イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

紀ノ川河口釣行

2022年08月11日 | 2022釣り
場所:紀ノ川河口
条件:大潮 4:51満潮
釣果:タチウオ 1匹

しかし暑い。毎年こんなに暑いのかと思うようになったのは体力の衰えも影響しているのだろうか。それともやっぱり今年は例年になく暑いのだろうか・・。もう、日が昇ってからも釣りを続けることは自殺行為だとしか思えない。
だから今日も太陽の姿を見る前に釣りを終わってしまおうともう一度タチウオを狙いに行くことにした。当分は釣れても釣れなくてもこれだけにしておこうと思う。

今日は小船の出番なのでそれに加えて紀ノ川河口でルアーを投げてみるつもりだ。少し頑張れば禁断の仕掛けを流すこともできるのだが、燃料の残量がかなり少なっていることと、台風になる前の熱帯低気圧の影響が心配なので新々波止の南には行かないと決めた。


日の出もかなり遅くなってきた。今日は午前4時15分ごろの出港だったのだが、やっと東の空がわずかに明るくなっていた程度だ。それに加えて、この夏初めてオリオン座を見つけた。写真に撮ってはみたのだが、暗くて星を判別することができなかったので星座ソフトで再現してみるとこんな感じだった。



暑い暑いと言いながら季節は確実に進んでいる。そういえば、今週の日曜日は立秋であった。暦のうえでも季節は確実に進んでいるのである。でも暑い・・。

燃料を節約するため、河口の奥深くまでは入らず、青岸灯台の少し東側で護岸に人の影の見えないところを探して碇を降ろした。今日は少し波気があるのでポッパーを使う。まあ、何を使っても釣れないものは釣れないのでルアーは何でもよいのだが・・。

デッキの上が判別可能になるくらいの明るさまで粘ろうと思ったが、沖の方でタチウオを狙っているらしい船の影が見え始めたので居ても立っても居られずに移動を開始。行き来する船に交ざって仕掛けを流すがアタリはない。
少しずつ東の空が明るくなってくると景色は見る見る真っ赤に染まってきた。大気が不安定なのか、かなり水分を含んでいるようだ。青岸の沖に差し掛かると灯台のシルエットと相まって美しい光景となった。これはブログのネタになるぞと船の動きを止めてシャッターを押す。



再び釣りを開始すると、一度海底に沈んだ仕掛けが浮き上がる垂直の動きに反応したのだろうか、すぐにアタリがあった。とりあえず1匹確保だ。

その後は、アタリは連発するがエソばかりだ。もう少し型がよければ持って帰るのだがそれほどの型ではない。アタっては仕掛けを回収しまた投入を繰り返すので面倒この上ない。
最初に釣った動作を再現すべく船を停止させては再度発進させてみるがタチウオは来ない。

タチウオを釣っていたほかの船は気が付けばすべていなくなっており、結局殿になるまで頑張っていたことになるがその甲斐もなく今日は1匹で終了。

昔、「真夏のオリオン」という映画を観たことがあって、あらためて映画のプレビューを読んでみたのだが、そこでは、「冬の星座であるオリオンが真夏に輝けば、それは船乗りにとって吉兆となるのだという。」と語られていた。う~ん、僕はやっぱりなんちゃって船乗りでしかないのでオリオン座の吉兆にはありつけないんだろな・・。確かに今日はオリオン座を見たのだが・・。

港に戻る途中には虹が出ていた。単に大気の状態が不安定という理由だけなのだろうが、これも吉兆には程遠いようだ・・。



釣っている時間も短いのでブログの文章も短い。星空のネタを組み合わせてみてもここまでがやっとだ・・。

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「魚食から文化を知る ユダヤ教、キリスト教、イスラム文化と日本」読了

2022年08月10日 | 2022読書
平川敬治 「魚食から文化を知る ユダヤ教、キリスト教、イスラム文化と日本」読了

タイトルのとおり、この本はユダヤ教系の宗教と魚食の習慣、それが日本にどう根付いてきたかということを書いている。

こ三つの宗教はユダヤ教の旧約聖書が元になっているのは周知の事実だ。
本の始まりは旧約聖書のモーゼの物語からである。エジプト軍に追われて万事休すというとき、モーゼが杖で海岸を叩くと海が割れて道ができたというエピソードは有名だが、その時、海が割れた時に逃げ遅れて体も半分になってしまった魚がいたというのである。その魚は、ボウズガレイという名前の魚だということだが、カレイというのは確かに平べったくて縦に半分に割れたような感じもするが、よく見なくても目玉がふたつ残っているからちょっと話に矛盾がありそうだ。真っ二つに割れたのなら目もひとつだけのはずではないのだろうか・・。まあ、伝説なのだから多少の矛盾には目をつむれということだろうが・・・。

新約聖書の時代になるとガリラヤ湖の魚が登場する。この湖はイスラエルのヨルダン大峡谷帯に位置するが、キリストが布教活動を始めた場所でもある。新約聖書は少しだけ読んだことがあるが、そこには漁師の兄弟が登場する。シモン(ペトロ)、アンデレという兄弟でキリストの一番弟子だ。多分この湖の畔で漁をしていたのだろう。漁師は網で魚を獲るから人々を苦境から救い出す人たちであるという意味も持っていたらしい。
この湖で獲れる魚の主力はティラピアとキレネット・サーディンという魚だ。ティラピアという魚は日本でも外来魚として九州の方では迷惑がられているらしいが、この地方では「ペトロの魚」と呼ばれている。
ペトロが釣り上げたこの魚の口から銀貨が出てきたとか、イエスが5,000人の群集にパンと魚を与える奇跡をおこした時の魚もティラピアだったという。
キレネット・サーディンの漁獲はマグダラというところが有名だが、ここはまた、「マグダラのマリア」が暮らした地としても有名である。
キリスト教徒のシンボルというと、十字架だが、その前は魚の図がそのシンボルだったそうだ。
ギリシャ語で、「イエス・キリスト、神の子、救い主(ΙΗΣΟΥΣ ΧΡΙΣΤΟΣ ΘΕΟΥ ΥΙΟΣ ΣΩΤΗΡ)」の頭文字を並べたΙΧΘΥΣ(Ichthys)という言葉は、魚という意味からだそうだ。迷えるのは子羊ではなく魚であったらしい。



ユダヤ教では魚はどんな扱いを受けていたかというと、戒律ではヒレやウロコがない魚や這いまわる生物(エビやカニなど)を食べてはいけないということで、うなぎやナマズは食べてはいけなかったらしい。これはもったいない話だが、これがヨーロッパに行くと、うなぎは大人気の魚らしい。
うなぎというと日本人だけが蒲焼きで食べるというイメージだが、イタリアなんかではかなりポピュラーな魚で、イタリアでは塩コショウでシンプルに、ベルギーには煮込み料理もあるらしい。
レオナルド・ダヴィンチが描いた「最後の晩餐」の食事風景の中で食べていたのはうなぎであったというのが一般的な解釈となっているそうだ。「最後の晩餐」の舞台はエルサレムだが、描いたのがイタリア人というのでうなぎが登場とするというほどポピュラーな魚であったらしい。
ちなみにその料理の名前は、グーグルで見てみると、「ウナギのオレンジスライス添え」という名前がでてきたのだが、確かに美味そうな料理名である。

同じヌルヌル系でいくと、これはもっと以外で、ウツボもよく食べられていたそうだ。新約聖書の時代を少し遡ったローマ時代、ユリウス・カエサルが市民を招いておこなって宴会では6000匹のウツボが使われたという記録が残っているらしい。ポンペイの遺跡のモザイク画にもウツボが描かれているという。
かなり獰猛な魚だというので、兵士はその強さにあやかろうという気持ちもあったのではないかと著者は想像している。

イスラム教もけっこう食べるものに制限があるが魚に関しては以外にも食べてはいけない魚というものがないらしく、どうやって処理をしたかということだけだそうだ。

また少し時代をさかのぼり、聖書の前のギリシャ神話の時代。ポセイドンが持っている三又の槍だが、あれは武器ではなく、魚を獲る銛なのだそうだ。
マグロやイルカなど、銛で突くのは大型の魚類などだが、マグロは女神アルテミスへの捧げものとされ、当時から人気のある魚であったらしい。

再び新約聖書の時代の時代に戻ると、イエスが十字架に架けられた金曜日は質素な食事を摂るというのがキリスト教の習慣だそうだ。その時には何を食べているかというと、これが魚らしい。ということは、やはり西洋ではどちらかというと肉はハレの食べ物で魚はケの食べ物という認識ができているようである。
そこはちょっと残念には思うのだ。
イースターの前は特に質素な食事になるという。そしてイースターの時にはカタツムリを食べる習慣がある。これは、春のこの時期、カタツムリが土の中からどんどん這い出してくるという季節と重なっているということもあるらしいが、カタツムリは多産で縁起を担ぐという意味も込められているらしい。こういう縁起かつぎは世界中どこに行っても同じらしい。
貝類についていうと、ホタテ貝は巡礼者が食器の代わりに持ち歩いていたということで「ヤコブの貝」と呼ばれその象徴となっている一方で、ビーナスが誕生したときに乗っていたというのでエロスの象徴ともなっている。まあ、それだけ人々の身近にこういたものがあったということだろう。

魚はケの食べ物だと言われながらも、ヨーロッパ、特に地中海沿岸では多彩な海産物が食べられている。干しダラ、サバサンド、エイ、サメ、タチウオ、ウニなどなど。日本とそん色ないほどの多彩ぶりだ。やはり海産物というのは食材としては貴重なものであったに違いない。

そして、日本に渡ったキリスト教と魚の関係はどうだろう。
禁教となった後も最後まで信仰を守り抜いた人々は長崎の漁村の人たちであったのだが、最初の弟子が漁師であったということが関連しているのか、生活の辛さの癒しをどこかに求めなければならないほど過酷な生活だったのだろうか・・。

日本でのキリスト教と魚介類の関係はフランシスコ・ザビエルとカニが有名だそうだ。シマイシガニというカニだが、茹でると甲羅に十字架の文様が浮かび上がってくるそうだ。
ザビエルがマラッカに到着し、艀にのって上陸しようとしたとき岩礁に乗り上げてしまい、船に孔が開いてしまった。そうしたら、一匹のカニが現れて甲羅を孔に押し当て浸水を防いだという。カニはあえなく絶命したが、ザビエルが感謝して祈ったら、この辺りで獲れるカニの甲羅には十字架が浮かんで見えるようになったというのである。別名、ザビエルガニと呼ばれているそうだ。平家ガニも同じような謂れを持っているが、カニはなんだか霊的なものでも持っているのだろか・・。
ザビエルとカニにはもうひとつエピソードがあって、航海途上に嵐に出くわし、十字架を掲げて祈ったが波にさらわれてしまう。無事に嵐を切り抜け、翌朝海岸を歩いていたらカニがその十字架を届けてくれたという。それ以来カニはザビエルの象徴となった。というお話だ。

それ以外はさすがにネタがないようで、逆に日本という国は宗教的な制約がなく様々なかたちで魚介類が食べられる特異的で素晴らしい国だということになっている。
しかし、世界中にあるそういった制約は季節に応じて旬のものを一番美味しい時に食べようという気持ちから始まったものではないのかと思う。今、この国ではそういった季節感がまったくなくなっているは確かだ。宗教的な儀式に応じて食べるものというのも無くなってしまっている。はたしてそれが幸せなのかどうか、僕は疑問に思うのだ。



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「Arc アーク ベスト・オブ・ケン・リュウ」読了

2022年08月09日 | 2022読書
ケン・リュウ/著 古沢嘉通/訳 「Arc アーク ベスト・オブ・ケン・リュウ」読了

著者の名前を知ったのは「三体」を読んだ時だった。この本を英訳した人がこの人であったのだが、小説家でもあるということはその時に知り、以前に読んだ本にも著者の短編が収録されていた。
何気なく図書館の書架を眺めているとこの本が目に入り、ああ、「三体」に関係する人だなと思い、読みたい本もないので借りてみた。
東洋人とSFというのはなんとなく似合わないように思ったりするのだが、もとも西洋人の書いたSFを読むような習慣もなく、「三体」の出来が僕にとってはすごくよかったということでSFを読むときは中国人が書いたものばかりを読むということになった。同じ東洋人ということで思考がよく似ていて読みやすいのかもしれない。著者自身は、中国系アメリカ人ということで純粋な東洋人ということではないのだが・・。

この本には、9編の短編が収録されているが、いずれも科学の進歩により距離や時間の隔たりが克服されたことにより人の生と死、肉親との関係がどう変化し、そのときそれぞれの人はどんな思いを抱くかということが描かれている。そして、そこまでの進歩をまだ見せていない現代に生きる自分たちはその場面に人への思いの真実を知る・・・。のかな?という感じである。

それぞれの短編のあらすじは以下の通りだ。

タイトルにもなっている「Arc」は不老不死が実現した社会が始まろうとする中、17歳で子供を産み、捨てた女性がその後、新たな夫と共に不老不死を選ぶが、遺伝子異常で夫が死亡したことで、自分だけが生き残り、人類ではじめて不老不死を選んだ人物となる。その後、見た目では自分の年齢を追い越してしまった最初の子供と出会い、人生とは一体何かということを見つめ直すという物語だ。死体を腐敗させることなく標本化するプラスティネーション技術をからめて物語が進んでゆくのが興味深い。
Arcという言葉は「環」という意味だが、収録されているすべての短編に共通する、生きるということが完結する=環として閉じる。ということには何が必要なのか、そういうことを象徴する言葉として使われているような気がする。

この短編は去年、日本で映画化されていて、偶然だが、来週BSで放送されるということを知った。ストーリーはかなり手を加えられているようだが、ぜひ観てみたいと思っている。

「紙の動物園」は、中国からカタログで選ばれアメリカに嫁いだ女性と息子の物語だ。中国が貧困にあえいでいた時代にはよくあった話のようだが、英語が話せない母親の息子との唯一のコミュニケーションが魔法にかけられて生きているようにふるまう動物の折り紙たちであった。中国人である母親になじめず冷たい態度をとり続けた息子は、母親が亡くなったのち老虎の中に書かれていた母親の手紙で母親の本当の気持ちを知る。
この短編は、ヒューゴー賞、ネビュラ賞、世界幻想文学大賞という、SFの世界では権威のある賞を複数受賞している。子供の頃、中国からアメリカに移住した著者の体験と重なっている部分が多いのだと思う。

「母の記憶に」は、余命2年となった母親は娘の成長を見続けたいという願いから高速で移動する宇宙船に乗ることで生まれる時間の経過の遅延を利用するのだが、娘と会えるのは7年に一度になる。娘はそんな母親に恨みと違和感を覚えるのであるが、見た目の年齢ではすでに母親を追い越してしまった娘は、母親が宇宙船の中での2年間の時間をすごしたのちに語った言葉に母親の愛を知るのである。

「もののあはれ」は、小惑星が地球に衝突し、すべての生命が死滅するとわかったとき、わずかな人数だけ地球から人を脱出させることができると知った日本人の化学者夫婦は、アメリカ人の科学者の伝手を頼って自分たちの息子だけを脱出させる。
18年の後、おとめ座61番星を目指していたソーラーセイルシップのセイルに穴が空くという事故が発生した。その修理のために船外活動に出るのがその息子であった。
72時間の不眠の作業の中で、子供の頃、父親が教えてくれた芭蕉の句を思い出す。
自己犠牲というのは、「もののあはれ」と同義ではないと思うのだが、そこはちょっと日本人的ではなさそうな気がする。芭蕉の句自体は確かにもののあはれなのだが・・。

「存在(プレゼンス)」は、中国とアメリカ、遠く離れた母と息子が遠隔操作の介護ロボットを通して最後を過ごすという物語だ。テクノロジーは物理的な距離を感じなくさせることができるが、心の距離までは縮めることができるのだろうかということが主題のような気がした。遠隔操作で母親の爪を切るシーンと、娘の爪を自分自身の手で切ってやるというシーンの対比が印象的である。

「結縄」は、結縄文字のパターンをタンパク質の分子結合に例えた物語だ。
東アジアの山奥に伝わる結縄文字を伝える老人が、新薬開発のため、結縄文字の結び目と縄のヨレが作り出す折りたたみパターンの解析に協力する。その見返りは、飢饉に強いイネの種籾なのだが、その種籾は遺伝子操作によって自家採種できない品種であり、毎年その種籾を購入しなればならなくなってしまう。
最先端の科学への手助けをしたにも関わらず、その最先端の科学によって自分たちが縛られるという矛盾が表現されている。縄の折りたたみパターンがDNAの折りたたみパターンにも例えられ、それも記憶の一部として縄文字に残すのだというのが皮肉である。

「ランニング・シューズ」は、生活のため、過酷な労働を強いられているベトナムの製靴工場の労働者の少女が主人公である。
その状況から抜け出したいと夢見ていた少女は事故に巻き込まれ、体を裁断されランニングシューズに加工されてしまう。アメリカに輸出され、少年と共に駆け回るが、古くなり、少年は靴紐を結わえて遠くに放り投げてしまう。シューズは電線に引っかかり、はじめて鳥のように遠くを見渡せるところに行くことができたというシュールな物語である。

「草を結びて環を銜えん」は中国故事にヒントを得た物語だ。
漢民族が攻め込んできた揚州。全員皆殺しにしろという指令が出ている中、美人娼婦は色仕掛けで仲間や同胞を救おうとする。司令官の自尊心をくすぐり、あなたは彼女たちを殺さないという命令を出すことができるはずだと迫り、大富豪たちは秘密の場所に財宝を隠している。殺してしまえばそれがわからなくなるから殺してはいけないと。しかし、心ない他人たちは自分だけが助かりたいのだろうと罵る。
そして散歩の途中、揚州の落ち武者に見つかり彼女は命を落とすことになる。
従者として付き従っていた娼婦はのちに琵琶の音色と共に彼女の徳をたたえる。その周りにはいつも彼女の生まれ変わりのようなマヒワが飛んでいたという物語である。
いかにも中国風なストーリーだ。

「よい狩りを」は、「幸運を祈る」という意味も含まれたタイトルだ。
妖術がまだ生きている時代、妖怪ハンターの親子は富豪の息子にとりついた妖狐を退治するために古寺まで追い込む。親狐は退治したが狐には娘がいた。娘狐と息子は心惹かれあう。しかし、文明が浸透した時代になり、妖術は効力を失う。娘狐も人間の姿から戻れなくなり、息子も妖怪退治の仕事がなくなり技術者として生きる道を選ぶ。
年月が過ぎ、時代は蒸気機関が支配する時代になる。息子と娘狐は再開するもののその体の半分は悪意を持った異常な性癖の男によって機械の体にされてしまっていた。息子は自分の技術をつぎ込んで娘を金属光沢の機械の体を持った狐の姿に変えてやる。動力源は超小型の蒸気機関だ。
娘狐は再び妖力を得たかのように街の中を駆け抜けてゆく。

翻訳をした人のアレンジなのか、元の文章からしてそういう雰囲気があるのか、文体のすべては落ち着いていてすべてを達観したかのように感じる。その文体がまた、人の命は環を閉じてこそ命なのだと言っているかのようである。
ハードなSFというのも引き込まれていく部分はあるが、こういった、SFなのかファンタジーなのかよくわからないがひとつテーマを持っている物語というのもいいものだ。

若返るための治療や人体のサイボーグ化というのはSFではなくなってきているらしい。「Arc」や「母の記憶に」という物語は同じ時代を生きてきた人たちが肉体的にギャップを持つようになったとき、人はどんな思いを抱くのかということをつくづくと考えさせられる。
また、そういう恩恵を受けることができるのは経済的に豊かな人たちのみであるという事実がある。社会の中で大きなギャップが生まれる時、はたして社会は平静を保つことができるのだろうかと、ひょっとしたら、僕が生きている間にも実現するかもしれない若返りの治療におそれおののいているのである。
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紀ノ川河口~水軒沖釣行

2022年08月07日 | 2022釣り
場所:紀ノ川河口~水軒沖
条件:長潮 7:43干潮
釣果:タチウオ2匹 シオ1匹

今日明日は連休を取った。しかし、暑さに負けて遠出はしたくない。おまけに今日は父親の命日ときている。ウチの奥さんは、せっかく命日に休みなのだから早く帰ってきて墓参りについてきなさいという。
今日の帰宅時間は午前6時台という設定で釣行に挑むことにして、気になっていたタチウオを狙ってみることにした。

午前4時半、東の空が少し白んでくる頃を見計らって出港。港内の海保の巡視船の停泊場所から仕掛けを流し始める。巡視船は台湾海峡に向けて出港しているのか、今日は停泊していない。

港内を抜けて青岸の白灯台を越えたあたりでアタリがあった。あまり期待はしていなかったがこれはうれしい。しかし、タチウオにしてみれば引きが強すぎる。これはタチウオではなくてサゴシか何かだろうと一瞬思った。今シーズン最初のアタリなので慎重に仕掛けを手繰り寄せてくると魚は確かにタチウオであった。それもかなり大きい。



これでは違う魚だと思ってしまうはずだ。この場所でこんなに大きいタチウオを釣ったのは初めてではないだろうか。引きずり上げるように取り込むともう1匹掛かっている。それはよく引くはずだ。これも引きずり上げるようにして取り込んだ。
魚が掛かったところに戻ろうと思うのだが、丁度フェリーが入港する時間と重なってしまったので戻ることができない。フェリーをやり過ごして戻ったが時合が過ぎていたかアタリはなくこれでタチウオは終了。

次に保険のために持ってきていた禁断の仕掛けを流してみる。住金の方に行こうと思ったが、えらく水が濁っていたのと、午前7時前に家に帰ろうとするとそこまでは行けない。
前回の釣行でアタリがあった場所に移動。
仕掛けを流し始めるとすぐにアタリがあったが、今日も小さなツバスだ。3度目のアタリはかなり強烈で上がってきたのはシオであった。これだけを持って帰ることにして今日は終了。

タチウオは2匹だけだったが型は大きいので1匹でも叔父さんの家に持っていける。
時刻はまだ6時半手前なのでまだ寝ているかと思ったが叔母さんは早くも畑の手入れに出ていた。
「もう帰ってきたんかえな~?」というので、今日はお父ちゃんの命日なんでこれから墓参り行くんよと答えると、それなら花を持って帰るかと花束にして持たせてくれた。



叔母さんは父親の妹なのでこの花を供えると父親もきっと喜んでくれるだろう。

僕は霊魂の存在などまったく信じていないのだが、今日の2匹のタチウオは父親が釣らせてくれたものであったのかと思えてくる。小さいサイズだとさすがに持っていけることもなく、叔父さんの家に寄ることもなかった。おまけにちょっとした手違いで叔母さんに花を持たせてもらえていなければ今日は供える花が無いという事態に陥っていた。だから、「この魚を持っていって花を貰え。そして墓に来い。」と父親が言っていたかのようであったのだ。



午前8時過ぎには墓参りも終わったのでせっかくだから「浜のうたせ」にでも行ってみるかということになった。
一度は行ってみたいとは思っていたが出不精な性格が災いして訪れることもなかったが、有田市がペイペイ払いで25%ポイント還元をしているということを聞いていたので、行くなら今しかないと考えたのだ。

到着した「浜のうたせ」はなかなかきれいな施設だった。



目玉は新鮮な魚介類だが、ヘッポコとはいえ釣り師の端くれ、並んでいる魚にはそれほどの魅力は感じない。買うほどのものではない。今日釣った魚はいかほどの価値があるのかと値踏みをする程度だ。「刺身用に三枚におろしてくれ。」と言っているほかの客が持っている魚には、えぇ、それ刺身にするのとちょっとあきれてしまう。辰が浜はタチウオの水揚げが日本一だが、並んでいるタチウオを見ると傷だらけでグアニンが剥がれてしまっていてまったく美味しそうとは思えない。



しかし、一般人にはこれでも美味しそうに見えるのだろう。ちょっと悲しくなる。

結局、魅力的だったのは僕が釣ることがないマグロのカマくらいだ。これを剥き身にしたらけっこう美味そうだと思って買ってみた。




家に帰って身を剝いてみるとすごい脂で超大トロという感じだ。



食べてみると口の中でとろけてしまう。取り切れなかった身は甘辛く炊いてもらったがこれもコクがあって美味しい。



ゲテモノといえばゲテモノだが、買う魚はこんなゲテモノのほうが絶対に美味しいのだ。

ちょっとしたドライブとしてはいい場所であっ
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「入門・行動科学と公共政策: ナッジからはじまる自由論と幸福論」読了

2022年08月05日 | 2022読書
キャス・サンスティーン/著 吉良 貴之/訳 「入門・行動科学と公共政策: ナッジからはじまる自由論と幸福論」読了


行動科学というものに興味を持ったのは、駐輪禁止の看板に目のイラストを描き込んだら不法駐輪が激減するだとか、



バスケットゴールを取り付けたゴミ箱を置くとポイ捨てが減るというような現象があり、



これはある種、人間が持っている”癖”がそうさせるのだといい、そういう人間の”癖”を利用した施策が様々なところでおこなわれており、ナッジと言われているということを知ったからだ。
以前にもそれらしい本を読んだが、ちょっと意味合いが違ったので他にもそんな本がないかと思って探してみるとこんな本があった。
ちなみに、「ナッジ」という英語は、「(合図のために)肘で小突く」、「そっと突く」というような意味で、行動科学では、「相手に選択の自由を残しつつ、より良い選択を気分良く選べるように促すこと」と定義されている。
行動科学の一分野である行動経済学について、ダニエル・カーネマンという学者はノーベル賞を受賞したというのだから、人類の発展についても重要な分野であるのは間違いがないのだろう。
人間は経済的な問題に対しては合理的な行動をするものだと考えられているが、様々な”癖”によりその合理性が妨げられる。この本は公共サービスが行動科学を利用してどうすればサービスを効率よく提供していけるかということが主に語られている。僕は公共サービスについては特に興味はないけれども、公共サービスを含めて様々なサービスを選択する際、そういったものにどれだけ誘導されてしまっているのか、もしくは勝手に誘導されないためにはどうすればいいかというようなことを知ることができるかもしれないとこの本を読み始めた。
どんな”癖”によって合理的な判断がゆがめられるかというと、注意力不足、惰性、現在バイアス、楽観主義、といったものがその原因として挙げられる。「現在バイアス」だけが特殊な言葉に思えるが、これは、人間が現実に気にかけるのはせいぜい今日と明日だけでそれより未来のことに対しては無頓着であるということらしい。

こういった癖を利用して公共事業では選択肢の提示やどういったデータを見せるかで住民を有効と思われる方向に動かそうとしているというのである。ここで重要なのは、選ぶ方はそれを選ばないことも含めて選択の自由が与えられているということである。これが保障されていることで民主的といえるのである。まあ、無意識のうちに相手の思うところに誘導されてしまっているのかもしれないという気持ちの悪さは残るのであるが・・。
病院や公共施設にある誘導マークや、コロナウイルス蔓延時によく見たソーシャルディスタンスの表示などもナッジだという。
こういった取り組みは、「FEAST」という頭文字の組み合わせで表現される。Fan(面白い)、Easy(簡単)、Attractive(魅力的)、Social(ソーシャル)、Timely(タイムリー)という五つの理念である。
ハロウィンの渋谷で有名になったDJポリスなどもFanとAttractiveを組み合わせたナッジであったのかもしれない。
公共サービスではないが、スマホの1年間だけ割安というのはこういった癖を利用していると言っていいのだと思う。現在バイアスで目先のお得感に釣られて、1年後は惰性で契約を継続してしまうというのはまさにナッジのなせる業のように見える。

サブタイトルには、「自由論と幸福論」となっているが、ナッジを提示することで、選択の自由と幸福を両立させることができるのだと著者は言うのである。
そして、「幸福」というものが一体何なのかということについても行動科学の面から言及している。この本では、「幸福」は「厚生」という言葉と同等であると考えている。人がよりよい生を送るならば、より多くの厚生を得る。経済学で理解されているような資源配分効率と厚生は同等ではなく、「生のあり方」とはまた別であるという。
それはどうしてかというと、ひとつはピーク・エンドの法則と言われるもの、もうひとつは、ひとは人生の変化に対しては驚くほどよく適応するということ、そして三つ目は、自分自身に対する幸福度の基準と他人に対する幸福度の基準がまったく異なるということからである。

ピーク・エンドの法則とは、ある事柄に対して記憶や印象に残っているのは感情が最も高ぶったピークの出来事と、その終わりごろの出来事だけで、それらが全体的な影響を決定づけるという法則のこと。加えて、ピークが変化せず、エンドがそれよりも悪くない場合、この法則によるとたとえそれが苦痛を伴うものであってもピークよりも痛くない苦痛が長時間エンドに向かって続くほうが記憶に残る痛みは小さくなるというものだ。
幸福の基準について、人はこんな考え方をするそうだ。自分自身の幸福度を報告するように求められたときは、人は通常、健康や人間関係など、人生の中心的な側面に焦点を当てるが、異なる場所に住む人の幸せを想像するときには気候など、場所によって異なる点が大きくクローズアップされる。他人との比較をするとき、自分はこんなに人間関係に悩んでいるのに、彼はあんなに気候のいい場所に住んでいてうらやましいなどという比較になってしまうという。
人生の変化に対する適応度ではこんな例が書かれている。テニュア(終身在職権)を得た大学教員と得られなかった大学教員の幸福度を比較した場合、得られなかった場合は当然かなり悲惨な気分になるが、5年後の実際の反応はよい方もそうでない方も予想されたよりもずっと穏やかであったという。
こういった研究から得られる結論は、人は自分の幸福を増減させる人生の状況についての期待を、ほとんど決まったやり方で系統的に間違えるということであり、これが意味するのは、人々は幸福を追い求めて行う人生選択であっても同様に間違えがちであるということだ。
著者は、幸福が重要なことのすべてではないというのだが、その根拠は、幸福は人々にとって重要な要素であるにもかかわらず、何によって幸福になったりならなかったりするのかという判断を間違えるほどなのだからということになる。
人が幸福であるというとき、それはどの時点をもって幸福であるというのかということが非常にあやふやでありそれを決定づけることができないというのである。量子物理学でいう、不確定性原理のようなものであろうか。僕自身にも心当たりがある。けっこうというか、かなり細かい性格であり、何かを選択したとき、本当にこれでよかったかといつも心を悩ませる。ものすごく小さいことだが、アマゾンで買い物をするとき、ある値段で買ったものとそっくりであるものがもっと安い値段で出ていたりするとものすごく落ち込む。たった5円の違いでもである。磯釣りに行って、違う島のほうがよく釣れたと知ると、ああ、朝一の判断は完全に間違っていたと1週間は悔やむのである。自分の腕前は棚に上げておいて・・。
結局、この本は、幸福論という部分では、そういうことは気にするなと言っているのだろうと思う。少なくとも、ナッジとして提示されている選択肢を選んでいる間は結果としてはそんなに大差のない結果に落ち着くのだからそんなわずかな違いにくよくよしているほうがよほど不幸であるということなのだろう。それに、今、不幸だと思っていても時間が経てばそれも不幸に感じなくなるというのが人間の癖であるのだから、それも念頭に入れて今を不幸と思っておく程度でよいというのである。科学というよりもなんだか哲学のようでもある。

著者は最後に、『最終的には、最も重要なのは人がどのような生を送ることができるかであり、選択の自由はよい生の重要な部分をなすという主張をもって、選択の自由を支持するような推定を採用するのがよいだろう。行動経済学はせいぜいのところ、私たちの選択の自由を真正にする、そして単に長生きするというだけでなく、真によりよい生活を送るのに役立つのである。』と締めくくっている。
結局のところ、自分で選んだことだし、結果はそんなに大して変わりはないからそんなにくよくよするなと言っているのだろうな・・・。

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水軒沖釣行

2022年08月04日 | 2022釣り
場所:水軒沖
条件:小潮 4:17干潮
釣果:サバ4匹 シオ2匹

8月1日からお盆まで、双子島でスズキが釣れるという法則を発見してからすでに10年以上が過ぎようとしている。その法則も発見から3年ほどで法則ではなかったということがわかったのだが、それでも一応は行っておきたくなる。紀ノ川河口でもよかったのだが、その後は禁断の仕掛けを流したいとも思っていたので移動距離が短い双子島へということにした。

少し東の空が明るくなるのを待って出港。



島に囲まれているエリアの真ん中に碇を降ろしてトップウォータールアーをキャスト。全然アタリはないし、ボイルも起こらない。一度だけ、これはスズキの類ではないのだろうが、ルアーへのアタックがあっただけであった。
航海灯の点灯が必要ではない時刻、今の時期では午前5時10分までルアーを投げ続けてスズキへの野望は終了。

沖の一文字の前に移動して禁断の仕掛けを流し始める。狙いはヤナギだ。一文字の切れ目から仕掛けを流し始めたがまったくアタリはない。今日はその後の予定もないので防波堤に沿って仕掛けを流し続けようと考えていたのでゆっくりと北上してゆく。しかし、興味を示してくれるのはトンビだけで、ずっと僕の仕掛けの真上を飛び続けているだけである。



新々波止にさしかかり方向転換。それでもアタリはない。やっとアタリが出たのは波止の中間を過ぎた頃。一度はバレたがすぐにアタリ。しかしこれはヤナギではない。引きが小さすぎる。上がってきたのは小さなツバスだ。



赤灯台のところにさしかかった頃には辺りが頻発し始めた。



ツバスばかりだと諦めていたら、サバが1匹掛ってきた。そしてよく引く魚だと思ったらシオが掛かった。この魚をこの辺りで釣ったのは初めてだ。もっと沖の方にいるような魚だと思っていたがこの海域にはけっこういろいろな魚が潜んでいるようだ。しかし、お目当てのヤナギはまったく来ない。先に小さい魚が食いつくのでヤナギが喰ってくる暇がないからなのだろうか。それとも、去年の今頃もツバスやサバを釣ったが、このくらいの時期を境にして魚が入れ替わってしまうものだろうか・・。
ツバスはスイートチリソースをからめた照り焼きにすればそれなりに食べられるのだろうけれども、昨夜食べたご飯が多すぎたのか、まったく食欲が湧かないのですべておかえり願った。

なんとかヤナギを釣りたいと思い、アタリがまったくなかった一文字の切れ目付近まで探ってみたけれどもやっぱりどこかに行ってしまったのか、何のアタリもなく午前7時を待たずに終了。
とりあえずはボウズでなくてよかった・・。

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「少年時代 飛行機雲はるか」読了

2022年08月01日 | 2022読書
塩野米松 /著  松岡達英 /イラスト 「少年時代 飛行機雲はるか」読了


図書館の新着図書の書架を眺めていると懐かしい作家の名前を見つけた。この本の著者である塩野米松のことであるが、大分昔、月刊のアウトドア雑誌を購読していた頃この人の連載があった。BE-PALであったか、OUTDOORであったかどちらかは忘れてしまっていたが、読んでいる途中に奥付を見てみたら、この本自体が、BE-PALに連載されていた、「藤の木砦の三銃士」という小説の復刻版だったそうだ。
内容はどんなものだったかということはすっかり忘れてしまったが、そういえばこんなタイトルの連載があったということを思い出した。

3人の小学5年生と、そのうちのひとりの弟の4人が主人公で、春から冬にかけての1年間の物語である。舞台は具体的には書かれていないが、多分、戦後の昭和時代の初めのころならどこにでもあった地方の風景なのだと思う。冬は雪のシーンが多くなっていたので山陰か北陸、東北辺りなのだろう。
天体望遠鏡、竹ひごで作る飛行機、顕微鏡、僕と憧れるものは同じであったようだ。少し違うのは、これに加えて特撮ヒーローものに登場する様々なギミックのおもちゃが加わることだろうか。だから、舞台は僕の子供時代よりも10年くらいは遡った時代かもしれない。

もう、僕の子供時代では見られなくなっていたのだろうが、中学生以下、世代を超えて同じ地区の子供たちが一緒に遊び、別の地区と戦いっこをやったりと、いわゆるガキ大将(というか、親分?指導者?)というものがいた時代が舞台である。

昨日、芋拾いをした中にはそんな人がいて、多分僕より3、4歳上で同級生の兄だ。主人公たちが上級生を見る目と同じく、当時はものすごく大人に見えた人であったが、もう、その人たちについて回って遊ぶというような時代ではなかった。
だから物語には、共感というにはすこしほど遠いものがあるし、もともとそんなにたくさんの自然が残っている場所で育ったわけでもなく、そういう意味でも少し別の世界の話なのだが、なぜだか、遠い昔に感じる郷愁であったり、淡い思い出が蘇るようである。

さすがに、木の枝を切って作った刀を腰に差して遊びまわるということはなかったけれども、僕が育った時代は、高度経済成長期の真っ只中であったとはいえ、なんでも欲しいものが手に入る時代でもなかった。一体何をして遊んでいたのか・・。海は近くにあったのでその辺りが遊び場だった。昔は広い砂浜があったらしいのだけれども、物心ついたころにはすでに貯木場に変わってしまっていた。大きな水門があり、その中が貯木場になっていて、浮かんでいる筏に乗り移ったり護岸の石の間でカニを獲ったりしたことはよく覚えている。何も持たず、持っていたとしても半分壊れかけたたも網だけであった。護岸から筏に乗り移るのに失敗したら海の中に落っこちてしまうのが恐ろしかった。
何も持っていなかったというと、小学校の近くの高校の正門の前の噴水で文房具屋で買ったつり仕掛けセットを使って鮒と金魚を釣っていて追いかけられたこともあった。釣具もそれくらいしか自分の物としては持ってはいなかった。
わずかに残った小さな砂浜にはハンミョウがいて必死になって追いかけていたこともあった。材木置き場はデコボコだらけで大きな水たまりができていて、そんな水たまりにはオタマジャクシやヤゴが泳いでいた。エンマコウロギもなぜかたくさんいた。いっぱい獲って飼育箱に入れておくとじきに死んで腐ってくる。かわいそうなことをしたものだ。サソリがいるという噂もあってそんなものを探していたこともあった。サソリは見つからなかったが別の場所でだが、アリジゴクを見つけて興奮したこともあった。

小学6年の秋にはここから引っ越していってしまったので、まともな記憶あるというのはおそらく小学3年くらいからだとして、おそらく3、4年間くらいの思い出だろう。たったそれだけの期間だがなんだか永遠に続いていた時間のようにも思える。
夏には氏神様、通称お宮さんの祭りがある。まさに昨日がその祭りの日だったのだが、7月30日と31日には夜店が出る。昨日、サツマイモを洗いながらそんな話をしていたら、鳥居の横は必ず輪投げだったのだよと教えてくれたが、そういえばそうだったかと当時のことを思い出していた。とくに7月31日は多くの夜店が出るので朝からわくわくして夕方を待っていた。これなども何十回と経験したことのように記憶の中には残っているが3、4回のことだ。それが少年時代というものなのだろう。

そんなことを思いながらこの本を読んでいた。
たくさんのルビが振られているので一応は子供向けの図書ということになってはいるのだろうが、これは大人が読んで遠い昔を懐かしむための本であるような気がする。


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