世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

リンゴ

2015-10-07 03:46:41 | 月夜の考古学・本館
リンゴ(セイヨウリンゴ) Malus domestica

 バラ科リンゴ属。
 あれは私がまだ学生だった頃。私は、ある少女の失恋の場面に出くわしたことがあります。何げなく入った喫茶店で、軽い昼食をとっていた時、たまたま座った席の、隣の席で、一組のカップルが別れ話をしていたのです。いけないとは思いつつ、つい耳をそばだててしまいました。
 話の内容から、男性は医学部の学生のようでした。女性は、色白でふくよかな顔をした、かわいい人でした。そして、一方的に別れを突き付けているのは、彼のほうでした。タバコをふかしながら、彼は、彼女の欠点をつき、過去の失敗を例にあげて、いかに自分の言っていることが正当かと言うことを、言い立てていました。彼女はただ、うつむいて、黙って聴いていました。
 話を聞きながら、私は彼の高飛車な話し方に、げんなりしたものです。なぜ彼女は、あんな男とつきあったのでしょう。多分、それは、彼が医学部だから…。当時、医学部の学生は、ただそれだけの理由でもてていたものでした。多分彼には、ほかにもたくさん寄って来る女性がいたのでしょうね。だから、まるでガムを噛み捨てるように、いらなくなった彼女を捨てることも、できたのでしょうか。
 美形なアイドルやお金持ちがもてはやされる、この世間を見て育った私たち。誰でも一度や二度は、そういう表面的な価値に迷うことがあるのです。そこで失敗を経験してこそ、人生や愛について深く考えるようになる。長い人生から見てみれば、何と言うことはない、学びの過程です。
 彼も彼女も幼かった。目先だけの価値しか見えず、愛について何も知らなかった。若さ故の、惨憺たる恋。彼女はそこから何を学んだでしょうか。
 真実の愛を、本当にわかるためには、人は何度か奈落に落ちなければならないんです。一度は、本当に深く傷ついてみなければ、人は愛する事の本当の意味を、わかることができない…。だから、愛に傷ついたことのない人の方が、傷ついたことのある人よりも、本当はずっと不幸なのです。
もう二十年も前の話。彼も彼女も、今はいい大人です。あれから、彼らは、どんな人生を歩んだのかな…。


(2004年12月花詩集19号)





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