読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

宮部みゆき『ペテロの葬列』を読む

2014年10月30日 | 読書

◇ 『ペテロの葬列』 著者: 宮部 みゆき 2016.12 集英社 刊

   

  宮部みゆきの連作もの「杉村三郎シリーズ」第3作。
  今多コンツェルンの総帥今多嘉親の外腹の娘菜穂子と一緒になった杉村三郎。グループ
 広報誌の副編集長として勤務しながら、今多会長の指示で困難な事件の解明に当たっている。

  今度の事件は杉村自身が7人の人質の一人となったバスジャック事件。犯人は元マルチ商法
 詐欺団の幹部の一人だったことが判明。人質解放の条件は過去に起こした罪深き所業を反省
 せず、被害者づらをしながらのうのうと過ごしている3人の中間メンバーを探し出して連れて来
 ること。驚いたことに人質の一人一人に数百万円の慰謝料を払う約束をしたこと。杉村らは半
 信半疑ながらもこの犯人を信用し始めるが、突然バスの床がこじ開けられ警察突撃班が侵入、
 犯人は自死してしまう。

  さてそれからは杉浦ら人質の7人は木暮と偽名を名乗っていた犯人の実体と詐欺団の影の指
 導者を捜し出しそうと調査を始める。
  そのうち犯人が依頼しておいた人物から人質に慰謝料が送られて来た。本当だったのだ。贈り
 先からその知人を探り出した杉本らは意外な真相に驚く。

  ストーリーの展開と人物描写が面白く、分厚い単行本は寝て読むわけにもいかず、一気読みも
 出来ず、一心不乱に読みふけって3日もかかった。
  ただ残念なのは、本筋とかかわりないものの杉浦が最愛の今多菜穂子と離別することになった
 ことだ。それは仕方ないとして、菜穂子の論理と感情的に違和感がぬぐえない。
  菜穂子は杉浦が好きな雑誌の編集の仕事を辞めて自分と結婚して、鬱屈した気持ちでいるい
 られるのが堪らない。自分も今の生活にどこか不満が残る。元の生き生きとした杉浦の戻っても
 らい自分も現状を打破するためには離婚するしかない。そんなこんなで会長秘書付きの橋本
 といい仲になって、何度も身体の関係を続けたと白状する。しかもその時は楽しかった。という
 のだが、しかしこの告白はなんとも落ち着かない。普通の女性は夫がいなければ何もできない
 自分に嫌気がさし、また自分の愛する夫に元気になってもらうために離婚を選択し、加えてその
 ついでにほかの男と寝るのも止むなしと考えるものだろうか。どうもその裏には夫が働く職場の
 女性を好きになったはずだとか、女性編集長と楽しくやっていることに嫉妬心を燃やしたとかい
 くつか理由があるらしいが、それにしてもだ。
  稀代の作家宮部みゆきのことだ、外腹とはいえ金持ちの家に生まれ、何不自由ない生活を送
 ってきた女が、自由とか自立とか自分らしく生きるとか語ったところで、所詮これまでの育ちの中
 で感じた精神的不自由の開放を求めることに過ぎないという限界を言いたかったのであれば、
 なるほど名手だと思う。
 (何度も寝た。その時は楽しかった。という気持ちは素直ではあるが、夫も楽しくやっているのだ
 からといって、状況からすればいささか自分勝手でもある。二人はまた一緒になるという予感は
 持たない方がいい)
  もっとも職を失った三郎は先々「探偵」を本職にする予感を持たせる。
  
  ちなみに本の題名『ペテロの葬列』の意味は。キリストの高弟として最後まで従っていながら
 ついに主を裏切った過去の罪を反省し、結局は罪を告白し磔刑をうけたペテロとバスジャック
 犯を重ね合わせたという。では葬列とは?杉村も?

                                                (以上この項終わり)

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池井戸潤『ロスジェネの逆襲』

2014年10月26日 | 読書

◇ 『ロスジェネの逆襲』 著者: 池井戸 潤   2012.6 ダイアモンド社

   

  「―やられたら、倍返しだ」 
  親会社の銀行に仕事を奪われた子会社証券会社の半沢部長と部下のやり取り。
  「やられたらやり返せ、倍返しだ」というセリフはTVの影響もあって当りをとった。

  エンターテイメント企業小説。今回も舞台は銀行と証券会社。子会社「東京セントラル証券」
 に飛ばされた半沢直樹が、生え抜きの森山雅弘らとともに、本社「東京中央銀行」に企業買
 収の大口案件を横取りされ、怒り心頭。親会社を相手取って見事逆襲を遂げるという痛快な
 ストーリー。
  企業買収、TOB(敵対的買収)を巡る熾烈な戦いが東京スパイラル、フォックス、電脳雑技
 団というIT新興企業との間で繰り広げられる。当然そこには半沢の友人・同僚、元上司、仇
 敵の元上司、重役など複雑な人間関係が作用し目まぐるしい展開を見せる。
    企業内の派閥争いや正義派・良識派と立身出世派の争いなど企業小説に欠かせない要素
 をふんだんに含み、人間の弱さ、醜さをない混ぜて力量のある作家である。

  *ロスジェネとは・・・ロストジェネレーションの略
  *ロストジェネレーションとは・・・バブル崩壊後の就職氷河期に辛酸をなめた世代をさす。

                                             (以上この項終わり)

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発見! カマキリの卵

2014年10月18日 | その他

◇ 産みたての卵
  雨戸を開けたら、サッシの脇に大きなカマキリの卵。
 まだ産みたてなのでうっすらと黄緑色をしている。出産間近の大きなおなかをしたカマキリ
 には何度もお目にかかっていたが、産みたて卵は初めて。感動した。
  さて、網戸をと思って引きだしたらば、卵を産んですっかり疲弊した母親カマキリが網戸
 から落ちた。この後どこかでひっそりと死んでいくのだろうか。
 ともかく庭の草むらに移してやった。
  卵はやはり邪魔なので取り除く。強力な接着力には驚いた。

   

   

                          (この項終わり)

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雫井脩介の『検察側の罪人』

2014年10月15日 | 読書

◇ 『検察側の罪人』 著者: 雫井脩介 2013.9 文芸春秋社 刊

   

  警察ものはかなり読んだが、同じ司法権力の行使者・検察官物はあまりお目にかからない。
 ミステリーものが多い雫井脩介の検察ものを読んでみた。
  題名がわかりにくい。読み終わって「こういうことか」と納得した。検察官も警察官も罪人を裁
 きの場に差し出す側であるが、立場が逆になって罪人になるという状況はあまりないだろう。

  警察署に捜査本部が立つような大きな事件だけを扱う検察官は相当のベテランである。主人
 公の最上毅は次は地検刑事部門の副部長と目されている。そんな最上の下に司法研修所の
 教官時代の教え子沖野啓一郎が配属になった。正義感に燃え、修習生時代からのあこがれ
 の検事・最上と一緒に働けるということでやる気満々である。
 
  ある日大田区で金貸しをしていた老夫婦殺害事件が起きた。捜査に立ち会った最上は沖野
 を担当検事に当てる。
  容疑者の一人にあがった松倉は、かつて最上が大学生の頃止宿していた学生寮の管理人
 の娘を殺害した有力な容疑者として追及を受けながら、証拠不十分で挙げられなかった男と
 同一人だったことが判明した。
  最上はほかにもっと有力な容疑者がいるにもかかわらず沖野を使ってやみくもに松倉を責
 め立てる。ついに松倉は警察の巧みな誘導によってすでに時効となっている殺しを自白する。
  最上は時効によって公訴が不可能となった松倉の罪を、大田区の殺人事件の犯人にでっち
 あげることによって責めを負わせようと心に決めている。取り調べに当たる沖野はどうも松倉
 の否認は本物で真犯人ではないのではないかと疑い始めるが、上司である最上の強力な指
 導で冤罪に加担するのではというジレンマに苦悩する。

  弓岡という有力な容疑者が見つかった。最上はこの真犯人から証拠を手に入れて、松倉に
 結び付けようと企む。巧みに凶器を手に入れると弓岡を箱根に誘い出し、かつて捜査の過程
 で識った拳銃ブローカーから手に入れたマカロフで弓岡を殺害、箱根の別荘地に埋める。

  何とも過激な検事で、昔学生寮で可愛がっていた少女を殺した犯人を絶対許せないからと
 言って、ここまでやるか、殺人まで犯して。と思うが何でもできる側にいるとこれも許されると思
 うようになるのか。よく分からない。無理筋のような気がするのであるが。

  件の若手検事の沖野は、これ以上執拗に松倉にこだわる最上にはついていけないと異見を
 申し立て、事案からは外されて辞職してしまう。そして新聞記者や松倉の弁護士らと真相の究
 明に奔走、ついに埋められた弓岡の死体発見によって真相が暴かれ最上は縛につくことにな
 る。

  検察庁、検察官といった組織、人間関係、警察との関係等々新鮮味はあるが、ストーリーの
 ドラスティックな展開、最上の深層心理に迫っていないもどかしさや、検事が淡々と殺人をなす
 シーンなど違和感がつきまといついていけないところがある。
    東京地検特捜部の例を引くまでもなく、検察や警察は、一度思い込むと自分たちの描いた
 絵とストーリーに執着し、それに合わせて強引に供述を取るところがある。怖い世界だ。
  悪は許さないぞ、時効になったからと言って悪をなした人間はなんとしても懲らしめるのだ
 という論理は正義のようで正義ではない。冤罪によって一人の個人の人生、家族の人生をめ
 ちゃくちゃにするという怖さをもっと書いてほしかった。 
                                                  (この項終わり)

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