◇『繭』 著者: 青山 七恵 2015.8 新潮社 刊
著者青山七恵は2005年『窓の灯』で文芸賞を受賞しデビューし、2007年『ひとり日和』
で芥川賞を受賞した。本書は文芸雑誌「新潮」に2014.3~5、7~12、2015.2~4月号
まで掲載された作品の単行本化。
特徴ある表現でいかにも純文学作品といった雰囲気の作品で、独特の心理描写で登場人
物のキャラクターが表現が生きている。
主人公はミスミ舞と孝という30代の夫婦。それに同じマンションに住む希子という同年代の
OL。更にその同居人道郎という得体の知れないフリーランサー。舞は美容師である。孝とは
同じ美容院で知り合い結婚した。希子は旅行社に勤め、かつて妻帯者と不倫関係があった。
愛し合って結婚した舞と孝であるが、やたら優しいが、饒舌で、ずうずうしくて、軽薄な孝
を苛立たしく舞は叩き、蹴り、引っ掻く。女性のDVである。孝は抵抗しない。そしてまた仲直り
をしてしまう。舞は、舞に暴力をふるわせて手出しをしないところで舞を支配している孝が許
せない。そんな舞はどうして普通に愛せないのか悩む。「パートナーは対等であるべきだ」
という強迫観念にとらわれている。「普通の関係って何?どんな二人組だっていびつで不公
平で・・・ぎりぎりやっていけそうな線の上で手をつないでいるだけじゃないの」(本書p296)
ただ優しいだけではやっていけないよ。相手は不安になるのだ。♪ただ貴方の優しさが 怖
かった~♪ これまで神田川の一節の意味が良く分からなかったが、このようなケースを知る
と何となく理解できそうな気がしてくる。舞は一種の躁鬱病なのかと思う。
そんな舞の前に希子が現れる。二人は共にスイミングプールに通う仲にまで親しくなるが、
実は希子は5年前から孝と知り合った仲で一度だけ身体の関係を持ったことがある。なぜ
偶然を装って希子と舞を近づかせたのか。孝の意図は・・・。果たして3人の関係はどうなる
のだ、とありきたりの男女の三角関係を想像するのだが、この小説では素直には行かない。
一方希子は、舞と孝の関係を危ぶみながらも、勤務先のビルの屋上で知り合ったいわくあ
りげな男・道郎との不安定な関係に心が翻弄されている。どこかで二人だけの人生を歩み
たい。希子の幻想である。
初めは舞の心の動きに共感を覚えたりしてそれなりの存在感があったが、後半その動きが
希薄になってきて、むしろ恋人幻想にとらわれている希子の方が、独身アラサ―の悲哀感な
どが迫ってきて圧倒的に存在感が高まって来る。交番の掲示板にある指名手配犯の似顔絵
に道郎が似ていることに気が付いてから、にわかに疑心暗鬼になって…。
終章部分がやや唐突でかつ舞と希子の二人の関係がこの先どうなるのか解りにくい(読者
に考えさせる手法?)。作者は、独立した二人の存在が、やっと溶け合ってわかりあえたと言
いたいのか。
(以上この項終わり)
◇ 『ベトナムの桜』 著者:平岩 弓枝 2015.7 毎日新聞出版社 刊
毎日新聞連載小説を単行本にしたもの。(2014.1~2014.12まで、毎日新聞日曜くらぶに連載)
徳川幕府の第三代将軍家光は寛永10年(1633)鎖国令を発した。奉書船以外の渡航と5年以上海外に在った
日本人の帰国を禁じた。その後中国とオランダ以外の国との通商も禁じた。また慶長17年(1612)の伴天連追
放令という背景もあった。
こうした鎖国令と禁教令という歴史を踏まえて、時代に翻弄された二人の青年、高取大介と次介兄弟の生涯を描
いたのが本書である。
「感動の歴史ロマン」と本書の帯にあるが、正直いってそれほどの感動はない。危険な航海、切支丹・伴天連
の迫害の苛烈さ、広南国(ヴェトナム)での日本人の生活などの描写にあまり現実感がない。盛り上がりに欠け
る。また、新聞連載小説の特徴かもしれないが、幾度も時代背景、状況説明が繰り返され、くどい。能島村上水
軍の娘・淳姫(大三島水軍の頭領)がキリスト信者として登場するが、歴史ロマン小説とはいうもののいささか
とって付けの感が否めない。
「声を出さずに大笑いした。」(本書204p)には唖然とした。とにかく大平岩先生にしては・・・という感じである。
*「奉書船」=御朱印船は徳川家康が交付した朱印状を持った幕府認許の交易船であるが、寛永8年(1931)
から老中が奉書に連書した免状も必要とすることになった。鎖国令公布の準備である。
(以上この項終わり)
◇ 有馬温泉の「鼓の滝」
9月に訪れた有馬温泉の鼓の滝。スケッチにサッと色を付けておしまいにしようと思ったが、
先日の教室は、写真を題材に描いてみようというテーマだったので「鼓の滝」を選んで描いて
みた。
まだ印象はかなり鮮明に残っているはずであるが、写真を手掛かりにあの時の感じを出そ
うとするものの、岩肌や水流に苦労した。
なんといっても滝の流れは表現しにくい。滝は豪快なのに、滝壺からの流れは意外と穏や
かで、水底の小石なども見えるのだが、そこまでは描ききれない。描ききれなくても水の澄明
さは出したい。しかしなかなか思いは届かない。
岩に張り出す常緑樹の枝葉。マスキング液を使ったが、案の定用紙の肌が荒れて、絵具を
置いた時の感じがよくない。
紅葉の時期には沢山の人が訪れると聞いた。これからが最盛期かもしれない。また印象が
一味違っているかもしれない。もっと近くならいいのだが。
Artenon F8
(以上この項終わり)
◇ 天豆(そらまめ)をほじくるカラス
狭い畑で季節の作物を細々と作っている零細耕作者としては、折角芽を出した
作物を襲撃してくるカラスは憎っくき害鳥である。トウモロコシ、スイカ、トマ
ト、落花生など、どれだけ被害にあったことか。収穫直前の作物はもちろん、ま
め系だと芽を出したところをほじくって食べられてしまう。
天豆は外皮が固いのでなかなか芽を出さない。この芽はほぼ2週間目でやっと出た。だから
このような被害に遭うと頭にくる。彼らはほじって食べられないとわかると放っておく。
まだ芽を出していない種もあるので、白い紐を張ってカラス除けの対策を講じた。
(以上この項終わり)
◇『血の弔旗』 著者:藤田宜永 2015.7 講談社 刊
藤田宜永といえば男と女を描く作家という先入観があったが、『血の弔旗』を読んで
認識を改めた。それは最初に『求愛』や『愛の領分』を読んだからで、元々冒険小説や
犯罪ものを書いていたのだから、『血の弔旗』のような犯罪ものはお得意の分野なのだ。
この作品は小説現代に2012年11月号から2014年1月号まで1年以上に渡り連載された
作品を単行本にしたもの。580pに及ぶ長編である。
主人公根津賢治は貸金業者の大物原島勇平のお抱え運転手である。某日11億円の資金
が動くことを知り強奪を企む。絶対に疑われない作戦にはアリバイ証言者も含め3人の共
犯者が要る。長野の田舎町に疎開していたころの同級生岩武、宮森、川久保の3人を仲間
に話を持ち掛け引き込む。
当日夜。3匹の番犬を毒殺する。11億円を運び出したそのとき原島の長男浩一郎の愛
人迫水祐美子が来合わせ、射殺してしまう。いわくのある金だったのか原島は警察には
半端な560万円が盗られたと話した。根津らは11億円を宮森の実家の倉庫に埋め、4年間
は手を付けないことを誓い合う。昭和41年(1966年)8月のことである。
原島も警察も、最も疑わしい容疑者は根津であると思っているが、証拠もなくアリバイ
も崩せない。それでも警視庁捜査1課の石橋はしつこく根津に付きまとい交友関係などを
洗い始める。
原島の運転手を辞めた根津は、かねてやりたかった飲食業に仕事を得て、店長になり数
店の管理を任される立場にまで出世する。共犯者であった岩武や宮森もそれぞれ4年後を
頭にひっそりと暮らしている。そんな中、原島や原島の仲間の佐伯などは、執拗に金の在
り処を聞き出そうとし、山分けを持ちかける。しかしアリバイに自信を持つ根津は適当
にはぐらかして来たのだが、小学校恩師栄村の出征時の日章旗が現れる。そこには根津、
宮武らの寄せ書きがあった。もし原島や警察が知ることとなったら4人の関係が明らかに
なり、アリバイも崩れてしまう。
実はあまりにも出来すぎであるが、根津は飲食店展開を助けた隅村の親戚の娘として現
れた玉置境子と知り合い結婚したのだが、実は境子は小学校恩師栄村の妹であった。
殺人事件の犯人ということになれば賢一郎という息子までできた幸せな家庭は、一挙に地
獄絵図になってしまう。何とか日章旗を闇に葬ろうとするのだが…。
殺人事件の時効成立まであと6日。最後はなんとも衝撃的な展開で根津たちは捕まる。
無期懲役の刑で新潟刑務所に服役し2001年に出所した。出所した根津は、三崎港で偶然
境子に会う。息子の賢一郎の姿を遠くから目にしながら、自らの運命を恬淡と受け止め、
独り従容と去っていく。
意外と歯切れの良い文章で一気に読める。昭和時代の世相を映した面白い犯罪小説で
ある。
(以上この項終わり)