沖縄の壷屋焼・金城次郎の作品です。
以前、デパートの九州物産展で買いました。
九州物産展へいくと必ず、なぜか、金城氏のコナーがあり、たくさん販売していました。
大きい物は高価で、買えませんので、小さいものを買いました。(笑)
九州物産展へいくと必ず、なぜか、金城氏のコナーがあり、たくさん販売していました。
大きい物は高価で、買えませんので、小さいものを買いました。(笑)
益子焼きの濱田庄司氏の指導を受けたという話しだけのことはあり
益子焼きにもにて、なぜか違和感がありませんでした。
益子焼きにもにて、なぜか違和感がありませんでした。
ちゃんと、高台の内に『人間国宝・金城次郎作』と本物シールが貼ってあります。(笑)
大きさは、高さ13㎝×11㎝
金城次郎(きんじょうじろう、1912年(大正元年)12月3日 - 2004年(平成16年)12月24日)
陶芸家,沖縄県出身。
国の重要無形文化財「琉球陶器」保持者(人間国宝)
陶芸家,沖縄県出身。
国の重要無形文化財「琉球陶器」保持者(人間国宝)
略歴
1925年(大正12)新垣永徳の製陶所に入門、壷屋の製陶に従事。
1945年(昭和20)沖縄戦終結。
1946年(昭和21)那覇市壺屋に築窯。浜田庄司、河井寛次郎らの指導の元で壷屋焼を守り発展に努める。
1972年(昭和47)沖縄本土復帰。読谷村に移住。
1985年(昭和60)4月13日、人間国宝に認定、沖縄県功労章受賞。
1993年(平成5)勲四等瑞宝章受賞。
2004年(平成16) 没。享年92。
1925年(大正12)新垣永徳の製陶所に入門、壷屋の製陶に従事。
1945年(昭和20)沖縄戦終結。
1946年(昭和21)那覇市壺屋に築窯。浜田庄司、河井寛次郎らの指導の元で壷屋焼を守り発展に努める。
1972年(昭和47)沖縄本土復帰。読谷村に移住。
1985年(昭和60)4月13日、人間国宝に認定、沖縄県功労章受賞。
1993年(平成5)勲四等瑞宝章受賞。
2004年(平成16) 没。享年92。
人間国宝のシールがぼくも気に入っています。(笑)
南国らしい明るさもありますよね。
また、お土産までいただきありがとうございました。
ところで、今日見た、金銀彩の古伊万里の中皿ですが、場外で、出品者と交渉した結果、先程言いました私の予想の値段の半分になりましたので、結局は連れ帰りました(汗)。
でも、汚いので、洗うのに1時間ほどかかりました(汗)。
あれ、あのお皿、Dr.K さんのところへ、無事、嫁入りしたのですか。
気に入ったものが、お安く手に入ってよかったですね。
わたしは、見せていただいた、古九谷のお皿が神秘的に美しかったのが忘れられません。
16日は、何かと収穫の多い日になりよかったですね
ああいう美しさは、これにはありません。(笑)
そうですか。それも拝見してみたいですね♪
本当に、このブログのお友達は、みんな素人はだしで、詳しいですよね。
ぼくも、毎日のように、感心しきりです。
みなさん人生の半分、賭けていっらしゃるような方ばかりです。(笑)
いいでしょうね、沖縄。そして窯元見学。
また、行けるといいですね。
そう、そう、二世は、大変なようですね。
益子の濱田庄司さんの後を継いだ、濱田晋作さんですが、
かなりバランスの良いすぐれた作品を、造っています。
目を見張るような秀作も沢山あり、好きな作家さんですし
お値段も、けっこうします。
しかし、作風がどうしても庄司風から抜けさせないでいます。
それが原因かどうか判りませんが、島岡達三氏と競い合うほどの作家さんですが、いまだに人間国宝になれないでいます。
金城次郎さんの一門も、これから金城次郎風を、いかに脱却してゆくかが、テーマになるような気がします。
ぼくも、いまの値段では、とても買う気がしません。
安値覚え、高値覚え、と言うのは、株式相場の世界だけでは、なさそうです。(笑)
この本物シールいいでしょ。コレさえあれば、本物間違えなしです(笑)。
そのうち、オールドノリタケシールも作ると、良さそうですね。(笑)
そんな作品が創れる人は、本当にほんの一握りですよね。
いや、本物シールを見たからぱっと見てわかった訳じゃありませんよ(笑)
素晴らしいやちむんですね^^
その中で一番、パンフレット写真と違って本物はスゴかった印象があります。
絵画なんかも、ルノアールとか東山魁夷とわかりますものね。
みなさんが、そう判るような作家になりたいですよね。
ぼくも、むかし絵を描いた経験があるので、わかります。
これで、海老のもたしかあるような気がしました。
あの、青い海老神秘的で、いいですね♪
沖縄に行ったときにはよくシーサーなどを買って帰りました
沖縄旅行もいいですね、行ったことありません。
金城さんの魚文は琉球の豊かな自然が背景にあると推察しますが、
往時の魚文の役割は何だったのかな~あって改めて思わされました。
明時代の五彩の壺にもありますものね♪