ひとりゆく 蒼い杉の森を
耳の奥の ちいさなまいまいが
かすかな笛の音につまずいて
よろめいたと思うと
ぼくはいつの間にか倒れていた
地面がぼくの体温をすべて
吸い取ってしまう前に
立ち上がったが
ぼくはそのとき
めろんのように大きな真珠が
鳥のように目の前を飛んで行ったことに気付いた
何事なのだろうと
思わずそれについていくと
蒼い杉の森はだんだんと暗闇に塗りこまれて
さて困った
ぼくはどこからきたのか
どこへいけばいいのか
とにかく 大きな真珠はまるで
空から降りてきた白い月のようだ
杉の森の奥に 一本だけ
青ざめて生えている小さな銀杏の木の上で
くるくると回っている
ああ 周りを背の高い杉に囲まれて
まだ若い銀杏は日を浴びることができず
痩せ衰えて
黄葉をするにも絵具が足りずに
まるで青白く 今にも倒れそうなのだ
なぜ 蒼い杉の森などに 君は来てしまったのか
なぜ ぼくは 人間の町で 生きているのか
時々 わからなくなる
はたして僕は みなと同じ種類の生き物なのだろうか
もしかしたら僕は 人間ではなく
森の奥に芽生えるはずだったブナの木ではないのか
落ちていた古い杉の枝を削り
僕は小さなオカリナを作る
そして 青ざめた銀杏のそばに座り
カノンを真似た旋律を静かに吹いてみる
君も僕も 似ている
きっと僕も 君と同じように
誰かが 間違って違うところに落とした
小さな種だったのだ
オカリナの調べに
月のような真珠はくるくると回り
誰も知らぬ秘密のことばを ぼくらにささやいて
ふふ と笑う
昔 人間はみんな
あなたのような人ばかりでしたよ
それがいつのまにか
みんな違う種類の人間になったのです
僕は目を閉じて オカリナを吹く
なぜと 尋ねてはいけないことを僕は知っている
ただ ひととき
僕は一本の銀杏の木を慰めるために
笛を吹こう
月の光に染まった 僕の小さな時間の帯を
神様はひっそりと見ていて下さるだろう