◇『ハンティング・タイム』(原題:HUNTNG TIME)
著者:ジェフリー・ディーヴァー(Jeffery Deaver)
訳者:池田 真紀子 2023.9 文芸春秋 刊
超優秀なエンジニア、アリソン・パーカーが娘のハンナとともに姿を消した。勤務先の
ハーモン・エナジー・プロダクツ社の社長マーティー・ハーモンは青くなった。同社の目
玉商品小型原発の基幹部品SITの開発者であり、今や同社の要だからである。
アリソンにはジョン・メリットという、夫がいた。3年ほど前アリソンに対する暴力行為
があって服役中であったが、2年も早く仮釈放された。そのジョンが服役中「ここを出たら
アリソンを探し、殺すつもりだ」と言いふらしていたというのである。
マーティは警官としては凄腕だったジョンの追跡を恐れ、懸賞金ハンターで知られたコル
ター・ショウにアリソン親子の護衛を依頼する。いち早く所在を突き止め匿う必要がある。
ショウは同業の友人にも手助けを頼んだ。一方アリソンを追うジョンは独りでは手が回りか
ねて、警察官時代に貸しを作った犯罪組織のボスイアンンに加勢を依頼する。
主役はコルター・ショウとして、アリソン・パーカーとハンナ、元夫のジョン・メリット
とライアンが仕立てた別動隊の殺し屋モールとデズモンド(このキャラ設定がまたいい)。
主としてこの6人が丁々発止の逃走追跡劇を演じるわけであるが、展開がスピーディーかつ
スリリング満点で、ページを繰るのももどかしい。
しかも著者の記述は克明を極める。登場人物の行動状況も、頭の中の思考も、周囲の光景
も…どこに伏線が潜んでいるか知れたもんじゃない。
逃亡するアリソンはジョンの性格、思考パタ-ンを知り尽くしているので裏を欠いたルー
トを辿る。携帯使用、カード決済も厳禁。列車、バスもジョンの手が回るので避ける。
背景事情。コルター・ショウはハーモン社から今一つの依頼を受けていた。小型原発心臓
部のデバイスの不正取引解明と取り戻しである。これは巧妙な手段でデバイスは取り戻した。
しかし影の発注先ロシア国家保安機関からターゲットにされてしまっていた。
男の子は母親を慕う。女の子はどんな悪人でも父親を慕う。母親と息子に比べ父親と娘の
結びつきの方がほんの少し強いというのがフロイトの論とか。これを打ち砕くのはむつかし
い。アリソンがジョンの酷い仕打ちをいくら説明してもハンナは折れない。
アリソンの知人住所を探り上げたジョンは古い警察バッジを見せてアリソンから連絡はな
かったと聞いた。
「そういえばかつて行きたいところがあると言っていたわ。住所は、ちょっと待っていて」
と家に戻った彼女は散弾銃でジョンの足と胸を撃った。「アリがあなたの写真を見せたこと
がないと思ったの?」だが銃弾は非致死性弾で、少なからぬダメッジは受けたもののジョン
は車に逃げ込み逃げおおせた。
アリソン親娘はひなびたモーテルを見つけ束の間の安息を得たが、うかつにもハンナが自
撮り画像をSNSに投稿したせいでジョンに背景からモーテルが特定され殺し屋が襲ってきた。
間一髪で逃げ出したアリソンらは古い友人フランク・ヴィランの元に身を寄せる。
「ジョンが君を付け狙うほんとうの理由を知っておきたい」コルターがアリソンに問う。
この後丸腰のジョンが現れて3人に驚愕の告白をする。今回の逃亡追跡劇の真相と黒幕の存
在が明らかになる。加えてさらにショッキングな事実がジョンからアリソンに明かされる。
しかも第一弾、第二弾と。
そして最大のどんでん返しはこの後に待っている。ジェフリー・ディーヴァーの面目躍如。
リンカーン・ライム・シリーズですっかりジェフリー・ディーヴァーに魅了されたが、こ
のコルター・シリーズもノンストップサスペンスの魅力満点で次作が楽しみである。
*ちなみにHunting Timeとは「時間稼ぎ」
(以上この項終わり)
◇『親不孝長屋』
著者:池波正太郎 平岩弓枝 松本清張 山本周五郎 宮部みゆき
20015.7 新潮社 刊 (新潮文庫)
世話もの時代小説に定評のある作家五人衆のアンソロジーである。
いずれも江戸時代の庶民の哀歓を描いた傑作である。とりわけ最
終に置かれた<神無月>(宮部みゆき)が一番と思う。山本周五郎
の<釣忍>もよかった。
<おっ母、すまねえ>池波正太郎
生さぬ仲の息子市太郎を可愛がって育てたおぬい。夫が死んで再
婚したが市太郎は新しい父になつかず、グレ出した。かつての職場
岡場所の朋輩お米は”殺し”を勧めるのだが…。おぬいは心の臓の発作
で死んでしまう。それがきっかけで市太郎は立ち直って親父の煙管
職仕事に精を出すようになった。
「おっ母のおっぱいを、ほかの男にはやりたくなかったんだ」市
太郎は継母の墓前で述懐するのだった。
<邪魔っけ>平岩弓枝
母が死んで祖父と二人で豆腐作りに精を出すおこう。弟と二人の
妹を食べさせるのが精一杯だった。婚期を逃し今や二十歳も半ば。
妹たちはおこんが結婚しないから自分たちが割を食って…などとむ
くれる始末。そんなおこんの前にかつて大店の若旦那で今は落魄の
身にある長太郎が現れた。おこうは「本当の苦労とその悲しさ」を
長太郎に訴える。長太郎はおこうと二人で家業を立て直そうと決心
する。
おこうが結婚し家を出ることになったら弟も妹たちも父親を助け
家業の豆腐屋仕事に精を出すようになった。
本当はおこうは邪魔っけではなかった。
<左の腕>松本清張
深川の料理屋松葉屋に二人の親子が働くようになった。おあきと
夘助という父娘は陰ひなたなく働くので店では喜んでいた。
夘助はなざか左腕肘下に白い布を巻いていた。店に出入りする癖
の悪い目明し麻吉が不審に思いしつこく絡みつく。
或る夜松葉屋に押し込み強盗が入った。松葉屋で賭場が開かれて
いて、目明しの麻吉も客の一人だった。身柄を囚われた人たちを救
いに現れた卯吉を見て賊の頭が驚く。「あっ、蜈蚣(むかで)の兄
い」。卯吉は20年ほど前は名を知られた仕事師だったのだ。
今は囚われの身になっている麻吉に卯吉は言う。「歳を取ってめ
っぽう気が弱くなっていたが、もう迷いが切れた。この男は十手を
持ってる人間だが、その十手は弱い者を餌食にしている道具だ」
”外の雨の音が強くなって、屋根を叩いた。”
この最後の一行は読者に何かを訴えているか。余韻はあるか。
<釣忍>山本周五郎
今はしがない棒手振りの定次郎は実は表通り越前屋の後妻おみち
が産んだ子だった。先妻の子長兄の佐太郎が暖簾を分けてもらい別
に店を持つと言ったとたんに乱行が始まり、ついに勘当された。
今は元芸妓のおはんと何不自由ない生活を送っている。
そこにある日気弱になったおみちが定次郎に戻って欲しいと言い
出して、佐太郎がしつこく迫ってくる。根負けしたか定次郎は勘当
取り消しの親族会議に出向くが、そこで啖呵を切る。「おふくろも、
兄貴も世間体がいいだろうが、俺は兄貴を追い出して越前屋に座り
込んだ、財産を横取りしたと世間に言われるだけだ。義理を知らね
え恥知らずだと言われる俺のことを、ただの一人でも考えてくれた
者があるか」と息巻く。ついに佐太郎とおみちは改めて定次郎を勘
当すると言い立てた。
釣忍は長屋で幸せに暮らしているおはんと定次郎の生活を象徴す
る小道具である。
<神無月>宮部みゆき
年に一回だけ盗みを働く畳職人。それは神無月に生まれた生来病
弱な身体を持った娘のためだった。
不思議と神無月に起こる事件に不審を抱き頭を巡らせている岡
っ引きがいた。
神様が全員出雲に集まって目配りが手薄になるので盗っ人の仕事
がやり易い。そんな神無月に娘は病身で生まれてきた。
娘に作ってやる”おてだま”の小豆を懐に仕事に出かける盗人。決
して多くは盗らないせいぜいが十両。手口も同じ。岡っ引きは推理
する。昨年珍しく金貸の家で向こう気の強い息子がいて刃物沙汰に
なった。これ以上歯止めがきかなくなる前に辞めさせねば、と岡っ
引きは覚悟する。
大工なら家の作りには明るい。もしかして畳職人では?
娘のために最後の大仕事を踏む畳職人の盗人と、これ以上仕事を
させまいとする岡っ引きがともに夜道を駆ける。
人情ものの極みである。
(以上この項終わり)
◇ 自然界は時を忘れず
大きな地震があったり、季節外れの高気温が続いたり、春は通り過ぎたのかと
思っていたら、小旅行から帰って見たら庭にはふきのとうが。
昨年も同じ時期でした。地面の外の気温はあまり影響がないのかも。
タラの芽は山菜の王者などともてはやされていますが、フキノトウは苦み走っ
て、香りに気品があって、コシャブラと共に一級品と軍配を上げます。
(以上この項終わり)
◇ 『勁草』
著者:黒川 博行 2017.12 徳間書店 刊
巷間オレオレ詐欺と呼ばれる特殊詐欺がテーマの作品である。今の日本では
小金を持った高齢者がターゲットにされ、いくら注意を呼び掛けても被害者は
増える一方である。
詐欺グループにはターゲットを探る名簿屋、ターゲットの財産、家族状況な
ど情報収集を受け持つ下調べ屋がいる。掛け子、出し子、受け子と分業システ
ムになっていて、指示役に従って動くので基本互いに連係はない。
本作では橋岡と矢代という名簿屋のリストに従って下調べをするチームと特
殊詐欺グループを追う大阪府警特殊詐欺捜査班の佐竹と湯川という二人の刑事
の戦いが中心である。
ちなみに詐欺グループのリーダーは高城という名簿屋上りで、「ふれあい荘」
というアパートを持っており受け子供給源である。また「大阪ふれあい運動事
業推進協議会」という得体のしれない団体の看板を掲げている。この下に青木
という掛け子兼サブリーダーがいる。
詐欺グループの橋岡は几帳面で慎重派である。矢代は気が荒くずぼら、仮釈
放の期限切れにあと1か月の身で保護司の推薦で高城のアパートに入って詐欺
屋になった。
二人のやりとりはテンポと歯切れが良くてまるで漫才を聞いているようであ
る。
一方特殊詐欺捜査班の佐竹と湯川のコンビも息が合っている。詐欺グループ
の構成はあらかた調べがついていてあとはタイミングを計っているだけ。着実
にグループを追い込んでいく。結構こわい暴力も使う。
ある日橋岡・矢代は賭博にのめり込んでやくざに多額の借りを作ってしまい、
二進も三進もいかなくなり、ついに詐欺グルプのリーダー高城に借金を頼むが
断られた矢代は高木を絞め殺す。
二人は現金と通帳、印鑑を奪う。ロレックス、パテックフィリックなどもあ
って換金した。
殺した高城の事務所を探っていると高城のなじみの女が現れる。矢代は「高
城は四国に出掛けた。行き先は分からない。向こうからの電話を待ってる」な
どと出まかせを言うが、やがて徳山というやくざ者が現れて白鞘の刃物を出し
て脅しをかける。
対象者名簿を運び出ところを奥山にとがめられた矢代はゴルフのシャフトで
殴り殺してしまう。死体は高城と同じ林の中である。
10指に余る預金口座のうち大口から金を引き出すのに苦労する。株券はあき
らめた。高城の乗っていたベンツも残債が残っていて100万弱にしかならな
かった。
高山を殺った矢代はやくざに捕まり半殺しの目に遭った。高城の数千万円の
通帳・印鑑も奪われた。危うく逃れた橋岡は一千万円の金だけを持って沖縄へ。
危うく命を取り留めた矢代は,二件の殺しは橋岡の仕事と罪をなすり付ける。
沖縄の島を逃げ回った橋岡は最後は暗闇の中崖から転落し死んだ。
(以上この項終わり)
因みに勁草とは風に強い草、意志が堅固なこと
◇『天使の護衛』(原題:The Wotchman)
著者:ロバート・クレイス(Robert Crais)
この作品の主人公ジョー・パイクは大富豪コナン・バークリーの娘ラ
ーキンの警護を依頼された。
パィクはロサンゼルス市警の警官だったが、辞めて私立探偵をしてい
る。パイクを推薦したのはバッド・フリンだが彼はパッドが新米警官だ
った時教育警官だった。今は企業調査会社をやっている。二人はLA市警
以来強い絆で結ばれている。
パイクはバッドから得難い教訓を受けた。”我々の仕事は人を殺すこと
ではない。人を生かし続けることだ”はバッドの理念。
だがパイクは最初の仕事で二人に抵抗した銃器犯罪者ともみ合ううち
にバットをナイフで狙った被疑者を射殺してしまった。パイクはバッド
の命の恩人である。
そんなことで二人に絆は一層強くなった。
警護対象の女性ラーキン・バークレイは連邦犯罪裁判で証言する予定
で、証人保護制度で保護されていたが事件関係者(南米麻薬カルテル)
に狙われたため父親とFBIによって特別に警護を許されることとなって
パイクの登場である。
パイクが警官を辞めたのは、その後パイクと相棒と被疑者の三者がもみ
合ううちに銃が暴発して相棒が死んだ事件があってパイクは警官を辞め傭
兵の一員になった経緯がある。
ラーキンが証言を決意したのは、自身が起こした衝突事故で相手の車の
運転者が資金洗浄を疑われている不動産業者で、同乗者が国際手配中の殺
人犯ミーシュだと明らかになったからである。
パイクはあらゆる戦術を駆使してラーキンと身を隠すが、すぐに殺し屋
の襲撃を受けたりするので、警察やFBI、ラーキンの父親の会社の弁護士ク
ラウン士など誰かが内通しているのではと疑いを持つ。
パイクの調べでラーキンの命を狙っているというミーシュはすでに死ん
でいることが分かった。ラーキンの父親の弁護士やFBI特別捜査官ピット
マンなどはパイクやラーキンに嘘をついていたことになる。
法定で証言の対象となる犯罪容疑者が死んでいるのになぜラーキンは未
だに襲われるのか。ミーシュと言われていた男はじつは国際手配テロリス
トチェコ人のヴァハニハだった。
結局のバークリーの会社の顧問弁護士クラインが企んだ横領が原因だっ
た。
パイクはこの事件で10人以上の殺し屋を殺害した。 シリーズものの作品
であるが、ともかくサスペンスフルで楽しめる。
(以上この項終わり)