小学校の時から、嫌いな授業は体育と習字でした。
走るのが遅く、運動会はいつも雨乞いをしてました。
習字は子供の目からも一目で下手と分かる字になるので、
いつも習字の時間は墨をすって終わっていました。
その私が数年前から、いきなり「書」を習いだしました。
きっかけは、やはり息子でした。
亡くなった子供の名前を書くと、どうしても涙がでてしまう、
この名前ともきっちり向き合わなくてはと思い、それが
「書」に繋がったのです。
子供の名前が書けたら辞めてもいいや!と思って習い始めた
「書」でしたが、書は私の知ってる習字とは違い、もっと
もっと奥が深く、筆と自分と墨との関係の中にこれほど
深い世界があるとは…
臨書でひたすら、一を書いていたら先生に、「山崎さん
もう違う字を書いていいのよ。」と言われ、気がついた時には
一年近くも一を書いてました。
子供の名前を書いた時は、書けば涙が出て、涙を拭いて又書く、
その繰り返しで、何も考えられなくなった時、ようやく作品と
なりました。
子供の担任の先生が「この字山ちゃん!っいう感じね」と言って
くれました。
字を見ると、どこまでも明るいあの子が浮かんできます。
今は、「人」と言う字に取り組んでいます。
野太くずぼっと生きている、そして暖かい「人」が書けたらなー
と、これまた半年以上「人」を書き続けてます。
器用ではない私に「書」は合ってるように思います。
習字アレルギーになる前に、もっと早く書に出会いたかった。
後悔を殆どしない私が、珍しくちょっとプチ後悔をしてます。
でも、今の私に書ける字を精一杯書いていこうと思っています。
走るのが遅く、運動会はいつも雨乞いをしてました。
習字は子供の目からも一目で下手と分かる字になるので、
いつも習字の時間は墨をすって終わっていました。
その私が数年前から、いきなり「書」を習いだしました。
きっかけは、やはり息子でした。
亡くなった子供の名前を書くと、どうしても涙がでてしまう、
この名前ともきっちり向き合わなくてはと思い、それが
「書」に繋がったのです。
子供の名前が書けたら辞めてもいいや!と思って習い始めた
「書」でしたが、書は私の知ってる習字とは違い、もっと
もっと奥が深く、筆と自分と墨との関係の中にこれほど
深い世界があるとは…
臨書でひたすら、一を書いていたら先生に、「山崎さん
もう違う字を書いていいのよ。」と言われ、気がついた時には
一年近くも一を書いてました。
子供の名前を書いた時は、書けば涙が出て、涙を拭いて又書く、
その繰り返しで、何も考えられなくなった時、ようやく作品と
なりました。
子供の担任の先生が「この字山ちゃん!っいう感じね」と言って
くれました。
字を見ると、どこまでも明るいあの子が浮かんできます。
今は、「人」と言う字に取り組んでいます。
野太くずぼっと生きている、そして暖かい「人」が書けたらなー
と、これまた半年以上「人」を書き続けてます。
器用ではない私に「書」は合ってるように思います。
習字アレルギーになる前に、もっと早く書に出会いたかった。
後悔を殆どしない私が、珍しくちょっとプチ後悔をしてます。
でも、今の私に書ける字を精一杯書いていこうと思っています。