◇『看守眼』 著者:横山秀夫 2004.1新潮社刊
『小説新潮』の2001.3から2003.11までの間掲載された短編「看守眼」、「自伝」、「口癖」、「午前5時
の侵入者」、「静かな家」、「秘書課の男」など6編を収録。
横山秀夫といえば、「半落ち」など警察小説、「クライマーズ・ハイ」などで知られる推理作家であるが、
本書を読んでみると短編の名手でもある。とりわけ表題作「看守眼」はいい。
刑事になりたかったのについに留置管理係のまま定年を迎えることになった近藤は退職前長期休暇を
使って、証拠不十分なまま釈放された男を執拗に追う。なぜなら長年培った「看守の勘」が死体なき殺人
事件の犯人はやつに違いないと確信しているから。
「自伝」は最後がやや乱暴。「口癖」は家裁調停委員が同級生の娘の離婚調停に遭遇し、かつて自分
の娘が「いじめ」にあっていた相手であったことに気づく。そして調停の過程であの事件の意外な真相が
明らかになる。「午前5時の侵入者」はあまり面白くない。「静かな家」は新聞社という特殊社会と人間の
心理を衝いていて面白い。「秘書課の男」も、自信を持って持って仕事をしてきた男に若いライバルが現
れた時の狼狽と焦り、反骨の心理がよく描かれており面白い。
◇『緩やかな反転』 著者:新津きよみ 2003.3角川書店刊
著者新津きよみはOL時代に山川正夫に見出されたという推理小説だけでなく、ホラーものも多い多彩な作家
である。TVの「土曜ワイド劇場」や「火曜サスペンス」などで原作者としておなじみ。
本書は推理物か、ホラーものか。容貌の似通った二人の女性が、ある日互いの魂が入れ替わる。実は幼いこ
ろ起きたある事故と「〇〇」が発端。周囲の人が二人の入れ替わりを、多少不審に思いながらも(利き腕が違う
ところまで不審に思いながら)見逃すところがいささか好都合。
それにしてもよくもまあこんなに複雑に入り込んだストーリーを考えたものだと思う。片側だけが魂の交換を自
覚しているのだが、相手の夫や子供らとの生活に入り込む場面が、さすが女性らしく丁寧に描かれていて微笑
ましい。
(以上この項終わり)
『警視庁捜査一課刑事』著者:飯田裕久(元捜査第一課殺人犯捜査係担当)2008.11 朝日新聞社刊
◇警察という特殊世界を覘く
長年警察ものを何十冊となく読めば、門前の小僧なんとやらで、知らず知らず警察という世界の仕組みやそこで働く警察官
という人種の習性や文化もわっかてくるものだ。今現在も警察ものを書く作家は少なくないが、多分それぞれが一部の警察官
から内部事情を教わって書いているので、我々読者にはそれなりに違和感もなく状況が伝わってくるが、この度『警視庁捜査
一課刑事』という本物の刑事捜査官が書いた内輪ものを読んで、新たな興奮を覚えた。
これはノンフィクションである。ひとりの青年が何となく警察官になり、多くの警察官があこがれる警視庁捜査一課の刑事に抜
擢されて多くの事件を経験する。その過程で携わった捜査での苦しさ・つらさ・教訓・感動などを綴ったもので、その中で警視庁
と所轄警察の仕組み、警察組織の実態などがかなり細かく明らかにされていく。ある意味個人史的な要素もあるが、係わりを
持った同僚・友人・先輩・上司など、警察という一種特殊な世界で生きる警察官の悩みや苦しみも描かれ、強面の警察官もや
はり人の子か、どんな職業でもそれぞれに辛い現実にもまれているのだなと実感させられる。
とりわけこの本を面白いものにしているのは、現実に起こった事件に主人公飯田裕久が殺人犯捜査係担当刑事として携わ
る中で、どのような捜査をして犯人を追いつめたか、自供をもぎ取ったか、犯人や被害者、被害者の家族との間にどんな感情
的交流があったかなどが綴られていて、話に迫力があることだ。
余談ながら吾輩の三女は、かつて通勤していた地下鉄霞が関駅でサリン事件に遭遇し、駅構内でサリンを吸って体調を崩し
たことがあった。しばらくして「警視庁捜査第一課」から2人の刑事が事情聴取に来たことがあった。娘がその日着ていた衣服
の写真を撮り、車両内の人物確認など根掘り葉掘り聞いていった。その時はるばる柏まで足を運んだのは、何千人という捜査
陣の多分応援部隊の一員だったかもしれないが、今思えば、地道な捜査の積み重ねが彼らの仕事であり、それが確かな結果
を生むということを、この本を読んで改めて実感させられたのである。
著者飯田裕久氏は高卒で警視庁に入り、所轄刑事となったのち本庁刑事部捜査第1課刑事に抜擢された。きっかけは有名
なトリカブト殺人事件。この北海道での何週間にも及ぶ張り込みが結局実を結ぶ。そして地下鉄サリン事件。上九一色村での
オウムの「サティアン」捜索。お受験殺人事件。同期の友の拳銃自殺、親友の過労死、親しくしていた警官の死。
著者飯田氏は平均したら1年間に150件もの死に係わっていたという。25年に及ぶ警察官人生の中で無常観が生まれる。
「人はみな、自分だけは死なないつもりで、一日一日を無駄に生きていることの方が多い。我々はそのような不幸な死を遂げ
た人たちに代わって、「命」というものを尊び、生きていることを感謝しながら、その日その日を全うしなければならないのだ。」
と述懐している。一生の仕事として、人を救い、人から感謝される「刑事」という仕事。最後までやり遂げるか、人生は一度しか
ないことを自覚し、何かを模索するか…。また警察でもキャリアとノンキャリとの差は歴然としている。管理職試験を通らないと
上に行けない。試験勉強などしている暇のない刑事職。
飯田刑事は勤続25年、警部補で退職する。現在は刑事ドラマ等の監修者という新しい人生を歩き始めている。
巻末には「刑事50訓」(これはそのまま人生訓でもある)、「警察隠語集」、「警視庁警察署組織図」、「警視庁捜査一課組織
図」、「警視庁階級構成」などが付けられている。
(以上この項終わり)
所属する水彩画グループ恒例の写生旅行。年1回の泊まりがけ旅行は例年秋に行っていたが、
秋はそれぞれ予定が立て混んで差しさわりが多いので、今回は幹事が気を効かせて新緑の山
を描くために山梨県北杜市に出かけることになった。
北杜市は2004年11月に、7町村の合併で誕生した。明野町・須玉町・高根町・長坂町・大泉村
白州町・武川村といった、山登りにはおなじみの町村がなくなった。その後小淵沢町が合併した
(2006.3月)。
山梨県の北辺を占め、北東に瑞牆山・金峰山、南西に甲斐駒ケ岳・南アルプス、東に茅ケ岳、北に
八ヶ岳と名の知られた山々に囲まれる。山梨県でで最も広い市となった。76.4%が山林で、人口は
わずかに5万人。
先ずは中央高速道・須玉インターを降りて10分ほどの山梨県立フラワーセンターにある「ハイジの
村」へ。
◇花と星空のテーマビレッジ「ハイジの村」へ
TVアニメで有名なアルプスの少女ハイジを中心にしたテーマパーク「ハイジの村」。園内には
ヨーデルが流れ、教会を模したテーマ館では物販が、色とりどりの花園、バラの回廊の中には結婚
式のための設えがあったりして、主として子供向けながら大人も結構楽しめそうな施設。ロードトレ
インが走っていたりしてなかなか広い。
南西方向には甲斐駒ケ岳と南アルプス前衛の鳳凰三山、その奥には南アルプスの北岳。お昼を
過ぎると遠方の山々は薄青く霞をまといなかなか絵としてとらえにくいが、近景に教会を模した建物
を入れた。
Clester F4
◇日本百名山「瑞牆山」へ
ハイジの村から更に山道を30分ほど登り旧須玉町増富ラジウム鉱泉「金泉閣」に泊まり、夕食後は先生を囲んで
作品講評会。
翌日はまた30分ほど山道をたどり、日本百名山のひとつ「瑞牆山」を仰ぎ見る「みずがき山自然公園」に向かった。
すぐ目の前に標高2230mの「瑞牆山」が迫る。後ろには甲斐駒ケ岳、南アルプスの山々。左手(北)には八ヶ岳連峰
がくっきりとした姿をみせている。
巨石が積み重なったような独特の山容。手前の白樺林の柔らかな色合いの新緑。更には右手のから松林の新緑。
冬枯れたまま、まだ芽生えていない草叢などなかなか描き甲斐のあるシーンであった。
主題は山よりも白樺林に置いたのだが、さてどうだろうか。(白樺の木はマスキング液を用いた。)
COTMAN F6
(以上この項終わり)
◇ 『烙印』著者:天野節子 2010.12 幻冬舎刊
著者天野節子は、初めて出した小説『氷の華』が2006年で、これが自費出版。この本は翌年単行本
で、のちに文庫化されベストセラーになった。1946年生まれで作家デビュ―62歳、遅まきの大型新人
と囃された。
「烙印」とは鉄などの金属を焼いて印を焼きつけること。消すことにできない汚名を着せる時なども「烙
印を押す」などという。罪人に押す印であり良い意味には使われない。その意味ではこの本の題名はな
ぜ「烙印」なのかよくわからない。確かに殺人者は出てくるが象徴する「烙印」の意味合いが明確には浮
かび上がってこない。
しかし、この作者の構想力、小説としての構成力は大したものだ。慶長15年(1610)房州・御宿に難破
したスペイン船がたどり着く。この史実と400年後の現代の殺人事件が深いところでつながりを持つ。壮大
な隔世遺伝を小 説の主題においたところがすばらしい。足で緻密な捜査を積み重ねていく刑事とクールな
容疑者との駆 け引きも魅力である。
◇ 『ドラゴン・ティアーズ龍涙―池袋ウェストゲートパーⅨ―』
著者:石田衣良 2009.8 文芸春秋刊
怪しげなエステの被害者女性たちからの訴えで乗り出した「マコト」。街頭キャッチャーと収奪の仕組み
を暴きだし、UTubeとニコニコ動画を巧みに使って懲らしめる。(キャッチャー・オン・ザ・目白通り)
ホームレスの就労者手帳を巧みに巻き上げ失業保険金を不正受給する悪辣な建設会社に対し、ホー
ムレスを圧力集団に仕立て上げてデモを演出、見事に手帳を取り返した「マコト」。(家なき者のパレード)
新種の出会いシステム「出会い部屋」。街金・中小暴力団とつるんだ某「出会い部屋」で、母親の借金
のカタに管理売春をさせられている女の子を救い出してほしいと頼まれた「マコト」。彼女いない歴28
年のサンタクロース体型の片思い彼氏と一緒に奮闘する。(出会い系サンタクロース)
最低賃金をも下回る賃金で収奪されている中国研修生。郷里の父親の治療代捻出のために宿舎を脱
出、某中国人就労あっせん闇グループに駆け込んだ女性を取り戻すために頭を絞る「マコト」。これを依頼
してきたのは日本語の上手な中国人(実は上海系グループの情報屋)。複雑な中国マフィアグループを
うまく凌ぎながら三方一両得の結果を導き出す。(ドラゴンティアーズ=龍涙)
(以上この項終わり)
◇ 豪華なバラ
この時期はバラが描き時。
赤・黄(クリーム)・ゴールド・ピンクと色とりどりの見事なバラを描くことになった。
バラは何度描いても難しい。とりわけ花弁のぴらぴらが複雑で、形を丁寧に捉え
てスケッチしても、いざ彩色しようとすると何処を描いているのか混乱し分からなく
なってしまう。そんなところがまたバラに魅力かも。
背景はバラの色に合わせて少し色合いを変えた。
clester6号
(以上この項終わり)