◇『生涯弁護人・事件ファイルⅠ』
著者:弘中惇一郎 2021.11 講談社 刊
作者は著名な弁護士である。世間の注目を浴びた事件の裁判で弁護人に名を連ねていた。
今回の事件ファイルⅠは彼が弁護人として担当したそれら大型事件をグループ分けし、事件の
特性と共通点などを整理し、問題点を指摘している。
村木厚子事件、小沢一郎事件、ロス疑惑事件などを手掛け「無罪請負人」と呼ばれた著者が、
日本の検察庁の特性を厳しく指弾し、衆愚におもねるマスメディアを叩き、真実に迫る弁護活動
の姿が詳述される。現場百遍、情報は足でかせぐなど警察の刑事と同じ理屈で真相に迫るのが
弁護人が勝利する近道だということが良く分かる。そして裁判の成功か否かは、被告人と信頼
関係が築けるか否かにかかっているとする。
第一章 国策捜査との闘い
<村木厚子事件>
代表的な冤罪事件。 無理やり郵便法違反という軽罪を手がかりに女性官僚の星と注目され
ている村木氏を陥れようとした大阪地検特捜本部の謀略。
検察官が証拠改竄と証拠隠匿を図るという犯罪が行われ前代未聞の検察不祥事事件となり
大阪地検は大打撃を受けた。 164日間にわたる長期の身柄拘束の中でマスメディア情が報の
膨張し推測情報が跋扈するなかで検察のストーリーが崩壊しかかり、物的証拠(フロッピーディ
スク)の捏造がなされ 作文された供述調書と検察調書が審理過程で矛盾が迷走し公判維持が
出来なくなった。
国策捜査とは政治的な目的で刑事事件を作り上げ、ターゲットとした個人を逮捕・起訴して強
引に犯罪人を作り上げることを言う。
<小沢一郎事件>
当時対立関係にあった自民党と民主党の権力側の暴走である。こうした事件では検察のスト
ーリーに沿った情報が意図的にリークされ、マスコミは読者や視聴者の満足させるバッシング対
象の「悪人」を都合よく仕立て上げる。
小沢氏の争点は政治資金収支報告書の不実記載容疑であったがここでも検察が巧みな作文
で供述調書が作られたものの、法廷で否定された。検察審査会で強制起訴にまで至ったが控訴
審で控訴は棄却された。
<鈴木宗男事件>
小泉内閣の郵政民営化に反対する党内抵抗勢力の一人鈴木代議士を追い落とす策謀の一環
であった。鈴木代議士が北方領土に関わる諸疑惑の中心人物であったため、格好のバッシング対
象となったが、検察は偽計業務妨害容疑で秘書ら7人を逮捕した。この事件ではついでに外務省
職員であった佐藤優氏も逮捕され有罪となった。
第二章 政治の季節
<マクリーン事件>
在留期間更新を申請したマクリーン氏に対する不許可処分について最高裁大法廷は入国管理
政策に対する非難行動、日米安保条約に関する抗議行動などは日本国にって好ましいものでな
いので、入管局のとった期間延長を認めないのは妥当とする判決は外国特派記者などにとって
大問題で反響が大きかった。日本人に保証されている基本的人権は気に食わない外国人には認
められないということだからだ。
ただここでは当時若手だった著者弘中弁護士は①在留許可更新不許可の取り消しを求める、
②不許可処分の効力停止を求める申請を行い、東京地裁は基本的人権は外国人にも及ぶ。と
不許可処分取り消しの判決を出した。だが控訴審では東京高裁、最高裁とも後退した判決とな
った。
マクリーン氏は在留更新申請から最高裁の訴訟判決までの8年間収容されることもなかった。
<刑事公安事件>
学園紛争多発時代に東大事件(建造物侵入、不退去罪、凶器準備集合罪、公務執行妨害)を
扱っている。被告人にも弁護団にも同期やっ先輩、後輩がいた。学生らの主張に共感を持つ弘
中弁護士は東大事件、大菩薩峠事件(赤軍派による爆発物取締罰則違反、殺人予備、凶器準
備集合罪など)も扱った。
この時期日本赤軍、連合赤軍事件としては「よど号ハイジャック」、「テルアビブ空港爆破」、「あさ
ま山荘事件」、「リンチ大量殺人事件」などがあって世間を震撼させた。
第三章 医療事故と向き合う
公害・薬害と言った社会のひずみが生み出した健康被害に関わる訴訟ではクロマイ・クロロ
キン薬害事件とクロロキン薬害事件が挙げられている。医療事故訴訟と違って集団訴訟となる
とが多い。
<クロマイ薬害事件>
日本では万能薬のように扱われたが副作用が続いたため1982年米国FDAは軽い疾病に
は使用しないよう規制がなされた。訴訟では国と製薬会社、病院と医者が被告であったが、因
果関係の証明がむつかしく、当然のごとく製薬会社は猛然と抵抗し決着まで14年かかった。
<クロロキン薬害事件>
腎炎などの治療でクロロキン製剤を投与されて視力障碍を発症した患者の訴訟である。最高
裁迄争われ、解決までに20年かかった。この裁判では民法第709条の不法行為責任を問うた。
当時の厚生省担当課長にクロロキンの薬害を知りながら黙認放置したことを認めさせたのである。
しかし最高裁も国の責任は認めなかった。
<医療過誤事件>
医療過誤事件では原告の勝訴率は17%という。専門的かつ高度な医学知識・知験が必要な
ため。
第四章 「悪人」を弁護する
<三浦知義事件>
いわゆる「三浦和義事件」は、ロスのホテルでの殴打事件と銃撃事件を週刊誌・TVが度を越し
た疑惑報道を流し、警察は逮捕時以降人権侵害が問題となった「市中引き回し」的取扱いをし、
これら530件に及ぶ名誉棄損損害賠償事件、無罪判決確定後の万引き冤罪事件などがあった。
これら事件の訴訟では一事不再理や共謀罪を巡る議論など多くのテーマを内包する。
この事件では三浦氏に接見し事情聴いた著者は「この人はやっていない」と思うようになり一
貫して彼の訴訟弁護に当たった。そしてロスのホテル・駐車場等の実況見分も行った。
ところが一審では氏名不詳の第三者と共謀して一美さんを殺害したと有罪・無期懲役を言い渡
した。控訴審では証拠・証言の薄弱さが証明され4年後の東京高裁判決は「無罪」だった。
事件から27年後、身柄が拘束された米国ロス市警で三浦氏が死亡。自殺とされた。
512ページ、大部ながらサスペンスもあり、読みごたえがある。
(以上この項終わり)