めているのである。
トルコは事件が自国のイスタンブールで起こったため犯人の身柄引き渡しを求めた[1]。当初サウジ側が、被害者の遺体処理をトルコ国内のサウジ政府協力者に任せたと説明したこともあり、トルコ側は自ら捜査に乗り出したが、サウジの説明は二転三転し捜査は行き詰った。犯罪がトルコの主権が及ばないサウジ領事館内部で発生したため、サウジ側は外交特権を盾に犯人の身柄を早々と本国に送還した[2]。トルコ政府に打つ手はなかった。
しかし執拗に事件の核心に迫る世界のメディアからは次々と暴露ニュースが流れた。その中にはカショギの遺体処理に関するものもあった[3]。それによればイスタンブールのサウジ領事館の敷地に耐熱度千℃という大型焼却炉が設置され、その中で3日3晩燃やされたとのことである。遺骨は跡形もなく灰になり完全に証拠が隠滅された。事実の解明はサウジ国内での裁判に委ねられることになるが、裁判は完全非公開である。しかも直前に最高裁判事が任命替えされ、事件に対するサウジ政府の姿勢に疑念が浮かんだ。MbSが証言台に立つことなど考えられず、事件の全容を知ると目されるMbSの取り巻き達も巧妙に逃げ回っている。事件の真相が解明されることは永久にないであろう。
トルコ政府もこれ以上事件に深入りするつもりはなさそうである。但しこれによってMbSの疑いが晴れた訳ではなくむしろ疑惑が深まるばかりである。トルコ政府の狙いはまさにMbSの疑惑を最大限に利用することであろう。トルコ政府がこれまで公表された以上の極秘情報をつかんでいる可能性は高い。そうだとすれば、トルコ政府はサウジ政府だけでなく、MbSをかばうトランプ米大統領に対しても必要となれば切り札を持ち出すに違いない。
トルコとサウジアラビアはイスラーム(スンニ派)という共通の宗教に根差す歴史的側面に加え、政治・経済面では現代の国際同盟関係で対抗する構図である。宗教面ではかつてオスマン帝国としてイスラーム圏を牛耳ったトルコに対して、サウジアラビアは二大聖地マッカとマディナを抱え現代のイスラームの盟主であることを誇示している。政治・経済面ではサウジアラビアは米国の後ろ盾とオイル・マネーの威力でアラブ諸国の盟主を自認している。これに対し地域最大の経済力を誇るトルコはIS(イスラム国)の掃討作戦、アサド政権主導によるシリアの内戦終結などでロシアとの関係を強化しており、ごく最近では武器輸入をめぐり、米国をいらつかせたりしている[4]。
トルコはカショギ事件でサウジアラビアをけん制し、同時にMbSの疑惑を喧伝することによりアラブの盟主エジプトを側面支援してアラブ世界の分断を図るものと考えられる。いずれにしてもカショギ事件はサウジアラビアのお粗末なオウン・ゴールなのである。
トルコとしては「時の過ぎゆくままに(As time goes by)」サウジアラビアが沈み行くのを眺めているだけで良いのである。
(続く)
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荒葉一也
Arehakazuya1@gmail.com
[1] ‘Turkish-Arab media group says Jamal Khashoggi murdered as Erdogan 'pursuing' missing case’, 2018/10/7, The Peninsula
[2] ‘Teams probing Saudi journalist's disappearance leave Istanbul consulate: Witnesses’, 2018/10/16, The Peninsula
[3] ‘Khashoggi's body likely burned in large oven at Saudi consul's home’, 2019/3/4, The Peninsula
[4] ‘Turkish FM says no turning back from Russia arms deal’, 2019/4/3, Arab News