◇ 『一路』<下>
著者: 浅田 次郎 2015.5 中央公論新社 刊
<承前>
吹雪の中難路の「和田峠」を越した蒔坂左京大夫の参勤交代の一行。到着日
は一日でも遅れてはならない厳しい御法度のため急ぎに急ぐ。
お家乗っ取りを企む殿様後見役の蒔坂将監は侍医の辻井良軒を抱き込み眠り
薬に砒素を仕込む暗殺を命じたが良軒に拒まれて企みは頓挫した。
碓氷峠は江戸に下る際はさしたる苦労はない。一行は途中で加賀藩百六万石
の大大名の妹君乙姫様が江戸を目指す300人を超す行列に遭遇するが「参勤
道中」を盾にして風の如く駆け抜ける。其騒ぎの一瞬の間に一路を垣間見た乙
姫君は恋に落ちる。
遠足(とおあし)で知られる安中宿を駆け足で抜け次の宿松井田宿を目指す。
ところが無理が続いた御殿左京大夫様は安中宿にて発熱、このままでは江戸
到着日が遅れる。老中にその旨遅延届けせねばきっと咎めがある。
江戸城「帝鑑間」詰の朋友たる安中藩主板倉主計頭は、家伝の「三者一体」走
法にて江戸までの32里を3刻半(7時間)で駆け、老中に「一両日遅延」という届を
出してやろうと提案してくれた。
一方、供頭一路は「一路と星空を見たい」という乙姫の願いを容れてともに天空
の星を見て宇宙の摂理を語る。一路は言った「おなごはわがままを言うてこそかわ
ゆきもの、そのわがままを聞くのが男の幸せにござります」。
殿の熱は下仁田のネギで治った。「殿ご本復」行列は出発する。
一難去ってまた一難。先行していた空澄和尚が次の宿場深谷で差し合いが発生し
たという。今でいうダブルブッキングであるが、合い宿になれば格下が譲るのが習わし
である。相手は小諸の一万5千石の城持ち牧野様。合い宿を避けて次の熊谷宿まで
足を延ばすのは病み上がりの殿には荷が重い。頼みは「帝鑑間」に入る左京大夫と
「雁間」にいる牧野様の格争いである。双方の供頭は互いに譲らない。一触即発の
空気みなぎる中、左京太夫の賢い問答の末脇本陣に泊まることで決着を見た。
牧野様の支援で遅延届は無事に老中に届いた。これで道中失態から殿様隠居
を企んだ将監の企みは潰えた。次は大川の渡しで亡き者にしようと企んだが、逆に
かつて将監のために無実の罪で陣屋を追放された郡奉行の息子浅次郎に首を刎
ねられた。
無事に参勤交代を成し遂げた蒔坂左京大夫は江戸城で上様から直々にお言葉
を戴いた。「1万石を加増し、大名に列す」上様は庭番を使って田名部のお家騒動
を探っていた。「謀反人は家中で成敗された」との報告を受けたのである。
しかし左京大夫は断った。その器ではない、田名部に一所懸命を尽くすと。
一方一路は老中松平豊前守からねぎらいの言葉を掛けられた。驚いたことに参勤
交代の制を3年に1回に改めるという。
この小説で描きたかったのは一所懸命である。と作者は言う。加賀の乙姫君と一
路の七夕張りのロマンスが一幅の色どり絵。
なお私見ながら察するに作者は徳川慶喜公よ りも第14代将軍家茂公がひいき
と見える。
(以上この項終わり)