
8月22日(日) 曇時々小雨
今日は、久しぶりに予定の無い日曜日。
息子一家を夕ご飯に招いているほかは、「為なければならないこと」があるにも関わらず、ついついTVを点けて座卓に向かってしまう。
ずいぶん、ぐうたらになったもんだ!
午後、TV を点けたら長渕剛が汗を飛び散らせて熱唱する姿の背景に、日章旗がはためく、異様な風景が目に飛び込んできた。
さくらは日ごろから、皇国史観に立つ者である。
そして、美しいシンメトリーデザインの日章旗が、好きである。
お正月の3が日に始まり、定められた紋日には必ず玄関に国旗を掲揚する。
※ちなみに、この旗は靖国神社に参拝させていただいた折に買った。
国旗の波に煽られたせいではないけれど、今日のCSテレ朝ヤンネルの『長渕剛 伝説の8.22SPECIAL PROGRAM 』に見入ってしまった。
第1部の終わりに、「生きたくても、生きれなかった人がごまんといて……俺たち、生きててよかったんだって……! お前らが主役だー!」と絶叫し、旗の波がひときわ揺れ、生硬な直截な言葉に、見渡す限りの若者が拳を振り上げて応えている。
一見、粗野に見えて実は限りなく優しい憂国の歌い手。 さくらは、「とんぼ」「しあわせになろうよ」「巡恋歌」「乾杯」「順子」くらいしか知らないけれど、どの歌も良い曲だと思う。

オープニングの曲が「JAPAN」で、日本の今に問いかけ未来を憂う、その心根にFANは、日章旗を振ることで応え、それが一晩中続いていたのではないか?
いえ。 Webの中には、大海原を背に大日章旗を掲げる彼の姿が残っている。
2005年の「YAMATO 大和魂」を記念した時のもので、今や彼のトレードマークにもなっているらしい。
長渕剛、漢(おとこ)だねぇ‼

夕ご飯は、みるく鍋。
奈良に住んだころ、郷土料理の飛鳥鍋を我が家流に仕立て直して、飼い猫の名前を付けて今に至っている。
材料は、鶏肉、豚肉、ハム・ソーセージ、ちくわ、薄揚げ、豆腐、キャベツ、レタス、にんじん、ジャガイモ、たまねぎ、ほうれん草、ブロッコリー、キノコ類のうち、適当に選ぶ。
水から、にんじん、ジャガイモ、玉ねぎ、キャベツを軟らかくなるまで煮て、コンソメを2個、シマヤのあご出汁を1本、塩、胡椒少々で味を調える。
大鍋に移し、牛乳を注ぎ入れ、好みの肉類、豆腐、野菜は全種類を加え、シメはうどん。

家族の食卓に上がって、誰かのグラスの水を飲み、さくらがパソコンに向かうと、横に置いたジェットプリンタの上で眠る。
誰もが叱らない、猫のみるく的生活♪
先日(19日?)の記事内に「杉野兵曹長」の名前がありましたが、三重県の出身だったのですね。
若い世代はもとより、高齢者の中にも「杉野兵曹長」と言っても『だれ?それ!』などと思う人が多いのかもしれませんが、さくらさんや私達の世代ではかの有名な軍神と言われた「広瀬中佐」の物語や歌(小学唱歌)を親や祖父、祖母から聞いたことがある人達もいるのではないでしょうか・・・
日露戦争の旅順で壮絶な死を遂げた広瀬中佐が部下を思う気持の『杉野は何処、杉野は居ずや』のあの
シーンを・・・
私自身は「皇国史観」という崇高をイメージさせるにはほど遠いものですが、子供の頃から歴史小説や映画などが好きで、特に江戸幕末の「勤王の志士」や「尊皇攘夷」という言葉には魅力を感じ、「鞍馬天狗」など娯楽性のあるものも含め小説、映画などに夢中になった事を懐かしく思い出します。
兄貴のおかげで国旗を振る快感を知り、国を愛する自分が居ます。
義兄の陶房で、「杉野兵曹長がこの近くのご出身である」と教えられ、『♪轟く筒音飛び来る弾丸 …杉野は何処 杉野は居ずや』と思い出すままに謡ったことでした。
あなた様のコメントをいただき、いま改めてYoutube『広瀬中佐』を聴きました。
ダークダックスの格調高い
穏やかな歌声に、深夜の癒しをいただき、現役のころ、ANAの最終便で豊島区のゲタさんこと喜早哲さんのご自宅に伺い、当時連載していた大阪新聞の『平成めおと善哉』の取材をさせていただいたことを思い返しています。
翌朝の始発便で大阪に戻り、何食わぬ顔で平常業務に就きました。
上司には了解を得た「二足のわらじ」でしたが、無理を承知で重ねた日々、がんの遠因になったかもしれません。
shimaさん♪
思い出させていただき、ありがとうございます。
長渕兄貴、と親しく呼び掛けておられるあなたは、きっとお若い方なのですね。
長渕さんの強さ優しさは、皆さまにとって兄のような存在なのでしょう。
私も、大海原を背負って大きな大きな日章旗を全身で翻しておられる姿に、思わず「兄ちゃん!」と呼び掛けたくなりました。
>国を愛する自分が居ます…
って、なんて素晴らしい言葉! 思い!
あなたの愛国心に、『乾杯』!と、長渕さんの歌を捧げますね。