世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

ガラスのたまご・32

2015-03-05 06:45:28 | 瑠璃の小部屋

★国境派

「集まったのは4人か」と画家さんは、アトリエの隅に立ちながら言った。アトリエには、彼のほかに、3人の芸術家がいた。一人は書家、一人は洋画家、最後のひとりは写真家。

「なんか妙な顔ぶれだね。年齢はそう違わんけど」書家が言った。
「あれがおもしろかったよ。棟方志功論。確かに、よくみればなんか人に見られたくないような線が見える。でもそんなことあまり大声でいうなよ。棟方を批判したら、きっといろんなとこから反発がくるぞ」洋画家が言った。
「君こそ、太宰批判はよした方がいいんじゃないの。ファンが怒るかもよ」写真家が言った。
「最近は人間がおかしいんだ。だから変なもんがはやる。太宰は好かん」洋画家が言うと、画家さんはほう、と息を吐いて言った。
「ようするに、どん詰まりなのさ。世界が何かに封鎖されて、皆が動くことができない。新しいものは次々と作られているけれど、それはよくみたら、どれも過去にあったものの巧みな焼き直しだ」
「巧みか。確かに巧みだよ。こういっちゃなんだけど、悪知恵が巧みな奴ほど、うまいことをやって、他人から要素を盗んで自分の作品を作る。一見おもしろいんだが、どこか、おかしいと感じるんだ。たぶん作品が自分のものじゃないからだ」写真家が言った。
「棟方もそうさ。こういったら怒る人はいっぱいいるだろうけど、あれがゴッホになるって言ったら、きっとゴッホはいやがる。馬鹿が、ゴッホ以外にゴッホになれるやつがいるかよ」洋画家が言った。
「同意見を持ってるやつがいるとは思わなかったな」画家さんが微笑みながら言った。

「国境派か。おもしろいネーミングだね」書家が言った。
「ああ、閉塞された世界に穴をあけて、真実新しいものを生むためには、越えられない国境を越えなくちゃいけない。その自分の国境を破るために、おれたち流の芸術運動をやってみたいのさ」
「うん。君の主張は痛いほどわかる。ぼくも、今の世界には、新しいものは何もないと思っている。テレビアニメなんかも、みんな同じようなものをあれこれいじってるだけじゃないか。ちっともおもしろくない」
「アニメーターにおもしろい奴知ってるけどね。独創的っつうか、少々変わった絵を描くんだ。まだ修行中だけど。声をかけてみようか?」
「ああ、人は多いほどいい」
「君の考え方は、ラファエル前派に似てるね。ぼくたちが苦しいと感じるのは、二〇世紀芸術だ。いいのもあるが、それも、生きにくい世界で必死に生きて、妙に歪んでしまってる。一九世紀以前の象徴主義、印象派、新古典主義、あるいはルネサンス、そんな、芸術がまだ楽にこの世で生きていた頃の芸術に戻りたいという」
「ふむ。ぼくもダリは大嫌いだ。初めていうけど」
「ピカソは?」
「もっと嫌いだ」
「キュビズムが嫌いな奴は結構いるよ。アビニョンなんて、まるで人間がばらばらにされてるみたいだ」

画家冬木忍は、国境派というグループを作り、新しい芸術運動を起こそうとしていた。それで彼は知り合いの芸術家に手紙を書いて呼びかけた。その中から、彼の考えに、少なからず同意してくれたのが、この三人と言うわけだった。

「君が動くのは、結構この世界で衝撃的だと思うよ。あの詩人、なんて言ったっけ?」
「鳥音渡だ。少し前、俺が描いた彼の肖像画を、首都圏のある美術館が買ってくれた」
「そう、それ、アメリカのどっかの美術館もその絵、買ったろう。レプリカの方だけど」
「あれは見たらびっくりするよ。言っとくけど、あの絵の中の詩人、まるで人間に見えない。あれは、人間に化けた何かだ」
「鶴じゃないか?夕鶴のつうみたいな。そんな感じがする」
「おお、さすがに書家、ぴったりだ。あれは、鶴の変化だよ。男だけどね」

渡のやつ、なんかみょうなことになりそうだな、と画家さんは思った。画家さんが描いた詩人さんの絵が、最近妙に人気なのだ。それとともに、鳥音渡の詩集もけっこうよく売れている。

「で、きみ、あの噂はほんとなの?」写真家が画家さんを見て言った。
「何?」
「だから君と鳥音渡ができてたって話」
画家さんはまたかという顔をして、言った。
「だからそれは嘘だって。何度言ったらわかってくれるんだ」
「しかしこの手の噂はしつこいぞ。実際、君は彼をモデルにしてたくさん描いてるし」
「君の絵が売れるのも、そのうわさがだいぶ影響してる。画家と詩人の恋ね」
画家さんは気分が悪くなってきた。実際、胃の中のものが喉まであがってきた。

「もういい、どうとでも言ってくれ。言っとくけど、俺は女房一筋だからな」

画家さんとこの日集まった芸術家たちが、最初のグループ展をするのは、これから数年後のことになる。彼らの運動はささやかなところから発展していき、やがておもしろいことになってゆくのだが、それはまだ言えない。

とにかく、今の画家さんは気分が悪かった。とんでもない野郎と恋仲にされてしまった。だが部屋の中にいるものたちの中で、気分を悪くしているのは、画家さんだけではなかった。

(じょうだんじゃないぞ。ぼくだってまっぴらだ。)

でもその声は誰にも聞こえなかった。

(つづく)



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