◇『罪責の神々』リンカーン弁護士(原題:THE GOODS OF GUILT)
著 者 : マイクル・コ ナリー(MICHAELCONNELLY)
訳 者 : 古沢 嘉道 2017.10 講談社 刊(講談社文庫)
当代最高のハードボイルドと言われる「ハリー・ボッシュ・シリーズ」。久々に
米国法廷物の面白さを堪能した。
本書ではGODS OF GUILT(罪責の神々)とは陪審員を指す。有罪か無罪かを決め
る存在であるから(本書40p)。
副題の「リンカーン弁護士」はハリーが高級車リンカーンの後部座席を事務所代
わりに仕事をしていることからついた異名である。
ハリー・ボッシュは法廷弁護士。ハーラー&アソシエイツ法律事務所を経営して
いる。
ある日弁護の依頼があった。ある女の勧めでハリーに殺人事件の弁護を頼みたい
という。そのラコースというポン引きはジゼル・デリンジャーという娼婦を殺し、
証拠隠滅のために放火した容疑者として拘束されていた。
ハリーは刑事弁護士である。殺人事件はたいてい実入りもよく望むところである。
ところが殺人被害者はなんとかつてハリーの依頼人で、何度も窮地を救ってやり更
生の道筋を立ててやったグロリア・デイトンという元娼婦だった。かつての依頼人
デイトンが名前を変え、ロスに戻り、娼婦に復帰し、殺されたとは意外だった。
ハリーは、ラコースの弁護を引き受ける。事件を独自に調査した結果、ラコース
は本人の言うように無実であり、何者かにはめられたのだと確信する。
悪徳麻薬捜査官マルコは違法な捜査方法で、実績をあげることを平気でやっての
ける人間だった。マルコはディトンを使って麻薬密売人の大物ヘクター・モイアに
終身刑の罪をでっち上げたが、このモイヤーが人身保護令状を申し立てたことから、
デイトンを証人として召喚しようという動きを知ったマルコが先手を打って、デイ
トンの口封じをさせたのが真相ではないかとハリーは証言・証拠固めに奔走する。
当局側の人間として事前に情報を知る有利な立場から、マルコはハラーの先回り
をして、証拠や証人潰しをつづけていく。ハリーとそのスタッフは麻薬捜査官マル
コとこの手先元警官ランクフォードが悪辣なでっち上げの張本人と確信し、裁判に
臨む。
後半(下巻)は検察陣と弁護側の緊迫した応酬で丁々発止の法廷審尋場面が続
く。陪審員のターゲット(どの陪審員を弁護側につければ無罪評決に導くことが
できるか)を見定めること、証人や物証をどの順番で出していくか、どこで休憩
をとるか、検察の異議申し立てを承知でどこまで証人を追い詰めるか等々、法廷
作戦のやり取りのこもごもが興味尽きない。
徹底した調査でマルコらのでっち上げの証拠をつかんだハリーは、巧みな証人
尋問などでランクフォードを罠にかけ偽証と真相告白を得る。劇的な裁判終結場
面が秀逸。
学校で習った人身保護律(ヘイビアス・コーパス)にも久々に出会った。
ハリーはラコースの無罪を勝ち取り、市と郡に対する損害賠償訴訟などで2億
4千万円の賠償金を勝ち取った。もちろんハリーの事務所も過去最大の額の小切
手を受け取った。
ハリーは最近できた愛人ケンドールとの3週間のハワイ旅行、新しいリンカー
ン2台、さらにうれしいことに最愛の娘との関係改善が最大の贈り物となった。
離婚した妻と同居している娘のヘイリーは父親がならず者など弁護していること
を嫌って父と断絶関係にあったのだが、依頼人の無実を信じて彼の自由を得るた
めに尽力した優秀な弁護士という新聞等の評価がありコミュニケーションが再開
されることになったのである。
下巻の冒頭にハリーがケンドールを食事に誘う場面があり、そこが鮨屋だという
ことで、米国ではやはり寿司は相当浸透しているなと思ったが、店の名が「カツ
ヤ」だと聞いておやおやと思った。ハリーは「日本酒が好きか」と聞いたうえで
「冷か燗か」などと訊いており、しかもつまみにきゅうりの酢の物をとるなどな
かなかどうしていっぱしの日本食通である。
(以上この項終わり)