◇ 『巨大訴訟(上・下)』(原題:THE LITIGATORS)
著者:ジョン・グリシャム(John Grisham)
訳者:白石 朗 2014.3 新潮社 刊 (新潮文庫)
J・グリシャムは言わずと知れたリーガル・サスペンスの第一人者。第25作目の作品は、いまや
アメリカでは当たり前のような「集合訴訟」がテーマで(原題のLITIGATORSは訴訟人たちの意)
ある。
主人公はデイヴィット・ジンク。シカゴで1・2を争う巨大法律事務所に勤めて5年目にして奴隷の
如き使われ方に切れて辞職。ひょんなことから弱小法律事務所(フィンリー&フィッグ法律事務所)
に勤めることになる。弁護士はオスカーとウォリーの二人、そして受付から調査まで一切をこなす
事務員のロシェルで3人。その一員として加わったデイヴィットは初めて弁護士らしい仕事に出会
い元気はつらつと飛びまわる。
そんな中、一攫千金を狙うウォリーが巨大製薬会社を相手に薬害被害訴訟を起こす手掛かりを
つかみ、大規模不法行為訴訟を起こす。これまで離婚訴訟や傷害事故・遺言作成など中心で、法
廷での陪審審理などまるで経験したことのない弁護士たちが、クレイオックスというコレステロール
低下剤の副作用による健康被害を取り上げて大規模不法行為訴訟に取組むのだ。果たしてもの
になるのだろうか。実は彼らが狙っているのは大手法律事務所と組んで、事実審理に入る前に和
解に持ち込んで、莫大な和解金を山分けしようという魂胆だったのだが・・・。
相手の製薬会社が選んだ主任弁護士は、なんとかつてデイヴィットが勤めていた法律事務所の
辣腕女性弁護士キャロスだった。キャロスは和解の可能性をちらつかせながら相手の負担を積み
重ねさせ、最後に事実審理に持ち込み専門家証言などで一気に勝訴に持ち込む作戦だった。
ところが・・・。
死亡例7人、非死亡例471人という原告人候補者を集めた挙句、薬害を明らかにした学者が研究
の過ちを認め、クレイオックスに薬害はないと発表するという羽目になってしまった。タッグを組んで
いた大手法律事務所は早々と撤退してしまう。梯子を外されたウォリーたちは窮地に立たされる。
そして、とうとう3人の弱小法律事務所は初めて陪審裁判に臨むことになる。シニアパートナーの
オスカーは冒頭陳述に立った途端に心臓病で倒れ、アル中で折角1年以上禁酒が続いていたウィリ
ーは緊張の極に立たされまたもアルコールに逃れて失踪。若輩弁護士のデイヴィットは一人で訴
訟に臨むことになってしまう。目の前には名の知られた専門証人が続々と立ちはだかる。
開き直ったデイヴィットは意表をついた作戦で、一時被告製薬会社側を窮地に立たせたものの、
陪審は被告側の言い分を認めF&F法律事務所は敗訴してしまう。多額の負債を背負ったまま。
ところがデイヴィットは、別途個人的に調査を進めていた幼児の鉛含有玩具による中毒障害の事
案で650万ドルの和解交渉に成功した。150万ドルの弁護士報酬でF&F法律事務所の苦境を救う
ことが出来たデイヴィットはパートナーに昇格し、事務所名に名を連ねることになった。
「フィンリー・フォッグ&ジンク法律事務所」は今後真っ当な法律事務所として仕事をすることにな
るはずであったが…。
本書の真の狙いは「訴訟裁判における正義の不在」にあるという。しかし半人前の若き弁護士デイ
ヴィットが、巨大法律事務所の歯車から逃れ、街場の法曹の一員として成長していく姿も、もう一本
の主流として読む人の心をとらえる。
(以上この項終わり)