what's?? のなんちゃってアスリート日記

陸上競技と筋トレを中心に、日々の生活について書いています。100mで11秒5が当面の目標です。

人名の読み方?

2007-01-18 21:01:21 | 歴史・文学・思想
漢字の読み方って実に多彩ですよね。
特に人名は全然読めないものも多々あります。
先週の大河ドラマで出てきた福島越前守は「くしま」と読みます。
以前はふりがなの間違いだと思っていたんですが…どうも正しかったようです。
ちなみに賤ヶ岳の七本槍の福島正則は「ふくしま」です。普通に。
去年の大河ドラマの主人公の山内一豊は「やまのうち」ではなく、
「やまうち」であるという説が最近は有力なんだそうです。
他には北条高広は「ほうじょう」ではなく「きたじょう」だったり。
後々の為に文献には全てふりがなをふっておくべきじゃないですかね?
今更遅いんですけど。
僕自身もよく名字の読み方を間違えられて苦労しています…
いちいち訂正するのも面倒なんですよねー。
かえって印象に残って覚えてもらいやすいという利点もありますが。
また、少し話は違いますが、歌道の世界などでは「有職読み」というのがあって、
訓読みの古人の実名を敢えて音読みにする風習があるそうです。
藤原定家を「ていか」、俊成を「しゅんぜい」と読んだりするのがそれです。
やはり日本語は奥が深いですね~。
自分の国の言葉なのに、まだまだ知らないことがいっぱいありそうです。
少しずつでも身につけていきたいものですね。 
それでは。

歴史検定

2007-01-12 22:43:11 | 歴史・文学・思想

以前から何度か書いていますが、歴史って本当に面白いですよね。
実際にあったことだから、なおさら興味深いわけです。

歴史を学ぶことには二つ意義があると思います。
一つは純粋に知識欲ですね。
例えば戦国時代の武将の名前と功績を覚えて、この武将はすごく強かったんだとか、
あの武将はめちゃくちゃ頭が良かったんだとか、
会ってもいない人物についていろいろ想像するだけでも楽しいものです。
また、歴史の流れが頭の中でつながってくると、これもまた楽しいんですね。
そしてそれを仲間と共有できたりすれば最高に楽しいわけです。
もう一つは、歴史から教訓を得て、これからの生活に活かしていくことだと思っています。
立派な人物はどうやって成功したのか、またそうでない人物はなぜ失敗したのかなど、
歴史には人生のヒントがいっぱい詰まっていますよね。
もっと広い視野に立てば、どうして戦争が起こってしまうのか、
どうすればそれを回避できるのかといった問題にもなるでしょう。
もちろんこちらは永遠に答えの出ないテーマかも知れませんが、
歴史を学ぶことがその一助になることは確かです。

最近は特に後者の楽しみ方を重視するようになってきたんですが、
やはり歴史を知識としてしっかりと体系付けて覚えたいという思いもあります。
受験勉強でやった歴史はまさにそれなんですが、今では驚くほど忘れているんですね(汗)
あの頃はあんなに必死にやったのになぁ…
そんな中、ひょんなことから「歴史検定」なるものの存在を知りました。
せっかく見つけたんだから受けてみようかなという気になってきました。
別に何かの役に立つってわけではないんですけどね。
脳のトレーニングも兼ねて挑戦してみようかなと。
受験のときは歴史のテストなんていやだなぁとうんざりしていたんですが、
今になって受けてみたくなるとは…不思議なものです。
年2回、7月と12月に開催されるそうです。さてどうしようかな。
それでは。


新渡戸稲造(2)-太平洋の懸橋

2006-12-09 19:35:43 | 歴史・文学・思想

先日に引き続き、新渡戸稲造先生の話を少し紹介します。
旧五千円札の肖像画や、「武士道」を書いたことで有名ですが、
その経歴はあまり知られていないのではないでしょうか?

新渡戸先生は1862年に盛岡で誕生。
東京外国語学校を経て、出来たばかりの札幌農学校に進学しました。
このとき、同期の内村鑑三らと共にキリスト教の洗礼を受けます。
札幌農学校と言えば「少年よ大志を抱け」のクラーク博士が有名ですが、
博士は帰国した後だったので直接の関わりはなかったようです。
卒業後、東京帝国大学に入学しますが、その面接の際に
「われ太平洋の懸橋たらん」と述べたそうです。
この若さでそんなに大きな志を持っていたんですね。すげぇ。
その後はアメリカやドイツに留学して農学や経済を学び、
各地を転々としながら日本文化の海外への紹介にも尽力されたそうです。
また、東京女子大学の初代学長に就任し、遅れていた女性教育にも積極的に取り組みました。
そして特筆すべきは国際連盟の事務次長として大活躍されたことでしょう。
任期を終えて辞任する際には、「国際連盟の輝く星」と賞賛されたそうです。
しかし時代は帝国主義が進み、平和主義の新渡戸先生の言葉は皆に届かなくなっていきます。
行き過ぎる軍国主義を批判する言葉が新聞に載って以来、
軍部や右翼からは反感を買い、危険な目に遭うこともあったそうです。
その後はアメリカとの戦争を回避すべく奔走するのですが、
米国内でも軍部の手先やスパイ扱いを受け、事実上孤立無援となってしまったそうです。
ひどい話ですよね…
そして日本、さらには世界の行く末を案じながら1933年に他界されました。
その後の悲惨な世界情勢はここで書くまでもありません。

これだけの業績を残した新渡戸先生のことが今まであまり語られてこなかったのが不思議です。
知り合いをつかまえてはよく新渡戸先生について力説してしまうんですが、
その気持ちわかりますよね?
お札からも消えてしまい、ますます世に知られなくなっていくのが心配です。
皆さんもぜひ「武士道」や新渡戸先生の伝記を読んでみてください。
ずいぶんと長く書いてしまいましたが、これにて。


新渡戸稲造(1)-「武士道」

2006-12-07 23:03:43 | 歴史・文学・思想

僕の愛読書の一つに、新渡戸稲造の「武士道」があります。
この作品が書かれることになったいきさつはその序文に書いてあります。
新渡戸先生がベルギーの法学者のラヴレー氏を訪ねた際、
「日本では宗教教育なしで、どうやって道徳教育を授けるのですか」との質問を受けたそうです。
その場では答えることができず、いろいろと悩んだ結果、
「武士道」にその答えを見出してこの作品を書いたとのことです。
日本人のルーツを海外に伝えるという目的で書かれたため、原著は英語です。
僕は岩波文庫の日本語訳を読んできましたが、先日ようやく英語版を読み始めました。
”Chivary is a flower no less indigenous to the soil of Japan than its emblem, the cherry blossom.”
「武士道はその表徴たる桜花と同じく、日本の土地に固有の花である。」
この書き出しがとにかく好きですね~。
やはり日本語の方がしっくりくるのは日本人だからでしょうか。

内容は十七章から成りますが、一つ一つの章が短いのでとても読みやすいです。
騎士道やキリスト教といった海外の文化との比較を通じて、
日本独自の文化をわかりやすく伝えています。
特に外国人には理解されにくい、「義理」や「名誉」、
或いは「謙遜」といった概念の説明に内容の多くが割かれています。
なるほど、こういうところに日本人のルーツがあるんだなぁと納得させられる部分が多く、
読んでいて非常に楽しいです。
ここで内容についてあれこれ書くと長くなりそうなので…とにかく読んでみて下さい!
きっと新たな発見があると思います。

新渡戸先生といえばこの「武士道」を書いたことで有名ですが、
先生の功績はあまり世に知られていない気がします。
「太平洋の懸橋たらん」と志し、世界中を飛び回って世界平和に尽力した方なんですけどね。
というわけで、次回は新渡戸先生について書いてみようと思います(初の二本立て?)。
それでは。


可哀想なのは時平さんの方?

2006-12-04 22:59:42 | 歴史・文学・思想
先週のNHKの「その時歴史が動いた」はかなり面白かったです。
内容は平安時代初期に政権争いをした菅原道真と藤原時平についてでした。
今まで読んできた歴史の本はほとんどが道真びいきで、
時平は「悪人」として描かれていることが多かったです。
学者上がりの道真が高い地位を得たのをねたんだ時平が讒言をもって道真を失脚させ、
大宰府に左遷したと言うのが通念ですよね。
後に道真は学問の神様として太宰府天満宮に祭られる一方、
時平は極悪人のレッテルを張られてしまうわけです。

しかし先週の番組を見てずいぶんと見方が変わってきました。
それによると道真は、機能しなくなってきた律令制度を改革すべく遣唐使を廃止したり、
独自の制度を取り入れたりしようとして周りからの反感を買ってしまったようです。
それを見かねた時平が政権を奪取し、新たなリーダーとして政治改革に乗り出すのです。
その結果、時平は優れた政治手腕を発揮し、「延喜の治」として高い評価を得たそうです。
また、初の勅撰和歌集である「古今和歌集」の作成を命じたのも時平です。
大鏡にも「やまとだましいのいみじくおはしたる人」とあり、優れた政治家だったことが窺えます。

やはり日本には「判官贔屓」が根強いんですかね。
時平はある意味その被害者なのかも知れませんね。
時平が早死にしたことも、道真の祟りということになっていますが、どうなんでしょうか??
もっと長生きしていれば、後世の評価も変わっていたかもしれませんね。

以前も書いたように、こういう話は大好きです!
物事をいろいろな角度から見ることの大切さを教えてくれますよね。
またこういう話があったら書こうと思います。
それでは。

「歴史家」とは?

2006-11-24 23:59:35 | 歴史・文学・思想
最近、行き帰りの電車では本を読むようにしています。
眠くなるまでに20ページ弱くらいは読めるので、毎日続けていると結構な量が読めてしまうものです。
音楽を聴いて寝てしまうだけではもったいないので(笑)

今は岩波文庫の「史記を語る」というのを読んでいます。
史記は司馬遷が著した中国最初の正史です。
史記が書かれた時代背景や、司馬遷の「歴史家」としての立場などが詳しく書かれていて、
非常に面白いです。
これによると、歴史は事実を正確に記述するべきである一方、
善い事を褒め、悪い事を貶めるという褒貶の意を加えて書かねばならぬ、
というのが司馬遷の基本的な立場だそうです。
単に事実をずらずら書くだけなら誰でもできるわけで、
そこに公正な批評を加えていくのが歴史家の手腕だということでしょうか。
しかしこれは結構勇気のいることで、権力者の怒りに触れることもしばしば起こりうるわけです。
司馬遷自身は友人を弁護したために宮刑という悲惨な目にあった気骨の人ですから、
まさに歴史家にはぴったりだったのではないでしょうか。

こういう本を読むとますます歴史が面白くなってきますね。
単に昔起こった出来事を知識として得るだけではなく、
その中に秘められた歴史家の意図を理解し、
さらに自分なりに批評を下せるようになれば理想的なんでしょうね。
早く続きが読みたいです。
それでは。

美しい日本語

2006-08-30 23:14:14 | 歴史・文学・思想

最近、行き帰りの電車で百人一首を読み直しています。
高校時代は百首全て暗記させられたりしたのをよく覚えています。
テストに出るとなると覚えなくてはいけないというプレッシャーがあって、
なかなか読み味わうことまで出来なかった気がしますが…
今あらためて読んでみるとやはり素晴らしいの一言に尽きますね。
たった三十一文字の中にあれだけ深い内容をこめられるのは本当にすごいです。
内容もさることながら、いい歌は声に出したときの「流れ」がいいんですね。
例えば、

 滝の音は たえて久しく なりぬれど 名こそ流れて なほ聞こえけれ

この歌などは全ての句が「た」と「な」で始まっているので非常に流れが滑らかです。
内容がいいのに流れが悪いために印象もあまりよくない、という歌は数多くあります。
たった一首詠むのにも色々と考えなくちゃいけないんですね~。
しかも題を与えられたその場でパッと詠むなんて、尊敬しちゃいますね。
特に百人一首は色紙和歌としてふすまに張られるために選ばれたということもあって、
華やかで装飾的な美しさをもつ歌が多いのも特徴です。
枕詞・序詞・掛詞・縁語などがオンパレードといった感じでしょうか。
日本語の美しさというものを再認識させてくれますね。

現代社会では外来語が氾濫していますし(別に悪いと言っているわけではなく)、
パソコンの普及で自分の手で字を書く機会が極端に減っていますが、
そういう状況の中でこそ、美しい日本語を大切にしていきたいものですね。
それでは。


本名と通称

2006-07-29 23:58:17 | 歴史・文学・思想

今日は陸上記録会に出て、その結果報告…と思っていたんですが、
とんでもない勘違いをしていまして、今日の試合は100mが無かったのです!
言い訳をさせてもらうと、去年まではあったんですよー。
今年から変わったらしいのです。
そんなのいつ国会で小泉総理が決めたのだ?(元ネタがわかった人はえらい)
というわけで今日は歴史ネタで。

歴史上の人物(特に戦国武将など)は通称で呼ばれることが多いですよね。
羽柴秀吉は「筑前守」、前田利家は「又左衛門」、柳生三巌は「十兵衛」、
大石良雄(赤穂浪士のリーダー)は「内蔵助(くらのすけ)」などなど。
昔はその人を実名で呼ぶことは非常に無礼なこととされていたため、
代わりに役職などで呼ぶのが習慣だったようです。
だから家臣が「信長様」などと言ったら大変なことになっちゃうわけですね。
歴史上の人物の本名が不明なことがしばしばあるのは、こういう理由があったからなんですね。
秀吉の参謀だった竹中半兵衛や黒田官兵衛も通称で(こっちの方が断然有名ですが)、
本名は「竹中重治」と「黒田孝高」なのです。なんかピンときませんね。

さらにもうひとつ。
秀吉が「筑前守」と名乗り始めたころ、別に筑前国は秀吉の領地だったわけではありません。
この時代はもはや官職は形骸化していて、みんな勝手に名乗ってしまっていたそうです。
これは以前から疑問だったんですが…早く調べればよかったです。

というわけで当時の武士などは本名と別に通称を持っていて、
例えば武田信玄は「武田太郎源晴信」だったとか(信玄は法名)。長いですね~。
で、明治時代になるとこの慣習は廃止され、現在の様に「姓」と「名」だけになったんだそうです。

とまあほとんどはネットで調べた結果のコピペなんですが(笑)
なるほど、以前からの疑問がようやく解決しました!
それにしても便利な時代ですね。ホント。

それでは!


歴史の楽しみ方

2006-07-05 23:37:25 | 歴史・文学・思想

ようやく雨がぼちぼち降り出しましたね。
梅雨の時期はなかなか走り込みができません。
そのため、ブログのネタにも困ります(笑)

というわけで今日は歴史について。
あまり専門的なことはわかりませんが、思ったことを書いてみることにします。
歴史というのはもちろん実際に起こった事実なわけですが、
人が書いている時点で少なからずバイアスがかかりますよね。
伝記にしても、書き手がその人の味方側か敵側かで全く違うものになってしまいます。

小さいころ、源頼朝と義経の伝記を読んで混乱したのをよく覚えています。
結局は義経が悲劇的な最後を遂げるわけですが…
義経の伝記には、源平合戦で大活躍し人気も抜群だった義経はかえって頼朝に疎まれるようになり、
言われもないいいがかりをつけられてああなってしまったと書いてありました。
一方頼朝の伝記では、調子に乗った義経が驕慢な振る舞いをはじめ、
そこに後白河法皇がつけいって二人の仲を完全に裂いてしまったような感じで書いてありました。
もちろんどちらの記述も的外れなわけではないんですが、
クローズアップしている部分がだいぶ異なるということでしょうか。
僕が読んだのは子供用の伝記でしたから、ダークな部分は極力避けているんですよね。
あくまで主人公は「いい人」として描かざるを得ないわけです。教育上、ね。
ちなみに、最近放送された大河ドラマ「義経」は、お互い仲良くしたいんだけど
時代の流れがそうさせてくれなかったという描き方で、いかにも大河らしいなという印象でした。
(というかあれは平幹二郎演じる後白河法皇の存在感が強すぎたんですが…)

何が言いたいかというと…
歴史上の偉大な人物だからといってみんなが聖人君子なわけはないのです。
むしろ世に名を残した人はそれなりにダークな部分もいっぱい持っているわけで、
そこを見落としてはいけないと思うのです。
だから、この人はいい人だとか悪い人だとかいう一方的な見方はよくないのです。
善人と呼ばれてきた人は本当に善人か、悪党と呼ばれてきた人は本当に悪党なのか?
最近はこういうことを常に念頭に置きながら歴史を読むようにしています。
単にひねくれているだけだと言われるかもしれませんが(笑)、
読み手にいろいろと想像する余地を残してくれていることこそが
歴史の魅力なのではないかと感じるようになってきました。
実はそれを痛感したのが三国志の曹操という人物についてなのです。
時間ができたら曹操について少し書いてみようかな、と思っています。

長くなりましたが、これにて。


彼を知りて己を知れば…

2006-06-01 22:44:27 | 歴史・文学・思想

新しくカテゴリーを作ってみました。
中国の古典が好きなので、たまに紹介しようかと思います。
今回は、孫子の兵法書からの引用です。
孫子と言うと、武田信玄が旗に使ったという「風林火山」などが有名ですね。
これも有名な言葉です。

「彼を知りて己を知れば、百戦して殆(あや)うからず。 彼を知らずして己を知れば、一勝一負す。
彼を知らず己を知らざれば、戦う毎に必ず殆うし。」

敵情を知り、味方の事情も知っていれば、百回戦っても危険なことはなく、
敵情を知らずに味方の事情のみ知っているときは勝ったり負けたりし、
敵情を知らず、味方の事情も知らないのでは、戦うたびに危険な目に遭う、といったものです。
当たり前のことを言っているようですが、非常に深いですね。
これは戦争についての言葉ですが、あらゆることにあてはまると思います。
まず自分の置かれている状況を把握し、自分ができる最善のことを考えてから
行動に移すべきである、ということではないでしょうか。
いきあたりばったりでは物事うまくいきませんよ、とも言えそうです。
分かっているようで、なかなかできないことですよね~。

この先は僕の勝手な解釈ですが、、、
孫子は「百回戦っても危険なことはない」と言っていますが、「必ず勝つ」とは言っていません。
これこそまさに、「勝負は時の運」であることを表しているのではないかと思います。
自分の成し得る最良の決断をして、十分に勝算があったとしても、負けるときは負けますからね。
それは仕方のないことなんですが…だからこそ勝負は面白いと言えるのかも知れません。
ただ、努力もせずに「勝負は時の運だから」などと言うのは大きな間違いだと思います。
大リーグで活躍するイチロー選手が、
「試合での結果よりも、その為に行う準備(練習)が大事なんだ」とおっしゃっていました。
さすがイチロー選手だなぁと言う言葉ですよね!
努力せずにいい結果が出てしまうこともあるかも知れませんが、それには価値がないと思います。
「自分は練習しなくてもいけるんだ」という驕りまで出てきてしまったら、最悪ですよね…

長々と書いてしまいましたが、まだまだ書き足りないくらいです。
やっぱり古くから語り継がれてきた格言というのはすごいですね。重みがあります。
また気が向いたら紹介しようかと思います。
 
それでは!