◇ 『黄昏に眠る秋』 著者: ヨハン テオリン (JOHAN THEORIN)
訳者: 三角 和代
2011.4 早川書房刊(ハヤカワミステリーブック)
ヒースクリフが嵐に立ち騒ぐ英国の原野。スェーデンの霧の海に面した原野。風に立ちそよぐ
ジェニパーの茂み。外国の本を読むとその地域固有の自然の風物が物語の舞台を引きたてる。
実際見たことのない灌木や草花が目の前に浮かぶ。
バルチック海に浮かぶエーランド島。スウェーデン本土から目と鼻の先だが、夏の別荘地にも
なっている景勝の島。主人公のシングルマザーのユリアはここで5歳の一人息子を失った。誘拐
されたのか、殺されたのか。懸命の捜索にもかかわらず杳として行方が分からない。
それから20数年。ユリアは、あの日男に会いに街に出かけた自分と、仕事に出て長く留守にし
た父親と、うたたねし続け孫の行方に気を使わなかった母親を非難し続けた。そして半ば精神を
病む。
ある日疎遠になっていた父親から「何者かからイェンス(失踪した少年)のサンダルが送られて
きた」との便りが届き、これまで避けてきた生まれ故郷に向かう。
かつて300を超す家族が住んでいた故郷は、いまや廃屋も多く、ほんの数人の老人がひっそり
と生きているだけ。
老人ホームに入っている父親は、娘に非難されるまでもなく、自分が仕事にかまけて時間まで
に家に帰らなかったために孫が誰かに拐かされたことに強く負い目を感じていて、友人と些細な
手掛かりを見つけ自分たちの手で真相を調べている。
大地主の母親に溺愛された粗暴な男の子ニルス、どこかからか資金を得て大海運会社にまで
育てたマルティン、巧みに土地を買い増し住宅・観光地開発に乗り出したレストラン経営者グンナ
ル、警官だった父親をニルスに殺された警官のレナルト。
登場人物はそれぞれうさんくさく、誘拐や殺害の主役に見えてくるが…。
リュウマチを患い、不自由な身体で調べ回る年老いた父親の執念が関係者を追いつめ、意外な
展開に。娘のユリアも父親と駆けまわるうちに、次第に父親との確執も溶け出していく。
そして読者にとっても思わぬ事実が明らかになる。
北欧のスェエーデンの作品に接する機会はあまりないが、エーランド島という島の風物歴史景観
などを通じて、バルト海沿岸の様子を垣間見た気分になれた。
スェーデン推理作家アカデミー賞最優秀新人賞、英国推理作家協会最優勝新人賞受賞。
エーランド島シリーズは春夏秋冬の四部作となる予定で、既に第2、第3作が発表されている。
(以上この項終わり)