読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

蝉谷 めぐ実の『おんなの女房』

2022年02月22日 | 読書

◇ 『おんなの女房

   著者: 蝉谷 めぐ実    2022.1 KADOKAWA 刊

  

 一昨年『化け物心中』で作家デビューし、三つの文学賞をとった新進の歴史時代小説
女流作家の書下ろし作品である。
 武家の娘からいきなり歌舞伎という異世界に飛び込み、しかも女形役者の女房となっ
た志乃という女性の奮闘ぶりを描いた異色の時代小説である。作者独特の文体が歌舞伎
役者の世界での志乃の苦労を浮かび上がらせる。
 
 何しろ夫の喜多村燕也はまだ中堅とはいえ人気の高い評判の女形。姿形はもとより、
声も仕草も女に徹する。「平生を女子にて暮らさねば、上手の女形とは言われがたし」
というお師匠さんの教えに従って、振袖を着、化粧をし、髪を結いあげ、女子の言葉を
舌にのせる。決して男の部分を見せない。
 揚句、新しい芝居に入るたびに演じる役に成り代わってしまうという念の入れ方。
 女の自分よりもっと女らしい美しい女が夫ということで、いったい私は何のためにこ
の家にいるのだろうか。私の価値は?志乃は自問する。
 志乃は町方の娘の習い事、三味線、小唄はもちろん料理もやったことがない。あきれ
た燕也がつけてくれた婆やに料理などの指導を受ける。

 父親に言われるがままに祝言も上げず嫁いできた。
 年増と言われる二十になる前に嫁入り出来たことを最高の上がり目と思い、夫に仕え
ていこうと思い定めて嫁に来た。だが夫は女子の姿だった。

 志乃は素直で頑張り屋で、順応性に富んだ女だった。しかも気骨がある。歌舞伎の世
界で女形として名を上げようと努力する夫を理解し、その志を実現してあげようと自分
なりの努力を傾ける。

 森田座の立女形だった玉村宵之丞が急死し、急遽代役に挙げられた燕也。最高位の女
形が演ることとなっている時姫の大役を演ることになった。このチャンスをものにせね
ば。
 生涯嫁をとらず女形で過ごそうと思っていたが、時姫役を与えられた好機をものにし
て一段上るために、お姫様役を演ずるからにはそれらしくやらねばと、武家の娘を娶っ
たのだった。武家の娘というものを識りたかった。

「役の肥やしにするために私を娶った?…」志乃は燕也が武家の仕草や口癖を吸い上げ
るために私と一緒になったのか、と一時愕然とするのだが「だからお志乃さん、あなた、
私の傍にいておくれな」という燕也。志乃は黙って頭を下げる。燕也の為に、私は武家
の女でいようと心に決める。 
 
    役者の女房は、亭主の芸を盛り立てていく為には亭主の気に入る妾を探してきてあて
がうほどの器量がなければいけない。という理右衛門の女房才の言葉に目が開かれる。
女形は女房持ちを隠さねばならないというのに、このところ燕也は志乃をつれて平気に
出歩いたり、一緒に絵を描いたり、軽口を言い合ったりして、志乃はそんな燕也がだん
だん好きになってきていたのに、夫の燕也が森田座の名題の役者仁左次と恋仲だという
噂を聞き心が騒ぐ。仲良しになった役者女房のお富と真相を嗅ぎまわったあげく、逢引
の場だという部屋を覗き込んだ志乃が見たのは、二人が台詞回しを確かめ合っている姿
だった。女形こそが女の理想の姿で、現の女ははしたなくって醜い。
 
 役者の男と結婚したばかりに、夫婦としての当たり前の心の通い合わせが出来ず、し
かし何とか夫の生きる世界を理解し一緒に生きていこうと覚悟したのに、するりと身を
かわされてしまい四苦八苦する姿が痛ましい。

   志乃は燕也に男としての姿と心で接してほしいが、女形としての苦心のほどが実を結
んで欲しい気持ちと葛藤がある。
  志乃という女房を得た燕也は近頃女形らしくなくなったという。だが志乃は芝居に絡
めとられていく燕也を何とか引き戻したい。そのためには子を作るしかない。夜這いを
かけるが燕也の反応といえば女形の修行に行ってしまい一向に男としての気配がない。

 父親が江戸に来て志乃に家に帰って来いという。志乃と燕也は志乃が狐憑きになって
しまったという筋書きで一芝居を打ち父親を諦めさせることができた。
 その後燕也はもう俺は志乃なしではいられなくなってしまったと心の内を明かす。

 秋になって燕也が病気になった。役者や女郎に多い病という。脳卒中のような症状で、
医者には役者を辞めると言ったらしい。あの芝居狂いの女形が。役者を辞めて煙草屋で
もやるかと志乃にいう。
「やっぱり私は志乃を好いている」と抱きしめられて、女形の女房としての志乃はどう
すればいいのか。折角女形の女房として燕也を盛り立てていこうと決心したのに、今更
男としてややこを作ろうと肩を抱くなんて。
 だが志乃は燕也が芝居に未練たらたらなのを知っていた。

 かつて想い人だった仁左次がやってきて燕也の行く末について志乃と交わすやり取り
が哀れである。「燕也にこれ以上檜舞台に立つのをやめろと言ってくれ、それが言える
のはあんたしかない。俺はあいつに死んでほしくないんだよ」
 こうして人情の機微を巧みに織り込む作者の技量は末頼もしいと思う。

 一計を案じた志乃は燕也の引退興行に潜り込み、燕也に芝居仕立てに「舞台を降りる
のか残るのか」と問答を仕掛ける。燕也は十八番の時姫のノリで「森田座稀代の立女形、
演じて差し上げましょう」と応えた。

 燕也は芝居を下りることを撤回し、しばらく女形を続けたものの、八月の暑い中ぽっ
くり死んだ。
     
 そして志乃を、ある一人の可憐な女形を無理やり舞台に立たせ死に至らしめた悪女房
という読売が出回り、それが志乃を主役にした芝居になって大入りとなった。
 女形を演じるのが好きで、ついに自分の中に男を住まわせようとしなかった夫を真か
ら愛し、芝居道を貫かせた女志乃。彼女こそ真(まこと)の女房といってよいだろう。

 (以上この項終わり)

 

 

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今野 敏の『黙示』

2022年02月17日 | 読書

◇『黙示

   著者:今野 敏  2020.6 双葉社 刊

   

 今野敏としては珍しい古代史とか伝説に焦点を当てた推理作品。とりたてて緊迫感もないし知識の開陳と
その繰り返しが多く、やや冗長の感があるのは否めない。
 そもそもアトランティスとかイスラムの暗殺団とか伝説をベースにそれを証明する遺物(秘宝)が存在するかど
うかが犯罪成立の証明にかかわってくるということ、そしてそれが
事件性を持つかどうかに問題があるし、警視
庁捜査三課(窃盗
)の刑事がこの方面に相当な知見をもって容疑者に相対していくというのもかなり不自然で
もある。

 渋谷区松濤に住む富豪の持つ「ソロモンの指輪」が盗難に遭ったという届出があり、なおかつ持ち主の舘脇
が身の危険を訴えてきたことから、所轄の渋谷署から本庁捜査第三課に応援が求められて、萩尾警部補とペ
アを組む武田秋穂が事案に取り組むことになった

 秘書、家政婦、私立探偵、美術館キュレーターなど関係者に事情を聴いているうちに、指輪のあった部屋が
荒らされるという事態が起きた。
 関係者からの事情聴取を進めながら萩尾の推理が始まる。
「誰が、なぜ嘘をつくのか。何のために嘘をつくのか、だれがどういう嘘をついているのか。それが分かれば事件
の仕組みが見えてくるだろう
」(本書274p)

 最後は盗難の現場に関係者全員が集められ、萩尾が推理を披露しながら犯人を指し示すというお決まりの安
楽椅子探偵のシーンが展開される。事件発生からわずか3・4日で解決された事件。萩尾警部補シリーズという
が、 今野敏らしくないあっさりした小説だった。

                                             (以上この項終わり) 



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朱野帰子の『駅物語』

2022年02月13日 | 読書

◇『駅物語

             著者:朱野 帰子   2015.2 講談社 刊 (講談社文庫)

 

 大企業商社内定を蹴って、大手鉄道会社に入社した若菜直を中心とした、若手駅員の悲喜
こもごもの奮闘譚。テンポの良い小気味いい会話で楽しく読み進める。 

 「お客様に、駅で幸せな奇跡を起こしたい」そんな意気込みで東京駅に配属された直の抱
いていた夢は雲散霧消するかに見えたのだが…。
     カッコイイ応答で副駅長の評価は良かったものの、先輩駅員の鍛え方は結構厳しかった。
 鉄道オタクであることを知られたくなくて必死に抑えている同期の犬飼。
 上司に盾突いてばかりいるヤンキー風先輩の藤原。
 手厳しくても何かと庇ってくれる橋口由香子。 
 あこがれの女性新幹線運転士羽野夏美。 
 営業助役の松本。エリート風吹かす副駅長の吉住。
 いろんな人に脅され、叱られ、おだてられ、けなされ、諭され、結構気が強いところがあ
りながらやさしさも備えた直。
 次第に一人前の駅員に成長していく姿がまぶしい。
 
 第一志望の総合商社内定を蹴ってなぜ鉄道会社に就職を決めたのか。鉄道マニアの弟は重
度の喘息で若くして亡くなった。
 就職試験の日弟の危篤に知らせを受け、急いで病院を目指す彼女は東京駅のコンコースで
転倒し、頭を打つ怪我をした時200万人という乗降客が行き交う中で、5人の人が立ち止まっ
て手を差し伸べてくれた。そんな奇跡のような出来事があって、自分を助けてくれた5人の
人たちを探し出し、お礼を言いたい気持ちが彼女を鉄道駅員の道に向かわせた。
 駅員になる夢を語っていた弟にまともに相手をしてやらなかった。久しぶりに先頭車両に
立ちたいという弟を否定した自分が喘息発作の原因を作ったのだというトラウマから抜け出
すためにも、駅員として鉄道駅に立つことが必要だったのだ。

 同僚たちの助けもあって、何とか5人の人たちに巡り合えた若菜直は、先頭車両に乗って運
転席の車窓から行き交う電車の光景を眺めながら、鉄道駅員としての新たな出発を誓う。
 日常単なる駅で働く従業員としてしか見ていなかった駅員たちも、いろんな目的や悩みや夢
を持って生きている生身の人間なのだということを、改めて気付かせる作品だった。
                               
                              (以上この項終わり)
 

 

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水彩画最近の習作・野球のグラヴ

2022年02月11日 | 水彩画

◇ ソフトボールのグラヴとボール

  
     clester   F4

     スポーツ用品を描こうというテーマで、いろんな運動用品が集まったが、ソフトボールと
グラヴを選んだ。
 戦中生まれのうえ野球少年でもなかったので野球のグラヴになじみがなかったので、しみじ
みと見たことはなかったが、結構沢山の紐で仕立ててあるものだ。
                             (以上この項終わり)

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キャサリン・コールターの『謀略』

2022年02月08日 | 読書

◇『謀略』(原題:POWER PLAY)

   著者:キャサリン・コールター(CATHERINE COULTER)
   訳者:林 啓恵 

  


    アメリカFBI特別捜査官ディロン・サビッチ、その妻レーシー・シャーロック(同じく
FBI特別捜査官)を主人公とするS・Sシリーズ第15弾。
     二つの事件が同時進行する組み立て。一つはアメリカ駐英大使ナタリー・ブラックの
襲撃事件。もうひとつはプレシッド・バックマンというカルト教団の異能(視線だけで
相手を意のままに操る)者が収容病院から脱走し、シャーロックを襲うなど殺人を再開
した事件。サビッチとシャーロックが、二つの事件に翻弄される。

 駐英大使ナタリーが交際中の男性の自動車事故に関し英国でメディアから「自殺させ
た」というスキャンダル報道されたことで米国に一時帰国していたところ公園で襲撃さ
れ、以降FBI特別捜査官デイビス・サリバンに警護を任せることになった。もちろんサビ
ッチとシャーロットも関与する。サビッチはデイビスの上司である。

 駐英大使ナタリーの事件とカルト集団のキーパーであり視線だけで人を操る異能を持
つプレシッド・バックマンが収容先の病院から脱走し、シャーロット夫妻に復讐の戦い
を挑むという第2の事件が交互に語られ、後者の事件の攻防が緊迫感があって面白い。 
 しかし凡そサスペンスもので、視線を交わすだけで相手を自由に操れるなどという人
物設定をするのは禁手のような気がしないでもないが・・・。実はサビッチも人が今考
えている頭の中を透視する隠れた能力を持っている。

 病院から脱走したプレシッドは一時視線による人格乗っ取り能力を失ったかに見えた
が次第にその異能を取り戻し、拳銃を入手、現金・車を手に入れ執拗にシャーロットら
を付け狙う。
  しかし結局プレシッドはシャーロットに射殺された。

 第一の事件の犯人はナタリーの婚約者ロッケンビー子爵の息子チャールズと思われて
いたが、真犯人は意外な人物であったことが判明する。
 特別プロットに目新しさがあるわけではない。シリーズの主役である二人のかかわる
二つの事件がどこかで交差するに違いないと読み進めたが結局無駄に終わった。
                           (以上この項終わり)
 

 

 

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