6月4日。金曜日。雨。
今日は全国的に雨で、
西日本、東日本や北日本では雷を伴って非常に激しい雨が降り、
また、北日本を中心に暴風が吹き荒れるおそれがあり、
全国的に大雨の荒れた天気になるおそれがあり。
我が家にも沢山のアジサイが咲き出しました。

美しい花を眺めながら・・・ 『雨の似合うアジサイ』
土砂災害や河川の増水、氾濫、低地の浸水など・・・
今日一日、注意、警戒致しましょう。
コロナ禍の災害は、そのこわさは倍増します。気をつけましょう。

ゆっくりと咲き出した・・・ 『可憐なアジサイ』
今年の梅雨は長引くそうです。
梅雨中、心身にカビが生えないように、警戒いたしましょう。

身近に楽しめる・・・ 『多彩なアジサイ』
あじさいに倣って、雨にも負けず、自粛にも負けず、
買い物も雨の止むのを待ちましょう。夕方には止むそうです♡♡
大雨でも、
在宅で参加できる『オンライン・クラス』は有り難いことです。
今日は 午後2時~4時。
週一の『オンライン・聖書100週間・聖書通読会』です。
『オンライン 聖書100週間・聖書通読会』

全聖書を通読する『聖書100週間』です。
それはとてつもなく長いように思えても・・・
旧約聖書と新約聖書とは、 切り離すことができない、 『一つ』のものなのです。
新約聖書で語られる『イエス・キリストの神秘』は、
旧約聖書の初めから告げられ語られているのです。
使徒パウロは語りました。
『神は、かって(旧約時代)預言者たちによって、
多くのかたちで、また多くのしかたで先祖に語られたが、
この終わりの時代(新約時代)には、御子(イエス・キリスト)によってわたしたちに語られました。』
ヘブライ人への手紙 1章1-2節
神が、御自分の『心・愛』を、違う方法で人々に語るのが、
旧約聖書と新約聖書の違いなのです。
旧約では預言者に語らせ、新約ではイエス様が語ったのです。
博士アウグスティヌスも言いました。
『新約聖書は、旧約聖書の中に隠されており、旧約聖書は、新約聖書の中に現わされている。』
恐れ多いことですが、私もパウロとアウグスティヌスに同感、私もそう思います。
旧約聖書を読むと、旧約聖書は新約聖書の預言であると、私は思うのです。
両者の関係が分かると、読むのがずっと楽になるのです。
今日の『通読範囲』 は 『ユディト記』と『エステル記』です。
2回も『絶滅の危機』を迎えるエルサレムが、
その度に、ユディトやエステルの、我が身をかけての働きによって救われるのです。
その後に救われたエルサレムは栄えるのです。
神を信頼する『弱い人間』によって、『神の力』が示されるのです。
民が出会う『試練』や『困難』は、神の罰ではなく、
それは民の信仰を試し、目覚めさせるための手段なのです。
神は、『試練』を通して、民を鍛錬するのです。
2人の女性は、見目麗しく、謙遜で優しく、お人のために働く、という『理想の女性』です。
仲間は、『ユディト記』と『エステル記』どう読み解くのでしょう!?
今日も、楽しい『オンライン・聖書100週間』です。 感謝!感謝!
そして。
今日は6月4日。年間第九金曜日。
『今日の入祭唱』
『主よ、命の道を教えてください。
わたしは御顔を仰いで満ち足り、喜び祝い、 右の御手から永遠の喜びをいただきます。』
詩編 16章11節
『今日の福音 イエスの御言葉』
『イエスは神殿の境内で教えていたとき、こう言われた。

「どうして律法学者たちは、
『メシアはダビデの子だ』と言うのか。
ダビデ自身が聖霊を受けて言っている。
『主は、わたしの主にお告げになった。
「わたしの右の座に着きなさい。 わたしがあなたの敵をあなたの足もとに屈服させるときまで」と。』
このようにダビデ自身がメシアを主と呼んでいるのに、
どうしてメシアがダビデの子なのか。」
大勢の群衆は、イエスの教えに喜んで耳を傾けた。』
マルコによる福音 12章35-37節
イエスの到来によって・・・
旧約時代から語られていた『神の思い』が完成されたのです。
『新しい時代』:『新しい考え方』が到来したのです。
それは、旧約時代から続く『律法』に忠実であるユダヤ人たちには、
簡単に受け入れられることではなかったのです。
新約時代となり・・・
ユダヤ人たちは、
イスラエルの王国:『ダビデの王国』が、その子孫によって、いつまでも続くだろうと考えていました。
旧約時代のバビロン捕囚の時に、この『王国』が続かなくなり・・・
後に来られる『メシア』が国の王となり、『ダビデの王国』を新たに造ると、待ち望むようになったのです。
イエス様は、
『新しいダビデの王国』の考え方は、認めませんでした。
到来する『メシア』は、ダビデよりも偉い方で、ダビデ自身が『主』とお呼びになる方なのです。
『メシアはダビデの子』 ではなく 『メシアは神の子』なのです。
イエスの弟子たちも、
イエスの本当の姿を、理解することができませんでした。
イエスの復活の後初めて、イエスが送って下さった聖霊によって、
『イエスは、メシア、神の子であった』 と理解することができたのです。
イエスが、 ユダヤ人たちが待ち望んだ『王』、『メシア』なのです。
新しい時代の『王国:神の国』の『王』は、
苦しみを受け、

亡くなった後に復活し、
御自分の『使命』に忠実であったことから、神から『栄光』を与えられ、
『主』:『メシア』とされたのです。
旧約時代にダビデが『主』と呼んだ方です。
私たちも、
イエスがこの世に来られた『神の子』:『メシア』
であると認めるためには、
聖霊に導かれて、信仰が必要となります。
イエスの『言葉』が、
私たちの毎日の生活で、『力』となるといいですね。
祈りましょう。
『今日の祈願』
『いつくしみ深い父よ、あなたの民の力となってください。
私たちが、古い人を脱ぎ捨て、新しい命に生きることができますように。』
皆様!
ご訪問に感謝申し上げます。
梅雨時の雨の日に、お気に入りのレインコートを着て傘を差して、出かけたいものですね。
そんな日が早く来ますように! もうしばらくの我慢です。 お元気で!
今日は全国的に雨で、
西日本、東日本や北日本では雷を伴って非常に激しい雨が降り、
また、北日本を中心に暴風が吹き荒れるおそれがあり、
全国的に大雨の荒れた天気になるおそれがあり。
我が家にも沢山のアジサイが咲き出しました。

美しい花を眺めながら・・・ 『雨の似合うアジサイ』
土砂災害や河川の増水、氾濫、低地の浸水など・・・
今日一日、注意、警戒致しましょう。
コロナ禍の災害は、そのこわさは倍増します。気をつけましょう。

ゆっくりと咲き出した・・・ 『可憐なアジサイ』
今年の梅雨は長引くそうです。
梅雨中、心身にカビが生えないように、警戒いたしましょう。

身近に楽しめる・・・ 『多彩なアジサイ』
あじさいに倣って、雨にも負けず、自粛にも負けず、
買い物も雨の止むのを待ちましょう。夕方には止むそうです♡♡
大雨でも、
在宅で参加できる『オンライン・クラス』は有り難いことです。
今日は 午後2時~4時。
週一の『オンライン・聖書100週間・聖書通読会』です。
『オンライン 聖書100週間・聖書通読会』

全聖書を通読する『聖書100週間』です。
それはとてつもなく長いように思えても・・・
旧約聖書と新約聖書とは、 切り離すことができない、 『一つ』のものなのです。
新約聖書で語られる『イエス・キリストの神秘』は、
旧約聖書の初めから告げられ語られているのです。
使徒パウロは語りました。
『神は、かって(旧約時代)預言者たちによって、
多くのかたちで、また多くのしかたで先祖に語られたが、
この終わりの時代(新約時代)には、御子(イエス・キリスト)によってわたしたちに語られました。』
ヘブライ人への手紙 1章1-2節
神が、御自分の『心・愛』を、違う方法で人々に語るのが、
旧約聖書と新約聖書の違いなのです。
旧約では預言者に語らせ、新約ではイエス様が語ったのです。
博士アウグスティヌスも言いました。
『新約聖書は、旧約聖書の中に隠されており、旧約聖書は、新約聖書の中に現わされている。』
恐れ多いことですが、私もパウロとアウグスティヌスに同感、私もそう思います。
旧約聖書を読むと、旧約聖書は新約聖書の預言であると、私は思うのです。
両者の関係が分かると、読むのがずっと楽になるのです。
今日の『通読範囲』 は 『ユディト記』と『エステル記』です。
2回も『絶滅の危機』を迎えるエルサレムが、
その度に、ユディトやエステルの、我が身をかけての働きによって救われるのです。
その後に救われたエルサレムは栄えるのです。
神を信頼する『弱い人間』によって、『神の力』が示されるのです。
民が出会う『試練』や『困難』は、神の罰ではなく、
それは民の信仰を試し、目覚めさせるための手段なのです。
神は、『試練』を通して、民を鍛錬するのです。
2人の女性は、見目麗しく、謙遜で優しく、お人のために働く、という『理想の女性』です。
仲間は、『ユディト記』と『エステル記』どう読み解くのでしょう!?
今日も、楽しい『オンライン・聖書100週間』です。 感謝!感謝!
そして。
今日は6月4日。年間第九金曜日。
『今日の入祭唱』
『主よ、命の道を教えてください。
わたしは御顔を仰いで満ち足り、喜び祝い、 右の御手から永遠の喜びをいただきます。』
詩編 16章11節
『今日の福音 イエスの御言葉』
『イエスは神殿の境内で教えていたとき、こう言われた。

「どうして律法学者たちは、
『メシアはダビデの子だ』と言うのか。
ダビデ自身が聖霊を受けて言っている。
『主は、わたしの主にお告げになった。
「わたしの右の座に着きなさい。 わたしがあなたの敵をあなたの足もとに屈服させるときまで」と。』
このようにダビデ自身がメシアを主と呼んでいるのに、
どうしてメシアがダビデの子なのか。」
大勢の群衆は、イエスの教えに喜んで耳を傾けた。』
マルコによる福音 12章35-37節
イエスの到来によって・・・
旧約時代から語られていた『神の思い』が完成されたのです。
『新しい時代』:『新しい考え方』が到来したのです。
それは、旧約時代から続く『律法』に忠実であるユダヤ人たちには、
簡単に受け入れられることではなかったのです。
新約時代となり・・・
ユダヤ人たちは、


後に来られる『メシア』が国の王となり、『ダビデの王国』を新たに造ると、待ち望むようになったのです。
イエス様は、


『メシアはダビデの子』 ではなく 『メシアは神の子』なのです。
イエスの弟子たちも、


『イエスは、メシア、神の子であった』 と理解することができたのです。


新しい時代の『王国:神の国』の『王』は、
苦しみを受け、

亡くなった後に復活し、
御自分の『使命』に忠実であったことから、神から『栄光』を与えられ、
『主』:『メシア』とされたのです。
旧約時代にダビデが『主』と呼んだ方です。
私たちも、
イエスがこの世に来られた『神の子』:『メシア』
であると認めるためには、
聖霊に導かれて、信仰が必要となります。
イエスの『言葉』が、
私たちの毎日の生活で、『力』となるといいですね。
祈りましょう。
『今日の祈願』
『いつくしみ深い父よ、あなたの民の力となってください。
私たちが、古い人を脱ぎ捨て、新しい命に生きることができますように。』
皆様!
ご訪問に感謝申し上げます。
梅雨時の雨の日に、お気に入りのレインコートを着て傘を差して、出かけたいものですね。
そんな日が早く来ますように! もうしばらくの我慢です。 お元気で!