ご存じのように、今月6日にトルコ南東部のシリア国境に近いカフラマンマラシュで発生したM7.8とM7.5の地震により、両国で多大な犠牲者が出ている。残念ながら、死者数はまだまだ増え続けることだろう。
トルコで最も被害が大きかったのはハタイ県だと言われ、建物の約半数が倒壊したという話も聞くが、そのハタイ県にあって、1軒も建物が倒れず、死傷者が1人もいなかった地域がある。それがエルジン郡だ。(Erzin İlçesi、トルコ語では「エルズィン」と発音されるが、ここでは「エルジン」と表記する。また、İlçeは郡または区と訳されるが、ここでは郡、その首長は郡長としておく)
ハタイ県でエルジン郡だけが無傷だったことがトルコで話題になり、メディア(FOX のトルコ版)で郡長のオッケシュ・エルマスオール氏がインタビューされたのをたまたま見て、控えめに淡々と話すその謙虚な姿に心を打たれた。「自分はメディアに次々と出演して自己アピールする必要はないが、これが人の役に立つかもしれないからと思って、インタビューに応じている」と前置きし、職務に早く戻らないといけないからとして、スタジオには行かずにエルジンから中継で出演し、椅子を用意すると言われても断って、ずっと立って話していた。
スクショ
ユーロニュース(欧州主要放送局の報道を伝えるニュース専門放送局)のトルコ語版のウェブサイトにこの郡長のインタビュー記事があったので、それを以下に要約して翻訳してみた:
「ハタイのエルジン郡はいかにして地震に持ちこたえたのか?エルマスオール郡長がその問いに答えた」
(郡長の話)
エルジンは人口4万2000人の郡。オスマニエからは15㎞で、アダナに非常に近い。(注:アダナも死者が多かった地域。オスマニエも被害が大きかった)それにもかかわらず、建物倒壊による死者は1人も出なかった。負傷者もいない。倒れた建物はないが、被害がなかったわけではない。しかし、重要なのは、ここでは死者が出なかったということだ。
私は自分がエルジンの郡長に就任してからの話だけをする。もちろん全ての建物が私の任期中に建てられたわけではないが、私の任期中には、違法建築を許さないことにかけては、出来る限りのことをしてきた。人々は、違法建築を政治家が見逃すことに慣れていて、それを期待している。私にも、選挙に当選するやいなや、それを求められたが、そんなことは決して出来ないと答えてきた。そういった要求に立ち向かっても、彼らはなんとかして違法建築をやろうと試みる。十分な数の職員がいなければ、それを100%監視することは出来ない。
しかし、私は「自分の任期中には出来る限り違法建築は建てさせない」と決意し、それをやった者には必要な罰金を科し、記録を残して検察庁にしかるべき通知を行った。そういう意味では、私にはやましいところはない。
都市開発に関しては、規則を文字通り適用する必要がある。国民が国家と一体となって、意識を変革する必要がある。国民側には、違法建築の行政処分免除への多大な期待がある。そういう期待を作り出してはいけない。規則を効果的に適用して、検査システムを見直さなければならない。国を統治する全ての人間がこの点において決意を示し、国民にそれを見せる必要がある。そうでなければ、誰が上に立っても、死者は出続けるだろう。今回の地震から教訓を得て、このような大惨事を繰り返さないようにしたい。
地方自治体の長が単独でそれを行うことは非常に難しい。政治家が違法建築を見逃すことへの人々の期待が残念ながら大きいからだ。全ての公的組織が一体となって行うことが肝要だ。
私のところでも、地震に対して100%準備が整っていたわけではなく、不十分なところ、やるべきことはあった。私たちは地質学上の調査に懸命に取り組んできたが、不備なところもあった。それは自己批判している。これも大きな教訓となった。この件に関して、今後も取り組みを続けていくつもりだ。
(地質学者の意見)
・地震学者のナージ・ギョルル氏(注:今回の地震を事前に予測した人物):
地震の絶えないこの国に住むからには、地震に耐える街づくりが必要であり、エルジンはそのお手本だ。そういう意味で、郡長の言っていることは正しい。但し、エルジンで建物倒壊がなかったことを、それだけに結びつけるわけにはいかない。地質学的な位置、テクトニクスの位置等も関係してくる。
・イスタンブール工科大学の元教授オカン・トゥイスズ氏(注:彼も今回の地震を事前に想定):
エルジンの近くの断層は動いていない。エルジンから30~40㎞のところに断層があるが、間に山塊が挟まっている。
(オッケシュ・エルマスオール氏の略歴)
1979年エルジン生まれ。マルマラ大学法学部卒。イスタンブールで弁護士業に従事した後、帰郷してエルジン議会議長、ハタイ弁護士会監査理事会委員等歴任。2019年3月31日の地方選挙に最大野党の共和人民党(CHP)から出馬して、エルジン郡長に当選。妻と娘2人がいる。英語がよく話せる。同氏の前任者は与党の公正発展党(AKP)所属のカスム・シムシェック氏で、2期務めた。(注:本人によると、エルマスオール氏の父親も郡長を務めた経歴がある)
(参考)
Hatay'ın Erzin ilçesi depreme nasıl dayandı? Belediye Başkanı Elmasoğlu yanıtladı (インタビューの元のトルコ語記事)
トルコでなぜあれほど多くの建物が倒壊したのか 耐震対策は
https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-64592346
「パンケーキクラッシュか」トルコ・シリア地震 犠牲者3.3万人超 なぜ被害がここまで大きくなったのか?【解説】
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/326527?display=1
(終わり)
その一方で、成功事例の“美しい”どころばかりを切り取って、美談化することなく、地質学者の客観的、冷静なコメントを掲載していることが、素晴らしいですね。
トルコ語の翻訳は、僕のような愚民には到底できないことですが、翻訳者のミチんが、偉ぶることなく、自然にサラリとやっていることが、エルマスオール郡長と同じぐらい素敵です。
では、また。
そんな風に褒めていただけると、木に登っちゃいます~うふふふ~