世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

ガラスのたまご・35

2015-03-08 07:33:49 | 瑠璃の小部屋

★ガラスのたまごはゼロの形

ケヤキ並木の続く石畳の舗道を歩いていくと、その古いカフェはあった。

「やあ、まだやってたんだな、このカフェ」オープンカフェの隅のテーブルにつきながら、手品師さんが言った。
「経営者は代わってるそうだけどな。前のオーナーがなくなって、甥御さんがついでるらしい」画家さんも手品師さんの前に座りながら言った。

「このコーヒー券、まだ使えるかな?」画家さんが古いコーヒー券を一枚出していった。それを見た手品師さんが笑いながら言った。
「何年前のだ、それ。まだ持ってたのか?」
「渡が生きてた頃のだから、10年は経ってるかな?」

季節は秋だった。ケヤキがうっすらと紅葉し始めていた。石畳の上に落ちる木の葉を見ていると、詩人さんの詩を思い出さずにいられなかった。

若槻の 血もしたたらむ 石畳

生きてた頃、たぶんあいつは、傷だらけだったんだろうな。画家さんはコーヒー券を見ながら、目を細めた。

古いコーヒー券は一応ウェイトレスさんに聞いてみたのだが、やはり使えなかった。その代り、サービスでクッキーをつけてくれた。画家さんはもう、このとき、地元ではかなりの有名人になっていたのだ。長身美形の外見で、若いころからかなりめだってはいたが。

コーヒーは、3つ頼んだ。昔のように。ウェイトレスさんは何も聞かずに、だまって三つのコーヒーを持ってきてくれた。手品師さんは、3つ目のコーヒーを、詩人さんの定位置だった、二人の間においた。

「みえないけど、いるんだろうな、あいつ」手品師さんが言った。
「ああ、たぶんな」画家さんが言った。ケヤキの木を、かすかな風が揺らす。

「国境派グループ展か。どんなものかと思ってたけど、おもしろかったな。かなりの人が集まってたね」
「まあね。最初は4人だったんだが、みながいろんなところに声をかけてくれて、十人集まった。まあ俺は、自由にほんとの自分がやりたいことをやれって言っただけだ。そしたら、こうなった。でもおまえがわざわざ見にきてくれるとは思わんかったよ」
「ネットの国境派サイトを見てね、どうしても見たくなった。強引に休みをとったから、あとがたいへんなんだけど。あのサイトも、国境派のアーティストの作品だろう?びっくりだね。鳥音渡の肖像と詩をトップにおいてあった」
「奴の言葉はパンチ力があるんだ。愛よ、おまえはいく。あれを読むと、胸が熱くなるんだってさ」
「ああ、それにはぼくも賛成するよ。その詩を思い出すと、やらなければいけないことをやるときに、勇気と活力が出てくる。やりたいって心が、燃えてくる」

画家さんはふっと口をゆがめて笑った。そして、風だけが座っているように見える、隣の椅子を見た。

「渡は、どう思う」と画家さんが言った。聞こえない声が聞こえる。

(すばらしかったよ。君はやっぱり、できるやつだ)

ふ、と画家さんは笑う。聞こえないけど、なんとなく詩人さんの言いそうなことがわかったからだ。

手品師さんも、詩人さんの席を見た。
「何もかも、君のやったことだろう、渡」言いながら、手品師さんは右手を振り、ハートの6を出す。そしてそのカードを、詩人さんのコーヒーの隣に置いた。

「今なら、君の言いたかったことがわかる。君のやりたかったことが。馬鹿正直でドジな奴、でも君は伝えたかった。世界に、本当の愛を。君はぼくたちに、それをやらせただろう。ぼくたちをつかって、自分の夢を叶えたろう」

画家さんはきょとんとした顔で、手品師さんを見た。画家さんには、手品師さんの言いたいことが、わからなかった。

ふふ。三人の中では、手品師さんだけが高卒だ。だけど、三人の中では最も頭が切れる。手品師さんには、わかったのだ。渡が生きてるってこと。見えない小鳥になって、自分たちを裏から動かしていたってこと。

手品師さんの舞台は、詩人さんの影響を受けて、まるで夢のような愛を演じてみせる。愛のために戦う、勇者の物語を。手品師さんの舞台から、人々は本物の愛と勇気の種を、知らぬ間に受け取ってゆく。愛が広がってゆく、知らないうちに。

国境派の作品群を見ても、鳥音渡の詩の影響を受けていない作品はなかった。

「ふ。君はすごい。本当の愛を最後まで信じてた。それで君は、世界を変えたかったんだ。君は死んだけど、生きていた。風と一緒に、いつも僕らと一緒にいた。そして、僕たちは生きて、愛を叫ぶ。世界を変える一人の勇者になる。君は、それを、ぼくたちにやらせた。すべては、君が始まりだった」

画家さんは黙っていた。画家さんを一流の画家にしてくれたのは、詩人さんの目だった。まっすぐで、きれいな目だ。見ると胸が澄んできれいになってくるような、まっすぐな瞳だった。あの絵を見た人間は、突然大きくなる。なぜかはわからない。偽物の世界から、突然本物の世界が見えて、生きている自分をがっしりとつかむことができるのだ。

「そうだ。すべては、おまえがやった。渡。死んでも、生きてる、おまえは、ずっといっしょに、いたな」画家さんが言った。

(うん)聞こえない声が言った。

(そんなつもりは、なかったけど。ただぼくは、なんでもない一羽の小鳥になって、自由に愛の声で鳴きたかっただけなんだ)

風が吹き、一枚のケヤキの葉を、テーブルの上に運んできた。その向こうに、一瞬、ふたりは見えない詩人さんの気配を感じたような気がした。

愛よ おまえはいく
国境を越え 怒りを捨て
すべてを 導く ために

静かな時が過ぎた。画家さんも手品師さんも、笑って、詩人さんを見つめた。見えなくてもいることが、わかった。
ハートの6が、風に翻り、ケヤキの葉と一緒に、風に吹かれて、飛んで行った。

(すべては、愛だっていう意味だよ。ハートの6は)

「わかってるさ。ぼくは生きてる限り、ハートの6を、世界中にばらまいていく。正真正銘、本当の自分の力で。誰にも負けはしない」

「ああ、ほんとうの、自分の力で」

画家さんと手品師さんは、愛に満ちた目で、見えない詩人さんを、見た。

すべてはまだ、これからだ。菫色の空の下で、3人は生きていく。そしてやっていく。すべてを、みちびく、ために。

愛よ おまえは いく。


(おわり)






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