春の風にかくれて
ひとびとの 青いため息が吹きだまった
小さな日陰の 池を見に行った
小さな池は 鏡のように
凍っているように見えたが
春は日陰にも ささやかに暖かさをくれるので
凍ってはいない
ただ 小さな風のささやきにさえ
耳をかそうとしないだけだ
悲しみを忘れるために
みんながため息の中に捨てて吐いていったものは
一体なんだろう
ぼくは池をのぞきこむ
でも 池の底は灰色の泥に覆われていて
そこに何があるのかはわからない
けれど 奥底の方から
ゲンゴロウに似た青い水棲昆虫が出てきて
水面から顔を出して しばらく息をしては
また池の底に戻ってゆく
青い水棲昆虫は
まるで瑠璃のさざれ石のように美しい
ねえ 悲しくはないのかい
ぼくは池の底に向かって話しかける
答えてくれるものはいない
池はガラスのように凍っているふりをして
ずっとぼくからそっぽを向いている
ぼくは池に自分の顔を映してみた
ねえ 悲しくはないのかい
すると池に映ったぼくは
それは淋しそうに笑っていうのだ
泣けたらいいんだけどね
泣けないんだよ
泣きたいのに 本当は泣きたいのに
泣けないんだよ
すると 青いゲンゴロウがふと
水面に映ったぼくの目に入ってきて
それは不思議な涙のように光りながら
ゆっくりとしたたり落ちたのだ
ああ どんな小さな
はかない池にも 小さな虫がいる
ひとりぼっちじゃないことを
だれかがぼくたちに教えようとしているかのようだ
ああ そうだよ
君はひとりぼっちじゃない
風と光を混ぜて 神様が作った
愛のおべんとうを
君が持っていることに まだ気が付かないだけなんだ
春は光に満ちてきて
悲しみを埋めてゆく
淋しくなんかない
悲しくなんかない
世界はすべて 愛でいっぱいだ