世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

マウリツィオ・パスカーレ・チコリーニの証言

2012-11-14 07:09:05 | 薔薇のオルゴール

みなさん、こんにちは。わたしの名はマウリツィオ・パスカーレ・チコリーニ。今年で八歳になります雄猫です。まずはわたしの毛並みについて説明させていただきましょう。猫にとって毛並みはとても大事なものですから。わたしは、ご先祖にペルシャの猫かシャムの猫がいるらしく、幾分被毛は長く、毛並みは全身雪のように真っ白です。瞳は右目が金色ですが、左目はアイスブルーのアクアマリンを思わせる青です。よくいうオッドアイ、または金目銀目というやつですが、このおかげで、わたしは生まれつき左耳が聞こえにくく、少々、難儀しております。

わたしの飼い主は、ベルナルディーノ・チコリーニという靴職人で、今の時代には珍しく、手作りの靴を並べて売っております。店の奥に工房があり、たくさんの木型や牛皮や釘などに囲まれながら、主人は色々な靴やサンダルを毎日作っております。
店先で靴を売っているのはフェリーチャという名の、彼の奥さん。わたしはと言いますと、店先の定位置である小さな椅子の上で、まるまって眠りながら、客の呼び込みなどしております。自慢ではありませんが、わたしは毛並みも雪のように白くつややかで、瞳の色が左右で違うため、たいそう珍しがられて、わたしをひとときでもなでたり抱き上げたりしたい客が、つい店の入り口をくぐってしまうなど、よくあります。そしてわたしをなでながら、客はフェリーチャと世間話をしつつ、いつしか、一足のサンダルなど買い求めてゆくのです。

まあこうして、わたしはご主人の商売に一役買っているわけではありますが、人は言いますね。猫はいいな、ただ座って寝てるだけで、なんにもしなくていいからと。そこにいるだけで、何となく、いいことになると。ふ。人間とはほんと、何にも知らない生き物です。それは、頭と手を器用に使って、いろいろなものを作りますし、おもしろいと思っていろいろなばかばかしいことをやっておりますが、さても、彼らは一体自分が何をしているのか、さっぱりわかっておりません。彼らは、わたしたち猫が助けてやらねば、大変なことになってしまうのです。もちろんわたしたち猫は、そんなことは一言も言いませんが。まあその、こうして、猫が人間の言葉をしゃべるなどとも、思ってもいませんでしょうから。

猫がしゃべれるのかって? 現に今しゃべってるじゃありませんか。これは、本当は猫族の秘密みたいなもので、といってもまあ、その秘密を漏らしてはいけないと言う決まりもないのですが、いろいろと困ったことにもなるので、猫はみんな、何となく、ずっとこのことを秘密にしてきたのです。でも、言いたいことを言おうと思えば、猫はいくらでも人間に言いたいことがありますね。実際、口に出かけたこともありますが、ぎりぎりで飲み込みました。人間ときたら、どうしてこんな簡単なことがわからないのかと、そういうことが、しょっちゅうあるものですから。

何を言いたいのかって? ふむ、それは良い機会ですから、よし、ひとつだけ、言いましょう。人間様、どうかお願いですから、朝っぱらから朝食にけちをつけないでくれますか。パンが焦げすぎだの、ジャムが足りないだの、チーズが腐ってるだの、卵の焼き加減がどうだの、フルーツが硬いだの。まったくね、気の利かないやつに説教するつもりで、偉そうに言わないで下さいよ。フルーツが硬いのなら、自分で柔らかいのを探してくればいいじゃないですか。ほんの小さなことをひっかけて、人を馬鹿な笑いものにして、悲しい目に合わせないでください。そばにいてくれる人を、傷つけないでください。

こんなとこですか? 何気ないことのような気がしますけどね、ここらへんが大事なんですよ。人間は、全然わかってないんだ。わたしはもう、深いため息が出ます。優しいことを言えば、なにもかもがうまくいくというのに。

やあ、そろそろ店じまいですね。フェリーチャ奥さんが、店のカーテンを閉めました。ベルナルディーノは今日、靴を二足作ったようです。お客さんの希望にこたえて、深いセピア色のきれいなパンプスを一足と、子どもの誕生日のお祝いのための、赤い小さな靴と。ベルナルディーノはなかなかに腕のいい職人のようで、靴はピカピカでとてもきれいな形をしています。人間の足に、よく似合いそうだ。わたしも店番の仕事を終えて、椅子の上から降り、体を伸ばすと、フェリーチャがくれる晩御飯を食べて、ほっと息をつきます。するとフェリーチャはわたしを抱きあげて、しばし頬ずりをします。

「マウリツィオ・パスカーレ・チコリーニ。わたしのきれいな白ネコちゃん」フェリーチャは甘い声でわたしにささやきます。実際、彼女はベルナルディーノよりわたしを愛しているようだ。まあ、わたしはたしかに美しい男ではありますから、当然のことかもしれませんね。ベルナルディーノには気の毒だが。彼も少しは、女性の心をとらえる方法を、勉強してほしいものです。

さてと、夕食も終わり、主人二人はシャワーを浴び終えて、寝床につく前に居間のソファに並んで座り、テレビのヴァラエティ・ショーを見ています。テレビの小窓の向こうでは、プルチネッラの格好をした道化が、ナポリなまりで少々卑猥な冗談を言っています。ベルナルディーノとフェリーチャは腹を抱えて笑っています。わたしと言えば、あまりそういうものには興味ないので、居間を出て、寝室の方に向かいます。寝室の窓は鍵が甘く、猫がちょっと力加減を工夫して取っ手につかまれば、簡単に開くのです。

わたしは開いた窓からするりと出て行き、店の二階から、屋根や樋を伝って、ひらりと道に降り立ちます。今宵は望月、ルーナ・ピエーナ、お美しいお月さま、あなたほどの女性は見たことがない。輝かしくも清く白い百合の色を、どうやって手に入れたのですか? 私は月の女神に言います。ふ。これくらい女性に言えなくては、男はできませんよ。男なら、女性には尽くさねばなりません。ここんとこ、よおく勉強してくださいね。わたしの態度が、あなた方の良い見本になると、よいのですが。

さて、こうしてわたしは、お月さまにちゃんとご挨拶をしてから、月に照らされて明るい道を、どんどん歩いていきます。望月の夜には、猫の大切な集会がありますから。道を歩いていると、小さな風がわたしの髭をなでて行く。聞こえない左の耳が、少し重く感じるのはこんなときです。右の耳は風の音を聞いてくれるのに、左の耳はあるのかさえわからないほど、何もしないのです。人間は、耳が聞こえないことなど、猫にはつらくないだろうと思っているでしょうが、そんなことはない。この生まれつきの苦しみが、わたしの胸を何度締め付けたことか、生きることを暗くしたことか、それはわたしと、神しか知らない。

「マウリツィオ・パスカーレ・チコリーニ」誰かが呼ぶ声を、右の耳がとらえてくれました。振り向くと、白黒はちわれの、大きな雄猫が近づいてきます。わたしは彼に答えて言います。「やあ、ニコ・メローニ。久しぶりだね」
「一月ぶりだね。前の満月のときより、少し痩せたかい?」
「そうかな。だとしたら多分、理由はベルナルディーノだね。職人気質の頑固なことと言ったら、猫をてこずらせるんだ」
「君の飼い主はまだましなほうだ。ぼくの飼い主のダリオ・メローニときたら、もう半分死んでいるよ。不幸ばっかりの人生で、妻にも子どもにも逃げられて、残ったものと言ったら僕だけさ。猫は、人間を見捨てるわけにいかないからね」
「そりゃ大変だ。君がそばにいてあげなくちゃ、ダリオはきっと死んでしまうよ。あの爺さんは、大事なことが全くわかっていなかった。食事はちゃんともらえてるかい?」
「なんとかね。ダリオは今、隣町のコンビニ・ストアでバイトをしてるんだ。年寄りでも雇ってくれたらしいよ」
「コンビニ・ストアか。最近増えたねえ」
「この町にも三つあるそうだよ。人間が交代で、終夜営業している。便利にはなったけど、その分、人間は大変になったみたいだ」
「そろそろ、節度をわきまえろって、叫びたいね。人間に」
「全く同意するね」

わたしたちは話しながら並んで歩き、広場につきました。広場と言っても、人間がいっぱい歩いているあの町の真ん中の広場ではなく、空家と空家の間にできた、小さな空き地というところです。隅には大きな百合の木があって、白い月はその上にちょこんと載るようなかたちをして、わたしたちを見下ろしています。広場にはもう、三十匹ほどの猫がいました。中央では、茶白ブチの、ジョヴァンニ・カルリが、集まってきた皆に向かい、話をしていました。

わたしは猫たちの間をめぐり、シルバータビーの美女の隣に座りました。
「こんばんは。クレリア。いつも美しいね」
「あら、ありがとう、マウリツィオ。あなたの青い目、いつも素敵ね」
「うれしいね。でもやっかいものさ。この目のおかげで、わたしは運命の神の気難しさを知ったよ」
「片方の目が青い哲学者さん、楽しいお話は後でね。ジョヴァンニのお話を聞きましょ」
「ああ、もちろん」

わたしは前を向き、茶白ブチのジョヴァンニの声に、聞こえる方の耳を傾けました。

「…新しい件については、これで、ジュリアーノがやってくれることになった。ジュリアーノはまだ若いが、なんとかしてくれるだろう。だんだんと、苦しむ人間が増えている。影で助けてあげてくれ。本当に、今は、大変なことになっているから、猫も大変だ。君たちが頼りだから、ぜひお願いする。担当する件について、疑問のある猫はいるかね?」
ジョヴァンニが言うと、猫たちの中から、一匹の雌の黒猫が声をあげました。
「はあい、あたし、マルゲリータ・ルーティ。担当しているのは、エヴァンジェリナっていう女の子なの。毎日、七百個も小さな造花を作らなくちゃならないのだけど。簡単な仕事なのに、もういやだって言って、やめたがっているのよ。でもやってもらわなくちゃ、また困る人間が増えるわ。どうしたらいいと思う?」
「そうだねえ、どうしたらいいと思う、みんな?」
ジョヴァンニが猫たちに尋ねました。すると、きれいなソマリの雌猫が声をあげました。
「はい、わたし、ダフネ・アニャーニ。それはもう、わたしたちが半分以上やるしかないと思うわ。そうしたら、エヴァンジェリナは楽になるでしょ。マルゲリータは大変だけど。猫のわたしたちなら、それくらいなんとかできるわよね」
「ええ、そうね。できるわ。ありがとう、ダフネ」
「どういたしまして。猫はみんな大変だから、助けがいるときは言ってね」

このようにして、満月の夜の猫の会議は終わりました。そして、皆それぞれ、自分の担当する人間の所に行って仕事をするようにと、ジョヴァンニ・カルリが言いました。

わたしはニコとクレリアに別れの挨拶をし、自分の担当する人間の元に急ぎました。今夜は、会議があった分、少し遅くなってしまった。きっと、わたしのフランチェスコ・トッティは、とてもつらい思いをしているだろう。早く行って、助けてあげなくては。

フランチェスコ・トッティは、小さな部品工場を一人で切りまわしている、工場長です。彼は毎日、一万個の小さなネジを作らねばなりません。一人の力で一万個のネジを作るのは、熟練のフランチェスコにも、とても辛いことでした。けれども、フランチェスコがネジを作らねば、子どもたちがみんな欲しがる、キラキラきれいで楽しいゲーム機が、作れないのです。だからどうしても今日中に、一万個のネジを作らねばなりません。わたしがフランチェスコの工場に行った時、フランチェスコはまだネジを六千個しか作れていませんでした。わたしは内心、まずいなと思いました。フランチェスコはネジを作る機械を操りながら、もう死んでしまいそうなほど、疲れきっています。これ以上、人間を働かせるのは無理です。

秘密をもう一つ、教えましょう。猫には、魔法が使えます。人間の背中から、自分の魂を人間の中に滑り込ませて、その人間の代わりに、その人間のやることをやることが、できるのです。わかりますか? 言い換えると、少しの間だけ、人間の体をわたしたちがのっとって、彼らの代わりに、彼らの仕事をするのです。その間、人間の魂は眠っています。ほら、時々、人間は何かをしながら、夢中になってやっているうちに、自分がわからなくなって、ふと気付いた時には、いつの間にか仕事がたくさんできているってこと、あるでしょう。それはね、人間が、意識を失っている間、猫が代わりにやっているからなんですよ。

こうして、わたしは今夜、フランチェスコの代わりに、フランチェスコになって機械を操り、ネジをたくさん、作りました。フランチェスコの心は、わたしの後ろで、眠っていました。疲れきって、心もしびれて、死にそうになっていましたが、少し休んでいるうちに、力も戻ってきたのか、やがてふと、彼は目を覚ましました。フランチェスコは、はっとしました。時計を見て、びっくりしています。もう少しで、朝になる。機械の方を見ると、いつの間にか、メーターのネジの数が一万個を越えていました。フランチェスコは、大喜びしました。

「やった。今日も何とか、遅れずにすんだ!」

猫に戻ったわたしは、そんなフランチェスコの様子を見つつ、少しほっとして、そこからそっと姿を消し、ベルナルディーノとフェリーチャの待つ家へと向かいました。

途中、クレリアに会いました。ルーナ・ピエーナはずいぶんと西に傾いて、そろそろお日様、ソーレの気配が、東の空にかすかに漂い始めていました。
「左目の青い白ネコさん、今日もご苦労だったわね」
「そういう君こそ、クレリア。君の担当するシルヴァーナは、今夜ハンカチに薔薇の模様を何枚刺繍したんだい?」
「二千枚というところかしら。だんだん増えてくるわ。途中で刺繍の機械の調子が悪くなって、五十枚も失敗してたの。でも、わたしがなんとか帳尻をつけて、明日の分も少しやってあげたわ」
クレリアは器量よしでやさしい雌猫です。シルヴァーナをとても愛していて、いつもおまけをつけてあげるのです。かわいいシルヴァーナは、刺繍工場で夜番を働く少女。怖い工場長にこき使われて、毎夜ハンカチに薔薇模様の刺繍をさせられているのでした。

「ハンカチに、薔薇の模様があると、うれしいね」わたしはクレリアと並んで歩きながら、言いました。するとクレリアは、少し悲しげに、言うのです。
「人間は、心が寒いのよ。だから少しでも、何か暖まるものが欲しいんだわ」

途中、わたしたちは、小さなコンビニ・ストアの前を通りました。わたしはニコの飼い主のダリオのことを思い出しながら、言いました。
「こんな風に暮らしを便利にするために、たくさんの人が、苦しんでいるんだね」
「ええ、そう。人間は、文明を、進め過ぎたのよ。暮らしが便利になるのが、悪いとは言わないけれど、それにも、程度というものがあるわ。文明が進み過ぎて、そのしわよせが、一部の弱い人の肩に、重くかかっている」
「このコンビニ・ストアに商品を運んでくるために、トラックは危険なスピードで道を走ってくる。ドライバーは死にそうなほどつらい。でもやらなくては、文明が、うまくゆかなくなる。今の文明は、人間にとっては、少し進み過ぎているんだ。だからこうして、ぼくたち猫が、人間にできないことを補っている。人間には秘密でね」
「猫がやってあげないと、人間にはやりこなせないわ、今の文明は。それにしても、なぜ、人間は、こんなに文明を進めたがるのかしら?」
クレリアは、沈んでいく月を見ながら、ため息交じりに言いました。わたし、哲学者マウリツィオ・パスカーレ・チコリーニは、彼女の美しい横顔の瞳を見詰めつつ、答えます。

「…それはね、人間が、不幸だからさ」

するとクレリアは、きれいな目を瞼の中にしまい、少しうつむいて、微笑みました。

「幸せって、もっと簡単なもので、いいのにね」クレリアはぽつりと言いました。わたしはクレリアにやさしく、言いました。
「銀河に染まってきたような、シルバータビーの星の君、わたしは君のことが、大好きだな」
するとクレリアは、目をまるまると見開いてわたしを振り向き、本当に素敵な笑顔で笑いました。
「あら、マウリツィオ、すてきな青い左目のお馬鹿さん、お世辞を言ったって、何もしてあげないわよ」
クレリアはそういうと、笑いながら、コンビニ・ストアの向こうの角に、走って行ってしまいました。

クレリアがいなくなると、わたしは西の空のルーナ・ピエーナに挨拶をしました。
「美しき白百合の君、あなたに会えて、あなたをたたえることができる幸せを、本当にありがとう」

わたし、マウリツィオ・パスカーレ・チコリーニの、大事な仕事は、こうして今日も無事に終わったのです。明日もきっと、わたしはフランチェスコのところにいき、一緒にネジを作ってくるでしょう。

わかりましたか? 人間のみなさん。何もかも、自分たちが全部やっているのだと思ったら、大間違いですよ。あなたたちはこうして、猫に、だいぶ、助けられているのです。少しは、わかりましたか? 

節度というものを、守りましょう。やりすぎにも、ほどがありますよ。ほんと、言いたいのはこの一言に限りますね。

それではみなさん、そろそろわたしの家が見えて来ました。フェリーチャは今頃、夢でわたしと遊んでいることだろうな。昼間はずっと、寝てばかりいて、夜にはこうして、密かに人間のために働いている。

猫はずいぶんと前から、こんなことを、やってますよ。



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