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『メモリー・ウォール』

2013年10月25日 | BOOKS
 短編なのに、長編小説よりも深さを感じさせてくれる物語がここにあります。
 読んでいるときは涙腺が緩んだりしなかったのに、布団に入って隣のぬくもりを感じたら、涙がぽろぽろ落ちてしまいました。
 生きていること、家族がいること、いろいろなことが愛おしくなるような読後感です。

『メモリー・ウォール』
アンソニー・ドーア
新潮社


 6つの短編が収められています。

「メモリー・ウォール」
「生殖せよ、発生せよ」
「非武装地帯」
「一一三号村」
「ネムナス川」
「来世」

 6つの物語はそれぞれ、南アフリカ・アメリカ・朝鮮半島・中国・ドイツ・リトアニアというように世界中を舞台にし、子どもから死を迎える老人まで、さまざまな人物を描いています。

 一番衝撃だったのは、表題作「メモリー・ウォール」。
 近未来の南アフリカで老若男女の人生が交錯する「記憶」の物語です。
 記憶を失いつつある老女の過去の人生と、他人の記憶を盗み見るためだけに生かされている少年の残り短い人生が、一つの家族のこれからの人生・未来へとつながっていきます。
 ラストはおだやかで、何度も出てくる白い色が、記憶を失ったことでの平穏を感じさせます。

 不妊治療を扱った「生殖せよ、発生せよ」は、夫婦両方の立場・感情、そして治療結果を、まるでノンフィクションのように追いかけていて、自分の体験のように苦しく、切なく、祈りたくなる物語です。

 ほかの物語も、老いていく命と次の世代、さらに若い世代が、分かり合えないながらもつながっている。そして、その命が自然や生きている場所とつながっていることを、さらりと描いています。
 この語り口は翻訳者の訳だからなのか、原書も気になりますね。


 それにしても、作者アンソニー・ドーアは1973年生まれですから、私よりも3つ上なだけ。
 なんだか悔しいほどの才能です。


<関連ページ>
The writings of Anthony Doerr
 著者のホームページ。(英語)
 来年5月に「All the Light We Cannot See」という新作が出るようです。
 Booksを見ると、英語版著書の装丁も素敵です。
「Memory Wall」は、化石の写真。「なるほど!」という表紙です。