読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

再び脚光か外務省機密文書漏洩事件

2009年08月30日 | 読書

◇ 「運命の人」(全4巻)
  
山崎豊子著 2009年5月文芸春秋社刊
  テーマは外務省機密文書漏洩事件(沖縄返還密約事件・西山事件)の背景

  「外務省は26日、沖縄返還に伴い日米両政府が交わしたとされる密約文書を
 巡る情報公開訴訟に関し、当時の交渉責任者である吉野文六・元アメリカ局長
 が証人として証言することを認める方針を固めた。吉野氏が密約文書の存在を
 認める陳述書を提出していることを踏まえ、拒否する必要が薄いと判断。12月
 に証人尋問の実現がかたまった。(2009.8.27日本経済新聞・朝刊)

  時代の大きな事件をモデルに長編小説を著わすことで有名な山崎豊子氏が、
 外務省機密文書漏洩事件をテーマに「運命の人」を書いた(初出は文芸春秋
 2005.1~2009.2)。
  事件は当時報道の自由との関連で、報道機関の取材がどこまで許されるの
 かを巡ってジャーナリズムは勿論国民的にも大いなる議論を呼んだ。ところが
 実際検察側の起訴状では、密約の存在、国家機密の判断主体、報道の自由
 といった根幹的な論点はそっちのけ、機密とされる電信文を漏洩した女性事務
 官の国家公務員としての守秘義務違反、これを入手した毎日新聞西山記者の
 漏洩教唆に焦点を絞り、しかも「ひそかに情を通じ…」という有名な文言で事件
 を通俗的な次元に引きずりおろすことによって、世間の関心をスキャンダラスな
 男女間の問題にすり替えた。
  事件は一審では記者側無罪となったものの、高裁、最高裁では有罪とされ、
 検察側の作戦がまんまと成功した事例と受け取られている事件である。
  
  経緯はどうであれ、国家公務員に求められている守秘義務に違反し、外務
 省において機密とされる電信文をコピーし新聞記者に渡した行為は責めを負
 わなければならないだろう。問題は通常の取材では重要案件の真実を把握で
 きないことが多く、多少の違法リスクを覚悟しながらもいろんな手段で果敢に取
 材を試みることは、国民の知る権利を満たす負託を受けたジャーナリズムの
 義務でありまた許された特権でもあるという主張が妥当かどうかである。
  私見では、体験的に見てもジャーナリズムに属する人種が往々にして陥る独
 善的で人を食ったような「社会正義の番人」的不遜な態度は許せないが、真実
 に肉薄する姿勢は必要で、相当程度のしつこさは必要ではないかと思う。
 従ってこの事件で女性事務官(秘書)にしつこく関係文書をねだったからと言っ
 て、それだけで非難されることはない。その間の親密の度合いが深かろうと薄
 かろうと、とやかく問題にすることはないのではないか。 
  冒頭の新聞記事にあるように、密約を証明する電信文の存在をかたくなに否
 定し、一審に置いて18回と言われる外務省アメリカ局長の偽証(2000年にアメリカ
 公文書館において密約の存在を裏付ける文書が発見され、2006年には同アメリカ
 局長は北海道新聞の取材に対し密約の存在を認めた。)がむしろ問題であろう。
  日本政府はこのようにアメリカ側で密約の存在が明らかな公文書が明らかにな
 っているのにもかかわらず、終始一貫して密約の存在を否定しており、国家権
 力の壁の厚さに慨嘆せざるを得ない。
    ただ西山記者の行動でいささか腑に落ちないのは、貴重な情報を「情報源に
 迷惑がかかってはいけない」と記事にできないまま、なぜ野党代議士に密約情
 報である電信文の写しを渡したのか。この状況では時間切れで、密約の真相が
 明らかにされないまま、ことがうやむやになってしまうことに耐えられなかったと
 いうが、情報源が容易に推測できる証拠文書を他人に委ねたことは、軽率な行
 為との誹りをまぬかれまい。

  本来沖縄返還に伴いアメリカが日本に支払うとされた土地補償費400万ドル
 は見せかけで、日本の返還補償費支払い分に潜り込ませた中から支払うことに
 する密約を交わした。これは国民・国会等に説明してきた内容と異なるわけで、
 新聞記者が真相究明に躍起になるのは尤もではないか(実は密約はまだあっ
 た。)。
  検察は司法権独立の一翼を担うとはいえ、所詮国家権力の側である。裁判所
 も然り。人事権を握るものの意向に沿う、結果は見え見えではないか。
  捻じ曲げられた起訴立件内容、検察の主張を鵜呑みにする高裁・最高裁。

  西山記者はアメリカにおける密約文書発見を受け、損害賠償請求訴訟を提訴
 したが一審では除斥期間を理由に棄却した(控訴中)。関係者多くの人生をめち
 ゃくちゃにした捻じ曲げられた公訴。偽証を続けて恥じない外務省。やらずぶっ
 たくりのアメリカ。偽りの沖縄返還内容でノーベル平和賞を受賞した佐藤栄作氏。
 
  この小説執筆にあたり、山崎豊子氏は西山記者に対し「西山さんの人格は絶
 対に守る。」と述べたというが、西山氏は講演会で「本の内容は真実か、フィクシ
 ョンか」という質問に対しては「フィクションに満ちている」と述べている(西山氏の
 講演から)。

  ともかくまだこの事件は終わっていない。

  山崎豊子氏は毎日新聞大阪本社出身であるが、これまで「白い巨塔」(医学界
 の腐敗)、「華麗なる一族」(山陽特殊鋼倒産事件)、「二つの祖国」(米国日系人
 強制収容)、「大地の子」(中国残留孤児)、「沈まぬ太陽」(日航機墜落事故)など
 大著をものしている。いずれもモデルとされる事件等に対する綿密な取材があり、
 内容に迫真性がある。しかし個人的には小説として表現力に少々難があり、文
 学作品としては必ずしも高く評価しない。

                    

   (以上この項終わり)

     

    

  
 

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水彩画でコラージュを学ぶ

2009年08月28日 | 水彩画
初めてコラージュに挑戦

  イラク中部でピカソの絵が見つかったとか。クェート侵攻時に持って
 きたものらしいが、一見見慣れているピカソの絵らしくない。真贋の程
 は定かならずということで、本物なら初期の作品?

  今回の水彩画教室はちょっと遊び心で、コラージュに挑戦。
 コラージュという絵画技法は、1919年マックス・エルンストが発案したこと
 になっているが、元来ピカソ・ブラックなどキュービズムに端を発する
 とか。布切れとか新聞、針金、ビーズなど絵の具以外のものを画面
 に貼り付けることによって特殊効果を狙う。
  
  これまでに描いた絵でちょっと出来が悪く満足できなかったもの
 を下絵にして、大胆に新聞紙、模様和紙などを張り付けた。もちろん
 その際には形や位置、色合いなどを考えて構図面でも効果的に貼り
 付ける。その上に大胆に色を掃いた。
  今回は先生ご持参の白色アクリルを用いてさらに効果を盛り上げ
 た。

  もともと写実派の吾輩としては、コラージュのような技法は積極的
 に取り入れる気はないが、絵の具以外のものを使うことによって絵
 に思ってもいない効果が生み出されるということは勉強できた。
 (コラージュ[collage]は、「意想外の組み合わせ」というフランス語)

   
    作品A
   
      
    作品B                  作品C

   (以上この項終わり)
  
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終戦記念日に佐々木譲「エトロフ発緊急電」を

2009年08月17日 | 読書

真珠湾奇襲攻撃諜報戦
  この8月15日は、64回目の終戦記念日。国民学校一年生で敗戦の詔勅を聞い
 た(ほんとに耳にしたのか自信がない)身としては、開放感と食糧難が終戦直後
 の強烈な記憶であるが、実は私が生まれて程なく、真珠湾攻撃と対米宣戦布告
 があり太平洋戦争に突入したのだ。
  経済封鎖で追い込まれなければこの無謀な戦いの泥沼迷い込むこともなかっ
 たろうにとか、関東軍の暴走を敢然と裁断していたら欧米と多少はましな対話が
 出来たろうにとか、いくつもの「たられば」があげられるが、小さな綻びやすれ違
 い、誤解や錯覚などが重なり、気がつくと取り返しようのない隔絶を招いてしまい
 臍をかむことはままある。

  佐々木譲の小説「エトロフ発緊急電」(1989年日本推理作家協会賞長篇部門)
 は、極秘裏にハワイ急襲を図る日本帝国海軍とこれを察知しようとする米国海軍
 情報部の熾烈なスパイ作戦の話である。
  米海軍情報部が日本に送り込む日系米国人に対する教育風景、日系人なる
 が故に疑われる忠誠心と自発性、日本での諜報活動協力者となる在日朝鮮人
 の日本人に対する怨恨、南京大虐殺で婚約者を陵辱殺されスパイとなった米人
 宣教師の怨嗟、米国スパイ網の動きからエトロフへの密航を察知しこれを追う憲
 兵隊軍曹の執念、択捉島において江戸時代の宿場本陣・問屋場に相当する
 「駅逓」の女取扱人(ロシア人との混血女性)の存在、その雇人(クリル人)の役割
 等々登場人物も多く人物像もなかなかよく描かれている。
  択捉(エトロフ)島の単冠(ヒトカップ)湾に集結した連合艦隊の出航までの諜報活動
 特に雪の降る11月末、密かに艦隊の集結・ハワイに向けての出航情報を米国に
 打電する緊迫した対決場面が面白い。
  
  史実としては、海軍のハワイ急襲作戦は米国の暗号解読である程度察知され
 ていた。日本大使館での予想外のトラブルで宣戦布告文書が米国に届く時間がず
 れ込み、結果として「卑怯なだまし討ち」となった。
  ルーズベルト大統領は宣戦布告前の奇襲というアンフェアな攻撃を奇禍とし、
 米国民をして「卑怯な日本をやっつける」戦闘態勢に一途に駆り立てることに成
 功した。

  この小説は日本推理作家協会賞受賞作品であるが、推理物というよりも佐々
 木譲の作品系譜からすれば、冒険小説ないしハードボイルドの色彩が濃い仕
 立てで日本冒険小説協会大賞、山本周五郎賞も受賞している。

    なおこの作品は1993年「エトロフ遥かなり」の題名でTVドラマ化された(NHK)。

         
 
  (この項終わり)

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再び「阿修羅像」に挑戦

2009年08月12日 | 水彩画

別な角度から見た阿修羅像
  
  前回描いた「阿修羅像」が不満で、何とか真の姿に迫りたいと、今
 一度気を引き締めて阿修羅像に挑戦した。

  今回は「興福寺」文化財・金井社道フォトギャラリーの一枚をお手本
 にした。前回と異なりやや左から見た像である。

  漆の赤はなかなかデリケートで、簡単には出せない。耳の下など人
 の手が触りにくいところは鮮やかな朱色が残っているが、額や鼻梁
 や眉などはほとんど残っていない。これをどう表現するか課題であ
 る。

 切れ長な夏目雅子風眼差しには多少近づいたと思うが、依然として
 真の姿には遠い。唇も然り。勉強になる。

     

     (この項終わり)

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夏野菜を描く

2009年08月10日 | 水彩画

ひまわりと夏野菜

  今年は天候が不順で、気象庁が「関東は梅雨明けだ」と得意げに
 宣言したとたんに梅雨空のような悪天候が続いた。腰砕けでなんと
 もしまらない。
  昨日なんぞは水彩画教室が終わって○▽デパートを出たとたんに
 雨。熱帯性高気圧が台風に変わったのだそうだ。今までは台風が熱
 帯性高気圧に変わってやれやれという話ばかりだったので、面喰っ
 てしまった。

  そんな訳で今年は野菜の生育が悪く、胡瓜や茄子、人参まで昨年
 の1.5倍くらいの値段という。そんな中で先生はキュウリ、ナス、トマ
 ト、トウモロコシとふんだんに野菜をちりばめ、そこに夏の花ひまわ
 りを添えて、さあ生き生きとした夏野菜を描きましょうと来た。

  主役をどれにするか。それぞれ自己主張しているから、簡単に決
 められない。私は一応「向日葵」に主役になってもらったが、茄子の
 鮮やかな紺色(ナス紺)、トマトのピコリン色、胡瓜の独特の青くさい
 緑、トウモロコシのひげなど特徴を表すのに腐心した。ハイライトも
 結構難しい。同輩のT氏などはハイライトの表現がうまい。

       

 (この項終わり。)
 

 

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