益子焼の湯呑です。
関東では、陶器と言えば益子焼と言うほど普及しています。
窯元も大小300軒を越すそうです。
すぐそばに、笠間焼もありますが、作風もいくぶん違いますので、区別がつきます。
土も、笠間のもの方が、よいようです。
益子の土は、もともと品質もあまりよくなく、最近は産出量もすくなく高価だと言います。
ですから、最近は、他の産地の土を益子の土にブレンドして使用しているそうです。
益子の作風は、民芸運動の濱田庄司氏の作風を踏襲したものがどうしても、多くなりますが、
最近は、いろいろな作風も見られるようになりました。
しかし、あまりに濱田の名前が有名なので、基本は、この掛釉の様な民芸調が基本でしょうか?
濱田庄司作
(かって濱田氏と親交のあった伯母より、頂戴したもので真作です。)
口径約8,5cm×6,5cm
以前、天保時代と思われるお茶碗を紹介いたしまが、
これは、それより時代は少し古いかもしれません。
↓
http://blogs.yahoo.co.jp/miyamaturi/1044350.html
象の付いた古伊万里が、めずらしくて、集めて時期がありましたが、
最近は、あまり見なくなりました。
元絵が、どこかにあって写しの写しみたいな感じで、
かなりデッサンがあやしくなって来ていますが、本物です(笑)。
かなり大ぶりなお茶碗で、
見込みは、氷裂紋に、なにか魚のお頭が。。。
寛政期、前後くらいはあるのではと、思っています。
直径約、13cm×高さ約、9.5センチ
昨日は、わたしの誕生日でした。
幾つになったかは、聞かないでくださいね。
たぶん半世紀は、生きていると思います(笑)。
昔からやきものは、好きでしたが、
もと、もと、私は、骨董品はそれほど好きはありませんでした。
現代のすぐれた作家もの方が、作品として優れている思っていたからです。
いまでも、その考えに、それほど変わりは、ないと思っています。
バランスやデザイン的には、現代の著名な作家物の方がすぐれてると思います。
では、どうして感心を持ったかといえば・・
時代と民族が変わると、同じ絵付けが出来ないという理不尽なる不思議に魅力を感じたからです。
たとえば、桃山の織部の絵付けは、桃山時代固有のものであり、
現代のどんなすぐれた作家の先生でも、真似が出来ないそうです。
江戸時代の織部は、江戸の絵付けになってしまいます。
名もない陶工たちが、その時代、その国でしか出来ない絵付けの不思議。。。
そこに、限りない魅力と不思議を感じました。
絵付けのある古陶磁は、真贋を隠し切れないとまで言われているそうです。
詳しく鑑賞すれば、きっと無地の古陶磁も全体のフォルム、カタチも、その時代固有のものであり
正確な、模倣は出来ないのではと、思っていますが、いかがなものでしょうか?
吹き墨の六寸皿です。
おそらく、清朝磁器をそっくり模したものでしょうか。
かなり、西洋的とも見える花が描かれています。
皿の裏は、清朝磁器によく見られる模様です。
時代は、幕末頃とみられがちですが、そこそこあって寛政期(約200年前)くらいだと思います。
17・5cm×約3cm
何年か前、このお皿のデッドストックが西日本で、発見されたらしく、
ネットをはじめ、市場にけっこうな数、流れたことがありました。
最近は、ほとんど見なくなりました。
何枚も見かけるものですから、
最初、アラモノ(新物)では?と疑いましたが、
手元で確認したがぎり、本物でした。
銘が角富となっており
時代は、幕末のころと思われます。
『富』銘は、一説によると、四国の御荘焼(みしょうやき)との説を力説する専門家もいて
なぞの多い銘だと思います。
ただ、かなり手の込んだ作風から、わたしは、地方の窯ではなく、
有田の窯ではないか?と疑問を感じております。
わたしは、銘の研究家ではないので、
詳しいことは、わかりません。
幕末のころ
直径約21cm×3.8cm
強いこだわりを持つと平凡なデザインを集めてしまう、ってことありませんか?
以前、わたしは、オランダ人の付いた古伊万里に興味を持って、集めてた時がありました。
もう、オランダ人らしきモノが付いた伊万里があると、すごく魅力的に見えた時代がありました。
南蛮人か唐人か、区別のつきにくい図柄まで集めてしまいました。
はっと、気が付くと確かに外国人らしい人物が描いてあるのですが、
全体のデザインからすると、どうにもならない様な平凡な、意匠・デザインの鉢や皿の数々。。。
デザインの納得いかないものは、すぐに飽きてしまい押入れの中奥深く仕舞いこんでいる自分に気が付きました。
知的好奇心を満たしてくれた、オランダ人の皿や鉢でしたが、
わたしは、その時、基本的に自分がデザインが優れていると思うようなモノを集めなければならないのではないかと思いました。
コレクションをする以上は、節度も必要で、あるコダワリはどうして必要だと思いますが、
必要以上、あるモノに強いコダワリを持って蒐集をしていると、結果として平凡なモノしか集められないのではないか、と思うようになりました。
コダワリは、人様々だと思います。
ある時代にこだわる人、ある特定の窯名にこだわる人、。。。
それらに、こだわりを持ちつつも、バランスのとれたコレクションを拝見する時。
とても、すがすがしい気持になります。
ここのブログで、出会った多くの方のコレクションが、その優れたコレクター達でありました。
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比較的大きな猪口です、おそらく生まれは、向こう付けでしょうか。
これは、デザインはわりと良い方では、ないかと思っています。
ハッキリと蘭人とわかる絵が描いてあります。
直径約9cm高さ約8㎝
寛政~文化期の頃と思います。