石油と中東

石油(含、天然ガス)と中東関連のニュースをウォッチしその影響を探ります。

見果てぬ平和 - 中東の戦後70年(56完)

2020-12-22 | その他
エピローグ

荒葉 一也
E-mail: areha_kazuya@jcom.home.ne.jp

3.見果てぬ平和
 皮肉にも「アラブの春」が中東でそれまでにない大量の難民を生んだ。故郷で名も無くつつましく暮らしていた彼らはやむを得ず国境を越えて逃げ延びた。そもそも彼ら庶民にとって「国境」は自分たちが生まれる前に英国とフランスがサイクス・ピコ協定を結び自分たちの手の届かないところで勝手に線引きしたものであった。そして今、「IS(イスラム国)」によって自分たちの目の前で国境が「溶けて」行こうとしている。

 国境があるがために紛争に巻き込まれ故郷を追われる中東の難民の苦悩は、周囲を海に囲まれ地上の国境線を持たないがゆえに当たり前のように平和を享受している日本人には理解することはとても難しい。

「国破れて山河在り」というのは東洋思想である。しかしイスラームの一神教の世界ではそのような自然観を持つことも難しいようである。アラブの年配者たちの間では「これもすべてアラーの思し召し」とばかり運命をあるがままに受け入れる者も多いが、現世の矛盾と不平等に内心の怒りをたぎらせる若者はアラーが約束した来世の天国に急ぐため、「殉教」の名のもとに自爆テロに走る。

ITの世界を好む若者たちはテロリストにはならずインターネットのSNSを通じて社会改革を求める。彼らはSNSで独裁者打倒の反政府デモを呼びかける。呼びかけに応じて多数の若者が街頭に繰り出し独裁者の退陣を勝ち取ったのが「アラブの春」であった。しかしその後が続かない。それはなぜだろうか。インターネットで呼びかければ世の中がかなり簡単に動くことは実証された。しかし世の中を動かすことは簡単であっても、世の中を変えることはたやすくない。

現状で見る限りアラブ世界では学生たち民主主義勢力の成果は部族勢力或いは宗教勢力が引き継いでいる。民主主義勢力は「成果を横取りされた」と嘆くが、それが現代アラブ・イスーラム世界の現実である。アラブ・イスラーム世界では部族という「血」の絆、そしてイスラームという「心」の絆は強く根を張っているが、民主主義に代表されるイデオロギーという「智」の絆が欠けている。イデオロギーは智(=頭脳)の産物であるが、中東にはそれが無いのである。だが「血」の絆、或いは「心」の絆では対立は解消されない。イデオロギーは必ずしも西欧流の民主主義である必要はないが、中東に何らかのイデオロギーが生まれなければ次なる平和への展望は開けないように思われる。

「アラブの春」以前の独裁政治の長い窮屈な時代が今よりも平和であったという庶民の声が聞こえる。現実の混乱状況(カオス)の前ではそれは確かに一面の真理を突いている。「自由な平和は短く、窮屈な平和は長続きする。」ということであろうか。皮肉なパラドックスである。

戦後70年、歴史は目まぐるしく変化した。変化の速さに慣れた現代人は、自分の生きている間に歴史が動くものと錯覚しているのかもしれない。その錯覚の先にあるのが永遠の平和であろう。中東の平和は見果てぬ夢なのであろうか? 夢で終わらせずいつか平和の女神から月桂冠を受け取る偉大な指導者が中東に現れることを願ってやまない。

(完)
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鬼の居ぬ間に:中東の政治的空白に暗躍する国々(4完)

2020-12-22 | 中東諸国の動向

(注)本レポートは「マイライブラリー」で一括してご覧いただけます。

http://mylibrary.maeda1.jp/0520PoliticalVacuumInMe.pdf

4.中国:政治より経済優先、一帯一路でシルクロード貫通目指す
 現在の中国は米国に次ぐ軍事大国、経済大国であるが、中東地域に関しては伝統的に外交・軍事面のプレゼンスは低い。それに比べ経済面での進出は目覚ましい。中国にとって中東は自国製品の重要な輸出相手先であり、低価格の日用雑貨品に限らず、現在では華為の5G通信システムなどのハイテク製品が市場を席捲しつつあり、米国を慌てさせている。さらに貧しい開発途上国に対しては低利・長期の融資を餌に港湾、道路、鉄道などのインフラ建設に食い込んでいる。

 一方で中国は中東産油国から大量の原油を買い付けている。BP統計によれば昨年の中国の原油輸入量は5.07億トンであるが、最大の輸入国はサウジアラビアであり、その他イラク、イランなど中東産油国も主要な輸入ソースである。

 こうして中国は経済を優先して輸出と輸入の拡大に取り組んでおり、政治・軍事の国際紛争からは巧妙に距離を置いている。かつては手を出したイランの石油開発から身を引き、その一方で売り先に困るイラン原油を目立たないように買い付けている。サウジアラビアに対しては巨大な中国市場での合弁製油所建設を持ち掛け、同じ湾岸産油国では油田の開発に参入、また三次元地震探鉱の契約を獲得している 。

サウジアラビア、UAEとつかず離れずの関係を守るオマーンに対しても、中国はアジアインフラ投資銀行(AIIB)を通じて6千万ドルの太陽光発電プロジェクトに融資している 。AIIBは日本などが主導しているアジア開発銀行に対抗して中国が設立したインフラ整備の国際金融機関である。中国はアジア・アフリカの開発途上国に対して直接融資も行っているが、相手国が返済困難になるや、港湾施設などを有利な条件で長期に借り受ける、いわゆる「債務の罠」を仕掛けてきた。「一帯一路」の現代版シルクロードはこうにして中東を経由してヨーロッパまで貫通しつつある。

5.カタール/UAE:小兵の身軽さ、マネーあればGCCは不要
 中東域外の米国、ロシア、中国、域内のトルコ、イスラエルなど強国のパワーゲームに隠れているが、潤沢なオイルあるいは天然ガス・マネーを駆使して存在感を発揮しているのがUAEとカタールである。両国はサウジアラビアとともにGCC(湾岸協力機構)を構成している。経済規模が小さく人口も少ないため、これまでは強大なサウジアラビアの言いなりになる傾向があったが、2010年の「アラブの春」をきっかけに中東全域が大きく動き出すと共に、両国の積極的かつ自主的な外交姿勢が目立つようになった。それを裏付けているのは言うまでもなくオイル(ガス)・マネーである。

 カタールは自由な報道を標榜する国営アルジャジーラTVによりアラブにとどまらず欧米先進国でも高い評価を得ている。しかしイスラム穏健派のサウジアラビア、エジプトなどは逆にカタールを敵視し、イスラム過激派とのつながりを理由に2017年にUAE及びバハレーンと共にカタールとの外交関係を断絶した。しかしカタールはこれに屈することなく米国の締め付けとコロナ禍で経済困難に陥ったトルコに投資や融資を行うことで同国から後押しを受けている。カタールはGCCの中で孤立したのではなく、GCCから自立する道を開いたのである。イランにとってGCCの仲間割れは「漁夫の利」である。実際、アラビア半島上空を通過できなくなったカタール航空はイランの領空を利用しており、イランは通過料と言う貴重な外貨を稼いでいるのである。

 UAEはカタールと異なりサウジアラビアと今も蜜月状態である。しかしよく見るとサウジアラビアより一歩も二歩も先を巧妙に立ち回っている。例えばイスラエルとの国交回復がそれである。これまでアラブ圏では絶対的な前提条件であったパレスチナ国家独立論を先送りして国交を回復したのはUAEが政治的影響力の少ない小国だからである。イスラムの盟主を自称するサウジアラビアがイスラエル・パレスチナ問題で自縄自縛に陥り、先の展開が見通せないのと対照的である。UAEの身軽さはイエメン内戦問題でも同じである。イランが後押しする反政府フーシ派に対抗する政府軍は寄り合い所帯であり内部対立が絶えない。南部独立派に肩入れしたUAEは愛想をつかして自国軍を引き揚げた。結局サウジアラビアは尻ぬぐいに汲々としているのが現状である。

(完)

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荒葉一也
Arehakazuya1@gmail.com

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