◇ 『訴追』(原題:the prosecution)
著者:D・W・バッファ (D・W・Buffa) 2001.7 文芸春秋社 刊
アメリカの法廷もの(リリーガル・サスペンス)が好きでよく読む。だがD・W・バッファは
初めてだった。法廷での検察側・弁護側の対決と裁判官の法廷指揮などのやり取りが楽しい。論
理的で明快で、法的妥当性を巡る彼らの応酬が魅力だからである。
シリーズ物ということであるが、本作は第2作目(第1作目は『弁護』)、第三作目は『審判』。
本作は法廷場面の魅力はもちろん、対象の審判事件そのものも魅力的である。
主人公はジョゼフ・アントネッリ。ほとんどの被告の無罪を勝ち取る辣腕の刑事弁護士として
名を馳せたが、昨年法曹の師を仰ぐ判事リフキンの裁判で無罪を勝ち取るため、証人に偽証をさ
せるという禁じ手を選択し、その結果被告無罪となったものの判事が自殺するという悲痛な代価
を払う結果となった。結婚を望んでいた秘書のアレグザンドラも去っていった。
アントネッリは、それを最後に弁護士の仕事から足を洗い法廷から遠ざかっていた。
それから1年ほどして、友人の判事ホラス・ウルナーから特別検察官としてある事件を扱ってみ
ないかと誘われる。1年ほど前次期地方検事と目されている主席地方検事補グッドウィンの妻が惨
殺された。夫が容疑者として疑われたが証拠がなく未解決事件のままとなっている。ところがこの
ほどロスで殺人の罪で捕まった男が「グッドウィンに妻殺しを頼まれた」と証言し、俄然真相究明
が急務となった。
立場を変えて被告の有罪を勝ち取る検事になる話に戸惑ったものの、殺人を依頼されたという男
クエンティンから事情聴取をした結果、グッドウィン有罪の可能性が高いと確信、裁判を引き受け
ることにする。なにしろクエンティンからは妻を亡くしたグッドウィンが半年後に結婚した相手地
検の美人検事補クリスティンから、殺しのターゲットの写真と宿泊先の地図を受け取ったという付
録までついていたのだから。
大陪審で起訴妥当を勝ち取った。いよいよ公判開始。何しろ殺人依頼の書類は「破いて捨てた」
というので、物的証拠がない。また最重要証人のクリスティンは証言を二転三転する。アントネ
ッリは巧みな弁論術で被告の殺人を陪審員に確信させることに成功する。一抹の不安を抱きながら。
(何が不安の因かは本文をご一読ください)。
不安を残しながらも有罪を勝ち取ったアントネッリに新たな事態が持ち上がる。友人の判事ホリ
スの妻アルマが、自身が所属するバレエ協会の理事長グレイを射殺した容疑で逮捕されたという。
アルマの指紋だけが付いた拳銃が現場に残されていたという。アントネッリは弁護を買って出る。
アルマはグレイと不倫関係にあったという。アルマは否定するが周辺の関係者間では衆知のこ
とで、夫のホリスもそれを否定しない。アントネッリは頭を抱える。
しかし事はそんな簡単ではなかった。夫のホリスの証人尋問で「君の犯行ではないのか」と追
求したアントネッリは、激高するホリスの演技で、まんまと策略に引っかかる。(実はホリスに
は厳然としたアリバイがあったことが後で分かった)
検察側はホリスが自白したとばかりに控訴棄却を申し立て、アルマは自由の身になった。
アントネッリの弁護士としての仕事はアルマの釈放で終わった。しかしホリス・アルマ夫婦との
友情は戻らなかった。二人は住まいを売り払いニューヨークへ去った。
二つの事件の背景には、資産か家柄(金と権力)がある上流階級グループが、事に臨み互いに庇
い合い、嘘をついたり、本当のことを言わなかったりするという、隠然とした階級差別社会の存在
が横たわっている。
(以上この項終わり)