チタンの素晴らしさと、使い方や感想、
そして、「よくある質問とその回答」などを書き綴って行きたいと思います。
ミラクルチタン(チタンオンラインショップ 店長日記)
2022.07.15 ショッピングカートに助けられてきたけれど。

これは、今使っているショッピングカート。
これは、3代目のショッピングカート。

これは2代目のショッピングカート。
持ち手が、下へ降りなくなったので、仕方なく買い替えたが、他は、まだまだ美し
かったので、捨てられず、まだ置いている。
足が酷かった間、本当にお世話になった。
カートを使い出してからでも、10数年になる。
その後、ようやく、足が治ったが、私は荷物の多い人なので、その上日々の食事の材料
(野菜、果物、牛乳、ヨーグルト、肉類などなど)、グレープフルーツなど6個買って
来る人だった
自分の肩の力は、すごいなと自賛していた。
そんな日々の後、ショッピングカートの重さの故か、2代目のカートで左肩を壊し、
現在は、3代目のカートで、右肩に激しい痺れが発生し、悩んでいる。
そんなことから、もう、とっくに、足は治っているので、カートは、止めようと思った。
重いものは、生協の宅配を申し込んだり、ネット注文を増やしたりした。
しかし、ショッピングカートそのものが重いので、自分の荷物を減らす努力をしても、
それでもやはり重い。
そうだ、カートはもう要らないのではないか?
そう考えて、思い切って、カートを持たない外出を続けてみた。
すると気が付いたことは、足元が、おぼつかない。
よちよちしている。少しふらついている。急ぎ足では、躓きそうな不安がある。
そうか!今まで、カートの持ち手が、杖代わりになっていたのだと気がついた。
スイスイ歩けて、どこへでも行けたのは、カートという杖があったからだったのだ。
その証拠に、麻雀会の帰り、三人で駅まで向かう時、カートなしにしたら、先を歩いて
いる二人から、大分遅れてしまっている。息も荒い。
先の二人が、振り向いて、一緒に来ているとばかり思っていたわと言って、驚いていた。
そうだ、今までは、カートを持って歩いていたから、スイスイ歩けていただけだった
んだと、再認識した。
足の悪かった期間が長く、その10年以上はカートと共に歩いていたので、もう、私に
は、必要なものとなってしまったのだ。
カートなしでも、以前の様に歩ける様に、頑張らなくちゃと思って、それから数週間、
カート無しで、バッグ持参で歩いているが、帰りは、やはり買い物も持つので、
重くなり、やっぱり、心もとない。前屈みになり、大変である。
カート無しに戻るために、がんばってみるか?
それとも、自分には、カートは必要なものなのだと、観念するか?
今後、どちらにすべきか、思案中である。
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