イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

水軒沖釣行

2021年09月08日 | 2021釣り
場所:水軒沖
条件:大潮 6:46満潮
釣果:タチウオ19匹

今日は午後から雨らしい。おとといも釣りに行っているので今日はおとなしく朝一タチウオだけを釣って帰ってこようと思っている。数を釣りたければ大きいほうの船で行けばいいのだが、ローテーションを考えると小船になる。どっちでもいいのだが、今日はどっちに乗って行こうなどと悩めるのはなんとも贅沢な悩みだ。(どっちもボロボロの船ではあるが・・・)

しかし、朝起きて、加太のリアルタイムの風を見てみると、南からの風が12メートルも吹いている。急いで表に出てみたが、やはりこっちもかなり吹いている。普通ならこのまま布団に逆戻りなのだが、ダメ元で港まで行って船を出せなければ、「わかやま〇しぇ」で冷凍のコロッケを買って帰ろうととりあえず家を出た。

港についてみると、こんな日でも渡船客はたくさん来ている。三密を避けられるからというわけではないだろうが、去年くらいからここは大盛況だ。後半に書くつもりだが、最近はマナーの悪い人も多くて辟易するときがある。
船頭の奥さんと話をしていると、新々波止の北側なら問題なさそうよということだったのでとりあえず出港を決めた。この風では大きいほうの船は着岸のときにトラブルを起こしそうなので小船を使うことにした。

今日も雲が多く、出港時は真っ暗なのは当然だが、午前5時に近くなっても一向に明るくなってこない。

 

青岸を越えると風が心配なので様子を見ながらかなり手前から仕掛けを流し始める。アタリはまったくない。安全を確かめながら少しずつ沖へ。やっとアタリが出たのは南海フェリーが入港してのちのことだった。午前5時を少し過ぎたころだ。ダイヤだと午前5時10分到着だそうなのでフェリーのダイヤも正確なものだ。
アタリが出始めるとどんどんアタる。しかし、狭いデッキの上では仕掛けのさばきに手間取り、それに加えてタチウオランチャーを持ってくるのを忘れたので余計に手間取る。小船のエンジンは相変わらず不機嫌で、アイドリング状態ではしょっちゅう止まり、風が強くて魚を回収している間に船はどんどん流される。青岸の灯台が目の前に迫ってきたときはドキドキしてしまった。
そんな中でもなんとか釣りを続け、午前5時半を過ぎた頃にアタリがなくなり終了。
今日の魚の型は前回よりも少しはましであった。放流したのは3匹ほどではなかっただろうか。
今年のタチウオは型は小さいけれども、数は多そうだ。このまま魚が成長すれば月末くらいには大きいタチウオがたくさん釣れると思うのだが・・・。
僕は、電気ウキを拾った日は魚が釣れないというジンクスを持っているけれども、それも過去のものになりそうだ。今日は3個も拾った。



よく考えれば、タチウオが多いから陸っぱりの釣り人が糸を切られて電気ウキが漂流する確率が高くなり僕がウキを拾う数が増えるのであって、そういう時は魚もたくさん釣れるはずだから僕のジンクスは実は最初から矛盾していたのだ。
どちらにしてもジンクスは少ないほどよい。だからこのジンクスは過去のものになったと思っておこう。

雨は予想以上に早く降り出し、家に帰って魚をさばいているときから降り出した。大きいほうの船に燃料を補給しておかねばならないので雨を承知で港に舞い戻ったのだが、そこでいやなものを見てしまった。
これは間違いなく渡船の客の仕業だろう、駐車場でウ〇コをしているやつがいたのだ。



おとといは気が付かなかったが、おそらく土、日でやらかしたのだろう。渡船屋にもトイレはあるが、感染防止で使用禁止にしている。常連ならトイレがないのを知っているから途中で済ませてくるのだろから、遠くからやってきてトイレが閉まっているのに気付いた一見客がここでやってしまったのだろう。これで2回目だ。しかし、よく人目もはばからずやれるものだ。まあ、背に腹は代えられないところもあるのだろうけれども・・。
車を置くのもひどいもので、護岸ギリギリに駐車するやつがいる。船に乗り込もうにもそんな状態で船の前に停められると乗り降りができないのだ。
2年ほど前まではいつも閑散としていて平和なものであったが、人が多くなるといろんなトラブルが起こるというのはどこでも同じなのだろう。

叔父さんの家に寄ると、隣の家からたくさんのハバネロが届いていた。元々、ここから苗をもらって叔父さんの畑に植えてもらっているので、僕的にはその苗から採れる量で十分なのだが、どれだけの苗を植えているのか知らないが大量のハバネロだ。隣のおじさんは植えているだけで活用していないのではないだろうか。じゃあ、どうしてハバネロを植えているのだろうか・・。それはそれでもったいない。
もう、十分ですというのもなんだから、全部もらってきて贅沢にいいものだけを選んで干してみた。ハバネロは身が厚いのでまるのまま干すとすぐに腐ってしまうことは前回の収穫でわかっていた。しかし、激辛の割にはか弱い実なのである。なので、輪切りにして干すといいらしい。



かなりの量ができてしまったが、これからあれをどうやって使おうか・・・。少し悩んでしまうのである。

ハバネロとはなかなか手ごわい相手で、ビニールの手袋をはめて作業をしているのだが、どこかから漏れてくるらしく、タチウオを釣った時にできたわずかな傷からカプサイシンが染み込み、相当な痛みが出る。顔のどこかに触れるとそこも痛くなる。
遺伝子工学は相当高レベルのところまで来ているのだから、いっそ、コロナウイルスにカプサイシンを作り出す遺伝子を挿入してやったらPCR検査なんてしなくても体に取りつかれたらすぐにわかるのではないかと思ったりするのである。


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「釣りバリ(歴史・種類・素材・技術)のひみつ」読了

2021年09月07日 | 2021読書
つり人社書籍編集部/ 編 「釣りバリ(歴史・種類・素材・技術)のひみつ」読了

図書館の新規購入書架の空いたところに、表表紙を前にして陳列されていた。さすがは釣り大国の和歌山県の図書館だと思ったがよく考えたら、それでも誰も借りてくれずにそのまま残っていたことになる。そこで僕がまんまとその鉤に引っかかってしまったというわけだ。

この本は、がまかつの全面協力という形で執筆されと書いていた。科学的な分析の部分というのはあまりなく、けっこうがまかつの宣伝というような意味合いもあるように思うがそれでも参考になるところはある。

僕の経験から考えると、対象になる魚を釣るための鉤の種類をたくさん持たなくなってくるとその釣りは一定の成果を上げてくるようになる。
チヌ釣りがその最たるもので、今はがまかつの「細地チヌ」という鉤しか使っていない。逆に、ポケットに入りきらないくらいの種類を持って出かけるのがフカセ釣りだ。このブログを読んでいただいてもわかるけれども、フカセ釣りでまともな釣果を得たことというのはほとんどない。ついでに言えば、ルアー釣りも一緒で、あれに使うトレブルフックってどんなものがいいのかというのがわからず、結局、釣具屋に行って、いちばん安いやつを買うというようなことを繰り返している。

だから、鉤のデザインとその特徴などというのはこれからの釣りにはかなり参考になりそうだ。

この世にどれだけの種類の鉤があるのかは知らないが、ほとんどの鉤のデザインというのは、伊勢尼、袖、狐の3種類がベースになっているそうだ。



そして、この本によると、釣り鉤で重要なのは、鉤の曲がりとハリ先角度であるという。
鉤の各部位の名称は以下のとおりだ。



曲がりとは先曲がりと腰曲がりを合わせて言う。先のほうが大きく曲がったものがスプロートベンド、腰のほうが大きく曲がったものがリテイナーベンド、中間をラウンドベンドという。なぜかここだけ英語が使われている・・。
曲がりが前にあるほど鉤は折れにくい。しかし、刺さりこんだ時に抜けにくいのは後ろに曲がりがあるほうらしい。
ハリ先角度とは、鉤先が引かれる方向(鉤先とちもとを結んだ線)と鉤先が延長方向の間にできる角度をいう(がまかつ独自のネーミングだそうだ)が、この角度が小さいほど魚の口元にかかりやすく、アワセの力がかかりやすい。魚の口元にかかりやすいというのは、口の中に入った釣鉤が口の中をすべり、口元まできて鉤掛かりするということだそうだ。



逆に、ハリ先角度が大きくなると、魚の口の中で掛かりやすく、すっぽ抜けが少なくなる。
基本デザインの鉤をそれに当てはめてみると、伊勢尼型はハリ先角度が小さく、口掛かりがよい。袖型はハリ先角度が大きく、すっぽ抜けが少ないということになる。

それぞれ、二律背反の効用があるのでその匙加減を対象の魚に合わせ、それに加えて、おそらくデザイナーのセンスと消費者のわがまま(多分これが一番大きな要因だと思うが・・。)で釣具屋の壁一面ほどもある種類の鉤が生まれてくるのだろう。がまかつだけでも数千種類の鉤があるそうだ。

じゃあ、どの効用を取ればいいのか、それは結局釣り人の判断に任されることになるのだから、この本を読んでも決して釣りが上手くなるわけではないのだ。

そして、鉤に注がれる技術の幅の広さというのにも目を見張らされる。その前に、製造工程だが、僕の感覚では、長い線材が機械の中でせり出してきて一本ずつ成形されて出来上がるものだと思っていたが、本当の作り方は、まず鉤の長さに合わせて切断された線材を並べて一気に加工してゆくそうだ。僕が持っている鉤の中で一番小さいものはたなご鉤だが、あんな小さなものも同じような作り方をするのかと思うとあまりの繊細さに驚きを隠せない。
そして、技術のほうだが、素材はどんどん進化して、今ではドリルに使うハイス鋼まで使われている。
また、メッキの技術は鉤先とほかの部分で厚みを変えて鉤先の鋭さを確保するということまでしているそうだ。また、あの、ナノスムースというフッ素樹脂加工も最新の技術らしい。鮎バリもイカリの形が崩れないようにチモトに微妙な角度をつけたり、抜けないようなギザギザの加工を施しているそうだ。そのほか、鮎バリというのは最新技術の宝庫だそうだ。

日本の釣鉤の品質の良さは別格で、これはもう40年近く前の体験だが、バス釣りを始めたころ、それは日本で何回目かのルアー釣りブームのころであったと思うが、ルアーを買ったらまずは鉤を研ぐというのが当たり前だった。オイルストーンというものの存在も初めて知ったのだが、買ったばかりのルアーのトレブルフックというのは針先がまったく尖っていなかったのでタックルボックスには必ず入れておくべきもののひとつであった。子供心には何の疑いもなく、また、鉤を研ぐという行為自体が物珍しく、当たり前の作業だと思っていたけれども、よく考えれば、すでにその頃でも日本の釣鉤で研がないと使えないというものはなかったはずだ。
それからしばらくして日本のメーカーもトレブルフックを作るようになったけれども、その鋭さは天と地以上のものであったのだ。
うちの父親も、マスタッドというどこの国の鉤か知らないが、「これは外国製の鉤だからよく釣れるんだ。」と言っていたことがあったが、あれもきっとよく見たらそんなにいい鉤でもなかったのではないかと思う。その後に買ったマスタッドのトレブルフックはやっぱり研いでから使ったものだ。
海外に行ってもどこでも日本製の釣鉤が席巻しているというのはなるほど納得というものだ。

しかし、加太の漁師が使っている鉤を拾ったことがあるけれども、何の輝きもなく、いったいいつまで使っているのかと思いたくなるような代物だった。微妙な角度も腕さえあれば関係ないというのが現実なのかもしれない。しかし、その腕がない釣り人はいつまでも釣鉤はじめ様々な道具に翻弄される。
その心理を上手く突いてメーカーは商売を展開するのだから、一番腕のいい釣り師はメーカーの人たちだというのが結論だ。



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加太沖釣行

2021年09月06日 | 2021釣り
場所:加太沖
条件:大潮 5:26満潮
潮流:6:28 上り1.2ノット最強 9:08転流
釣果:マアジ9匹 カスゴ3匹 サワラ1匹 ツバス1匹

今回も久々の釣行になってしまった。前回の休日は朝起きたら雨が降っていて断念。加太へは約10日ぶりの釣行となる。今日もマアジ狙いだ。食べるには真鯛よりもはるかに美味しいのでついついこっちのほうに行ってしまう。「魚を釣る」という意味では間違いなく真鯛のほうが釣りとしては難しくて楽しいのだが・・。
それに加えていよいよ本格的になってきたらしいタチウオもリレーで狙ってみるつもりだ。

今日は大陸の高気圧が張り出してきたということで空気は秋の気配だが前線が近いのかやたらと雲が多い。午前4時半に出港し、



午前5時過ぎには田倉崎の近くまで来たのだが、あたりはまだまだ暗い。日の出時刻はとうにすぎているのにこんなことも珍しいのではないだろうか。


(カメラの画像処理でけっこう明るく見えるが、実感ではもっと暗く感じた。)

潮が止まるのが午前9時なのでそれまではアジ狙いだ。タチウオポイントまでの移動を考えて、四国沖ポイントのそばの漁礁からスタート。ここからだとナカトを越えて一直線でアイヤマまで行ける。

大潮の日だが、潮流表のとおりそれほど速い流れではない。釣りはしやすいがアタリがない。それでも20分ほどしたらアタリが出たが最初の1匹目は途中でバレてしまった。
今日はアジの口が切れないようにと柔らかいほうの竿をもってきて、おまけにクッションゴムも入れているのできっと仕掛けが踊りすぎるのだろう。そのほかにもたくさんのバラシがあった。
しかし、それにも増してアタリは多く、午前7時過ぎまでに6、7匹のアジを確保。加えて今日はサワラも釣れた。5号の枝素を使っていたのと、幸運にもうまくカンヌキのところに鉤が掛かってくれていた。
その間、今日も菊新丸さんと出会い、



僕が魚を掬うところを写真に撮ってくれた。形だけ見ていると、僕もなんだかいっぱしの一本釣り漁師のように見えないだろうか・・?



最後のひと流しはそのままアイヤマのほうに向け北上するままに任せて流してみた。テッパンポイントの周辺にさしかかると再び魚探の反応が増えてきた。この辺までくると真鯛もいるのではないかと思いサビキの仕掛けを高仕掛けのように巻き上げて誘ってやると小さいけれども一応真鯛が釣れた。思ったように釣れるとなんだかいい感じに思えてくる。
ツバスも加わり、このままいい型のタチウオが数釣れればクーラーボックスに入りきらないんじゃないかと思えてくるほどだった。
しかし、そんな邪な心は神様が見過ごすはずはなかった。
少し早めにタチウオポイントに入り仕掛けを落としてみる。アタリはあるがほんの少し触るだけで全然テンヤに乗らない。また、テンヤも悪かった。去年使っていたやつをそのまま点検もしないまま使っていたので鉤先がなまってしまっていた。途中で気が付いて別のものに取り替えたけれども、そこからもアタリの感じは同じで、やっとテンヤに乗ったかと思えば掛かってくるのはベルトサイズに毛が生えたようなものばかりだ。これでは紀ノ川の河口で釣っているのと変わらない。転流時刻を挟んで1時間くらいは釣りを続けたかったがそこまで我慢ができずに午前10時前に終了。


中古で買ったパソコンが壊れてしまった。もともと、メインで使うパソコンを中古で買って大丈夫かと思ってはいたのだが、その前に買ったノートパソコンがすこぶる高性能でサクサク動いてくれたのでまた中古でいいやと思って買ってみた。ノートパソコンのほうも買ってから2年経たずにキーボードの一部が反応しなくなってはいたが外付けのキーボードを買ってくると普通に使えていた。
しかし、デスクトップのほうは電源が頻繁に落ちるようになってしまった。さすがに電源が落ちるとまったく使い物にならなくなる。電源を入れては落ちるの繰り返しでウインドウズのOSに不調をきたしたようで、再セットアップのメッセージが出てきてプログラムが走り始めたがそこでも電源が落ち、へんなメッセージが出てきて万事休すだ。



このパソコンはまだ保証期間中なので送り返すことにした。ついでにノートパソコンも修理は有料だがこの際なのでと一緒に送り返すことにした。

ここのところ、釣り竿の中栓が折れ、バイクも壊れ、中古で買ったものがどんどん壊れてしまう事態になってきた。もちろん、新品のようにはいかないけれどもこれだけ故障が集中すると不安になってくる。
パソコンのほうは保証期間中ではあるが、送料はこっち持ちになるらしい。それだけ送り返されてくる商品が多いということだろうか。これからのパソコンライフに影を落としそうだ。スマホを買ったとはいえ、パソコンのほうがはるかに使い勝手がいい。
中古で買った最大でかつ最も高価なものは船だ。これも壊れてしまったらどうしようと不安で眠れなくなりそうなのである・・・。

ということで、このブログは元使っていたデスクトップパソコンを再度引っ張り出してきて書いている。こんなに動きが遅かったかと思うほどだが、中国製とはいえ8年以上使ってどこも故障はおきなかった。壊れたやつは安心の日本製と書いてはいるがどっちが安心なんだとナショナリズムがゆらいでしまうのである。
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『文学のトリセツ 「桃太郎」で文学がわかる!』読了

2021年09月05日 | 2021読書
小林真大/著 片岡 力/編集 『文学のトリセツ 「桃太郎」で文学がわかる!』読了

僕がブログを書き始めた最初の理由というのが、記憶力がないからということだった。記憶力が極端に悪いので過去に魚が釣れた時の状況や以前にどんな本を読んだのかということを覚えていられない。だから記録に残しておこうとブログを書き始めた。
本の記憶については、井上靖の「黒い蝶」という小説を思い出す。最後の2ページ目くらいになってやっと、あれ、これ、前に読んだことがあるぞ、と、記憶が呼び戻されたことがあった。途中でもなんだか、デジャヴみたいな感覚に襲われていたのだが、最後のシーンでそれが確実になった。だから、無意識に、ダブって読まないように、機会があれば、自分の読書歴のようなものを残したいと思っていたのだ。そして、ふたつめの理由もある。それは学生時代の読書感想文の宿題の悪夢だ。作文は大嫌いで、夏休みの宿題で読書感想文を出せいうのは高校1年生の時が最後だったと思うが、その時の感想文は核爆弾で紙の分子までバラバラにしてしまいたいほど恥ずかしいものであった。だから、もうちょっとましな感想文を書けるようになりたいと思っていたのだ。そして、ブログというツールはそういうことにはものすごく便利なツールであったのだ。

この本は、桃太郎を題材にして、「書評」とはどういうものなのか、その技法と歴史を解説している。僕のブログはただの感想文に過ぎないが、そこに多少なりとも書評というような高尚なエッセンスを3スコビルくらいは混ぜてみたいと思い読んでみた。
奇をてらったのか、「桃太郎」を題材には使っているが、それを抜きにしても十分理解と納得を得られる内容であった。


まずは「文学」とは何かというところから解説は始まる。
文学が文学である基準とは、その作品が権力者にとって「文学」であるかどうかというのである。権力者というのは政治的な権力者ばかりではなく、おそらく、「重鎮」と呼ばれている人たちもその中にはいるのだろう。そういう人たちに認められなければ世の中では文学と認められない。師も、芥川賞を取ったときの感想で、「これで世間から小説家として認められた。」と書いていたが、そういうことだろう。なんとも恣意的なものである。
また、文学というものが生まれた背景としてはこう書かれている。科学の発展により、宗教の権威が落ちたことで支配者階級は教会に代って新たな道徳(庶民をコントロールするための道徳として。)が必要になった。そこで文学というものを代わりに使おうとしたというのである。
だから、それが権力者たちにとって都合のいいことが伝えられているからというわけではないだろうが、著者は、文学を学ぶ必要性を、批判的思考力を養うことが重要であるからという。これは現在ではフェイクニュースが氾濫する中、自分でリテラシーを持つということが特に必要なのである。

文学批評にはいくつかの手法がある。この本では、構造主義批評、脱構造主義批評、精神分析批評、マルクス主義批評、フェミニズム批評、ポストコロニアル批評という手法などが解説されている。
まず、批評には主観的批評、客観的批評というふたつの大きな分類がある。
主観的思考とは、「印象批評」と言われるスタイルで、これには質が批評家自身の教養に依存する。『鋭敏な感性を培い、個人的な印象に忠実であろうと努めるなら、優れた批評をおこなうことができるはずだ。』というとおり、批評家自身の幅広い教養の高さが必要なのである。ヨーロッパでは、20世紀に入るまでは文学の価値は自分たちの感性によって判断されるべきだと考えられていたのだ。
それに対して、客観的思考は「ニュークリティシズム」と呼ばれ、主観性を重視するのではなく、厳密かつ客観的に文学作品を分析するという考えである。いわゆる、「科学的」な批評はシステマティックで論理的であるというのである。
この本に書かれている批評手法は、すべてその客観的思考に基づく批評方法について書かれている。
構造主義批評とは、
かつては私小説が純文学とよばれ、高く評価されてきた。それは、文学作品をその内容によって判断しようとし、自己の経験や心境をあるがままに描く私小説が高く評価されたからである。
対象を二項対立に分析し、対比しながら批評してゆく構造主義批評が生まれたことで低く見られていた大衆文学も評価に値するものとなった。
善/悪、光/闇、肉体/精神というような対立するキーワードを見つけ出し物語の構造を見つけだすものである。
最大の成果は物語論の体系化をすることができるようになったことである。これはストーリーの型を研究することで、英語や日本語のようの文法のように法則があるということを見出すことができたということである。
例えば、物語の空間的な枠組み、登場人物を「動的な登場人物」と「不動的な登場人物」に分けるというようなものである。
脱構築主義批評とは、
しかし、構造主義批評には、対象の価値判断については一切関知しないと問題点がある。そして、社会システムに反映させたとき、上下関係を生みだすという問題点も含んでいる。
そして、その問題点を克服するために考え出されたのが、「脱構築」というものである。
『文学を脱構築するということはその社会的な矛盾に気付くことである。』と、ジャック・デリダという哲学者は言う。
物語の意味を一つに固定しないというスタンスであり、いろんな解釈ができるテクストの特質を「アポリア」とよぶ。それは、結局、結論は出ないということを表している。
だから、脱構築主義とはすべての価値を否定するニヒリズムに過ぎないという批判を浴びることになるのである。

精神分析批評とは、
エディプスコンプレックス、子供時代の記憶の欠如からくる不安などが、「存在理由を知り得ないことへの不安」と「それを知りたいという欲求」をもたらし、物語の中に意識的、無意識的に限らず反映されているというのである。それを、精神分析の手法をつかって明らかにするというのがこの批評である。
こういった妄想が根底となり、どのジャンルの小説においても語られているのは家族であるという。そしてそれにはふたつのタイプがある。
ひとつは、もう一人の自分を妄想し、理想を追い求めようとする「ロマン主義文学」である。ファミリーロマンスともよばれ、高貴な生まれの子が、不幸な境遇に置かれながらも頑張って成功するストーリー、いわゆる貴種流離譚もそのひとつである。
もうひとつは、「リアリズム文学」というもので、父親から見捨てられているという考えから生まれる、残酷な現実を追求しようとする文学である。
なるほど、これはSF作品の数々とも合致する。ルーク・スカイウォーカーは父との葛藤に悩み、なおかつ強力なフォースをもった一族というある種貴種流離譚でもある。最後のシリーズの主人公のレイも最後にその血筋のよさが明るみにされる。アムロ・レイも父を捨てる。シャァ・アズナブルはジオンの忘れ形見であるというのは貴種流離譚であり、ララァに母の面影を見るというエディプスコンプレックスを含んでいる。碇シンジと碇ゲンドウはそれぞれ母であり妻である碇ユイの面影を追いながら葛藤する。そしてすべては家族の物語と言えそうだ。まあ、この辺は、人間関係の一番プリミティブな部分というのは家族なのだから結局そうなるはずなのだ。他人との関係なら、面倒くさかったら切ってしまえば物語を終えることができる。夫婦関係もそれに似ているか・・。逆に、田舎の人間関係のほうが家族関係に近いのかもしれない。
著者は、精神分析による文学理論は、『もはや、作家の意識というものは批評の対象とはなりえず、むしろ、作者自身さえも気付いていない差別意識やイデオロギーを作品の中から明るみに出す研究になった。』と言い、無意識にでも、『満たされない恥ずかしい欲求を、想像の中で満たそうとする人間が小説家になる。」とも言う。

作者自身さえも気付いていないとなるとそこまで批評してどうするの?とも思いたくなる。遠藤周作は自分の書いた文章が出題されていた入試問題を解いたら間違ったというようなことをエッセイに書いていたが、こういうことを読むと、きっとそういうこともあるのだと思えてくる。

それぞれの批評は確かにけっこう当たっていると思うが、これでは物語の構造を分析しているだけで、そこからどんな批評が考えられるかということがわからない。たしかに客観的な分析をしているにすぎないように思う。うちの会社でもよくあることだが、データだけあるが、そこから誰も何も対策を見出せないのと同じことなのかもしれない。
結局、解釈はそれぞれでやってくれということなのだろう。

それ以降の、マルクス主義批評、フェミニズム批評、ポストコロニアル批評というものは、前者の手法を使い、意識的、無意識的にかかわらず、物語が含んでいる社会的な問題点を浮き彫りにするというものであるので手法というよりも応用という感じがする。マルクス主義批評は経済格差を、フェミニズム批評はジェンダー、ポストコロニアル批評は人種間差別を取り扱う。この手法で行くと、これから先はLGBTQやIT格差、都市と地方の格差、そういったものもひとつの批評スタイルとして確立してゆくのかもしれない。
事実、障がい者が文学の中でどのように表現されているかということを批評するという分野も現れている。それを障害学批評という。そのほか、データ化された文章から単語ごとの出てくる頻度などから文学を批評しようという人文情報学批評などという手法、エコロジーという面からアプローチするエコクリティシズム批評という手法なども作られている。
大学の文学部というところは、こういうことを勉強しているのだということを初めて知った。

また、新たな批評の形として、「カルチュラル・スタディーズ(文化研究、文化理論)」という手法が生まれた。といっても端緒は1964年と半世紀以上前だが。対象が文学だけではなく、ポップアート、映画、CMといったジャンルも対象になること、先に取り上げたいろいろな手法を組み合わせて批評をおこなうことというのが特徴で、こういたアプローチの方法を、「プリコラージュアプローチ」という。
当初の批評というものは、古典文学と言われるものを対象に繰り広げられてきた。いわゆる、「ハイカルチャー(高級文化)」が対象だ、しかし、圧倒的多数の民衆はそういったものよりも、「マスカルチャー(低俗文化)」に親しむことがほとんどだ。おそらく、国民に対して何かを喚起させる恣意的なイデオロギーはこういったものを通して発信されるであろう。あるひとつのことばに別の意味を含ませて発信しながらある思想を植え付けようとする。ヒトラーの行動はその一例である。
だから、本当の社会を反映させて文学を読み解くには大衆がどう受け止めているか、受け止める可能性があるか、そういうことを分析、批評しなければならない。
これを、「コノテーション」と呼ぶそうだが、それを顕在化(ディノテーション)し国民に注意を喚起する、その役割が「カルチュラル・スタディーズ」であるというのだ。
これが一番しっくりくる考えであるように思えた。

しかし、結局は、『文学はそういった様々な解釈を言葉のずれとして楽しむものであるということになる。』ということで、そのためには、『小説の一文一文を丹念に読み進め、その曖昧性に注目し、自由に様々に連想をするのである。』となる。特に素人レベルでは。

いい評論とは、『評論が人の心を動かし共感を与えるためには、論理の展開がなるほどという妥当性をもっていなければならないのはもちろんだが、主張そのものの中で読者をハッとさせるような個性的な批評が含まれていることが不可欠である。』というのだが、いつも急いで読み飛ばしてばかりの僕はこれからも適当に思いつくままに書き続けるただの読書感想文ということになりそうだ・・。

結局、桃太郎の物語の批評についてのことはところどころ、ほんのわずか、申し訳程度に書かれているだけだった。別の批評例としてわざわざカミュの「異邦人」を取り上げているほどだ。多分、タイトルとしては、「この方が売れるで!」という編集者の意向に著者が逆らえなかったというようなところだろうが、冒頭に書いた通り、そんなことをしなくてもこの本は十分価値のある本だと思う。売れる本とその中身というのは決してリンクしないという、文学の奥深さを身をもって証明する本であった。

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「科学者の目、科学の芽」読了

2021年09月01日 | 2021読書
岩波書店編集部/編 「科学者の目、科学の芽」読了

“科学者”という言葉には憧れがある。小さい頃から空想科学ヒーローものが大好きだったもので、そこに出てくる科学者、例えばガッチャマンの南部博士やキャプテンハーロックのトチローなどの面々に、ヒーロー以上に惹かれたのだ。彼らはひとりで何でも作る。戦闘機も宇宙戦艦も、バトルスーツも。組織も。その知識はきっと幅広い、材料工学、放射線学、エネルギー工学なんでも知っている。政治力、リーダーシップもある。南部博士は科学技術庁長官だから予算は国が持ってくれるのだろうが、トチローは一個人だ。資金も自分で準備しなければならない。となると投資家としても一流なのかもしれない。まあ、どちらもかなり未来の物語なので、この時代、すべての機械はユニット式で、秋葉原みたいなところで部品を買えば戦闘機でも宇宙戦艦でもパソコンを作るみたいに組み立てだけみたいな世界になっているのかもしれない。
それでも、科学者という言葉には何でも知っていてなんでもできる人というイメージはその頃から強烈に印象付けられた。共通するのは、”水軒のおいやん”達だ。さすがに科学者という洗練されたイメージはないけれどもなんでも知っていてなんでもできる人たちだった。だからいまでも水軒のおいやんにも憧れを持っているのだろうと思う。
化学者や物理学者、生物学者ではなく、”科学者”というのがいいのである。

この本は、様々な分野の科学者が書いたエッセイ集だ。岩波書店の「科学」という雑誌に掲載されたものを集めている。
やはり対象を見る目というのは一般の人たちとは違うし、理詰めな文章もちょっと普通の作家の書く文章とは異なる。悪く言えば少し硬い。よく言えば簡潔で無駄がない。おそらく1冊まるまるひとりの人が書いたものを読めと言われればかなりつらいだろうが、幸いにして1編ずつは4ページ分ほどなので大丈夫だ。中には、もう終わっちゃうのと思ったものもあったのでそこは文章力と取り上げてられている題材にもよるのも確かだ。
科学者が論文を書くとき、「論証という厳密な議論形態のもと、誤読を排する。」ということが最も求められるそうだ。まあ、当たり前といえば当たり前だが、だから、こういった文体になるのも仕方がないといえば仕方がない。だからこれを書いた人がそのままそんな堅物だと思うのは間違いなのかもしれないのだ。ただ、ぼくが自分自身の文章を考えてみると、そこには性格というのもが多分ににじみ出ていると思う。だから、科学者と言われる皆さんも研究対象がディープなほどディープな性格をしているのかもしれない。

中には自由気ままに研究生活を送っているように見える科学者もいるが、実情は厳しく、研究費用の獲得やその使い道も厳しく制限されているそうだ。日本は基礎研究にはおカネを出さない国だというが、本当にそうらしく、短期間に何かの成果が出せるという研究でないと資金が出ないらしい。素人目にもそれでは新しいことなんて生み出せっこないと思う。だから優秀な人は海外に研究拠点を移すのだろう。日本は技術立国と言われて久しいが、ワクチンひとつ自前で作れないというのは、こういう事情があるに違いない。
なんだか悲しい。

いくつか気になったものを最後に書いておく。
プライミングによる知覚の流動性 
これは、特に意識もしていないのに、昔入った食堂にまた行ってしまうというよくある人間の行動だが、それは過去の経験が心の潜在意識レベルでいつも同じ考えにいきつくのだということらしいが、確かにそんな経験が僕にもある。科学的な言葉で書くとこんな形になるらしい。

アゲハチョウは葉っぱを叩いてその種類を識別している。
チョウチョというのは、幼虫が食べる葉というものがそれぞれの種類で決まっている。チョウチョはそれをどうやって見分けているかというと、足で葉っぱを叩くのだそうだ。その時の感触でこれは卵を産むべき葉っぱかどうかと決めているらしい。これをドラミングという。
個体が浮くのは水だけ
水の中で氷が浮くというのは当たり前のように思えるが、普通、物質というものは、同じ組成で液体と固体の状態であれば、個体は必ず液体の中に沈んでしまうそうだ。
そういうものが水以外でどんなシチュエーションで存在するのかは知らないが、そうらしい。そういえば、ターミネーターはサラ・コナー親子を救ったあと、溶鉱炉の中に沈んでいった。シュワルツェネッガーが浮かんだままだと物語に締まりがなくなるのは確かだ。

サフィリナという名前のプランクトン。
このプランクトン、光学迷彩を使うらしい。ネットの動画を見ると感激する。

そして、まったくこの本の本筋とは関係ないがアフガニスタンのことについて書いておきたいと思う。20年の戦争の末、ふたたびイスラム原理主義に近い国に戻ろうとしているこの国だが、子供の頃にアメリカやイギリス以外の国では初めて名前を知った国であった。
調べてみると、僕が小学5、6年生の頃だったようだが、朝のワイドショーの草分けのようなテレビ番組で、「おはよう720」という番組があった。この中の企画で、車に乗ってヨーロッパ大陸とユーラシア大陸を横断するというものがあり、通過国としてアフガニスタンという国が紹介されていた。このコーナーでは、「ビューティフルサンデー」という歌とレポーターの見城美枝子という人が有名になったが、そのなかで、これも調べてみるとわずか1週間の紹介期間だったようだがなぜだか名前だけが頭の中に残り続けていた。見城美枝子が参議院選挙に立候補したときも、アフガニスタンに行ってた人だと真っ先に思ったくらいだ。
そこでどんなことが紹介されていたのかということなど、まったく記憶にはない(レポーターも見城美枝子だったと思ったのだが、これもこの国へはまったく違ったひとが行っていた。しかし、そんな記録も調べることができるインターネットというは凄い、一面ではこれも科学の勝利か・・?)のだが、きっとエキゾチックな顔立ちをした人たちと中央アジア独特の異国の風景が頭のどこかにひっかかり、「アフガニスタン」という言葉の響きとも相まって何か遠い彼方にある桃源郷のようなものを想像していたのかもしれない。
そんな国が現実では人の自由を制限し、平気で人を殺す国になってしまっていたというのはなんとも残念に思ったのだ。
この番組が放送された当時、1976年ごろは、アフガニスタンでは共和制が布かれ、経済的にはともかく、政治的には民主的な国家であったあったらしい。
僕はひとつの幻想として、腐った民主主義よりも、公正な独裁者の元の専制政治のほうがはるかに健全だという考えを抱いているが、はたして新しい為政者は公正な独裁者なのだろうか、それとも、そこに宗教というものが絡むとなにやら別の方向に向かってしまうものなのだろうか。子供と女性の権利は守るとは言っているが、それはイスラムの教えの範囲であると言っていることが気になる。

ギリシャ時代の科学、たとえばユークリッドの幾何学やピタゴラスの定理、アリストテレスの天文学などであるが、アラビア諸国、それはアフガニスタン同様、イスラム圏の国々、その人たちがアラビア語に翻訳し、後世に伝えた。当のギリシャは国力が衰え、学問どころではなくなってしまったので、アラビア語で残されたものがヨーロッパにUターンしてルネッサンスの始まりをもたらすことができたのだ。
一説では、後発の宗教であったイスラム教を正当化するための根拠(我々は科学的なのだといいたかったらしい。)として当時それらは使われたということだが、それでもアラビア語圏の人々も、合理的で理論的な考えを持っているからこういう科学になじむことができたはずなのである。それがどうして原理主義のようなまったく非科学的な考えに支配されてしまったのか。

アフガニスタンは永遠に桃源郷であってほしいと思っているのは僕だけだろうか・・。
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