読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

伊豆「天城山隧道」を天城峠バス停から歩く

2023年01月24日 | 山歩き

◇ 「天城山隧道(旧天城トンネル)から河津七滝を歩く

     
      天城山隧道南口             河津七滝の一つ「釜滝」        

  令和5年を迎えて、ここ「天城山隧道」を歩く宿願が叶ってついに夫婦共歩きで実
 現した。
  前日まで雨が続いて天候が気になってはいたが、旅行では9割が晴れという実績が
 ものを言い、当日(1月20日)は風はあったが雲ひとつない日本晴れ。
  天城峠には西の修善寺からと東の河津からの二通りがある。我々は河津駅で降りて
 途中の七滝に宿をとった。
  このコースでは河津駅から東海バスの修善寺行(C50)に乗って天城峠バス停で降
 りる。WEBページでは主として水生地下バス停で降り、下田街道(踊り子歩道)を
 歩いて天城山隧道(トンネル)に至るコースが紹介されている。1.8キロ凡そ40分ほ
 どかかるらしい。  
  新天城トンネル(国道414号)を出たところにある天城峠バス停脇からのコースは
 急坂で難度が高いからか歩いた人の報告が見当たらなかった。これまで幕府5街道を
 初め諸街道をいくつかこなしている実績を頼りに挑戦することにしたのであるが、な
 るほどきつかった。結果凡そ20分で登り切ったが、ほとんど直登で平均斜度は30
 度くらい、場所によっては45度近い箇所もあって一気にはいかなかった。かつては
 しっかりとした登山道だっただろうに、今はほとんど通らないため苔むして、落石が
 浮石になっていたりして危うい。我々は既に後期高齢者に突入したが、もっと若い方
 にはここに挑戦してもらいたい。きつい道ではあるが天城峠越えらしさが味わえるコ
 ースだと思う。

 <河津駅>
  伊豆急河津駅から東海バスの修善寺行(C50)に乗る(電子カードも使える)。
   
  伊豆急河津駅              天城隧道・七滝案内図

   
 乗車券発売所                バスは1時間に1本しかない

   
 宿の目の前に河津七滝のバス停がある    有名なループ橋(高低差45m総長1100m)に向かう

    
 災害で決壊した道路改修時にループ橋が誕生した

    

  天城峠の手前鍋失バス停(標高510m)では気温3度と表示されていた。下界ではほぼ
  9度ということだ。 国道414号の「天城トンネル」を抜ける。

    
  修善寺行のバス停から道路を渡り反対側のバス停  落石防止ネット手前に案内板が

    
  最初は目を疑うが…             一応立派な登山道だったらしい。

    
  歩きにくいガレ場の先には…        雨が降れば橋を渡らねば

    
  古色蒼然というか何というか        転落防止の柵は用意されている

     
 重要文化財指定のいわれが記されている   総長448m 幅員3.8m 標高708.7m
 我が国初の石積み道路トンネル。

     
 天城山トンネル南口にはトイレがあります。ただし冬季(3月中旬迄)は閉鎖されています。

       
  振り返ってみました。           雨漏りがするようです。
 
    
  445mほぼ8分かかりました。        南口が近い。

    
  前方右側に天城山隧道南口園地があります。  これが南口。はるか彼方に北口の光が。

    
  天城山隧道南口園地            旧下田街道(踊り子歩道)をつづら折り
                       に進む。

     
 土砂崩れが起きそうな斜面         1.3キロ  寒天橋に出る。

    
  重要なポイントですがバスは殆ど来ません。 次は「二階滝」まで歩きます。

    
  案内板は実に念がいっている。       二段になっているので二階滝
  しばらく行くと国道に出て「二階滝駐車場」入口にある「二階滝バス停」でバスを待つ。
  「水垂バス停」までバスに乗ります。歩くと5キロくらいあって多分疲れます。
    
   二階滝バス停               二階滝駐車場 トイレがあります。

    
   水垂バス停です。料金は280円       すぐ後ろに国道の下をを潜って「釜滝」
                        へ向かう道があります。

    
   ようやく飲み物の自販機がありました。  「釜滝」へ行く前に「猿田淵」に寄りました。

    
  「だるだるだんだん橋」歩道がしっかり用     エメラルドグリーンが見事です。
   意されています。

     
                       釜滝へ続く階段

    
   何十段も続く階段                  落差22mの「釜滝」   
  
          
   「釜滝」                 「柱状節理」は噴火活動の証

    
  「エビ滝」                 「蛇滝」

     
    「カニ滝」              「初景滝」川端康成の『伊豆の踊子』の彫像 

                                                        
     「出会滝」
  
                     
    落差30mの「大滝」は大滝歩道がある    河津町の「桜まつり」は2月1日からですが、
    「大滝温泉 天城荘」が先月火災があ    気の早い桜はもうちらちら咲いています。
     って河津町は通行禁止にしました。

    河津七滝巡りはほぼ1時間とされています。下りはともかく、登りはもっとかかるでしょう。
   釜滝では階段が多く下りでも普段使わない筋肉を酷使するので、脚は悲鳴を上げるでしょう。
   最後にここの名物という「ワサビ丼」を食べました。特別の調理もしない、あっさりしたどん
   ぶり飯でしたが新鮮な本わさびが効いて食べてみる価値はあります。
                                 (以上この項終わり)

  
  

   

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栃木県・太平山に登る

2018年11月17日 | 山歩き
  1. 桜の名所・太平山
   日本桜の名所百選の一つとされる太平山。だいぶ昔、桜のころに訪れた記憶があるが、
山登りというよりも桜と関東平野を眺めて帰っただけ。今回は前回使った登山靴が昨年の
吾妻小富士を歩いただけということで、いわば定期点検の軽い登山。
 標高が341m・標準行程時間4時間ということで軽い気持ちで登ったところ、意外と急登
の悪路があってけっこう難儀した。
 当日は時折日が差し、暑くも寒くもない日和だった。
 東武線を乗り継いで東武日光線「新大平下駅」に到着。
 西口に出て線路沿いに歩き始める。
 
東武日光線・新大平駅
駅前のイチョウは紅葉し始めた
10分ほど歩いて左手の踏切をわたる
踏切を渡ったらすぐ鳥居の手前右手の小道に入る。
広い道路の横断歩道を渡って右手の道に入る。
踏切の線路左手はJR大平下駅方向
客人神社。左の道を進む。
右手に長い石段が現れる。
108段の石段を上る。
所どころ落ち葉に埋もれた石段
ようやく見晴らしの良い地点に。
少し平旦な道になった。
上杉謙信が関東平野の広大さに驚いたという
謙信平の見晴台。まだ紅葉には早い。
名物の三色団子、厚焼き玉子、焼き鳥の店
階段を登りきると大平神社
直登する階段もある。
晃石山に向けての路・急登
太平山の奥宮へ
ここからまた急坂を登る。
ガレ場
最後の急登
富士浅間神社
社の裏に太平山最高地点(341m)
太平山城・太平山の尾根道は天然の要害だった(皆川氏支城)
晃石山(491m)への下り道
露出した根っこと鋭角に割れた小石に往生する
晃石山と大中寺道の分岐点・ぐみの木峠
風倒木も多い。
水道水の源頭。
大中寺参道
 
大中寺から農道を経て新大平駅に向けて1時間ほど歩きます。
歩行者用の路があったはずですが探し出せず、農道を歩きま
した。
以前は山登りでも標準所要時間より少し早く到着していまし
たが、今回は所定時間どおりでした。老いを感じます。
                 (以上この項終わり)
 
 
 
 
 
 
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磐梯吾妻スカイラインの紅葉と秘湯の旅

2017年10月12日 | 山歩き

◇ 福島と山形の秘湯と吾妻小富士
  久しぶりに舎弟夫婦と2泊3日の温泉旅。秘湯とちょっとした山歩きというの当方の
 リクエストに応えてくれたのが福島県(福島市)の秘湯・新野地(しんのぢ)温泉、
 山形県(米沢市)の秘湯・滑川(なめがわ)温泉と姥湯(うばゆ)温泉。2日目には
 浄土平の湿原と吾妻小富士散策というオプションがある豪華版である。

  10月初旬ではまだ外界では紅葉は始まっていない。郡山駅でピックアップしても
 らって岳温泉、土湯温泉などの標識を横目でにらみながら進むと次第に紅葉の雰囲気
 が出てきて、秘湯を守る会の宿、新野地温泉・相模屋に到着した。ここはすぐ手前に
 野地温泉ホテルという少し現代的な宿があるが、ここは人気があるが秘湯の会員では
 ない。

              

   

  内湯もよいがやはり露天風呂が良い。ススキを分けて進む木道の先に湯けむりを
 上げる湯舟がある。白濁の硫黄泉でもちろん加水もない源泉かけ流しである。
  食事は部屋食で、イワナの塩焼きや鯉のアライなど山の宿らしい献立がうれしい。


  翌日は磐梯吾妻スカイラインに入る。標高が上がるに従ってどんどん紅葉の鮮度が
 高まり、浄土平入口・兎平辺りでは感嘆の声を上げ通しであった。

              

  太陽が顔を出したのでまずは吾妻小富士を登る。距離は短いが登山道階段の丸太が不揃い
 だったりして足場はあまりよくない。今日の頂上は風が強く噴火口に吹き飛ばされそうにな
 る。一周40分位の楽勝コースなのだが、みな周回をあきらめて戻ってくる。

            

            

  仕方なく冬枯れが始まっている浄土平湿原を散策し次の姥湯温泉と滑川温泉に向か
 う。下り道ではあるが高湯温泉、信夫温泉まではまさに羊腸の道。紅葉のすばらしさ
 に目を取られていたら危うく谷底に転落しかねない。
  
  途中にある「つばくろ谷」に架かる不動沢橋周辺の景観は素晴らしく、連休明けの
 平日にもかかわらず紅葉を愛でる車・人で賑わっている。つまり駐車の余地がない。

              

     

  かつて訪れた高湯温泉・玉子湯を横目でにらみ、信夫温泉を通過しフルーツライン
 を走る。途中のリンゴ畑でたまらず陽光というリンゴを買い求めトンネル前の駐車ス
 ペースで昼食。山屋の弟は山用のガスボンベでスープをつくり、コーヒーを立て、パ
 ンとリンゴというあっさり系の昼食を済ませて出発。

  道は奥羽線(山形新幹線)を越えてどんどん標高を上げる。ここも羊腸。車の交換
 もままならない細い道である。この先の姥湯、滑川温泉の客は峠駅から送迎を受ける
 ことはできるが、徒歩では270分(5時間弱)かかるという難路である。まだ2時なの
 に木立の中はうす暗く、対向車のためにライトをつけなければならない。  

  まずは最奥の姥湯温泉・桝形屋。大日岳と薬師岳との谷間に一軒だけある温泉宿。
 我々は日帰りの訪問客で600円。一番大きな露天風呂は混浴で、峩々たる山容の岩壁
 が迫る。巨岩のごろごろする急な渓流のそばで白濁の湯に浸かる爽快さは他にはない。
 女性用の露天もあるが眺望に欠けるらしい。普通の感覚では、裸身を男性の視線にさ
 らすなど、とても堪えられない女性は、眺望とは引き換えに出来ないと思うかもしれ
 ないが、山女やこんな苦労をしてまで山奥の秘湯を訪れる女性は、普通の女性の感覚
 を超越していると思うので、男性の淫らがましい視線など歯牙にもかけず堂々と立ち
 向かって欲しい(が、わが妻などはやはりしり込みした)。

         

  さて、3時半ころ、また滑川温泉に戻る。ここも露天風呂は混浴であるが、宿から40
 mくらい離れた川縁にある。群馬県の宝川温泉もそうであるが、川縁の露天風呂もなか
 なか良い。朝は言った内湯はやはり白濁であるが、夜は言った時よりも白濁度が低く幾
 分透き通っていた。姥湯なども一日で何度の色は変わるらしい。

    

  一夜明けて一路福島経由郡山駅へ。途中奥羽本線で山形新幹線の途中駅「峠駅」に
 寄った。その昔奥羽街道の難所の一つ<板谷峠>。今は無人駅であるが何とも異様な駅舎で
 ある。急こう配でかつてはこの前後4つの駅はスイッチバックで登ったという。積雪対策に
 しては大げさすぎるようだがスイッチバク時代の名残らしい。新幹線が通ることになって
 新駅を設けたらしい(1日6本)。旧駅の前の店で名物「力餅」を売っていたので買い求め
 みんなで食した。

            

           

  最後は福島のさるJA野菜市場で「十割そば」で昼食をしたため、季節遅れの桃などを
 買って今回の秘湯の旅を締めた。
                              (以上この項終わり)

コメント (1)
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山梨県西沢渓谷を歩く

2016年11月21日 | 山歩き

◇「西沢渓谷」の秋
 渓谷歩きというと、いかにも優雅なハイキングのように思えるが、ここ西沢渓谷は
なかなかそうではない。標高差300m、渓谷入口は海抜1,100m、渓谷最高地点海抜
1,390m。笛吹川の源流に沿って巨石や岩場を鎖を伝いながら渡る道が延々と続く。
吊り橋もある。小さいながら渡渉もある。公称全長10km4時間のハイキングコース
とあるが、侮って臨むとえらい目に遭う。特に最後の100mは胸突き八丁と思って差
し支えない。上で見ているとほとんど顎アゴを出して登ってくる。

 ここ西沢渓谷には甲武信岳に登った時に信州側から入り、西沢渓谷入口まで下りた
ことがある。また後年(と言っても8年前)新緑の渓谷を訪ねて歩いたことがある。
その時は七ツ釜五段の滝から上は積雪で登れず引き返したことがある(2008.4.13)。
 その頃はまだ若かったせいかそれほどきついという記憶はない。今回は違った。
最後の胸突き八丁ではさすがに途中立ち止まって、息を整えたりした。歳を取ったの
だ。

 前回歩けなかった旧森林軌道を下った。およそ4km。ほぼ平坦な道をひたすらネト
リ大橋まで歩いた。
 このあたりの紅葉は10月下旬から11月上旬が見ごろという。確かに今回は紅葉
は見たところすでに爛熟の感がした。

<山縣館>
 今回の山歩きの拠点は川浦温泉の一軒宿・歴史と名湯の宿「山縣館」である。
武田信玄公が開発を下知したのが山縣三郎卯右衛尉是影。山縣館の由来である。確か
に笛吹川の渓流に面した岩風呂(「笛吹渓流雅之湯」(混浴))はすばらしい。この
旅館は源泉の湯量毎分1300L(43℃)全湯掛け流しが売り物である。 

 
      山縣館の朝

 
  居室からの笛吹川の渓流

 
  居室から見る山並み

 
  登山口までの渓流・ヌク沢

 
  なれいの滝

 
  二股の吊り橋

 
  魚留の滝

 
    三重の滝

 
    

  
       人面洞

  
     鎖場が続きます

 

  
  龍神の滝

 

 

  
    方丈橋

 
  七ツ釜五段の滝

 



 
   甲武信岳(手前は鶏冠山)

 
    旧森林軌道から見た五段の滝

 
     昭和8年から43年まで活躍したトロッコ
  当時は36kmあった。

 
     廃軌道は現在登山道てなっている

 
     材木を運ぶ軌道の事故絶滅を願う神社の祠

                    (以上この項終わり)


 

  

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湖底に消える「川原湯温泉」

2009年05月16日 | 山歩き

「川原湯温泉」を楽しむ
 「王城山神社」を下り、宿の車で「川原湯温泉」まで送ってもらった。
 王城山神社は、「長野原草津口駅」と渋川寄りにある「川原湯温泉駅」のほぼ
真ん中にある。

 その昔、承久4年(1193年)源頼朝が浅間狩りの折発見したという歴史ある
「川原湯温泉」は2015年には湖底に沈む。

 昭和24年(1949年)の利根川改定改修計画に準拠し、昭和27年に計画発表
された「八ッ場ダム(やんばダム)」のダム地点が1967年に発表されたことによって
川原湯温泉は水没することになった。
 このあと長野原町では強力な反対運動が沸き起こる。何といっても観光資源で
ある川原湯温泉と、関東の耶馬渓と称される名勝「吾妻渓谷」の景観が失われて
しまうわけだ。(その後ダム地点が600m上流に移動し、吾妻渓谷の景勝地の3/4
が残ることになった。)

 計画時に340世帯と言われた川原湯温泉の集落は、度重なる完成時期の先
送りや移転代替地の選定遅れ等もあって域外への移転が続き、現在は僅か1/5
の60世帯とか。
 「川原湯温泉観光協会」に挙げられている温泉宿は、主力の「柏屋」、「高田屋」
を含め9軒だけになった。勢い1月に行われる奇祭「湯掛け祭り」もさびしくなる。
 川原湯の新しい源泉も掘削が成功し、「温泉卵」が作れる高温の泉源が移転地
に登場したらしい。しかしいくら頑張っても「新川原湯温泉」。頼朝由来の川原湯
温泉とは言えない。寂しいことだ。

 たまたま最近(5/11)八ツ場ダムに反対する団体が提訴した国・地方自治体の
このダムに対する公的資金の支出差し止め訴訟な初めての判決が東京地裁で
あった(実はこの利水・治水を図る多目的ダムの利水団体1都5県=群馬・栃木
・茨城・埼玉・東京・千葉で同様の訴訟が提起されている。)。
 50年といえば一昔。計画時と現在では背景環境が様変わりし、都市用水需要
も変化し、治水条件も変わる。計画が遅れれば遅れるほど建設費が増大し、総
工費9000億円と見込まれており、すでに4,600億円が費やされているのである。
 わざわざ地域住民を移転させ、川原湯のような歴史ある温泉や観光資源を損
ないながら作るほどの価値が本当にあるのか。議論のあるところであろう。
 ダム地点が発表されてから50年近い年月がたった。当時20代で反対に立ち上
がった人も既に70代である。度重なる完成時期の先送りで生活設計もたたず、
もうどっちでもいいから早く決めてくれと悲鳴を上げている人もいるらしい。

 川原湯温泉駅まで車で送ってもらった。
 駅舎は懐かしい田舎の駅のたたずまい。2010年にはJR吾妻線の付け替えが
完成し、駅舎も移転の予定。この姿も来年には見られないのかと思うと何となく
かわいそうになる。

      

 駅前に歓迎アーチが立っている。この坂のずっと上に「標高586m」という標識
がある。どうやらダム水面が来る地点らしい(コンクリート重力ダムの堤高116m)。
 歓迎アーチの近くに珍しい茅葺の郷土料理屋があった。すでに廃業しており、
人の気配はない。観光バスが4・5台は駐車できようかという大きな店で、本物
の粉挽き水車がある。もったいないことではあるが客が激減しやっていけない
らしい。

      
 
 宿泊した「高田屋」さんに聞いてみた。いつまでこの旅館をやっていけるのか。
「あと3年くらいでしょうかね。」
 泉質は草津系の含硫黄泉でやや熱目、宿の食事は時期の山菜やこんにゃく
など地元の食材も生かした心のこもった内容で、利用客では人気も高いという
のに残念である。

     
  高田屋さんの玄関にあった頼朝の鎧。「うそ!」
                 五月の節句だから。

   共同湯「王湯」。頼朝の紋どころ「竜胆(リンドウ)」が下がっている。


 新緑はまだ瑞々しく、鳥が賑やかに啼いている。紅葉の頃にはきっときれい
 に色付いているだろう。

 まだ遅くはない。
 みなさん、何とか時間を見つけて、いずれ湖底に沈んでしまう悲運の
  「川原湯温泉」を訪ねましょう


 
 

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