◇ 『ペテロの葬列』 著者: 宮部 みゆき 2016.12 集英社 刊
宮部みゆきの連作もの「杉村三郎シリーズ」第3作。
今多コンツェルンの総帥今多嘉親の外腹の娘菜穂子と一緒になった杉村三郎。グループ
広報誌の副編集長として勤務しながら、今多会長の指示で困難な事件の解明に当たっている。
今度の事件は杉村自身が7人の人質の一人となったバスジャック事件。犯人は元マルチ商法
詐欺団の幹部の一人だったことが判明。人質解放の条件は過去に起こした罪深き所業を反省
せず、被害者づらをしながらのうのうと過ごしている3人の中間メンバーを探し出して連れて来
ること。驚いたことに人質の一人一人に数百万円の慰謝料を払う約束をしたこと。杉村らは半
信半疑ながらもこの犯人を信用し始めるが、突然バスの床がこじ開けられ警察突撃班が侵入、
犯人は自死してしまう。
さてそれからは杉浦ら人質の7人は木暮と偽名を名乗っていた犯人の実体と詐欺団の影の指
導者を捜し出しそうと調査を始める。
そのうち犯人が依頼しておいた人物から人質に慰謝料が送られて来た。本当だったのだ。贈り
先からその知人を探り出した杉本らは意外な真相に驚く。
ストーリーの展開と人物描写が面白く、分厚い単行本は寝て読むわけにもいかず、一気読みも
出来ず、一心不乱に読みふけって3日もかかった。
ただ残念なのは、本筋とかかわりないものの杉浦が最愛の今多菜穂子と離別することになった
ことだ。それは仕方ないとして、菜穂子の論理と感情的に違和感がぬぐえない。
菜穂子は杉浦が好きな雑誌の編集の仕事を辞めて自分と結婚して、鬱屈した気持ちでいるい
られるのが堪らない。自分も今の生活にどこか不満が残る。元の生き生きとした杉浦の戻っても
らい自分も現状を打破するためには離婚するしかない。そんなこんなで会長秘書付きの橋本
といい仲になって、何度も身体の関係を続けたと白状する。しかもその時は楽しかった。という
のだが、しかしこの告白はなんとも落ち着かない。普通の女性は夫がいなければ何もできない
自分に嫌気がさし、また自分の愛する夫に元気になってもらうために離婚を選択し、加えてその
ついでにほかの男と寝るのも止むなしと考えるものだろうか。どうもその裏には夫が働く職場の
女性を好きになったはずだとか、女性編集長と楽しくやっていることに嫉妬心を燃やしたとかい
くつか理由があるらしいが、それにしてもだ。
稀代の作家宮部みゆきのことだ、外腹とはいえ金持ちの家に生まれ、何不自由ない生活を送
ってきた女が、自由とか自立とか自分らしく生きるとか語ったところで、所詮これまでの育ちの中
で感じた精神的不自由の開放を求めることに過ぎないという限界を言いたかったのであれば、
なるほど名手だと思う。
(何度も寝た。その時は楽しかった。という気持ちは素直ではあるが、夫も楽しくやっているのだ
からといって、状況からすればいささか自分勝手でもある。二人はまた一緒になるという予感は
持たない方がいい)
もっとも職を失った三郎は先々「探偵」を本職にする予感を持たせる。
ちなみに本の題名『ペテロの葬列』の意味は。キリストの高弟として最後まで従っていながら
ついに主を裏切った過去の罪を反省し、結局は罪を告白し磔刑をうけたペテロとバスジャック
犯を重ね合わせたという。では葬列とは?杉村も?
(以上この項終わり)